第178話「じゃれ合い」
「ここを待ち合わせ場所にしたってことは、サラマンダーの転生条件がわかったってことでいいの?」
「うんまあ。お願いっていうのはひとつはそれだね」
「お願いって複数あるの? あと相談はまた別なの?」
「そりゃ相談はお願いとは言わないでしょ」
「いやそんなことはないけど。ニュアンスの問題かな」
「ああ、遠回しにお願いしたいときの言い方か。奥ゆかしいって奴だね」
よく考えてみれば、それはライラから最も遠い形容詞だ。そんな殊勝な言い方をライラがするわけがなかった。
「……じゃあとりあえずお願い事から片付けようか。いくつあるんだお願い事というのは」
「そんなにないよ、ふたつだけ。ひとつはあの賢者の石、あと1個欲しいなって事。もうひとつはウチのオーラルスキンクを融合させて欲しいって事さ」
「オーラルスキンク? それがヒルスサラマンダーの転生先?」
「ヒルスサラマンダー? オーラルサラマンダーでしょう?」
話が噛み合わない。
ライラがあの川から連れて行ったのはヒルスニュートだった。ここまではお互いに認識が一致している。
しかしこの森でレアが実験をした際はヒルスサラマンダーへと転生していたのに対し、オーラルでライラが賢者の石を使用した際はオーラルサラマンダーに転生したという。
「つまり、こういうことか。多分彼らは生まれた場所によって種族の名前が変わるんだ。ヒルス産のサラマンダーとか、オーラル産のサラマンダーとかそういう意味なんだよ。
転生ってのは文字通り新たに生まれ直すって事なんだろうね、システムの判定としては」
「そう考えるのが妥当かな……。でもヒルスはもう存在してないよ。それは公式サイトの国家紹介ページからも明らかだ。つまりシステムもそう判断してるって事だけど、それでもヒルスサラマンダーになるのなんか納得いかないんだけど」
「かつてそう呼ばれていた地域って意味では間違ってないんじゃない? 他に呼びようもないしね。エゾシカとかヤマトナデシコとかと同じだよ」
「同じ……かなぁ?」
ライラの場合、からかっているのか、皮肉で言っているのか、本気で言っているのかいまいち判断がつかない。
皮肉だとしたら蝦夷を征伐した大和朝廷とヒルスを滅ぼしたレアを重ねて言っているのだろうか。ちょっとよくわからない。まさかヤマトナデシコもそこから取っているのか。
「……何か悩んでるみたいだけど、深い意味はないよ。ぱっと思いついたものを言っただけだよ」
「まぎらわしいな! いらん事言うな!」
名前はともかく、ライラが呼び出したオーラルスキンクとやらはヒルスサラマンダーとサイズは同じくらいだが、サンショウウオらしさはもうあまり残っていなかった。あれに似ている。コモドオオトカゲだ。
そして1体だけ転生できていない個体は外見上はヒルスサラマンダーそのものだ。『鑑定』してみると確かにオーラルサラマンダーとなっており、言われてみれば若干色が薄いように見えなくもない。気のせいかもしれない。
「お願い事を聞いたり相談に乗ったりするのはいいけれど、かわりに聞きたいことがある」
「サラマンダーからスキンクにする条件なら多分『火魔法』と『水魔法』かな。この子たちこう見えてもブレス攻撃できるんだよ」
「火が吐けるの?」
「いや、スチームブレスなんだけどね。高温の蒸気を吹き出すの」
「……ただのあったかい息じゃないか!」
「ちゃんとした攻撃手段だよ! 検証したところでは水属性なんだけど抵抗に失敗すると追加効果で火傷の状態異常を」
「どこまで本当のことなの?」
「今のところ全部だよ」
うさんくさいがさすがに人に物を頼む状況で無駄にからかったりはしないだろう。いや「今のところ」と敢えて口に出したところがいやらしい。この後嘘をつくつもりでもあるのか。
ともかく、レアの試しておきたかったサラマンダーたちの転生条件に関しては目論見通りライラが代わりにやってくれたようだ。
それだけでとりあえず対価としては問題ない。
こちらの質問を先回りして答えられたことについては若干苛ついたが些細なことだ。
「それはそれとして、質問はまだあるよ。確か60個の賢者の石を渡したと思うんだけど、一個は何に使ったのかな?」
「……うんまあ、それが実は最後の相談ってやつでもあるんだけど。そっちを先にする? ここまで来たし、スキンクたちの方を先に片付けてからのほうがすっきりしない?」
言いにくそうではあるが、答えたくないという風ではない。
後で話すと言うことだし、ここはライラの言う通りスキンクたちの融合実験を終わらせてからでも構わない。全員に『火魔法』を取得させる上に賢者の石も2回分必要なため膨大なコストが掛かるが、大量に存在するニュートからドラゴン系の何かを生み出せるとなれば非常に大きな戦力になる。
「じゃあ、はいこれ。賢者の石。とっととオーラルスキンクにでも転生させて、結果を見よう。話はその後だ」
「おっけーおっけー。よーし、っと──あ」
「なに?」
「ヒルススキンクになっちゃったよ」
「あ」
ここはヒルスのトレの森である。
図らずも先程の推測が正しいことが証明されてしまった。
しかしオーラルスキンク29体に1体だけヒルススキンクを混ぜたところで結果に変化はあるまい。融合に関しては細かいところはかなりアバウトでも問題ない印象だ。
おそらく「特定のモンスター」+「あるカテゴリーのモンスター」や「あるカテゴリーのモンスター」+「あるカテゴリーのモンスター」など、何らかの枠に入っていれば問題なく素材にできるのだろう。
これはキャラクター以外のアイテム素材でも同じことが言えるのかもしれない。
これまでもブランに倣ってたまにレアも血液を投入していたが、吸血鬼であるブランならともかくレアの血液が結果に影響していたのかどうかは不明だ。もしかしたら血液なら誰のものでも良かったり、極論を言えば例えばタンパク質を含む液体であれば豆乳やプロテイン飲料などでも良かったのかもしれない。
もっとも、少なくともリフレの街ではプロテインは販売されていないため、プロテインを投入するのは難しいだろうが。
「ふふ」
「え? なに? なんで今笑ったの?」
「なんでもないよ。『哲学者の卵』」
いつものように作業を進めていくが、素材が30体しかいないとなると本当に30体で打ち止めなのかどうなのかが判別できない。
しかしそれはこれからレア自身の眷属でいくらでも試すことができる。どうせライラのペットだし、何でもいいからとにかく早く結果が見たい。
このスキンク1体あたりに費やしたコストのことを考えればこれまで以上に強い魔物が生み出せそうな気もするが、何しろ元にしたニュートが弱すぎる。現在リーベ大森林の地底湖で放置実験中だが、もしかしたら本来はもっと緩い条件で転生可能なのかもしれない。賢者の石で転生させているのはあくまで緊急措置に過ぎない。
例えば、ゴブリンをゴブリンリーダーに転生させるのに必要なのはゴブリンの核石だけでいいが、それがわからなければ賢者の石を使うしかない、というような事だ。ゴブリンの核石と賢者の石ではその価値に天と地ほどの差がある。ニュートやサラマンダーでも同じことが言えるのかもしれない。
「『大いなる業』」
卵のサイズは前回の、アンフィスバエナやスケリェットギドラの時ほどではない。
広場の隅の方、といっても大きすぎるため少し端に寄っているという程度でしかないが、とにかく横に立っているウルルやユーベルと比べても若干小さめであることが分かる。
こうして立たせてみればわかるがウルルはユーベルよりも大きい。卵の大きさは同じ程度だったはずだが、翼や長めのふたつの首の分があるため、ユーベルの本体はそれほど大きくはない。
その水晶の卵を砕いて現れたのは、青竹色の鱗を持った、いかにもドラゴンと言える風体の竜だった。
頭部にはまさしく角というようなものはないが、角のあるべきところにはヒレのようなものが伸びている。ヒレにも骨格があるようなのでどちらかと言えば角にヒレが張られていると言った方がいいかもしれない。
翼はアンフィスバエナに比べれば小振りであり、とても飛べそうには見えない。しかし分厚く、こちらも翼というよりはヒレに近い。
首も体躯に対して長めに見える。しかしながら尾も長めなのでそれほど不自然というわけでもない。アンフィスバエナもスケリェットギドラも首は長めのため、首が長いのがドラゴン系魔物のデフォルトのデザインなのかもしれない。
「かっこいい! ガルグイユだって!」
「ガルグイユ……ガーゴイルの元になったやつ? マイナーじゃない?」
「いやそこのアンフィスバエナに言われたくないよ。いつ作ったんだよそれ」
『鑑定』してみたところでは『フレイムブレス』、『アクアブレス』を持ち、この翼なのに『飛翔』と『天駆』も持っている。
アンフィスバエナもこのガルグイユも必要最小限の経験値しか使用していないという意味では種族的なデフォルト能力値に近いと思われるが、それを比べてみると全体的にアンフィスバエナの方が上だ。
しかしガルグイユには『水中呼吸』や『潜航』がある。活動する場所を選ばないイメージのドラゴンだ。
「ていうか、結構いろいろやってるけど「なんとかドラゴン」みたいないかにもな名前のドラゴン一匹も出てこないな。トカゲしか使ってないから?」
それはライラのガルグイユだけである。
レアもブランも真竜人やドラゴントゥースなど竜と名のつく素材を使用している。
「いつかのSNSにあったけど、NPCの伝承でドラゴンの噂があるらしいから存在はしてると思うんだけどね。ドラゴントゥースもいるし」
「名前があるから存在していると考えるのは早計だよレアちゃん。現実にはドラゴンなんていないけど名前だけはあるじゃない。竜の
一見正論のように見えるがただの詭弁だ。
エルフやゴブリンをはじめとする種族の名前がすべて現実の単語を使用しているこのゲーム世界において、正体不明の怪物にわざわざ「ドラゴン」と名付ける理由はないはずだ。呼び名がつくには必ず理由が必要で、現実でも架空の存在であるドラゴンという言葉は「睨みつけるもの」というギリシャ語のドラコーンから来ている。
こちらでもまさか同じ語源や似た発音の言葉から「ドラゴン」という単語が生まれたとは考えづらいし、あえてわざわざ「ドラゴンがいる」という伝承が残っているのなら、実際にドラゴンが存在するのは間違いないと言っていい。
そんなことはライラもわかっているはずで、つまりこれは単にじゃれているだけだ。
「まあドラゴンについてはいずれ時間ができたら探しに行くよ。それよりさっきの話だけど、賢者の石は何に使ったのさ」
「ああそうだった。相談したいっていうのはそれのことでもあるんだけど、その前にまず、レアちゃんが魔王になったときのシステムメッセージについて教えてもらってもいい?」
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