第170話「地殻変動」
「ブランの話だと……。この辺りだと思うんだけど」
本来ならばイベント開始までのこの期間はポートリー王国にお灸を据えるため非常に忙しくしているはずだった。
当初自分で叩き潰してやると意気込んでいたのは、こちらから何もしていないにもかかわらず突然ぶん殴られたかのような状況だったからである。
ところが蓋を開けてみれば、相手が攻撃してきたのは野盗の襲撃に対する報復行動だった。それ自体は相手が違うのでただの言いがかりだが、その相手というのはレアの姉であるライラである。
レア自身が攻撃をしかける事をためらったのは敵のアーティファクトを警戒したということもあるが、なんとなくライラに迷惑をかけられた者同士という意識が働き、殺意が削がれてしまったためでもあった。
急に空いた時間を持て余していたところ、ブランからのフレンドチャットでニュートなる魔物がいるらしいことを聞いた。
ならばこの機会にドラゴンを求めて遠出してみてもいいかと考え、スガルを連れて飛んできたのである。文字通り。
「あ、あの川かな」
遠く『魔眼』に街の影が見え始めたあたりで眼下に流れる川に気付いた。川幅はかなり広く、例えば人型の生物が単身で渡河するのは無理ではないかというほどだ。
川の周辺は草木が茂っているが少し離れた街道のあたりにはまばらにしか草木はなく、岩盤などが露出している。
ブランは荒野のような場所と言っていたが、どちらかと言うと緩やかな砂漠気候と言った方が近いだろうか。砂漠と言うと砂の大地を想像しがちだが、実際は岩場の方が多いという話を聞いたことがある。この周辺も緑豊かなのは川べりだけだ。
近くの街がそれを利用して何かの果樹や大麦らしきものを栽培していたようだが、現在は黒ずんだ炭が広がっている。焼畑農業をするような環境には思えないが、NPCの考えることは時々よくわからない。
〈川の中に何かいますね〉
「そのようだね。LPやMPの輝きからすると大したことのない魔物のようだけど、あれがニュートかな?」
日中のためレアは全身を翼で覆い隠している。
『魔眼』や『真眼』は自分自身を対象外に設定でき、また発動が自分中心に行われるため翼の外部も問題なく確認が可能だ。『飛翔』と同じく発動に際して瞳そのものを媒体にしないマジカルなスキルである。
一方『魔法連携』は視線がトリガーのひとつになっているためこの状態では発動できない。
こちらから攻撃が必要な場合はスガルに頼ることになっている。
「よし、降りてみよう」
周囲に他に誰もいないことを確認し高度を下げた。
周辺の町はブランによって滅ぼされている。誰かいるとしたらダンジョン目当てのプレイヤーだけだ。ダンジョンの場所は周知されているしわざわざ街道を外れて川までくるプレイヤーは少ないはずだ。
川辺に降り立ってみたが水中の何者かは反応しない。
感覚が鈍い、というよりも気づいてはいるが気にしていないという感じだ。
「ノンアクなのかな」
〈のんあく、ですか?〉
「ノンアクティブ。アクティブでない、つまり向こうからは攻撃してこない敵ということだよ。覚えなくてもいい言葉だけど」
水の中はマナの動きが空気中と違うため、姿が視えないことはないが非常に視づらい。また『真眼』ではぼんやりとした形しかわからない。
少しだけ翼を開いてその目で確認しようとしたが、まだ日は高く、おまけに水面が日光を乱反射してたいへん眩しい。すぐにあきらめた。
「スガル、1匹陸にあげてくれないか」
〈はい、ボス〉
スガルは躊躇なく水中に入っていき、やがて1体のサンショウウオを抱えて戻ってきた。水生昆虫などもいるからなのか、それともエビやカニなども節足動物に含むからなのか、スガルの特性には「水棲」がある。これを持っているキャラクターは水中でもパフォーマンスを落とさずに活動できる。
スガルが引き上げた魔物は、全長で2メートルほどはあるだろうか。サンショウウオというよりは不細工なワニという感じだ。
『鑑定』によればこれは「ヒルスニュート」というらしい。ヒルスというのがヒルス王国を指しているとしたら、他の国では違う名前のニュートがいるということなのか。
陸にあげられたヒルスニュートはスガルを敵と認識したらしく、その尾を巧みに使って攻撃を繰り返している。しかし圧倒的とも言える能力差によってダメージは全く発生していない。スガルもこれがレアにとって重要なサンプルだと認識しているためか、屈辱にも黙って耐えている。
「本当に弱いな。☆1とかの雑魚と同程度かな。と言っても表皮は分厚いようだし、
〈この者たちがいたのは川の最も深いあたりです。ヒューマンが捕獲するのは難しいのではないでしょうか〉
ヒューマンが捕獲するのが難しい場所ということはプレイヤーが攻撃するのも難しい場所ということでもある。
では何のためにここに存在している魔物なのだろう。川の底には数多くのLPの塊が見えるため繁殖力は相当強いようだが、普通そういう生物は食物連鎖の下の方である場合が多い。まるで天敵がいなくなった結果異常繁殖した外来種のようだ。
「とは言え外来種と違って誰かがここに連れてきたとも考えづらいし、だとしたら天敵の方がここからいなくなったとか? 例えば何か天変地異で絶滅したとか、地形変動か何かでここに来られなくなったとか」
自然界のことだしどこかに文献があるというわけでもない。考えてもわかるまい。
しかし繁殖力が強そうなのは好都合だ。リーベやトレの森で繁殖させてやるとしよう。
彼らにとってもこんな荒野を流れる川よりも、緑豊かな大森林を流れる川の方が居心地がいいだろう。
「とりあえず目につく分は『使役』して連れて行こう。いつまでもここにいたらプレイヤーに見つからないとも限らないし。ある程度をリーベに移したら、残りは世界樹広場に『召喚』して実験かな」
〈その前に、ブラン様にご挨拶をされていっては。せっかく近くまで来ましたので〉
「そうだね。そうしよう」
*
「なーんだ! 来るなら来るって言ってくれれば何か用意したのに」
「ちょうど時間が空いてしまったから。それにいつでも来られると思うとなかなかね」
ブランはエルンタールを☆5の領域としてやっていくことに決めたらしい。
レアがしているように、ボスエリアだけは強力な魔物で固めて外は難易度相当の魔物でプレイヤーを接待する、という形ではない。全エリアで☆5の難易度である。これは例のスケリェットギドラがボスエリアに入れないために取った仕方のない措置だ。
それによって遠のいた客足を戻すため、隣街のアルトリーヴァにも手を入れて難易度を☆3にまで押し上げたらしい。
レアにとってもこの地方へ訪れるプレイヤーの層が厚くなり、活性化するのは歓迎すべきことである。なにせ近くのセーフティエリアの宿場町を取り仕切っているのはレアの息のかかったNPCだ。
「もしダンジョンの運営で困ったことがあったら何でも言ってくれ。わたしにとっても利益のあることだし」
「ありがと! あそうだ! お礼と言っちゃなんだけど、伯爵先輩がリザードマン採ってもいいって言ってくれたんだよね。よかったら行ってみる?」
ブランにリザードマンの棲処を案内してもらうことになった。
それほどの数はまだいないようだし、すべてのリザードマンを狩るのはやめてほしいと頼まれたが、それでもトカゲ系の魔物を入手できるというのは大きい。
「レアちゃんさあ、その格好……」
「わたしは陽光が苦手だからね。どうやら陽光が苦手というのはヒトの肌に関する部位だけらしくて、翼は問題ないみたいなんだよ。これなら日焼けせずに済むし、日中でも気にせず外出できるというわけさ」
「……いや、本人が納得してるんならいいんだけど」
ブランと共に飛んできたのは先ほどの川の上流、そこに
岩壁には小さな、と言ってもヒューマンなら難なく通れるほど大きいが、岩壁のサイズからすればほんの小さな割れ目が出来ていた。あの川の源流はそこから流れているようだ。
「あの出入り口わたしが作ったんだよね! あそこから出て、街に飛び出したのさ!」
「思い出深い秘密の通路というわけだね。でも、何かいるようだよ。あれがそのリザードマンとやらじゃないのかな」
岩壁の割れ目では数体のリザードマンらしき魔物が何やらゴソゴソしていた。
「あホントだ! そっか出口が開いたからあいつらも外に出られるようになったのか」
リザードマンたちは岩壁の中の地底湖周辺に生息していたとの話だが、ではあの岩壁に長年閉じ込められていたということだろうか。そうでなければ穴が開いたからと言って外に出ては来ないはずだ。
リザードマンたちをよく見れば、その手にあのヒルスニュートを抱えている。あれは彼らの食糧だったのだ。
となると何らかの理由で彼らが岩壁に閉じ込められるようになり、その結果天敵がいなくなったニュートが異常繁殖し川底を埋め尽くした、というシナリオが考えられる。
「なんでリザードマンは岩壁に閉じ込められていたんだろうね」
「さあねぇ。わかんないけど、あの高地自体大昔にいきなりせり上がったっていう話だったから、そのせいかな」
「なにそれ? せり上がった? そんなことあるの?」
「いきなりとは言ってなかったかな?」
「そこはわりとどうでもいいけど」
どちらにしても、かつてここで大規模な地形の変動があり、しかもそれが観測可能な速度で行なわれたということは確かなようだ。
それを行なったのが何らかのキャラクターなのか、それとも運営の都合なのか、あるいはそういう自然現象が存在しているのかはわからない。
しかし少なくとも今レアがそれをやれるかと言えばノーだ。
「……世界は広いね」
「そうだねぇ」
とりあえず入り口周辺にいた3体のリザードマンは『使役』し、彼らを連れて中に入ってみることにした。
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