第180話「ガルグイユのアビゴル」





「──何か、数多くない? 街より森のほうがたくさん来るの?」


「いや、街に来る数なんて知らないけど。でも少なくともさっきよりは多いかな。弱いかわりに段々数が増えてくるとかそういうイベントかも」


 言い方から察するに、第一陣の時はライラはヒューゲルカップを守っていたようだ。

 上空から飛来する天使たちの数は明らかに第一陣よりも多い。正直何匹来たところで結果が変わるわけでもないし、レアやユーベルが対処する分には大した経験値も得られない。現状ではドロップアイテムを得ても有効的に活用できるか未定のため、時間の無駄とも言える。

 可能なら適当に誘導して他のプレイヤーたちにでも押し付けてしまいたいところだが、あいにくこの近辺にはプレイヤーは居ない。

 リーベ大森林の方ならば先ほどキルしたパーティがいるかもしれないが、さすがにあの距離を誘導するのは無理がある。また仮に誘導できたとしても彼らがまだリーベに居てくれるかどうかはわからない。


「──やっぱりおかしいな。間違いない。あの天使たちはイレギュラーだ。

 他に襲撃されている街やダンジョンはないみたいだよ。少なくともSNSには情報が上がってない」


 眼を閉じて立ったまま寝ているのかと思ったらSNSを見ていたようだ。家を飛び出したとは言え、ライラもレアと同様の教育を受けている。例え意識を飛ばしていたとしても間抜け面を晒したりはしないのだ。


「この森だけ襲われているということ? ──確かに、さっきはリフレの方がここより早く襲われていたけど、今は他に襲われているところはないな。どういう事?」


 支配地各所に確認をとってみたが、そういう報告は無いようだ。


「レアちゃん、なんかしたんじゃないの? さっきの襲撃のときに目立つ事したとかさあ」


「仮にそうだとしても、まあ見てないからなんとも言えないけど、多分絶対ブランのほうが自重せずにやらかしてるはずだよ。あっちはプレイヤーも何人も居るし、やらかしたのが理由で襲撃されてるならあっちにも来てるだろうし、それならSNSに話題が上がってるはず」


「あー、まあそうだね。他になにか目立つことかあ……」


 いや、目立つことなら他にもあった。


「──そうか。世界全体にアナウンスされた邪王ライラの誕生だ。天使たちはそれを聞いた上司に命令されたんじゃない?」


「ちょっと、なんか背中がムズムズするからその言い方やめてよ」


 『邪なる手』が蠢いているのか。この手もスキルを増やせば数が増えるのかも知れない。

 それよりも今は天使のことだ。

 天使たちはおそらく大天使の眷属であり、何体キルしたとしても時間経過で勝手に復活するはずである。ここで殲滅したとしてもイベントに影響はないだろうが、そのせいで本来の第二陣が遅れたりすると面倒だ。

 いや、それは別に構わないか。どうせ天使の襲撃してくる間隔が多少狂ったところで他のプレイヤーにはわかるまい。


「あのアナウンスを聞いて天使をけしかけてきたとしたら、少なくとも大天使の陣営が『霊智』を持っているのは間違いないな。ここめがけて来たってことは、トレの森という場所の情報まで『霊智』で聞こえていたってことで、つまり最低でも総主教クラスの『霊智』を持っているか、持った眷属がいるって事だ」


「天空城っていう物が仮に自由に移動が可能なオブジェクトだとしたら、ここまで直接来るかもね。シンボルタワーもあることだし」


 ライラの言っているシンボルとは世界樹の事だろう。確かに目立つ。


「でも天空城を支配しているって言われてるのに、自由に移動できないなんて事あるのかな」


「支配している、っていうのはあくまで人類国家の伝承でしかないからね。例えば単純に、大陸周辺を特定の軌道で周回するような天然の浮遊大陸にお城を建てただけかもしれないし」


 それなら有り得ないでもない。

 天使などの魔物が襲撃をしてくるでもない限り、上空をちょっとした島が浮かんでいたとしてもいちいち気にするNPCは居ないのかもしれない。大天使が城を建てて攻撃してきたことで初めて認識したとしたら。


「──なんてことあるかな? 頭上に城が立てられるほどの岩塊が浮かんでたら流石に気づくでしょ」


「それまでは積乱雲に包まれていて誰も見たことがなかっただとか、まあ、重要なのはそこじゃないからどうでもいいじゃん」


 確かにそうかもしれない。

 このまま待っていても天空城そのものがここに現れないのなら、天空城は自由に動かすことが出来ないか、あるいは天空城を動かすほどの価値が邪王ライラに無いかのどちらかだ。

 後者の場合はつまり、邪王の相手はこの数を増したザコ天使たちで十分だろうと判断したということであり、仮にもワールドアナウンスされるほどの存在に対してそれは少々舐めすぎとも言える。


「まあいいや。ユーベル。片付けてきて」


「アビゴル。頼むよ」


「アビ……えっ? それがガルグイユの名前?」


「エリゴスって付けようと思ったんだけど駄目だったから別名で。もしかしたらエリゴスって名前の種族とか重要NPCとかが居るのかもね」


 世界樹はすでに【世界樹】という名前で登録されてしまっている。キャラクターに種族名を名付ける事は可能だ。

 付けられなかったというのなら、NPCでも名前被りはNGである可能性と、存在する種族名を全く別の種族のキャラクターに付けることは出来ないという可能性が考えられる。

 NPCの名前被りがNGというのはさすがに無茶な話だが、重要NPCに限って言うならあり得ないでもない。

 存在する種族名を別の種族のキャラクターに付けてみるというのはすぐにでも実験が可能だ。たとえばヒルスニュートにオーラルスキンクとか名付けてみればいい。普通の眷属に妙な名前を付けると混乱するのでやりたくないが、いずれ素材になって消えていく眷属になら構わないだろう。


 上空では天使たちが果敢にユーベルとアビゴルに襲いかかっている。

 彼らは武装もないため主な攻撃手段は体当たりや飛び蹴り、拳などだが、その効果範囲に入る前にユーベルとアビゴルのブレスによって落とされている。

 数は先ほどの倍以上いるが、殲滅にかかる時間は大して変わらないだろう。


「ていうか、その体の慣らし運転したら、って言ったでしょう? なに楽しようとしてるのさ」


「慣らし運転ならアビゴルだって必要でしょ。それよりレアちゃんのとこの子、ユーベルってドイツ語?」


「そうだよ。かっこいいでしょう?」


「プレイヤーでさあ、ユスティースってのがいるんだけど知ってる?」


「──どこかで見たな。そう言えばいたね」


 SNSで見かけたことがあった気がする。

 ユーベルは「邪悪」とかそういう意味だ。英語だとイービルが近いニュアンスだろうか。

 対してユスティース、ユスティーツとなればおそらく「正義」だろう。英語で言えばジャスティスだ。


「その子オーラルにいるんだけどさ。ていうかヒューゲルカップにいるんだけど。騎士になりたいみたいで、領主である私の眷属になりたがってるんだよね」


「──へえ」


 プレイヤーがプレイヤーを眷属にした場合、眷属にされた方は相手がプレイヤーであることに気がつくのだろうか。

 プレイヤーが誰かの眷属になったとして、仮にその後なにかに転生したり、何らかの特殊なスキルを取得したりする場合、主君がNPCではシステムメッセージを聞くことが出来ないため、自動的に処理が進む。

 この時主君がプレイヤーだった場合はそのプレイヤーの意思表示によって処理が進むことになるが、タイムラグを極力小さくしてやればおそらく気づかれる事はないだろう。

 しかし問題は主君であるプレイヤーがログアウト中に眷属プレイヤーが何かやらかした場合だ。

 主君がNPCなら処理は自動的に進むため起きていようと寝ていようと変わらないが、プレイヤーがログアウトしている場合ではどうやっても処理は進まない。さすがにバレるだろう。


「眷属にするの? ライラ」


「しないよ。リスクが大きすぎるし何のメリットもない。でも眷属の眷属にだったらしてもいいかもしれないな。この後用意するつもりの影武者をノーブルに転生させて、その子に『使役』させてみるとか」


 それは別に好きにすればいいと思うが、しかし、まるでユーベルのライバルであるかのような名前は少し引っかかる。確かにSNSで見かけた記憶はあったが、言われるまで忘れていた。というか、いちいち書き込んだプレイヤーの名前など覚えていない。

 ユーベルの雰囲気はまさに邪悪や魔的というにふさわしいもので、正義の騎士とは対極的な存在と言っていい。英雄譚で騎士が打ち破るにはうってつけのボスだ。


「ユスティースがもし間接的に私の眷属になったとしたら、ちょっとバトルしてみようよ。そういうクエストみたいな感じでけしかけるからさ」


「別にいいけど、手加減しないよ」


「いいよしなくて。負けても困らないし別に」


 ただの余興だよ。そう言ってライラは笑う。


 例えば今、レアとライラが正面から戦闘するのはお互いの立場上難しい。どちらが勝ったとしても大混乱が起きるだろう。

 しかしライラとはそのうち擬似戦争か何かで勝敗を決したいとは思っていた。なにしろヒューゲルカップで初めて会い、引き分けた時の決着をまだつけていない。


 ユーベルとユスティースの決闘をそれに代えるというのは案外面白い案かもしれない。







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