第186話「稀代の賭博師」(ブラン視点)





「天使無理! 超キモい! ホラーじゃん! 控えめに言って小綺麗な殺人人形だよ!」


 上空から襲撃があるからみんなで力を合わせて頑張ろう!

 という趣旨の運営からの告知で、なるほど珍しく協力プレイイベントかと楽しみにしていたところにこれである。

 プレイヤーたちで協力して殺人人形の群れと戦うなど、ホラー映画の3作目あたりで監督がトチ狂ってパニック映画に転向するパターンにしか思えない。そして4作目で戦争アクション映画に転向して5作目でVS宇宙人とかやりだすのだ。


「つまり今3作目って事だよね。イベント3回目だし。次回は戦争……は前回イベでやったから、次は天使VSモンスターだな! バケモノにバケモノをぶつけるんだよお!」


 だが考えようによってはそれもすでに今回カバーしていると言える。

 天使は無差別に全てのキャラクターを襲うため、ちょっと魔物の多い領域に分け入れば普通に天使とモンスターが戦っているからだ。


 そしてそれはこのエルンタールでも同じである。

 天使をひと目見て直接戦う事を放棄したブランは、迎撃の全てを配下に任せることにした。

 襲撃の最初のうちこそアザレア、マゼンタ、カーマインの3名とバーガンディで出撃していたが、次第にバーガンディ1体で十分であることに気が付き、アザレアたちはいつの間にかブランとお茶を飲んでいた。

 そのバーガンディ1体でさえ実は過剰戦力である。バーガンディ自身は全く攻撃をせず、ただ近寄ってくる天使が勝手に『死の芳香』によってダメージを受け、落ちているだけだ。

 ともかく、バケモノVSバケモノはエルンタールで好きなだけ見ることができる。おそらく大陸各地で同じ状況のところはあるはずだ。

 特にレアやライラの支配地がそうだろう。どうせ自重せずに天使を蹴散らしているに違いない。


 また天使の襲撃の合間にくるプレイヤーたちも未だバーガンディの防御と範囲スリップダメージを突破する手段が見つかっていないようで、デスペナルティの軽減をいいことに無為な突撃を繰り返しているように見える。

 それ自体はブランに経験値がどんどん入ってくるため大歓迎だが。


「なんてこと……。戦争もVSゲテモノももう終わってるんじゃあ、この天使シリーズに未来はないな」


「先ほどから何をおっしゃられているのか全くわからないのですが」


「なんでもないよ」


 とにかくブランはイベント1日目にしてかなりやる気をそがれていた。









〈え? ライラさん邪王?になったんですか?〉


〈うんそうなんだ。だから何ってわけじゃないけど、一応言っておこうと思ってね。どうせレアちゃんは私の事そんなに話したりしないだろうし〉


〈あー。そんなこともないですけどね。なんだかんだ言ってもよく話題には出ますよ〉


〈え、あ、そうなんだ〉


 魔王であるレアの姉が邪王というのは面白い。

 人類にとって非常に迷惑な姉妹だ。

 邪王。

 魔王。

 縦読みすると邪魔な姉妹である。


〈じゃあライラさん引きこもるんですか?〉


〈うん? まあ、人前には出られなくなったから、そういう意味では引きこもりだけど。じゃあ、って何?〉


〈いや、確か伯爵が邪王は引きこもりだとか言ってた気がしたんで〉


 引きこもりすぎて黄金龍とやらの降臨でも協力しなかったという話だった。

 しかし考えてみれば現実の人間だって引きこもる者とそうでない者がいる。同じ種族だからといって同じ行動をするとは限らない。人間や邪王のような高度な知能を持った生物ならなおさらだ。


 例えば昆虫などには悩みはないと言われている。

 悩むことなく決断し、その時自分にとって最も必要な事を必要なだけ行うということらしい。

 それぞれがそれぞれに特化して進化したがゆえに、地球上でもトップクラスに種類の多いカテゴリーになったという事である。

 人類は逆に個々がそれぞれ思い悩むことで同種の中での多様性を獲得し、地上を席捲するにいたったのだ。

 どちらの方が優れているというわけではないが、人間は思い悩むがゆえに時に失敗し、時に成功する。

 置かれた環境によってそうせざるを得なかったという人ももちろんいるが、それがそのまま結果につながっているとは限らない。似たような状況でも、人によってその後の対応はまちまちだ。

 だいたいの人はそれを「自由」と言う。

 引きこもるのも引きこもらないのも邪王の自由である。


〈──他にいるのか、邪王〉


〈いるみたいっすよ。伯爵はなんか知ってるようなこと言ってました。会ったことがあるのかは知りませんけど〉


〈そう。ありがとう。連絡してよかったよ。じゃあちょっとすること出来たからまたね〉


〈あ、はい。またー〉


 する事というのが何なのかわからないが、レア風に言えば、どうせろくな事ではないのだろう。


「──ちゃっと、というのは終わりましたか。ライラ様はなんと?」


 ヴァイスはちょいちょいブランの交友関係を気にしてくる。アザレアたちが何も考えていないような顔でタルトを頬張っているのとは対照的だ。こいつはオカンか何かか。


「ちょっとした近況の報告とかかな。なんか邪王っていう種族になったみたい」


「はあ?」


 ヴァイスは少し思案げにうつむくと、「少々、用事が出来ましたので2、3日空けます」と言って出ていった。

 その際にアザレアたちに何やら言い付けていたが、当のアザレアたちは去りゆくヴァイスの後ろ姿にイーッっとやっていた。あんな顔する人などドラマくらいでしか見たことがない。


「なんか最近、どんどん人が減っていってるな。ちょっとさみしくない?」


「ディアス殿やビートル殿がいなくなられたのは寂しいですが……」


「ヴァイスは別に」


「下の吸血鬼、何匹か呼んできましょうか?」


 そういう事ではないが、まあ気持ちだけは受け取っておく。


 イベント中ということで何度か無駄な突撃をしていたプレイヤーのパーティも最近は来ていない。そのため天使の襲撃の無い時はバーガンディも暇そうにしている。

 広場では他にジャイアントコープスやフレッシュゴーレムもいるが、丸くなって眠っているバーガンディの周囲で体育座りでぼうっとしているだけだ。


「退廃的だなぁ……」


「まあ、アンデッドですし」


「健康的なよりは退廃的なほうがアンデッドとして健全なのでは」


「……? ちょっと考えたんだけどよくわからなかったんだけど、何言ってるの?」


 とりとめもない話が続いていくが、生産性はまったくない。

 このままでは何か駄目になる。

 そんな気がした。


「よし、せっかくのイベント期間だし、どっかの街を襲って支配地を増やそう!」


「えっ」


「いえ、そういう大きな事をする時は、まずレア様かライラ様あたりに相談されたほうが」


 マゼンタの言うことも一理ある。

 だがいつもそのようにしていてはブラン自身の成長が見込めない。

 仮にここで、2人の手を借りずになにか大きな事を成し遂げた場合、きっと2人は驚くだろう。


「大丈夫! わたし1人でも人間の街くらい余裕だよ! ていうか国だって余裕だよ!」


 もはやブランの脳裏には成功した後のことしか無かった。

 レアとライラの称賛する姿が今から目に浮かぶようだ。


「あの、このようなことは本来死んでも言いたくないのですが、せめてヴァイスがいる時に」


「大丈夫大丈夫! きっと伯爵も褒めてくれるし!」


 ライラに手を貸してオーラルでクーデターを起こしたときなど、伯爵は見たこともない顔で笑っていた。

 またあの顔をさせてやることが出来るかも知れないとなれば、やる気も湧いてくる。


 まずはレアから貰った地図を広げる。

 街を滅ぼすと言っても、ヒルスやオーラルの街を攻撃したらレアやライラの何らかの計画の妨げになってしまうかもしれない。


 考えてみればレアはヒルス、ライラはオーラルという国を事実上支配している。

 ブランだけはエルンタールやアルトリーヴァという都市単位だ。

 ブランもどこか国を支配してみたい。


「ええと、こっから一番近い国は……。ウェルスってところかな?」


 地図はあくまでヒルスの国内のものであるため、ウェルスという国の詳細はわからない。

 しかし国境線は書かれている。ウェルスに入るだけなら容易だ。

 空が飛べるのであれば、伯爵のいるアブオンメルカート高地を越えればそこはウェルスである。伯爵にも内緒で行動するつもりのため城に寄るような事はしないが。


「まあとりあえず行ってみてから考えよう。飛べるのはわたしとアザレアたちとバーガンディだけか。バーガンディはここを守ってもらわないといけないから、今回は4人かな」


 ジャイアントコープスやフレッシュゴーレムたちもすることがなさそうなので使ってやりたい。高地を越えたらそこで『召喚』してやればよいだろう。

 巨人アンデッドたちの行進で人類の街をぺしゃんこにしてやるのだ。


 プレイヤーたちはイベントであるため、天使の襲撃だけが脅威だと認識しているに違いない。そしてそれはおそらくNPCも同様だ。

 なにせ天使は人や魔物を問わず襲いかかってくる。

 その状況で天使を無視して別の勢力を襲撃するような者などそういないはずだ。


「野も山も、みないちめんに弱気なら、あほうになって、米を買うべし!」


「なんですかそれ。コメ?」


「伝説のギャンブラーの残した言葉だよ! 他にも”人の往く、裏に道あり、花の山”とか、まあとにかく他人と同じことをしていたら勝つことなんて出来ないってことさ!」


 レアやライラも、聞いているだけでも他人と違うプレイをしてここまでやってきたように思える。

 ならばブランもそうするのだ。


「いえあの、ご自覚がないようですが、おそらくご主人さまもすでに十分に──」


「よし、じゃあ行こうか! あ、一応レアちゃんから借りてる剣も持っていこう。もうずっと壁の装飾品になってるし」







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