第179話「邪王誕生」
なるほど。その言葉でだいたいわかった。
つまりライラは渡された賢者の石のうち、ひとつは自分に使用したのだ。
ただ、見たところノーブル・ヒューマンのままであるようだし、おそらく処理を保留しているのだろう。
「わたしが使ったのはハイ・エルフの時で、賢者の石じゃなくて上位互換の賢者の石グレートだったけれど、その時のアナウンスはたしか、精霊か精霊王になるという正規のルートと、特殊条件を満たしたってルートでダーク・エルフと魔精と魔王が出てたんだったかな。
たぶんダーク・エルフとハイ・エルフが同格だから、条件を満たしてさえいれば横スライド転生もできるってことだろうね、賢者の石系は」
「なるほど、それっていつのこと? 時期的なものは」
「第二回イベントの……お知らせの少し前だったかな」
「つまりヒルスのなんとかって街とか王都を壊滅させる前か」
「そうだね。それが?」
街の壊滅の何が問題なのだろうか。
「いや、実は1個自分に使ってみたんだよね、賢者の石。そうしたらシステムメッセージでさ、特殊条件を満たしたからイービル・ヒューマンか邪人になれますよってアナウンスしか出なかったんだよ。特殊条件を満たしてなかったらまるで何にも転生できなかったみたいじゃない? どうなってんのかなって思ってさ」
レアの場合で言えば、ハイ・エルフからダーク・エルフや魔王ルートにしか行けないかのようだ。
相変わらず特殊条件が何なのかは不明だが、賢者の石とグレートとでそこに違いが出るとは考えにくい。
「──例えばライラがその、特殊条件とやらを満たし過ぎちゃったから正規のルートが消滅したということ?」
「私もそう思ったんだよね。それでレアちゃんが転生したタイミングを聞こうと思って。邪道とか魔王とか言ってたし、たぶんなんか悪いことしたから特殊条件満たしたんじゃないかなと。でもってそれをやり過ぎるともうそっちのルートにしか行けなくなる、とか」
「だとすると、確かに街規模の壊滅っていうのはわかりやすい指標ではあるね。じゃあ両方の条件を満たしたギリギリの状態っていうのはなんなんだ」
「適度に殺してる状態なんじゃない? 私は不参加だったけど、第一回目のイベントの参加人数覚えてる? 確かレアちゃん優勝してたよね。あのとき何人くらいキルしたの?」
「……覚えてないけど、たくさんキルした気がする」
この仮説が正しい場合、仮に今レアが転生しようとしたら魔王ルートしか出ないだろう。自分自身では検証しようもないが、もし今後精霊王を生み出そうと思ったら注意が必要だ。
「だけど殺しちゃダメだって言うのなら、わたしはあの時点でもリーベ大森林の牧場使って結構殺してたりしたけど。その前にアリたちもそれなりに倒してるし、森に来たプレイヤーもキルしてるよ」
最初に言われた事だが、プレイヤーとNPCにはシステム的な差はなく、それはモンスターも同じである。
前半は正しかった。なら後半も正しいはずだ。
つまりゴブリンだろうとヒューマンだろうと、殺した時点でキルカウント1が加算される事に変わりはない。キルした相手の種族によって別々にカウントされるとしたら、特殊条件とされているのは一体何をカウントしているというのか。
仮に例の正道、邪道で分けられているとしても、普通のプレイヤーがキルしたゴブリンも、レアがキルした普通のプレイヤーも、どちらも正道ルートの種族であることに変わりはないはずだ。
「そう言われるとそうか。カウントする条件ね。何だろう」
ライラは少しの間思案していたが、やがて自分の考えを口に出してまとめるかのように話し始めた。
「──何にでも言えることだけど、区別するという行為において最初にまず考えることが必ずあるよね。つまり、自分とそれ以外だ。
そう考えると、これ、もしかして自分と同種族のキャラクターをどれだけキルしたかがキーになってるんじゃないかな」
なるほど。
それならわからないでもない。
だとすれば、レアの場合はおそらくイベントやリーベ大森林でキルしたプレイヤーたちのみがカウントされている。あの頃はNPCのエルフになど会ったことがなかったからだ。しかしプレイヤーの中ではエルフが占める割合は非常に多い。いちいち確認などしなかったが、イベントであれだけ殺せばエルフもたくさんいたはずだ。
「ということは、やりすぎたらしいライラはノーブル・ヒューマンを殺しすぎたってこと?」
「ノーブル・ヒューマンはそれほど殺してはいないから、厳密に言えば転生前も含めてのことかもしれないね。レアちゃんだって別にハイ・エルフをキルしたわけじゃないでしょう」
「じゃあヒューマンはそれほど殺してるのか」
「人類系はほら、魔物に比べて経験値効率がいいから多少はね」
オープンβが始まってから、オーラルの王都で転生するまでの間に何かやらかしているようだ。
しかし人類系のキャラクターの経験値効率がいいというのは否定できない事実である。魔法系のスキルを覚えていないキャラクターのINTは多少高くても戦闘においてそれほど影響しないが、その分入手経験値は高くなるからだ。そして人類系のキャラクターは非戦闘員でも総じてINTが高めである。
「話を戻すと、相談というのが正規のルートに戻る方法を知りたいってことなら、残念ながら力にはなれないな」
「ですよね。まあ、仕方ない。課金アイテムで最初の選択をやり直せるようにはなったけど、キル数かなにかでカウントされてるファクターがあるなら多分ヒューマンに戻ってやり直したところで同じだろうし、これはもうどうしようもない部分なんだろうね」
もしエルフやドワーフに転生する課金アイテムを買ってやり直すのならヒューマンのキルカウントも関係なくなるが、ライラがそれを考えていないとは思えない。
ということは、おそらく人類系は種族に関わらず大量にキルした事があるのだろう。
「ライラが使えないとなると聖王は別で用意する必要があるな。あてが外れたよ」
「使えないってひどいなあ。あと聖王って何?」
「もしかしたらヒューマンの先にあったかもしれない種族だよ。イービル何たらとか邪人とかから転生できるとは到底思えないからライラじゃ無理だけど。わたしの目的のためにはそれが必要なの」
あえて黙っているメリットもない。この件でライラと利害が対立する展開は考えづらい。伯爵から聞いた話をかいつまんで話した。
「……なんか、すごいねブランちゃん」
「そう思うよ。死亡してランダムリスポーンした先が伯爵の城の地下だったって話だから、たぶん正式サービス開始時のスポーン位置の仕様変更はあの子のせいだと思う」
はじめにどこかの国家を選んだ場合はそうおかしなところに飛ばされることもないはずだが、環境で選んだ場合はそうではなかったということだろう。
最初のリスポーンポイントが開始数時間で他の誰かのパーソナルエリアになるという不運もそうだが、その後飛ばされた先がいきなりレイドボスの居城というのもなかなかに極まっている。前世でどんな悪い事をすればそんな目にあわされるというのか。
「しかし、聖王か。せめてノーブル・ヒューマンの次が判ればアタリをつけられたんだけど。今出来そうなことと言えば私が邪人に転生して、もう一度賢者の石を使う事で邪王とかになれるかどうか見るくらいかな」
「はやく」
「ええ? まあ、どのみちこのルートしか残されてないならいつかはやることだろうしいいけどさ。でもこれ変な羽とか角とか生えてきたりしないかな? いちおう領主もやってるし、あんまりビジュアル的にロックなやつは困るんだけど」
「は? 変じゃないし別に」
レアの角も翼も別に変ではない。椅子に座るときやベッドに横たわる時など多少わずらわしく感じる事もあるが、それ以上に便利な状況の方が多い。領主という職にとっても便利なのかどうかはわからないが。
「まあその時は適当に代役作って表舞台からは退くしかないか。邪人に転生します」
それがシステムに対する返答になっていたらしい。
すぐに光に包まれ、やがて現れたライラは『真眼』で見えるLPも『魔眼』で見えるMPもひとまわり増えているようだ。肉眼で見える姿は──
「……日焼けしたね」
「日焼け……? うわ黒い!」
艶やかな褐色の肌だ。もしかしたらダーク・エルフもこういう色なのかもしれない。これはこれでかっこいい。
「翼とかはないね。この次からかな? はいこれ、賢者の石。前回摂取してから一日以上経ってる?」
「薬か! 前回使ったのはおとといだから一日以上は経っているけど、これクールタイムって使用の瞬間からカウントなの? それとも効果が解決された瞬間から? それによって今使用できるかどうかが変わるよね──っと、使えたってことは、使用した瞬間からクールタイムのカウント始まるのか」
ライラは「うわ高い!」とか言いながらも光に包まれていく。
使用した時点で賢者の石は消費され失われている。システムメッセージを保留させているのはあくまで使用した事で誘発された処理を停止させているに過ぎない。使用に対してクールタイムが設定されているのならこの仕様は納得できるものだ。
ほどなく光は収束し、邪悪な雰囲気をまとわせたライラが現れた。
「……なにそれ、マント?」
てっきりレアのように翼でも生えるのかと思っていたが、ライラの背から伸びていたのはボロボロに見える真っ黒なマントだった。
「マントじゃないよ。これ、手みたい。『
「生えてるね。マントがインパクト強過ぎて見てなかったけど羊みたいなやつ」
レアの角を山羊のそれだと評するならば、ライラの角は羊のそれに似ている。巻き角というのか、側頭部から後ろに向かって生え、弧を描いて先端は前方を向いている。浅黒い肌と相まって非常に邪悪な雰囲気だ。
また、その耳もヒューマンとエルフの中間のような形というか、ヒューマンの耳を少しだけ尖らせたような形状に変わっている。魔王であるレアの耳と同じものだ。
マントにも見えた背中の黒い何かは、よく見ればいくつもの帯のようなものだった。影で出来た触手といった風情だ。どこまで伸ばせるのか、普通の手と同じように利用できるのかなどによっては非常に有用な種族スキルになりそうだ。
「あやっぱりマント
そして角にはおそらく支配などをガードする特性があるのだろう。
魔王であるレアの場合、この時点で『魔眼』もアンロックされていた。
ならば邪王であるライラにも同じくアンロックされていてもおかしくない。
「もうひとつ『邪眼』てのもあるんじゃないの?」
「──ああそうか。レアちゃんにも似たようなのあったね」
やはりあるようだ。
《邪道ルートのレイドボス「邪王」が その他地域トレの森 にて誕生しました》
「──なるほど。これか」
怪しいこと極まりない。プレイヤーであるレアは慣れているが、NPCがこんなメッセージを突然脳内にぶち込まれてはそれは慌てるだろう。
というか、今まさに大陸中で該当のNPCは慌てているはずだ。
なにせつい最近聞いたばかりのメッセージの、同じく邪道のレイドボスは正しく人類の敵として行動し、ヒルス王国を滅ぼして見せたばかりである。
「これか、ってレアちゃん聞こえたんだ。特定のスキルをお持ちのプレイヤーってことだね。ああ、聖教会を支配したときのアレか」
「そうだよ。自分でも取ってみた。でもこれでまた各国が騒がしくなるな。オーラル聖教会にはわたしの方から言っておくけど、他はどうしようもないな」
あの時ヒルス王国が災厄討伐軍を組織したのは、災厄が生まれたのが自分たちの庭だったからだ。
結果的にその判断は正しかったと言える。にもかかわらず滅び去ったのは、ただ相性が悪かっただけだ。圧倒的な物量で攻める事が強みと言えるヒューマンの軍に対し、たまたまレアの手札が広域殲滅に特化していたというだけである。
そしてレアはヒルス王国を滅ぼし、それ以降は表向きはちょっかいをかけてきたポートリーにしか手を出していない。
この状況下でわざわざ災厄のお膝元であるトレの森に軍隊を派遣するような国などあるまい。
ただでさえ天使への対応で手いっぱいのはずだ。
速やかにオーラル聖教会の主教たちへ事のあらましを伝え、表向きだけ騒いでおくよう指示しておいた。そうしなければプレイヤーたちにオーラル聖教会が不審に思われてしまうからだ。
「でもなんか、気分いいねこれ。誰でもいいからボコボコにしたい感じ」
急激に能力値が上がったり、新たな器官やスキルが芽生えた影響だ。レアにも覚えがある。
というよりも、この感覚を素直に解き放った結果、ヒルス王都までひとりで赴いたのだと言えなくもない。
「経験者から言わせてもらうと、あんまり調子に乗ると死ぬよ」
「大丈夫だって。さっきまでの自分と比べてみても、ちょっとやそっとじゃとても死にそうにないし」
分不相応な力を手にしてしまった人間とはなぜかくも愚かになってしまうのだろう。
まるで鏡映しの自分を見ているかのようだ。顔も似ているし。
しかしレアは人類の敵としては先輩である。後輩である姉を正しく導いてやらねばなるまい。
「そういう生意気なセリフは、わたしを『鑑定』できるようになってから言いなよ」
「『ちゃん』」
《抵抗に成功しました》
「もうそれ変えたら?」
「……ごめんなさい。調子に乗ってました」
かつてプレイヤーたちに敗北し、また魔法やスキル無しの戦闘でライラと引き分けた経験があるのだ。自分の力を過信することの危険さは少なくともライラよりは身にしみている。
そしてそれらの教訓により、たとえ調子に乗ったとしても、それが過信ではなくただの事実になるように自分自身に投資してきた。災厄に成り立ての新米においそれと『鑑定』されるほど弱くはない。
「ライラが邪王になっちゃったのなら仕方ない。聖王は別で探すしかないな」
「あー。うちのツェツィーリアとか使ってもいいよ。でも使ってもいいって言っても、その場合経験値3000って私が払うのか」
単にコンテンツ開放のフラグとして必要だというだけのことだ。
唯一残った野生のヒューマンの国であるウェルスの王族あたりをそそのかし、聖王へと到らせる事が出来れば目的は達成される。
同じ事が精霊王や幻獣王にも言えるだろう。
「力の証とかいうのが具体的に何なのか知りたいところだね。倒せばいいのかな?」
仮にそうだとしたら困るのは蟲の女王の証である。スガルに死なれるわけにはいかない。
また経験値やドロップアイテム同様に、同陣営ではアイテムが得られない可能性もある。
「自分の陣営で死んでも困らない──配下のいない聖王とかを育ててみるか、それか適当な野生のNPCをうまいこと誘導して転生させて倒してみるか、どっちが安上がりかな」
野生のNPCでは倒してしまえばそこで終わりである。倒すことで証が得られるのなら構わないが、そうでないならすべてが無駄になってしまう。
その場合は蘇生アイテムか蘇生スキルの開発が必要になるだろう。
「聖王とか精霊王にしちゃってから『使役』すれば?」
「──いや、わたしやライラ、それにスガルの例を考えれば、該当の種族はすべて『角』とかそういう特性で高い抵抗力を有している可能性がある。配下にしてから転生させるならともかく、転生しちゃったやつを配下にするのはちょっと難しいんじゃないかな」
聖王や精霊王に角が生えているというイメージは湧かないが、似た効果の別の何かが無いとも言いきれない。
これは真祖や海皇でも同じ事が言える。
プレイヤーの誰しもがエンドコンテンツの開放が出来るようにデザインされていると仮定すれば、おそらく協力関係でも敵対関係でもどちらでも満たすことができる条件のはずだ。
協力ならば現地に連れていけば何かしら起きるだろう。
敵対ではそれは難しいため、戦う事で解決する問題である可能性が高い。
「やはり野生のNPCを育てて刈り取るのが合理的かな」
「NPCの王族を追い詰めておいて、賢者の石を片手に「力が欲しいか」とかやるわけね」
なんだそれは。
素晴らしい。
実にかっこいい役回りだ。
では現在存命の各国の王族にはなるべく経験値を稼いでもらい、かつ死なない程度に危機感を持ってもらう必要がある。
王家直属の騎士団などが出張る必要のある距離に、適度な難易度のダンジョンを用意してやればいいだろうか。
プレイヤーには用はないため、転移先に設定される必要はない。システムにダンジョンだと認識されなくても問題ない。あくまでNPCにとって都合のいい狩り場であればいいだけだ。
「素材が魅力的な魔物とか、経験値はおいしいけど弱い魔物とか、そういう眷属がいるな」
「レアちゃんが楽しそうで何よりだよ。私は……このままだとちょっと帰れないな。新政権樹立記念式典の時の全身鎧着ないと」
「『邪なる手』はどうするの?」
「……鎧にスリット入れて、もうマントで押し切るしかない」
「角は?」
「兜に穴開けて、兜の装飾って事で……。面倒だな! もう適当な町娘さらって影武者仕立てた方が早い!」
巻き角をうまく兜に合わせるのはよほどの器用さと機能的なデザインが必要だ。それなら影武者を立てたほうが早かろう。
それからしばらくは『邪なる手』の可動範囲や詳細な仕様を調べたり、『邪眼』を少しアンロックしたりして過ごした。
レアの例で言えばライラにもそのうち「邪の理」とかそういうキーになるスキルがアンロックされると思われるが今のところはまだ無い。
「──今できるのはこんなところかな。新しく取得できる配下の強化系スキルは「ヒューマン」か「邪」を種族名に含む者に限るって制限あるけど、かなりの上昇率だ。どのみち私の配下はほとんどヒューマンかノーブルだし問題ないな」
邪王は配下の強化に特化したスキルを多く取得できるらしい。羨ましいと思わなくもないが、仮に魔王がその仕様だった場合、対象になるのは「なんとかエルフ」と「魔なんとか」だろうか。残念ながら1人もいない。
「邪竜とかそういうのが作れれば超便利そう」
「ああ、それいいね。ニュートたくさん捕まえて試しておいてよ。
さて、目的も全部達成できたし。まあ一部想定外に仕事が増えた部分もあるけど、そろそろ帰ろかな」
確かにもう用はないのだろうが、そうもいかない。これだけ付き合わされたのだし、逆に少しの間付き合わせてもバチは当たるまい。
レアは空を見上げた。
「まあせっかくの機会だし、帰る前にその身体の慣らし運転でもしていけば?」
「え?」
「ほら、第二陣の登場だよ」
上空には天使の群れがやってきていた。
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