第171話「魔王の描くシナリオ」





 洞窟の中は薄暗かったが思いの外広かった。


「それわたしも思ったー。昔はもっと水多かったんじゃないのかな? そのときに広がったんだよ、多分」


「なるほど。そうかもしれないね」


 壁は天井に向かうにつれ徐々に狭くなっており、洞窟自体がまるで何かの亀裂のように見える。

 地下水路に沿って伸びる洞窟であるためブランはもともと全てが水路だったと考えているようだが、どちらかといえば何かの拍子に亀裂ができ、その結果水が流れるようになって水路になったと考えたほうが自然に思える。

 これだけの質量の大地がまるごとせり上がるような地殻変動があったようだし、亀裂が発生する原因には事欠かない。


 しかしそれでは地殻変動によってリザードマンが出てこられなくなったという仮説と矛盾する。

 地殻変動前には亀裂は無かっただろうし、ならばリザードマンはもともとどこに住んでいたのかという事になる。

 両者の推測を合わせた形になるが、もともとあった水路を兼ねた洞窟が地殻変動によって広がった、と考えるのが妥当だろうか。


「でねー、リザードマンも最初はゾンビになっちゃうところだったんだけど、システムメッセージのアレを拒否したらスケルトンになってさー」


「へー。じゃあ、そのままにしていたらリザードマンゾンビとかになったのかな? それを合体させたらドラゴン・ゾンビとかになったのかもね」


「ドラゴン・ゾンビ! うーんでもゾンビか……。ドラゴン枠はバーガンディがいるからもういいかな」


「死の芳香(物理)」


「やめてよもー!」


 他愛もない会話をしているうち、開けた場所に出た。

 これがブランの言う地底湖だろう。

 地底湖ならばリーベ大森林の最初の洞窟にもあったが、あれとは比べ物にならないほどの大きさだ。

 その地底湖のそばに土が盛られた何かがいくつも建っている。リザードマンの集落とはどうやらあれのようだ。


「ひとつひとつ覗いていけばいいのかな」


「危なくない?」


「じゃあ君たち、ちょっと何人か連れてきて」


 今更リザードマンの不意打ちを受けたところでレアもブランも危険があるとは考えにくいが、そういう油断に足元を掬われるのである。

 先ほどテイムしたリザードマンたちに見に行かせることにした。


 集落には成体はそれほどいないが、子供は結構いるようだ。

 成体のリザードマンは子供たちのために食糧の確保に出かけているのだろう。そして、それを捕らえてテイムしたのがおそらく今の彼らなのだろう。


「……子供を連れて行くのはやめておこう。ある程度成長した個体だけ連れてきてくれ。それと大人も少し残して……いや、いいや。大人は全て眷属にしてしまおう。何人かはテイムしたままここに残して、子どもたちを守らせておけばいいか」


 さしずめリザードマン牧場である。


「なるほどそうすればよかったな。わたしは見かけたやつは大抵ヤッちゃったからなぁ」


「いや、ブランは眷属にしたらスケルトンになっちゃうんでしょ? スケルトンに育てられる子リザードマンっていうのも情操教育に不安が残るよ」


 いずれどこぞの魔王軍の軍団長とかにするというのならそれでもいいのかもしれないが。


「スケルトンだけじゃなくてゾンビにも出来るよ?」


「それが本当に解決案だと思っているのなら一周回って大したものだよ」


 ともあれ、今入手できる限りのリザードマンは手中にできたと言える。

 ヒルスニュートも多数ゲット出来た。どちらもある程度は手を出さずに残しておくことにしたので、またいずれ増えていくはずだ。

 ヒューマンサイズの生物が繁殖するにしては生育サイクルが短すぎるが、そうでもなければゲームとして成り立たない。トレントなどの例を見れば、ある範囲においては一定以上に数が増えないようシステムによって制限されているようだし、繁殖可能になる成体までの成長スピードが早い代わりに繁殖の限界を設定することでバランスをとっているのだろう。


「ライラさんの分、残ってないけどいいの?」


「どうせそのうち増えてくるでしょう。それに外のニュートはまだまだ十分数が残ってるし、わたしの後にライラが乱獲しても余裕のはずだよ」


 それ以前にライラは飛行することができない。

 レアやブランのように気軽にここへは来られないはずだ。


「いや、例えば眷属のヒューマンのアバターを乗っ取って転移サービスでヴェルデスッドまで飛んで、そこから歩いてくれば来られるか」


「じゃあ、教えておくね」


「お願いするね。リザードマンはまだ数が少ないから、捕るならニュートだけにするよう言っておいて」


「おっけー!」









 せっかく来たのだから、とブランに押し切られ、さらに水路をさかのぼって伯爵の居城にお邪魔していくことにした。


「──友達連れて来ましたよ伯爵!」


「ともだ……? ……魔王ではないか! アポくらいとれ!」


「……突然失礼するよ。なんか申し訳ないけど」


 伯爵は座っていた玉座のような椅子を立ち、レアたちの元へ歩いてきた。

 初見でレアが魔王だと見破られたのはこれが初めてである。

 魔王を知っていたとしてもレアの色はかなり特殊なはずだが、よくわかったものだ。


「いや構いません。本日はどのような……?」


「いや、友人が世話になったという方に挨拶でもと寄っただけなんだ。近くまで来たもので。いつもブランがお世話になっています」


「とんでもない、こちらこそ。いつもこれがご迷惑をおかけしているようで……」


「カテイホーモンかな?」


 ブランの話では伯爵は実にいろいろな事を知っているようで、レアとしてもぜひ知己を得ておきたかった存在だ。

 そのブランは謁見の間の隅になにやらゾンビを『召喚』して立たせている。ただの嫌がらせの可能性もあるが、合理的に考えれば移動の際の目印だろう。


 伯爵とはこの機会にフレンド登録をしておきたいところだが、その情報を重要NPCである彼に伝えていいものかどうかは難しいところである。

 公式が黙っている上、これまでこのことを知っていたNPCは存在しなかったことから、運営がこのゲーム内世界に対してインベントリを広めてほしくないと考えていることはなんとなく察せられる。

 そうであるなら、今のレアの状態は「黙認」であると考えるのが妥当だ。

 あまりデリケートな部分をつついてペナルティなど受けたくない。


「……まず最初に言っておきたいのだけれど、わたしとしては伯爵閣下と敵対する意思はない」


「閣下など、おやめください。私に敬称をつける必要はありませんよ。あなたの方が私よりも格上です」


「私!? いつも我とか言っ──痛った!」


「──当面敵対のご意志がないというのはこちらとしても助かりますな」


「それは何より。他にもこの世にはきっと多数の勢力が存在していると思うのだけれど、その中に吸血鬼勢力と友好的な勢力はあったりするのかな」


「この大陸の外のことは詳しくはわかりかねますが……。少なくとも常時友好的な勢力というものは、どの陣営にとっても存在しないでしょう。その時の状況によって手を結び、あるいは敵対する。それが世界に監視されている者たちの在りようですから」


「世界に監視?」


「特別大きな力を持った存在になりうる何かが生まれた時、そういう「知らせ」があるのですよ。その知らせを受け取るには特殊なスキルが必要でして、あいにく私は持ってはおりませんが、人類や一部の高度な知能を持つ魔物の中にはそれを専門にしている者もいるとか」


 つまり『霊智』系のスキルで聞こえるアレのことだ。

 確かにあんなアナウンスが聞こえれば、監視されていると判断するのも当然だと言える。

 実際には監視されているという意味ではこの世界のすべてがその対象だが、アナウンスを流すほどの存在は特に重要監視対象として見られているという判断は間違ってないだろう。


 そしてどうやら、世界に何体存在するのか不明だが、いわゆる災厄級の存在たちはそれぞれがある程度お互いを認識しており、利害によって協力したり敵対したりしているらしい。

 ならば相手の利益を損ねたりしなければわざわざ攻撃されることはないと考えていい。

 逆にこちらが被害をこうむれば、問答無用で反撃しても他の勢力はわざわざ横槍を入れたりしないということだ。


「ただし例外もありました。かつて天空よりもなお高いところから北の極点に落下した黄金龍。あの時にはあらゆる勢力が一時的に手を組み黄金龍を封印し、誰にも破られぬよう『クリスタルウォール』で蓋をしました」


「その、クリスタルウォールというのはスキルか何かなの?」


「……おそらくは。発動したのは時の聖王ですが、彼女はクリスタルウォールの発動を最期に亡くなっておりますので詳細はもう……。ただ聖王は防御に優れた種族でしたから、専用でそういうスキルを持っていたとしてもおかしくはないでしょうな。どういう原理かわかりませんが、クリスタルウォールを破壊、または解除するにはその発動時にマナを提供した、精霊王、蟲の女王、海皇、幻獣王、我らが真祖、そして聖王の力の証が必要だとのことでしたが」


 何となく世間話の延長のような感じで聞いてしまったが、これはもしかしてエンドコンテンツの開放条件なのではないだろうか。

 つまり黄金龍討伐というコンテンツをアンロックするには精霊王、蟲の女王、海皇、幻獣王、真祖、聖王と会うか倒すかして何らかのイベントアイテムを──


「……すでに何名か鬼籍に入っているよね」


「聖王本人がおりませんので詳細はわかりませんがね。波長の近いものであれば問題ないようならば、もし仮に新たな聖王などが誕生すれば可能性はあるでしょう」


 加えて言えば、幻獣王という存在については寡聞にして知らない。SNSの考察スレに挙げられていた六大災厄には入っていなかったはずだ。それを言ったら精霊王も聖王も入ってはいないが。

 仮にこれらが現在この世界に存在せず、プレイヤーの手でなんとかする方向で設定されているのだとしたら、可能性がありそうなのはまずは精霊王だろう。エルフまたはドワーフを成長させることで精霊王を生み出すことができる。

 ゲームシナリオの都合を考えるなら、聖王と幻獣王も同様の難易度と考えるのが妥当だ。名前から言って幻獣王が獣人の行き着く先だと仮定したとして、となると残った聖王はヒューマンの頂点と考えることができる。

 つまりプレイヤーが成長するか、あるいは人類種国家の成長を促すか、そうやって出現させた災厄級のキャラクターを、協力させるなり倒すなりしてキーアイテムを入手する流れということだ。


 エルフの国であるポートリー王国にはすでに攻勢をかけてしまっている。重要目標は国王のみとしてあるが、ディアスは人類種国家に恨みを持つキャラクターだ。気を利かせた、というていで王族を皆殺しにしないとも限らない。

 そうなればNPCのエルフの国から精霊王を輩出するのは絶望的である。


 それはともかく、六大災厄に数えられているにも関わらず何の役割も担っていないのが2名ほどいるのが気になる。七大まで入れればもう1人無職が増えるが、それは今は重要ではない。


「そういえば、黄金龍の他に例外となる勢力がもうひとつありましたな。この大陸周辺をうろついている大天使、あやつは基本的にすべての勢力に対して常に「敵対」です」


「何か理由でもあるの?」


「──わかりませぬ。あれらが誕生したのはかなり最近になってからですし」


「あれら?」


「あれと、南の大陸にある樹海の大悪魔です。といっても大悪魔の方は大天使よりも少し古いか。まあ大悪魔の方は誰かれ構わず喧嘩をしかけるような性格ではないようですが」


 大天使と大悪魔に何か関係がありそうなのは名前からして想像できる。普通に考えれば魔王と精霊王のように対になる存在だ。ということはそのルーツは同じ種族だと考えるのが自然である。

 両者ともに現れたのが最近であるということは、元々この世界に生息していた種族ではないという可能性がある。黄金龍が落ちてきたときにはそもそも居なかったのだろう。


「……ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人にはエンドコンテンツ開放という役割があった。スケルトンとゴブリンはまあ、とりあえず置いておくとして。プレイヤーが初期選択できる種族にはもうひとつあったね」


 かつてレアが『錬金』で生み出そうとしたが未だにレシピが判明していない魔法生物。

 あれはおそらく誰かが『錬金』を極めないことには生まれることはない。種族的に「若い」というのは頷ける話だ。


「あったねえ。ホムンクルスだっけ。何のボーナスもないくせにデメリット多いしバレると魔物認定されるらしいし、控えめに言ってハードモードだよね。スケルトンはイージーだったなー」


 スケルトンやゴブリンがイージーモードとは思えないし、ブランの初期位置にスガル達がいたことを考えるとどちらかというとベリーハードな気もするが、それは置いておく。

 ホムンクルスはヒューマンの子供に似た姿ということだが、正体が知られれば人類からは魔物として攻撃され、またその姿から魔物の領域においては普通に獲物である。どのシチュエーションにおいても全方位敵という正真正銘のハードモードだ。しかも経験値ボーナスもない。


 SNSでもゲーム内でも見かけたことがないため選んだプレイヤーは少ないのだろうが、もし仮に天使や悪魔へ転生できるとなったらその価値は計り知れない。例の初期種族転生課金アイテムは飛ぶように売れることだろう。


「今の話、他で話したらダメだよ」


「他って言われても、レアちゃんとライラさんくらいしか話す人いないんだけど」


「……ならいいか」


 ほんのご挨拶からの雑談のつもりだったのが、期せずしていつのまにかイベント会話になっていた。

 しかもおそらくこの大陸の行動制限キャップとして存在しているのだろう吸血鬼の伯爵との会話だ。

 本来ならばこの伯爵を倒すことで外部の大陸の敵性勢力の情報を得たり、エンドコンテンツの情報を得たりするのだろうが、そういう手順をすべて無視する形になってしまった。


 仮に伯爵を倒して会話するのだとしたら、戦う事で彼に認められるというようなプロセスが必要になると思われる。

 おそらく戦わずして肩書きのみで認められたためにこういう形になったのだろう。


「伯爵、今日はありがとう。いろいろ勉強になったよ」


「お役に立てたのなら何より。こちらとしても魔王と知己を得られたのは幸いでした」


「ところで。ずいぶんとつっこんだ情報をいただいてしまったのだけれど、もしもそれを聞いたわたしが黄金龍の復活を目論んだりしたらどうするの?」


 伯爵は目を伏せ、軽く笑った。


「別にどうも。知ったところで、現状で黄金龍の封印を解除することのできる存在はいないでしょう。仮に出来たとしたら、その者はもしかしたら再び封印することも、あるいは倒してしまう事も出来るかも知れない。

 聖王亡き今、実際のところクリスタルウォールがいつまで健在であるのかは不透明です。その曖昧な状態をどうにかできるのなら、仮に状況が悪化する可能性があるとしても無理やり動かしてしまった方がいい」


「それが出来るのがわたしだと?」


「そうですな。あなた方の誰かでしょう」


 伯爵はレアを見ているようで、ブランを見ているようでもあり、すこし遠くを見ているようでもあった。


 あなた方、というのはプレイヤーの事を指しているのだろう。彼はおそらくこの大陸における最重要NPCだ。AIの人格に影響を与えない範囲内で、何らかの情報かプレイヤーを感知する機能か何かを持っているのかもしれない。


「……精進しよう。ではそろそろ失礼しようかな。大変申し訳ないのだけれど、これからもブランをよろしくね」


「こちらこそ大変申し訳ありませんが、これのことをよろしくお願いします」


「サンシャメンダンかな?」









 ずいぶん長居してしまったようだ。伯爵の城を辞するころには日は傾きかけていた。

 ブランとは伯爵の城の上空で別れ、ずっと大人しくしていたスガルを連れてトレの森に飛んだ。


 しかし有力な情報を多数得ることができた。いくつかは推測も混じっているがそれはいつものことだ。ゲームなのだし、たぶんこれで正解だろうという程度で構わない。

 

 考えただけでわくわくするシナリオだ。

 

 出来る事ならば是非、プレイヤーたちに先駆けてクリスタルウォールとやらを破壊し、黄金龍を解き放ってみたい。同じ種族であれば別人でも代役が可能なら蟲の女王はすでにいる。この点において他のプレイヤーより少なくとも一手先んじていると言っていい。


 黄金龍の解放は当然世界の危機に繋がるのだろうが──


 ──世界を危機に陥れる事を目標に行動するなんて実に魔王らしくていいじゃないか。


 これは別に、エンドコンテンツ開放条件に「魔王」が絡んでいなかった事への腹いせなどでは断じてない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る