第182話「アダマンレギオン」





 そうしてヒルスを中心にNPCやプレイヤーたちに大天使と第七災厄の対立構造をアピールし、また少なくとも旧ヒルス国内においては天使による被害は最小限に抑えられていると印象付ける事ができた。

 代わりに上空を定期的に巨大なスズメバチやクワガタが巡回するという心理的プレッシャーをばらまくことになったが、まあ些細な事だ。


 それよりも数度の襲撃を受けてわかったのは、やはり天空城とやらは位置が定まっていないらしいという事である。

 襲撃の度に、街やダンジョンが襲われるタイミングに差があるようなのだ。

 自由に移動できるのかどうかはわからないが、少なくともほぼ常時移動しているのは間違いない。


「襲撃ごとに天空城の位置を割り出して、そこから天空城の移動ルートを算出する事ができれば現在いる位置も推測可能になるだろうけど……。面倒くさすぎるな」


 もっとエヌ数が増えてくれば、例えばウェーブごとに最も早く襲われた街とその時間を探し出し、そこから移動ルートにあたりをつけるという事も出来る。正確性には難が残るがもっとも楽なやり方だ。それ以上を求めるなら、今の段階ではよほど手間と時間をかけないと割り出せない。

 その前に規則的な軌道で移動していると決まってるわけでもない。


 ゲーム内ではイベント2日目を迎えたが、この朝から天使そっちのけでレアの支配するダンジョンに入り浸るプレイヤーも増えてきた。

 それ自体は仕方ないとも言える。

 何せここヒルスでは天使はほとんどレアの配下たちが上空で片付けてしまい、地上には濁った宝石か蟲の死体しか落ちてこないからだ。

 そうなると彼らは経験値ボーナスやデスペナルティ緩和を無駄にしないためにも、ダンジョンにでもアタックするしかない。

 SNSを見る限りではプレイヤー上位層の割合はヒルス領内が最も多いようだ。彼らはイベントポイントを稼ぐことは難しくなるだろうしレアにも経験値が入る。一石二鳥と言えよう。別にランキング上位を狙っているというわけではないが。


 しかしダンジョンに来るプレイヤーのパーティも、せっかくの経験値ブースト期間だというのに効率よく狩りをしようという風には感じられない。

 効率や安全率は度外視し、とにかく奥へ進むか、あるいは全マップの踏破を目的に行動しているように見える。

 おそらく、死ぬことによるリスクが最小限である今のうちにダンジョン内マップを作成し、今後に生かそうというつもりだろう。

 ラコリーヌの森においてはマップの作製は無駄であることは分かっているらしく、多くのプレイヤーがとにかく最深部を目指してアタックしている。こちらはボスや強モンスターと戦って攻略法を見いだそうという狙いがあると思われる。

 最深部と言っても到達できるかどうかも現地のクイーンアラクネアたちの胸三寸なので結局無駄に近いのだが、その情熱には頭が下がる思いだ。

 プレイヤーたちが死を恐れずに無茶をする事自体は、経験値ブースト期間ということも相まってレアの取得経験値に直結しているので大歓迎である。


 面倒なことと言えば、エルンタールに固執していたウェインたちがヒルス王都に現れた事くらいだ。

 彼らの防御力と物理攻撃力は他のパーティと比べても頭一つ抜けている。

 ヒルス王都においてもカーナイトだけでは抑えきれず、時折混ぜているアダマンリーダーでギリギリ倒せるかというところである。

 強力な装備のおかげであるのは確かだが、徐々に実力も装備に追いつきつつある。いまや間違いなくトッププレイヤーの一角と言えるだろう。


「もう☆4くらいの難易度だと適正レベルだな、彼らは。彼らのいるところだけ局所的に☆5にしてあしらうしか無いけど、アダマンリーダーでギリギリとなるともう手札がないな」


 幸いプレイヤーたちの向こう見ずな突撃によって多くの経験値を得ている。瞬間最大収入は過去最大だ。いや時間あたりで計算すればラコリーヌの街で国軍を平らげたときのほうが多かっただろうか。いずれにしてもあの頃に匹敵する収入であるのは間違いない。やはりイベントというのは素晴らしい。


「そろそろ、アダマンたちを本格的に強化するか。賢者の石も無限にあるわけじゃないし、2体を融合させて1体にして、賢者の石のかわりにわたしの血でも混ぜ込んでごまかせないかな」


 そう出来たらよかったのだが、アダマンたちは『哲学者の卵』に入れることが出来なかった。融合素材にはならないということだ。1体1体賢者の石で強化するしかない。


 とはいえ賢者の石が残り少ないのも確かである。他の素材はともかく、魔物の心臓がもう心もとない。

 辰砂や鉄はリーベ大森林やウルルのいた火山地帯の麓でいくらでも取れるし、酸もアリたちが無限に吐いてくれる。世界樹やトレントの灰も同様だ。ちょっと枝をいただいても放っておけば自然回復でじきに元に戻る。

 しかし魔物から心臓を奪うということは命を奪うということであり、さすがにそれは無限に用意するのは難しい。今思えばノイシュロスのホブゴブリンたちの心臓をいただいておけばよかったかもしれない。彼らなら例のデオヴォルドラウグルのプレイヤーの眷属だろうしおそらく無限に湧いてくるだろう。


 秋のイチョウ並木の銀杏のように、どこかにコロコロと心臓が落ちている場所でもあれば話が早いのだが。


「──うん? なんか最近そんな光景見たな」


 インベントリの中を見た。

 そこには大量の「清らかな心臓」が入っている。トレの森での天使の襲撃で得たものだ。あれ以降にも各ダンジョンに襲撃が行なわれているし、何も報告がないということはそれぞれで適切に対処しているのだろう。

 ドロップした清らかな心臓をどうしているのかわからないが、消えてなくなったということはあるまい。

 それでよければおそらく大量にあるし、これからも増える。


「使ってみるかこれ。名前に「心臓」って書いてあるならシステムも心臓だって思ってるって事だし」


 辰砂や鉄は全てリフレの職人街に置いてきてしまっているため、そちらに行かなければ実験することができない。


 リフレに待機しているマーレの体を借り、職人街に赴いた。レミーの眷属となった職人たちの腕前を見る意味も込めて、彼らに作らせてみる。

 すると。


「──できました」


「清らかな心臓を使っても賢者の石は作成可能か。でもそれと世界樹の灰を使ってもグレートにはならないんだね」


 心臓としては低ランクということだろう。

 よけいな効果がついているせいで、普通に心臓として使う分には効果が落ちるということかもしれない。あるいは純粋に魔物としての格の問題か。


「まあいいや。とにかくこれで、天使たちが襲撃している間に限っては賢者の石は量産可能ということだね」


「そうなりますね。量産しますか?」


「しておいて。賢者の石は経験値効率もいい。少なくともユーベルが天使を10体倒すよりもここで職人さんが賢者の石を1つ作るほうがたくさん貰える」


 ユーベルの殲滅力は凄まじいが、実力差がありすぎて天使1体からは雀の涙のような経験値しか入手できない。邪魔者をまとめて片付ける以外にメリットのない行動だ。

 ただし広告塔としては非常に目立つため、現在はヒルス王国中の空を巡回させて天使の迎撃に当たらせている。


 ともかくこれで賢者の石の供給には目処がたった。

 これなら再び湯水の如く使えるだろう。









 アダマンたちに賢者の石を使用し、まとめて強化した。

 場所はリーベ大森林、その隣の草原だ。

 現在はアリ達によって地下に格納庫が作られており、そこには十数体の武者髑髏とジャイアントコープスが出番を待っている。残念ながら今の所活躍の機会は考えていないが、いずれ日の目を見る時も来るはずだ。いやアンデッドなので日の目を見るとダメージを受けてしまうため見ないほうがいいかもしれないが。


 とにかくそんな草原で1体ずつ賢者の石を使用して上位の魔物に転生させた。

 その結果、アダマンリーダーはアダマンドゥクスに。

 アダマンナイトはアダマンアルマに。

 アダマンメイジはアダマンスキエンティアに。

 そしてアダマンスカウトはアダマンウンブラになった。


「ええと、将軍、武器、知識、影か。ちょっとかっこいいなこれ……」


 アダマンドゥクス以外は転生に際して追加で経験値を要求されるということはなかったため、目に見えて強化されたという風ではないが、例えばアダマンスキエンティアならSTRが下がった分だけINTとMNDが上昇したなど、よりそれぞれの役割に最適化されたという感じだ。


 特にアダマンアルマのINTとMNDの下降ぶりがひどい。これでは本当にただの武器、まさに肉切り包丁である。

 これは彼らを統括するリーダー、アダマンドゥクスの手腕が問われる事になる。

 そのアダマンドゥクスは追加の経験値を要求されたこともあり、真の意味で強化されたと言っていい。


 以前のアダマンたちはそれほど外見上の差はなかったが、今はかなり違っている。

 アダマンドゥクスは黒ベースの金属光沢に金色の縁取りが混じり、高級感あふれる色合いになっている。ひと目で分かる強キャラ感が漂うまさに将軍といった出で立ちだ。

 アダマンアルマは全体的に少しシャープになり、黒い体躯に銀色のアクセントが光っている。以前に持っていた盾はなくなっており、両手に剣を持っていた。あの盾も剣もレアが用意した武装だったはずだが取り込まれたということなのか。微妙に損した気分である。

 アダマンスキエンティアは鎧が肩部分のみになり、そこから下は光沢のある布で織られたローブを纏うようになっている。よく見ればあのローブはアダマス製の金属布だ。まともに作ろうとしたら相当高ランクのスキルが必要になるはずだ。もっともあれはおそらく体の一部なのだろうし、物理防御力よりも魔法抵抗のほうが高いですよという以上の意味は無いのだろうが。

 アダマンウンブラはアダマンアルマの銀色部分を全て黒く塗りつぶしたような外観だ。両手の剣もアルマよりも短く、体全体もさらに細身であるようだ。まさに暗殺に特化した姿、アルマの影と言えるだろう。


 これならばウェイン達と戦闘をしても1小隊で完封できそうだ。もっともあの明太リストというプレイヤーは魂縛石を所持し、『精神魔法』を得意としている。そこは十分に気をつけなければMNDが低いアダマンアルマあたりは簡単に状態異常にかけられてしまうだろう。

 しかしそのあたりも含めての戦闘経験だ。ドゥクスの手腕に期待するしかない。


 アダマンズの強化はこれでひとまず終了である。これ以上になればおそらく1体1体に経験値が必要になるだろうしコストパフォーマンスを考えれば現実的ではない。

 それをするくらいなら、その分の経験値を全て1人のキャラクターに費やしたほうが効率がいい。

 数体のアダマンや数個の小隊を特別に強化するということはあるかもしれないが、それは今ではない。


 これで概ねやっておきたかったことは片付いた。

 イベントに関しては、あとは襲撃タイミングなどのデータがそろい、大天使の居所を割り出せるようになるのを待つばかりと言えよう。







★ ★ ★


肉切り包丁という表現はかつて友人に言われた事のある言葉で、要は「刃物持った脳筋」みたいなニュアンスなのですが、よく考えたら一般的な表現ではないような気がしますね。すでに過去に一回使ってますけど。


というような後書きを以前書いたのですが、今冷静に読み返してみると、友人に「刃物持った脳筋」みたいなニュアンスの言葉を言われるとかどういう状況なんですかね。

まあ、とあるTRPGのプレイ中に作成したキャラクターに対して言われたわけなんですが。


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