第172話「アンフィスバエナ」
トレの森に帰ってきたレアはさっそく実験をしてみることにした。
先にニュート達をまとめてどこかに置いておくつもりだったが、別に支配地に置いてもあの川に置いたままでも大差ない。
「広場、残しておいてよかった。じゃあ早速いろいろやってみよう」
リザードマンは5体しか連れてきていない。
ヒルスニュートはかなりの数がいるが、姿はともかく分類上は両生類だ。たぶん。
ゲーム内で両生類と爬虫類で明確に分けられているのか不明だし、もし分けられているとしたら両生類のニュートをどうにかしたところでドラゴンに至れるのかどうかはわからない。
「──その前に、ドラゴンって爬虫類なのかな。あとリザードマンは何なんだ? いちおう二足歩行をしていたし、直立歩行に適した骨格を持った爬虫類って認識でいいのかな? だとしたら恐竜に近いってことなのか? じゃあドラゴンは恐竜?」
現代まで残る一般的な爬虫類と恐竜との最大の違いは、直立歩行に適した骨格を有しているかどうかであると言われている。
その定義に従うのならリザードマンは恐竜と言っていいだろう。
そのリザードマンがドラゴンに至れるというのなら、ドラゴンも分類上は恐竜である可能性がある。
「公式がどういうつもりで設定したのかわからないし、考えても意味ないな」
なんであれカギになるのはリザードマンだ。
現在手元には5体しかいないが、とりあえずこの5体をやれるだけ強化してみて考えることにする。
リザードマンに賢者の石グレートを与えたところ、選択肢には「亜竜人」と「真竜人」の二つが登場した。真竜人への転生には経験値を要求されたため、こちらが上位と見ていいだろう。
ブランの血によってリザードマンスケルトンがスパルトイ、ドラゴントゥースと転生したことを考えれば、亜竜人がスパルトイ、真竜人がドラゴントゥースに血肉を与えた種族と考えていいはずだ。いや逆か。あっちが竜人たちのアンデッド化した姿なのだろう。
亜竜人に転生させる理由は特に無かったため、すべてを真竜人に転生させた。
真竜人はリザードマンを全体的にひとまわり大きくしたような体躯を持ち、頭部からは後ろへ伸びる角が生え、手足の爪も太く強靭な形状に変化している。
色も濃くなったように思えるが、体色というよりはその体を覆う鱗が分厚くなったためにそう感じるだけのようだ。またその鱗は以前に比べ刺々しく成長しており、殺意の高さがうかがえる。
この場にリザードマンがもう25体ほどいればこのまま突き進むのだが、現状では5体しかいない。5体とも真竜人へと転生させているので多少足りなくてもいけそうな気もするが、手を抜いたことで小さくまとまってしまっても残念だ。
リザードマンがもう少し増えてくるのを待てばいいだけのことではある。しかしリザードマンの棲処の事はすでにブランからライラへ伝えられているだろうし、本来お互いにトカゲの情報は優先的に伝えるということになっている。先にリザードマンをいただいてしまった手前さすがに次はライラに譲るべきだろう。
となると、リザードマンの入荷にはそれなりの時間を待たなければならない。
「ダメ元で……ニュート君たちを混ぜてみるか」
とりあえずニュートを何匹か転生させてみて、トカゲかドラゴンかそちら方面に近づくようなら融合素材へ、遠ざかるようならリーベ大森林の地底湖を拡張してそこに放り込んでおくことにすればよいだろう。
そしてニュートの転生先にあったのは──
「──サラマンダー! 正確にはヒルスサラマンダーだけど、実にそれっぽい! このヒルスって単語、取れないのかな?」
多くのフィクション作品において火蜥蜴などとして描かれるモンスターだ。
しかしサラマンダーといえば一般的にはサンショウウオの事であり、冷静に考えればイモリがサンショウウオに変わっただけとも言える。
訳す時のニュアンスによって水棲傾向か陸棲傾向かという違いはあるが、ニュートもサラマンダーもおおむね同じような生物を指している。
だがこれはゲーム世界だ。名前だけでは詳細は分からないが、これが火蜥蜴を指している可能性もないではない。
「いや、だったら頭にヒルスとか付けないよね。ノリがメキシコサラマンダーとかのそれだよ。絶対サンショウウオだこれ。でもグレート使ったのにひとつしか選択肢出てこないな。これで打ち止め……というより何か条件が必要ってことなのかな」
ドラゴンに近づけようと考えるのならイメージとしてはやはり炎だ。ニホンや中国の龍伝説にあやかるなら雷がいいだろうか。あるいは竜神を意識して水系というのも考えられる。
とにかくまずはシステムメッセージに許可を出し、ヒルスサラマンダーへと転生させておいた。
やはり予想通りというか、現れたのは一回り大きなサンショウウオだ。黒っぽい皮膚で3メートルを超える体躯があるためシルエットは相変わらずワニに似ているが、のっぺりとした顔立ちとつぶらな瞳が緊張感を台無しにしている。ニュートの頃とあまり変わりはない。
魔法系のスキルを取得させてドラゴンに近づけられるか検証するのもいいが、下手に嵌まると膨大な時間と経験値が必要になる。
しかしかつてリーベ大森林で独りでアリたちを弄っていた時と違い、今は心強いフレンドがいる。
ここはライラに賢者の石を横流しし、ヒルスニュートの情報を与えれば勝手に進めてくれるだろう。
とりあえず真竜人というおそらく最もドラゴンに近い素体がいるのだから、ここで一つ試してみてもいいはずだ。
今いる真竜人は5体。ブランのギドラのような三つ首の竜はぜひ作ってみたい。
であれば3体は残しておく必要がある。現状で検証に使えるのは2体までだ。
「『哲学者の卵』と。よし、では3名残して──あっ」
レアのそれを命令と取ったのか、真竜人が2体水晶の卵に入って行ってしまった。
「……まあ、いいか」
入ることができたという事は、なんらかの融合が可能であるという事だ。
次は1体1体ヒルスニュートに賢者の石を与えては卵に放り込む作業である。
これも問題なく投入できたので、少なくともヒルスサラマンダーはツナギとしては利用可能であるらしい。
次々放り込んでいくがなかなか終わりが見えない。
そろそろ30を数えるか、というところで29匹目が水晶に弾かれて地面にべしゃりと落下した。
最初の真竜人2体を入れればこれで30体になる。これはブランのギドラの時と同数だ。水晶のサイズもあの時と同程度であるしこれは期待が持てる。
賢者の石グレートを入れ『アタノール』で熱すれば、トカゲたちは鮮やかな虹色に溶けていく。いや厳密にトカゲと言える者は1体も入っていないのだが。
彼らにはつい先ほど賢者の石を使ったばかりだが、特にクールタイムに引っかかったりはしないようだ。融合は賢者の石の効果による転生ではなく、あくまで素材の一つとして認識しているからということなのかもしれない。
ついでとばかりにここでも少量の血を混ぜ込んでおく。分岐のようなものがあるならより魔王に近い種へと変化してくれるはずだ。
「『大いなる業』発動」
《眷属が転生条件を満たしました》
《あなたの経験値800を消費し「アンフィスバエナ」への転生を許可しますか?》
「許可しよう! アンフィスバエナか!」
アンフィスバエナと言えば、尾の先にもうひとつ頭部を持つとされる双頭の蛇だ。
しかし真竜人を使ったのだし、ツナギも両生類である。蛇要素はまったくない。おそらく後世に解釈された双頭の竜であると考えていいはずだ。
やがて水晶を噛み砕き、中からふたつの頭部を持つ巨大なドラゴンが現れた。
その鱗は黒く輝き、羽の先や爪、あるいは頭部の角などの末端に行くにつれ徐々に赤くなっている。
頭部は普通に首元から二股に分かれており、また尾も二股で2本存在しているようだ。
「アンフィスバエナといえば、普通は尾の先が頭になっていたと思うのだけど、このゲームでは違うみたいだね」
能力値としては総合的に言えばブランのスケリェットギドラよりも高めだが、LPはあれほど多くはない。VITやSTRもあちらのほうが高かったが、代わりにINTやMND、それからAGIとDEXはアンフィスバエナの方が高いようだ。
スキルに関してだが、スケリェットギドラのようなパッシブの範囲スリップダメージは持っていない。あると他の眷属と連携しづらいのでそこは助かると言える。
しかし種族特有の範囲攻撃がないというわけではない。
ギドラには無かったがアンフィスバエナは『トキシックブレス』、『プレイグブレス』という2種類のブレス攻撃を持っていた。ヘルプによれば毒の息と病の息らしい。名前の通りだ。
スケリェットギドラは骨の竜であり、おそらく呼吸をしない。そのためブレス攻撃がないのだろう。
スキルまで含めて評価すると、総合的にはスケリェットギドラの方が強いと言える。しかしブランがもともと配下にいくらか経験値を振っていたらしい分を差し引けば、おおよそ同格程度といったところか。
「あとは『飛翔』と『天駆』も持っているな。これドラゴン系は共通のスキルなのかな」
最初から持っていたのかは不明だが『素手』もある。これは武器などを持たない状態で直接攻撃をした際のダメージや判定にボーナスを得られるスキルだが、もともと持っている爪や牙の攻撃力は加味されるのだろうか。
もしそうなら爪や牙が鋭いキャラクターの近接攻撃は数字以上の攻撃力がある可能性がある。
「ブレスもそうだけど、そのあたりも試してみたいところだね。はやく天使たち来ないかな」
伯爵の話からレアが推察した天使の正体が正しければ、分類上はあれは魔法生物のはずだ。
だとすればアダマンナイトたちのように倒された際にアイテムをドロップして死体が消える可能性が高い。それを確かめる意味でもイベントの楽しみがひとつ増えたと言えよう。
自分や配下たちの運用テストも含めればイベントを利用して検証したいことばかりだ。
それと気になっているのが天使の弱さである。
現在の大陸の国家の軍事力を考えれば妥当なレベルではある。仮にあれ以上強ければ数が頼みのヒューマンの国家は滅亡の危機に瀕してしまうだろうし、ゲームイベントとしてもルーキー置いてけぼりの仕様になってしまう。選択の余地なく参加が強制されるイベントとしてはとても許容できる内容ではない。
それを踏まえれば絶妙なバランスとも言えるが、今度は逆にプレイヤーのトップ層にしてみればいささか物足りない難易度だと言える。
普段ヒルス王都やノイシュロスなどで活躍しているプレイヤーにしてみれば、今さら☆2の雑魚の群れなど相手になるまい。
取得経験値にボーナスがつくというのは前回同様イベント関連を問わず全ての行動に適用されるようだし、だったら普段アタックしているダンジョンに籠り続けるだろう。あるいはデスペナルティも存在しないとなれば、普段より上の難易度のエリアに挑戦するかもしれない。
「天使自体はルーキー用で、中級者以上向けとしては単なる経験値ブースト週間という認識でいいのかな……?」
運営の思惑はともかく、プレイヤーたちの動きとしてはおそらくそうなるはずだ。
その時レアのすべき行動は何かと考えれば、予定通りの迎撃と、普段通りの接待だ。
「つまりダンジョン内では三つ巴の戦闘が展開される、ということか」
デスペナルティの軽減がレアたちに適用されないのは悲しいが仕方ない。
それよりも経験値のボーナスと、デスペナルティの軽くなるプレイヤーが格上のダンジョンに挑んでくれるだろう事実の方が大きい。
前回同様、すべてのプレイヤーにとってのフィーバータイムと言えるだろう。
もしかしたら災厄であるレアを探して討伐しようと考えるプレイヤーも現れるかもしれない。
「実に楽しみだけど、その前にポートリーの件を片付けておかないと。そろそろ終わったころだと思うんだけど、どうなってるのかな。こっちから連絡入れるのも信用してないみたいでアレだし、もう少し待つか……」
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プレイグブレスは読者様からアイデアをいただいてネーミングを変えた経緯があります。
本当は都市壊滅級の戦術兵器みたいな使い方もしてみたかったのですが、この頃は現実世界でちょうど流行り病の第一波か第二波あたりが暴れていた頃でしたので自重いたしました。
こちらの投稿はあれからちょうど2年になります。今見たら投稿日が2020/1/28でした。
プレイグブレスのネーミングアイデアを下さった方には申し訳ありませんが、まだまだおおっぴらには使えそうにありません。
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