第183話「貴族と平民」
出来れば鎧坂さんあたりも強化しておきたかったところだが、アダマンドゥクスに経験値を吸われてしまったため残高が心もとない。鎧坂さんも場合によっては次あたり、転生に多くの経験値が必要になってもおかしくない。もう少し待つ必要がありそうだ。
イベントも投資も今はする事がない。
それなら今後の為に趣味に走っても構わないだろう。
「聖王を生み出そうと思ったら……。ウェルス王国にちょっかいをかけるのがいいかな。もうヒューマンの国家は事実上あそこしか残ってないし。あっち方面にはたしか白魔たちが行っていたんだっけ。何だかずいぶん久しぶりな気もするけど、ちょっと行ってみようか」
*
ウェルス王国はヒルスから見ると北にある国である。ヒルスとの国境をアブオンメルカート高地などの魔物の領域によって隔てられているため、ヒルスとはあまり交流の盛んでないところだ。ところだった。今はヒルス王国が消滅しているのでどうなのかは知らない。
主な産業は林業と農業だ。国家間の交流が少ない大陸であるため農業は基本的にどこの国でもそれなりにやっているのだが、ウェルスが特に力を入れているのは畜産業のようである。
家畜は隣国ペアレに、木材はペアレを通じてさらに向こうのシェイプに輸出しているという話だった。
魔物が多く貿易の難しいこの世界でよく頑張っていたものである。
家畜に木材を引かせ、商隊まるごとペアレ王国に売り渡し、その後はペアレの商人が木材をシェイプに売るというスタイルのようだ。
その家畜というのもどうやら家畜化したある種の魔物であるらしく、弱いモンスターしか出ないような場所ならばそもそも襲われることも少ないらしい。
しかしその貿易もここ最近はあまり行なわれていない。
「最近は売れなくなった木材はライラが買い上げているのか。育てた家畜をペアレに売るより木を切ってオーラルに売った方が儲かるとなれば、畜産業から林業に転向する農家も出てくるのかな。そうなればいずれペアレの食糧事情も絡んだ複雑な貿易摩擦に発展するかも。ほんとにロクなことしないなライラは」
もともと木材が流れていたエンドユーザーのシェイプには今は全く木材は売られていない。
もっともそれ自体はライラは関係ない。壊滅したノイシュロスを取り巻く都市間のいざこざにより、ペアレとシェイプの国境地帯でお互いに対する国民感情が悪化したためだ。ウェルスの木材はペアレを通じてシェイプに輸出されるため、ペアレとシェイプの関係が悪化すれば関係ないウェルス産木材と言えども流通は止まる。
ニュートやリザードマンなどの魔物と同じく、この世界は木々の生育サイクルも早い。さすがに数週間で生長するということはないが、何十年もかかったりはしないようだ。
おそらくNPCやプレイヤーがどれだけ消費してもリソースが枯渇することのないようにという仕様だろう。この分だとリーベ大森林の地下資源もそのうち復活する可能性がある。一度掘った坑道は埋め直し、しばらく時間をおいて掘り直すなどした方がいいかもしれない。
そういう仕様であるなら畜産業から林業にシフトするのもそれほど無茶な事でもないだろう。
ウェルスの貴族も他と同じく、平民とは交わらない一段上の生活をしているとSNSには書いてあった。
その書き込みをしたプレイヤーたちは貴族に対してあまりいい感情を持っていないようだったが、ノーブル・ヒューマンという特権、ひいては戦力を保持していくためにはこれは当然の社会制度と言える。
種族が違う者同士で婚姻しても子供は生まれるようだが、転生前の種族でしか生まれないらしいからだ。
つまりノーブル・ヒューマンという種族には純血しか存在せず、力や特権を次代に継がせたければ貴族同士で結婚するしかない。
そうなれば種族が違う異性同士で仲良くしても辛い未来しか待っておらず、だったら最初から関わらないほうがいい。
それが自然と意識の格差を産み、もともとの権力の差と相まってお高くとまっているように見えるのだろう。
プレイヤーたちはスタート時ではいわゆる平民階級種族しか存在しないため、どうしてもNPCへの第一印象は平民目線になってしまう。そこから貴族と仲良くなるというのは難しい状況だし、貴族と仲良くならなければ前述の仕様を知ることもない。
そうしてプレイヤーたちにとって貴族は鼻持ちならないNPCになっていくというわけだ。
上空からウェルスの王都を眺めてみても特に変わった様子はない。
美しい円形や四角形だったヒルスやオーラルとも違う、アメーバのような、なんというか雑な形をしている。お国柄だろうか。
城門付近を覗いてみたが、門兵が立ってはいるが、特に検問のようなことはしていない。
検問についてはヒルスやオーラルでもやっていたのかどうかは知らないが、城壁自体がそもそも魔物に対する備えであるため、犯罪者などの人間の出入りについては特にチェックしていないということだろう。
レアについてはどうせ上空から侵入するため関係ないのだが。
「お、あれが大聖堂かな」
オーラル王都で侵入した大聖堂に似た建物を探し出し、あの時同様に侵入した。
2回目ともなれば慣れたものだ。
宗教組織の発言力がどのくらいあるのかというのは国や時代によってまちまちだが、王都の一等地にこれほどの土地と建物を持ち、聖職者が大通りを大手を振って歩くことが出来るという時点で一定の社会的地位を持っているのは間違いない。
本当に天使や悪魔が存在する世界だ。現実世界よりも聖職者たちの発言は信頼性が高いに違いない。
と言ってもあくまで現実と比較すればの話であって、実際に正しいことを言っているわけでもない。それはオーラル聖教会の総主教の認識とゲームシステムとの間に齟齬があることからも明らかだ。
つまり言っていることは大抵おかしなことなのに、これだけ堂々と偉そうにしていられるということである。
それは国や社会、あるいは世論によって信頼性を保証されているからに他ならない。
聖職者である、というだけで人々は無条件に信頼してくれるということだ。
聖職者であることの証明もスキルの存在するゲームの中なら容易だ。実際にスキルを発動させてやればきちんと修行をしている証になるし、それがそのまま組織内での地位にも繋がる。
つまり、社会的信用のある聖教会を掌握してしまえば、王族をそそのかすのも容易になるということだ。
*
「──そういうわけで、わたしはこの国の王族をより高みに押し上げてやりたいと考えているわけだ。理解してもらえたかな」
「もちろんです、主よ」
今回のミッションは前回よりも格段に楽だった。
それっぽい装束を身に着けているNPCを片っ端から『鑑定』し、『霊智』や『暗示』を高い水準で取得しているキャラクターに『使役』をかけるだけである。
そうして総主教を支配した後は、総主教をノーブル・ヒューマンに転生させ、他の主教たちを呼び出して総主教の支配下に置く。
そして礼拝堂に全員を集めてありがたい説教をして状況を共有し、今に至るというわけだ。
「『召喚:ケリー』、『召喚:アマーリエ』」
「──はい、ボス」
「──ここに、陛下」
「この子はケリー、この子はマーレという。わたしの腹心たちだけど、この子たちをしばらくこの街に置いておこうと思う」
ケリーにはこの街一番の商会を支配しておくように指示しておく。街なかの情報が一番集まるのはやはり商人のところと傭兵組合だ。
傭兵組合はどうも運営の影がちらつくような気がするため、下手に手を出すのはリスクが高い。妙な個室にでも突然転移させられ「なぜ呼ばれたのかわかりますね」などと説教されるのは勘弁だ。
だから商会を支配する。ケリーは配下にグスタフがいるため他のメンバーよりは慣れているはずだ。ここでも同じことをするだけである。その商会を足がかりに王都の商売仇を徐々に掌握していけばいい。
ライラもポートリーが片付けばいずれこの国の経済支配に動くだろうし、その時に助けにもなるはずだ。それをネタにまたミスリルや希少な素材を強請るのもいい。
「マーレにはとりあえずこの大聖堂で生活してもらおうかな。心配しなくても生活費くらいはわたしが出すよ。とりあえず、そうだな、後でマーレを聖人に転生させるから、聖女とか適当な事を言って担ぎ上げ、このウェルス聖教会のアイドルにするんだ」
歌って踊るそれではない。偶像という意味のアイドルだ。別に歌って踊っても構わないが。
マーレにはなるべく街の貧しいエリアや治安の良くないエリアに行き、そこで施しをするように言いつけた。
十分なだけの資金は与えたが、足りなくなればケリーが支配する商会から寄付という形で予算を立ててもいい。
治安の良くないエリアに行った際は、そこにいる裏社会のボスを『使役』しておくようにも命令した。ボスを操り手下を利用して街の人に因縁をつけさせ、それをマーレや聖教会の人間がうまくおさめるのだ。
何度も対立するうちに次第に聖女の人となりは闇社会の顔役の心を絆し、いつしかその信念を認め自らの行いを恥じ、以降は街の治安のために陰ながら聖教会に協力していくようになる、という筋書きでもいい。
こういうものを日本の古語ではマッチポンプというらしい。自分のマッチで付けた火を自分のポンプの水で消すという意味だ。
仕上げにマーレに賢者の石を与え、聖人へと転生させた。
聖人は外見的に大きく変わったという部分はないが、もともと金髪だった髪は透き通るように輝き、キューティクルがエンジェルリングを浮かび上がらせている。その瞳の虹彩も金色で、全身が光に包まれているかのような錯覚を覚えるほどだ。
「聖人はみんな金髪になるのか、それともみんな髪にキューティクルが復活するだけなのかわからないな。どうでもいいけど」
「陛下、しかし私が顔を晒して目立つ活動をしますと、ノイシュロスで出会ったぷれいやーに見られた場合、私がぷれいやーなのかそうでないのかを勘ぐられる可能性がありますが」
そういえば、あの時レアがプレイヤーとして活動をしていたために彼らの目の前でインベントリを使ってみせたのだった。
かといってこのままプレイヤーとして聖女に担ぎ上げられたということにしておけば、SNSになぜ書き込まないのかなど他に面倒な疑問も湧いてくる。
顔を隠すにしても、そんな怪しい風体で聖女でございというのはさすがに無理がある。
「目の周りだけ隠したらなんとかごまかせないこともないかな……。それだったら目が見えないからとか何とか」
「目が見えなければ戦えませんが……」
そうとも限らないのはレアが証明しているが、そのためには『魔眼』か、最低でも『真眼』が必要だ。
まあ『真眼』を取得させて最低限敵の姿だけは見えるからということにしてもいいのだが。
あるいはここで聖王にしてしまえばレアやライラ同様に「何とか眼」が開眼するかもしれない。だが『魔眼』のようにサポート系の能力ならいいが、『邪眼』のように悪意と殺意しかない内容だと使えない。
それにそもそもウェルスにはNPCの聖王を生み出すために訪れたのだ。本末転倒になってしまう。
「『真眼』を取得して……。ハチマキみたいな目隠しをしておこう。とりあえずはわたしのドレスを──」
レアは着ていたドレスの裾を引き千切り、細長い布を作ってマーレの眼を隠した。
女王のドレスは物理防御も高いため、素手で引き千切れるかわからなかったが、普通の布のように破ることが出来た。
詳しくは検証してみる必要があるが、今のは「生産加工」の行動だと見なされた可能性がある。目隠しを作る、という目的でドレスを材料に生産を行い、レアのスキルが低いため、というか該当スキルを持っていないためボロボロの目隠しが完成した、という事だ。
とは言え元はクイーンアラクネアの糸である。「品質:劣」でも物理防御も魔法抵抗もそれなりにある。
一方のレアのドレスは素材として失われてしまったせいか、見た目は裾が破れただけだが、物理防御や魔法抵抗はふつうの布のドレス並に低下してしまっていた。
これはまたクイーンアラクネアにもう一着仕立ててもらわなければならないだろう。
そしてマーレに射撃系のスキルを取得させ、『真眼』をアンロックさせた。
マーレには射撃の心得は無いが、レアは和弓なら嗜んだ事がある。時間が出来たら体を借りて訓練すればそちらも使えるようになるだろう。
「まあ、もっとちゃんとした目隠しをクイーンアラクネアに用意させておくから──」
「いえ、これで結構です。陛下に賜ったものなら、聖女という言葉にも信憑性が増しましょう」
言っていることはよくわからないが、マーレがいいなら構わない。
『真眼』で見えると言ってもあくまでLPを持つものだけであり、建物などの障害物、それから擬態しているロックゴーレムやトレントは見ることが出来ない。擬態していてもLPやMPはあるはずだが『魔眼』でも『真眼』でも見ることが出来ないので、おそらくそういう特性なのだろう。
ともかく街を歩くには『真眼』だけでは不便なため、先導のために女性の司祭を2人つけさせた。
戦闘にもついていく可能性がある。彼女らもノーブル・ヒューマンに転生させ、少なくとも天使の攻撃くらいは物ともしない程度に強化しておいた。
この時に気づいたのだが、聖教会のメンバーはだれも『回復魔法』や『治療』を持っていなかった。
レアのイメージするファンタジーの聖職者からはかけ離れているように思えるが、この世界では聖職者とは学者、特に歴史学者に近い者たちなのかも知れない。そこだけは現実の宗教家に寄せてきているということだ。
だがこれまではそれでも良かったのかも知れないが、大陸中に死なない人間が現れ、立て続けに人類の敵が生まれ、さらに天使の襲撃頻度も高まる──イベントであるならこれからは当然そうなるはずだ──この時代において、力がなければ人々に信頼してもらうことは出来ない。歴史や学問は大切だが、それだけでは命を守ることは出来ないのだ。
ここまできたらついでとばかりに、総主教を始め、支配下に置いた全ての司教や司祭たちに『治療』や『回復魔法』を取得させておいた。一部の上位の者には『光魔法』もだ。これは天使に有効だとは思えないが、だからといって聖教会が『闇魔法』で天使を薙ぎ払うというのも外聞が悪い。
これは聖女であるマーレでも同じだ。なるべく『闇魔法』は使わないように言い含めておく。それ以外の魔法は別に構わないが。
「おっと、それより早速カモが来たようだよ。天使の群れの襲来だ。聖女のデビュー戦にはうってつけだな。街の平和のために聖教会のアピールをしてくるといい」
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