第181話「躾」





 結局、しばらく待ってみたが天空城は現れなかった。

 それならということで、ライラにも先程の、天使の襲撃タイミングから天空城の位置を割り出す話をしてみたが、返事は芳しくなかった。


「割り出してどうするのさ。倒しにでも行くの? まあ一部のプレイヤーの皆さんはレアちゃんと大天使の怪獣大決戦を期待しているようだけど。やるとしてもイベント終盤にしておきなよ。その頃になればさっき自分で言ったとおり誰かが大雑把にでも位置を割り出してるかもしれないし、それからでも遅くないんじゃない?」


「誰が怪獣だよ。まあ、そうだよね。せっかく取得経験値量も増えているんだし、天使は放っておいてダンジョンに来るプレイヤーたちで経験値稼ぎでもしようかな」


「いや、運営のアナウンスの通りにCo-op協力プレイでもしたら? わざわざ言うくらいだし、それがランキングの基準だと思うけど」


 確かに運営が何の意味もなくあのようなアナウンスをするとは考えづらい。

 しかし協力プレイと言われても何をすればいいのか。アナウンスのとおりであれば、人類種や魔物、NPCやプレイヤーのくくりにこだわらずに協力せよとのことだが、具体的にどうすれば良いのかさっぱりわからない。


「所属に関係なくみたいなことも言っていたけど、種族はともかく所属や陣営ってどうやって判定しているのかな。

 しがらみを忘れてということは普段の仲間と協力してもあまりポイントにはならないんだろうけど、じゃあ普段の敵対関係だとかは何によって区別しているんだろう。パーティどころかクランやギルドみたいなシステムもないよね。

 NPCのAIはわからないけど、プレイヤーの思考はゲームアバターのコントロールとか以外の事に利用するのは法律で制限されてたはずだし」


「私も詳しいわけじゃないけど、普段の行動から色分け出来ないことはないんじゃないかな。

 旧時代からあるテクノロジーだけど、行動ターゲティング広告って知ってる? 普段の検索履歴とか閲覧したサイトとかからその人の趣味や嗜好を割り出して最適な広告出すってやつ。あれと同じだよ。

 プレイヤーのゲーム内での行動のログを取るのは適法だし、それを分析するのも規制とかないから、直接思考を読まなくてもプレイヤーの考えくらいはある程度お見通しだと思うけどね」


「たしかに。それだったらディアスの『瘴気』がブランの配下のゾンビたちを味方と認識していたのも頷けるな」


 その時その時でのプレイヤー同士、あるいはNPCでもいいが、ともかくキャラクター達がどういう関係性なのかをログから分析し、その上で最適な効果対象を選択して発動しているということだ。


「さてと、じゃあそろそろ帰るね」


「ああ、ユスティースとやらによろしく」


「私が直接会うことは無いだろうけどね」





 ライラが去った後、アリたちに周辺の清らかな心臓を回収させた。

 ライラはひとつも拾わずに帰っていったが要らないのだろうか。

 確かに今の所使い道はろくに思い浮かばないが、持っておいて損をするようなものでもないはずだ。

 『死霊』スキルがないとしても、死体に魂を留めておくことが出来るということは、少なくとも蘇生受付時間を延ばすことが出来るのは間違いない。もっともその蘇生アイテムさえ作れない現状では──


「……蘇生受付時間を延ばす……か」


 仕様上、誰かの眷属になっているキャラクターが倒されると1時間で自動的にリスポーンする。死体に1時間は魂が拘束されているという設定であるため、その間はリスポーン出来ないということだろう。

 ゲーム的に言えば蘇生系のスキルやアイテムとのブッキングを防ぐためだと思われる。

 自分で選択してリスポーンするかどうかを選べるプレイヤーと違い、NPCでは自動的に処理を進めるしかない。眷属のリスポーンタイミングがランダムだったり、自動リスポーンまでの時間が短すぎれば蘇生させたくても出来なくなってしまう。それを一律で定めたのが1時間というリミットだ。


 では倒された何者かの眷属に、清らかな心臓を使用した場合リスポーンまでの時間を延ばすことが出来るのだろうか。

 ゲーム的にはそうする理由はないが、設定的にはそうなってもおかしくない。

 先ほどのMP自動回復などの処理を思えば、設定になるべく準拠するようシステムも作られているようだし、可能性はなくはない。


 今は亡きヒルスの宰相閣下は、自身の眷属のリスポーンを利用して遠方の情報を得るなどという事まで行なっていたとか誰かが書き込んでいた。

 プレイヤーであれNPCであれ、あらかじめ眷属のリスポーン位置をチェックしておくような慎重な相手ならば、眷属がリスポーンした時間から敵の動きを推し量ったり、眷属の殺害に及んだ相手を特定したりということもするかもしれない。

 そんな時、このアイテムでその時間をずらす事ができたとしたら──


「まあ、だからといって利用する機会が来るとは思えないけど。一応頭の隅にいれておこう。時間があったら検証かな」


 ひとまず、トレの森にはもう用はない。

 何となく広場を見渡すと、まず天を貫かんばかりに屹立する世界樹が目に入り、次に気を取られるのはその前に鎮座する大神殿、ウルルだ。そして大神殿の両翼を守るように佇むアンフィスバエナとガルグイユ。


〈──ライラ? 忘れ物があるみたいなんだけど?〉


〈あー。こっち、置いておく場所ないからしばらく預かっておいてよ。躾はしてあるから大丈夫〉


 ライラはすぐに適当なことを言う。

 いや、躾というのはもしかしたらフレンド登録を済ませた事の隠語なのかもしれない。

 だとすれば悪くない表現だ。使わせてもらおう。


 ともかく、ウルルとユーベル、アビゴルのせいで広場も最初よりかなり手狭になってきた印象だ。もっと広げ、代わりに森の外周部を一回り大きくしておくように世界樹に言いつけておく。

 ガルグイユはその気になればレアの配下にも今すぐにでも増やすことが可能だが、今しなければならない事でもないし、場所の問題もある。後先考えずに大型の眷属を増やしすぎると大変なことになる。


 後片付けを済ませたらイベントへの対処の続きだ。

 天使たちの問題はどうにでもなる。

 公式の発表どおりならよほどのことがない限りはあのザコ天使しか飛来しないだろう。

 プレイヤーたちにしても今のところはリーベに来たあの一組だけだ。初日は様子見に徹し、翌日からダンジョンにアタックするつもりなのかもしれない。


「しかし、協力プレイか。いやまあ、そもそもイベントでランクインしたいなんて思ってないんだけど」


 匿名希望でシステムメッセージに返答をしたレアがランクインしたところで、正常に表示されるとは思えない。


「でも1位がもし匿名とかって表示されたとしたら、真面目に頑張っているプレイヤーはさぞ悔しがるだろうな」


 今ではあまり見かけないが、かつて高等教育機関への入学を学力のみでテストしていた時代があった。

 あの頃の入試のリハーサル、いわゆる模擬試験の、中でも全国統一模試などではふざけた偽名で受験して上位に名前を載せるイタズラが横行していたらしい。当時人気があったアニメのキャラクター名とか。

 品の良い行いとは言いがたいが、何の意味もないイタズラよりは遥かにイキなように感じる。なにせそのイタズラを成功させたければ、全国トップクラスの学力を有する必要があるからだ。そこには相当な努力があったはずだ。


「まあ、それも悪くないか。とりあえず正規の第二陣が来たら、ヒルス国内の空の掃除をしてみよう」


 様子を見て、問題なさそうならば姿を消さずにやってもいい。

 レアが姿を見せたまま天使たちからヒルスの街を守ってやれば、二度とヒルスにちょっかいをかけようという国家は現れないだろう。









「正確に決まっているわけではなさそうだけど、だいたいインターバルは5~6時間ってところかな」


 だとすれば現実時間でおよそ4時間といったところか。

 定期的な全体イベントの発生タイミングとしては悪くない間隔だ。

 もともとこの世界に住んでいたNPCの騎士たちだけが対処するとしても、国や街が滅び去るほどの被害を受けるようなこともなさそうではあるし、気まぐれにプレイヤーが参加するにはちょうどいいバランスだろう。


 ただし現状で上位のプレイヤーたちには物足りないに違いない。


「ご満足いただけるかはわからないけど、ちょっと話題を提供してあげようかな」


 王都から鎧坂さんを『召喚』し、久しぶりに乗り込む。

 そしてユーベルと航空兵、飛行可能なビートルたちを連れ、トレの森を飛び立った。

 航空兵はリーベ大森林やラコリーヌの森からも徴兵する。

 それぞれヒルス上空の天使たちを片付けながら合流を目指すよう指示を出し、待ち合わせ場所はヒルス王都を指定した。


 ヒルス領の東側から大量の蟲たちが飛び立ち、天使を食い荒らしながらそれぞれ王都を目指す様はさながらイナゴの群れである。


 倒した際にドロップする心臓は無視だ。いちいち拾っていられないし、必要とあればウルバン商会にでも買い集めさせればいい。ヒルスの商会が天使被害者支援の名目で心臓を買い取ってくれるとなれば、それを耳にした商人はこぞってヒルスにやってくるだろう。そこで心臓と交換した金貨は国外に流れることになるが、それもまた経済の活性化につながる。


 レア自身も道中で天使たちを始末しながら王都へ向かう。

 王都への集合が完了する前に今回ウェーブの天使の襲撃は収束してしまったが、いくらかのプレイヤーには上空で戦う第七災厄とアンフィスバエナ、そして蟲たちの姿を見せることができただろう。


「今後の襲撃に対してもいちいち森から迎撃に出ていては間に合わないな。いている土地に駐屯地でも作ろうか」


 もう日は落ちてしまっていたが、その方がレアにとっては好都合だ。

 夜の間にヒルス中を飛び回り、目立たない場所にエルダートレントやトレントを『召喚』して小さな林を造成し、アリやビートルたちの駐屯地を用意して回った。


 これにより、2日目以降の旧ヒルス王国領上空においては、ほぼ全域にわたって天使と蟲型の魔物との戦闘を見ることができるようになった。







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