第184話「ラ・ピュセル・ドウェルス」




 どこかに隠れてマーレや聖教会の活躍の様子を見ようと考えていたが、『迷彩』で姿を消しても天使たちはレアに寄ってきた。もしやと思い『鑑定』してみれば、どうやら天使は全員が『真眼』を持っているらしい。

 LPの多さによって優先順位をつけるよう命令されているのか、レア、マーレ、ケリー、の順に天使が寄ってきてしまう。これでは聖教会のプロパガンダにならない。


 仕方がないので姿を消したままゆっくりと逃げ回り、天使を適当に集めたところでマーレに一掃させる事にした。気分はさながら誘蛾灯である。またはイカ釣り漁船の電飾だ。


 見目麗しいキャラクターが天使の大軍を相手取り、派手な魔法で一掃する様は街の住民たちの目にも鮮やかに映ったようで、いたるところから歓声が上がっている。


 イメージ的に天使に対し効果的だと思われるのは『闇魔法』や『暗黒魔法』、それにユーベルの戦いぶりを考えると毒や病を与えるようなスキル攻撃だろう。しかし聖女がまさか毒の息を吐くわけにはいかない。

 聖女らしく『神聖魔法』や『光魔法』には経験値を多めに振っておいた。他の属性についてもノイシュロスで使ったように一通りは取得させてある。

 マーレは『光魔法』を取得させた時点で『神聖魔法』が現れた。レア自身の時の事を思うにおそらくアンロック条件のひとつはノーブル以上の種族であることだろう。イービル・ヒューマンやダーク・エルフに転生した場合にアンロックされるかはわからないが、今『闇魔法』を取得しているにもかかわらずマーレの取得可能リストに『暗黒魔法』が出ていないところを見るにおそらく無理だろう。

 つまり『神聖魔法』と『暗黒魔法』の両方を取得するには正道側と邪道側の両方の種族を経験する必要があるということだ。

 レアは偶然それを達成し、ライラもまたそうなった。おそらくライラもレアの元に来る前に取れるだけスキルを取っているはずだ。


 街中の天使をレアがかき集め、目立つ大通りでマーレや聖教会のメンバーが討伐する。

 2日目の、おそらく最後の襲撃はそうして終わりを告げた。ウェルス国内での聖女のファーストインプレッションは成功裏に終わったと言えよう。

 終盤には街を守るべき騎士たちでさえ歓声をもって聖女を讃えていたほどだ。彼らはレアに惹かれて集まった天使たちを追って大通りまでやってきて、そこで聖女の戦いぶりをその目にしたというわけだ。


 明日になればケリーが掌握した商会が少しずつこの日の噂を広げ、そう遠くないうちに街中で聖女の出現を知らない者はいないというほどになるだろう。

 国王をはじめとする為政者の元にはそれよりも早く、騎士たちからの報告という形で聖女の事が伝わるはずだ。見ていた限りでは騎士たちは好意的に聖女を受け入れていた。悪い形で報告が行くことはあるまい。


 しかし王がそれを同じく好意的に受け取るとは限らない。

 あまりに人気が出すぎるようなら、自分の権力基盤を揺るがす存在として危険視する可能性もある。

 世が世なら異端審問にかけて魔女だという判決を出し、火刑に処したとしてもおかしくない。

 もっともマーレの支持基盤こそが国教のウェルス聖教会である以上、異端審問はありえない。その前にそういう制度が存在するのかも不明だが。


 本来であればいかに市井から人気の高い人物が現れようと、貴族や王族が種族によって決まっている以上、その地位を揺るがす事にはなりえない。

 権力構造が『使役』を元にしたシステムになっている以上、ただのヒューマンではどうやってもそれを覆しようがないからだ。

 しかし、マーレはすでに聖人にまで至っている。王族がノーブル・ヒューマンであるなら、それより上の存在だと言える。

 その事実を国が知る手段があるのかどうかはわからないが、これは王族にとっては看過できない事態のはずだ。

 しかし王族が王族たる理由は種族だけではない。保管されているだろうアーティファクトの存在もその拠り所となっている。

 これがある限りはどんな存在が現れたところで国家を揺るがす事態にはならないが、それは王族と一部の貴族しか知らないことだ。

 熱を持った大衆が知りもしない伝説のアイテムの事など忖度してくれようはずもない。


 もしも大衆が王家より聖女を戴く事を望み、そうした向きの風が吹き始めたら国はどうするだろうか。

 選択肢はふたつだ。

 ひとつは当然、民の熱が国中に伝播する前に聖女を暗殺すること。

 王都の民衆だけが相手なら騎士団で押さえつけられるだろうし、いかに上位種とはいえ聖女1人ならなんとか出来ないこともない。

 そしてもうひとつは聖女を懐柔し、既存の権力に組み込んでしまうことだ。

 この場合一番いいのは当然王族との婚姻だ。

 聖女が断ったとしても、例えば聖教会の有力者を金や権力で抱き込み、そちらから圧力をかけることで聖女の逃げ道を潰していく、など。

 もっとも実際には聖教会はレアの元で一枚岩である。賄賂は通じないし、間者がいればすぐにわかる。


 賄賂や間者などの後ろ暗い仕事を任されるとすれば、国家にとって信用のおける人材だという事になるし、仮に誰の眷属にもなっていない場合であれば逆にその人物を利用して王家に近づく事も出来るだろう。


 いずれにしてもマーレには是非このままウェルスの聖女ラ・ピュセル・ドウェルスとして頑張ってもらいたい。









 いつだったか、白魔たちには好きにするよう言い渡してウェルスに送り出している。

 そのため特に報告の義務などは課していない。こちらに来る前に連絡をとったところではどこかの森にいると言っていたが、それだけしかわかっていなかった。





 白魔の側にレア自身を『召喚』してみると、そこには多くの狼型の魔物と猿型の魔物が頭を垂れて待っていた。

 狼型の魔物は全て氷狼だ。

 おそらく、この森が雪と氷に包まれているためだ。狼たちはここで氷に囲まれて成長していく過程で氷系のスキルや魔法を取得するに至り、そのために氷狼へと転生するということだろう。


 一方の猿型の魔物は『鑑定』の結果「スノーバブーン」という種族のようだった。白い毛を持ち、足よりもやや手のほうが長い。マントヒヒにそっくりだ。

 一体だけ大型の個体がおり、その個体のみ「狒狒ヒヒ」という種族だった。狒狒といえば日本の妖怪で、バブーンの和名のヒヒの語源になった存在である。眼の前の狒狒は単にスノーバブーンが大きくなっただけに見えるが、このゲームではバブーン、つまりヒヒの上位存在が狒狒なのだろう。ややこしい。


「なにこれ……。どういう状況なの?」


〈お久しぶりです、ボス。こいつらは昔の群れの仲間と、群れがこの森を追われる事になった縄張り争いの相手の猿どもです〉


 白魔と銀花の説明によれば。


 ヒルスを発ってウェルスに向かった白魔たちは、一路北を目指した。

 しかし故郷を飛び出し逃げてきたのはまだINTも低い氷狼だった頃のこと、詳しい道はよく覚えていなかった。

 現実の犬なら故郷のことは忘れたりはしないと聞いたことがあるが、ゲームの中では違うらしい。あるいは途中で人間並かそれ以上に賢くなってしまったせいで、逆に野生の記憶力を失ってしまったのかも知れない。

 ともかくウェルスに入ってからもいろいろな魔物の領域を適当に荒らしながら北上し、雪積もる針葉樹林が見え始めた頃、ようやく記憶が繋がりこの森の事を思い出したということらしい。


 森に帰ってみれば相変わらずそこには白魔たちの群れを追い散らした猿どもが我が物顔で居座っており、仲間の氷狼たちは影も形も見えなかった。

 そこでとりあえず猿どもを屈服させ、森を掌握したらしい。

 ただし白魔たちは誰も『使役』を持っていない。そのためこの森はシステム上は未だ猿たちの楽園のままである。力によって狼たちが支配しているに過ぎない。つまり牧場ということだ。確かに始めはそのつもりで強化して送り出したのだが、別に期待はしていなかったしそうした命令も出していない。大したものである。


 そうして森に来るプレイヤーたちを狩ったりしながらレアからの連絡を待っていたところ、森の異変を察知してか、かつて散り散りに逃げた同胞たちが恐る恐るに様子を見に来たらしい。

 その群れを吸収して数を増やし、現在に至るというわけである。


「狼たちは『使役』を誰も持っていないのか。どうやってアルファを決めているの?」


 アルファというのは群れの頭の事だ。


〈一年に一度、そういう時期の前に序列争いの決闘がありまして、そこで決まりますね。オレがリーベで暫定のアルファだったのは序列争いをする相手が居なかったからです〉


 要は普通の狼の群れと同様らしい。

 そういう時期、というのはいわゆる繁殖期のことだ。

 狼は完全な縦社会であり、繁殖も序列に従って行なわれる。

 繁殖のために子を設けるのは基本的にメスのアルファだけだという習性があり、そういう社会構造としてはアリやハチに似ていると言えなくもない。会ったばかりの頃にスガルたちアリにすぐに馴染んでいったのはそういう理由もあるのかもしれない。

 また生まれた子狼は群れ全体で育て、生まれてから1年の間は誰に何をしても許されるというルールもある。子狼だったザラメたちが割と誰にでもわがままだったのはおそらくそのせいだ。


 あえて『使役』による社会システムを使わないことで、各々の向上心を保ち、群れ全体の能力が低下することを防いでいたのだろうが、それも外敵が少ないからこそ維持できるシステムだ。

 常に自分たちを脅かす敵がいるのなら身内で切磋琢磨しなくとも能力が下がることもない、つまり定期的に経験値を得ることができるし、そもそも身内で争っている余裕などない。

 この猿たちがどこから来たのは知らないが、たまたま猿たちのほうが数が多く、狼たちは強さと言うよりもその数と群れとしての結束力や協調性という面によって敗北したのだろう。


 しかしそれももう終わった。

 猿への雪辱は白魔たち自身の手で果たしたようだし、白魔や銀花は他の狼や猿よりも数段上の格を持つ魔物である。

 絶対的に強いボスがいるのなら、毎年アルファを決める必要はないだろう。

 差し当たって白魔と銀花に例の『使役』を取得させ、狼の群れは全て彼らの眷属にした。それぞれがオスとメスのアルファであることにこだわったため、オスは白魔が、メスは銀花が『使役』していったが、レアとしては別にどうでもいいところだ。好きにやればいい。


 猿はもともと一体の狒狒が他のスノーバブーンを支配する群れの構造だったため、その狒狒をレアが支配しておいた。

 それによりこの針葉樹林はレアの支配下に入り、ウェルスにおける活動拠点が出来た。


「君の名前は、そうだな。ハヌマーンというのはどうだろう。あ、駄目だった。じゃあヴァーリン……も駄目か。ならモン吉でいいや」


 どこかにハヌマーンやヴァーリンという重要NPCがいたりするのかもしれない。


 白魔と銀花にはこれまでのようにウェルスの国内の領域を適当に荒らしてもらうことにした。その領域のボスは倒さないようにし、ザコやプレイヤーを狩って経験値のみ得られるよう言いつけた。


 そしてモン吉には引き続きこの森の支配をやってもらう。

 いつまた別の種族が縄張り争いに現れるかもわからない。現行のままでは少々弱すぎる。

 白魔たちとまでは言わないが、それなりの強さは必要だろう。


 それにそもそも彼らがこの森へ来た理由も気になる。近くに猿たちを追い出すような存在がいるのならそちらにも対処が必要だ。 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る