第169話「直線、回転、流星剣」(ウスターシェ視点)





「……何が起きたと思う?」


「わかりません。伝令の話では、騎士団どころか、町や畑なども全て失われ更地になっていたそうですが」


「まるで天変地異だな。しかし、職業兵士の少ない我が国にとって、騎士団がひとつ失われたというのは痛手どころの話ではない」


 ポートリー王国王都、その中央にある宮殿でウスターシェは頭を抱えた。


 ヒルスへ出兵させたのは第三騎士団だった。

 普段は魔物の討伐を主任務としている第三騎士団は、ポートリー王国の中で最も実戦経験の豊富な部隊だ。

 対人戦はあまり経験が無いがそれでも他の部隊よりはうまくやれるはずだった。


 実際その目論見は図に当たり、またたく間にヒルスの町を制圧した。

 誰が野盗かわからない上に、万が一生き残りに報復されてはたまらない。住民は全て殺し、食料や農作物を奪った。

 そこまではよかったのだが。


 次に受けた報告は食料の輸送や定期連絡のために向かわせた伝令兼輸送隊からだった。

 その内容は信じられないもので、制圧したはずの町が無くなっており、また騎士団の姿もどこにも見えなかったという事だった。


「間違って魔物の領域に手を出した、ということはないか?」


「普段、魔物の討伐を生業にしている第三騎士団でございますから、間違ってそちらに攻撃をすることなど……」


 何が起きているのかわからないが、事実として制圧したはずの町が壊滅したのは確かである。

 見たことも聞いたこともない天変地異が起きたのでもない限り、それを行なった何者かがいるはずであり、単純に考えればその何者かはヒルス王国かポートリー王国のどちらかを攻撃する意思があるということだ。

 ヒルスを攻撃するつもりなら放っておけばいいだけだが、ポートリーに敵意を持っているのなら対策する必要がある。


 ただでさえ人数が少ないポートリー騎士団である。広く展開することが出来ないため、元々防衛は得意ではない。第三騎士団も失われている。

 しかし、今は残った騎士団で防備を固めるしかない。


「野盗共と関係があるのかどうかさえわからんとはな……。あの野盗といい、一体我が国に何の恨みがあるというのだ」


 ウスターシェは再び頭を抱えた。









「陛下、ウィルラブが何者かに襲撃を受けているとの通信が」


 ポートリーは大地の起伏の激しい国だ。

 山がちで狭い国土を生かし、山の頂上や中腹に砦を建設し、視力を強化した専門の通信兵を駐屯させて腕木通信による通信網を敷いている。

 通信兵には専門の高度な教育が必要になる上、天候によっては不通になってしまうが、伝書鳩よりはるかに早い情報の伝達が可能だ。


「ウィルラブ? 城塞都市だな。また魔物の氾濫か?」


 ウィルラブといえば、森林型の領域に接する辺境の都市である。

 近隣の他の辺境都市群の中心的な役割を果たす都市であり、城壁も街の規模も他よりも二回りほど大きく作られている。前回の大規模な氾濫では期待通りにその役割を果たしてくれた。

 また常時第四騎士団が駐屯している都市でもある。

 国軍の騎士団が常駐している都市は王都を除けばウィルラブの他に3つしかないため、ポートリー国内で五指に入る軍事力を有する都市とも言える。


 それもあって前回の氾濫も含めこれまで一度も市内へ魔物の侵入を許したことはない。鉄壁の守りを誇る都市だ。


「普通の魔物よりも強く、また数も多いようで、第四騎士団も苦戦しているとのことです」


「苦戦? 強いと言っても、騎士たちほどではあるまい。この国にはあやつらよりも強力な魔物など数えるほどしかおらんし、その限られた個体がわざわざ都市を攻撃してくるなど考えられん。先だっての氾濫の時でさえ沈黙を保ったままだったのだぞ」


 例えば、この国が海へ進出することを阻むかのように横たわる南部の大樹海。その奥地には蜘蛛の王がいるという言い伝えがあった。その蜘蛛から取れる糸は魔法すら弾くという伝説があり、その糸で織られたというケープは国宝のひとつとして宝物殿に収められている。

 またその樹海の小型の蜘蛛たちから取れる糸も、全ての魔法を弾くという程ではないにしても魔法耐性が高く、艶めいた美しい布が織れるため高値で取引されていた。

 しかし小型と言えども蜘蛛はエルフの身長ほどの体躯があり、並の傭兵では太刀打ちできない。

 騎士団ならば討伐は容易だが、騎士の剣はそのような事のためにあるのではない。

 そのため希少品として高値で取引されているのだが、最近はどこからか耳長蛮族やその仲間たちが持ち込む蜘蛛系の糸が増えていた。それらは若干品質が劣るものの、それでも需要を落ち着かせる程度には出回っている。

 ウスターシェにしても、蛮族もたまには役に立つものだと感心していたものだ。

 その蜘蛛の王だが前回の大規模氾濫の時には沈黙を保ったままだった。多少小型の蜘蛛たちが騒いではいたが、それも樹海から飛び出してくるというほどでもなかった。


 その蜘蛛の他にも国内に数体居るとされる同格の魔物たちも、どれも自分の領域から出てきたことはない。

 仮に出てきたとしても警戒に値する相手は所詮は1体。騎士団総出で当たれば勝てないことはない。

 戦闘ではさして役にも立たない傭兵たちも雑魚の露払いや肉の壁くらいには使えるだろう。


「まあいい。襲っている魔物は何なのだ。蜘蛛か? スライムか? 待てよ、ウィルラブならばあそこが近いか。ならハーピー共だな」


 空から攻撃されては確かに厄介だが、そもそもウィルラブはハーピーたちの住まう山脈に対する防壁として建造された街だ。対空防御も固めてあるし、空を飛ぶ相手に対する備えは万全のはずだ。


「いえ、それがどうも、黒いスケルトンのようで」


「スケルトンだと? 雑魚中の雑魚ではないか。騎士団が出るまでもない。何をやっているのだ。処刑されたいのか、ウィルラブの領主は」


「恐れながら陛下。ヒルス王国を襲った災厄は大量の黒いスケルトンを『召喚』してみせたという情報もあります。もしや」


「……災厄がこちらに矛先を向けたというのか? これまでヒルス王国から出たことのなかった災厄だぞ」


 災厄が生まれたとされているのはヒルス王国のリーべ大森林だ。ヒルス王国内で言えば東側に位置する領域である。

 災厄はそこから西に向かい、ヒルス王都を攻め滅ぼしたということだが、わざわざ戻ってきて南下し、このポートリーに攻めてきたということだろうか。


「仮に災厄が出てきたとして、一体何のためにだ」


 そのようなことにならないよう、魔物の領域を刺激しないように派兵していたはずだ。


「あの、兵を送った町にもすでに災厄の手が伸びていたとすれば、これはもしや報復なのでは」


「馬鹿な! あれはヒューマンどもの街だったはずだぞ! 仮にそうだとすると、災厄がわざわざヒューマンの野盗を使って我が国で略奪をしたとでも言うのか!」


「恐れながら、あの野盗たちがヒルス王国から来たものと決まった訳では……」


 確かにそうだった。オーラルから来た可能性もある。元々国内にいた線も無いではないが、エルフの国であるポートリーでヒューマンの野盗集団が活動していれば嫌でも目立つ。考えにくい。


「オーラルか……? オーラルの政変で破れた勢力がこちらに? くそ、ほとんど無血に近い革命だったのではないのか!」


 草からの報告では、オーラル王都で小競り合いは起きていたようだが、大規模な衝突に至る前に終息したという話だったはずだ。

 その後も混乱が起きているという話は聞いていないし、兵士崩れが野盗になるような状況だとは思えない。


「……いや、もう今さら言っても仕方がないな。ヒルスの町を滅ぼしてしまったのは事実だし、おそらくその報復で攻撃されたのも事実だ。それが災厄によるものなのかどうかはわからないが、相手が誰であれ、迎え撃つしかない」





***





「城門、もちません!」


「重装歩兵の準備はどうか! 城門が突破されたら、街を守るのは重装歩兵たちだ! 各員援護を徹底せよ!

 城壁班は少しでも敵の数を減らせ! 対空砲はこの際多少壊しても構わん! なんとか下に向けよ! ……何? 対空砲として使えなくなるだと? 今この瞬間を生き延びねば、その対空砲でハーピーたちを迎え撃つことさえ出来んのだぞ! 現実を見ろ!」


 ウィルラブの街は喧騒に包まれている。

 と言っても騒いでいるのは騎士たちだけだ。

 住民は家に引きこもって息を殺しているし、侵攻している魔物たちは言葉を発さない。


 これまで魔物の侵入を許したことのない鉄壁の城塞都市は謎の黒いスケルトンに襲われ、今まさに城門を破壊されようというところだった。


「何なのだ、あのスケルトンは! 数が多すぎる!」


 ただのスケルトンならば何万体居たところで物の数ではないが、どうやらただのスケルトンではないらしい。


 その黒い体は金属のような光沢に覆われ、まず騎士の攻撃が通らない。

 純粋な強さだけならばポートリーの騎士のほうが上だが、ダメージを与えられなければ倒すことは出来ない。

 分隊長クラスの放つ一部のアクティブスキルなら破壊できるようだが、一撃でというわけにもいかない。

 さらに相手方には魔法を使う個体も一定割合で混じっているようで、遠距離からの魔法攻撃で一方的にやられることさえあるほどだ。

 それでいてこちらの矢や魔法は物ともしないのだからやってられない。


 当初、敵はスケルトンと見た指揮官は、籠城の必要なしと判断。迎撃は城壁の外での野戦を選択した。

 しかし攻撃の通じない相手に徐々に押し切られ、結局城壁の中へ退却し、籠城する事になってしまった。

 そればかりか、相手の魔法攻撃によって今まさにその城門が破られようとしている。


 魔法使いの恐ろしいところはこれだ。

 一対一ならば恐れるほどのものでもないが、組織だって効果的に運用されれば、このように幅広い戦術を取らせる事ができる。魔法使い1部隊で弓兵隊と破城槌の役割を兼任できるということだ。射程においては弓兵に劣るが矢を運ぶ必要がなく、威力においては攻城兵器に劣るが数で補う事が出来る。これまで城攻めなど考えた事もない指揮官にとって、魔法使いのこの運用はなるほどと思わされると同時に脅威だった。


 こうした戦術も相手が人類種ならばまだわかる。しかし相手は魔物だ。と言っても指揮官も人対人の戦争は経験していないし、あっても野盗を討伐するくらいだが。

 野盗は城門に攻撃してくることなど無いし魔法を覚えているものも少ない。

 ましてや魔物がこのように隊列を組み、一斉に魔法で攻撃してくる事があろうとは、まったくもって想定外である。

 人対人の戦争という歴史があれば、あるいはこうはならなかったかもしれない。


「分隊長クラスのみとはいえ、アクティブスキルでダメージを与えられるのだ! 対空砲なら一撃で破壊できるはずだ! 作業を急げ!」


 城門はもう保たない。

 城門の内側では重装歩兵たちの隊列がすでに整っているが、城壁内部に入り込まれてしまっては対空砲を改修できたとしても撃つことはできない。味方や街並み、一般市民を巻き込んでしまう可能性がある。


「──そうか! 出来たか! よし! 撃て!」


 ギリギリで改修が間に合い、対空砲は一部が対地砲へと生まれ変わった。ただしきちんとは固定されていないため、1発撃ってしまったら2発目が撃てるかどうかはわからない。

 しかも俯角を取りすぎれば撃つ前に砲弾が砲身から落下していってしまう。そのため城壁近くに照準を合わせる事が出来ず、何とか狙えるのも敵隊列の後方のみという有様だ。どのみち前列の敵に撃ってしまって城門にダメージを与えるわけにはいかないのだが。

 つまり城門が破られるまでに、いかに敵の数を減らすことができるかが急造対地砲の役割と言える。


 放たれた砲弾は敵後列を穿ち、着弾の衝撃は何体ものスケルトンを破壊した。

 スケルトンの魔法使いたちは城門の破壊にかかりきりになっているため、ほとんどが前列にいる。後列に固まっているのは城壁や城門に対して無力な騎士型のスケルトンだけだ。

 対地砲では破壊されつつある城門に対して出来ることは無いが、後方のスケルトンを減らしてやれば、もし門を破られてしまった場合にその後の戦闘に影響してくるはずだ。


「やはり一発しか撃てないか。構わん! 撃ち──なんだ!」


「じょ、城壁の上にスケルトンが!」


「なんだと!? 一体どこから!?」


「一部の身軽なスケルトンが城壁をよじ登ってきたようです! 城壁班が対空砲にかかりきりになっている間に……」


「クソ、城壁班で対応できるか!?」


「無理です! 砲弾作成に適したスキルしかない技術職と射撃系のスキルしかない砲手ばかりで……。スケルトン相手では弓は大して効果がありません!」


 スケルトン系のような肉の無い相手には点攻撃である弓矢は効果が薄い。

 剣やメイスでさえ上位の騎士でなければダメージを与えられないというのに、弓矢では到底無理だ。


「──城門、突破されました!」


「ええい、もはや対地砲は撃てんか! 城壁の上の者には、なんとかそこに敵を留めておくよう伝えよ! 対地砲はもう守る必要はない!

 重装歩兵隊、準備はいいな!

 他の者達は重装歩兵が敵を食い止めている間に側面から当たれ!」


 重装歩兵は城門から伸びる大通りに隊列を組んで敵とぶつかっている。

 大通りの脇道などに待機した騎士たちが分隊長クラスを先頭に敵側面から突撃すれば、その突破力で敵を食い破れるはずだ。

 敵は前で戦列を抑えるべき騎士型が後方に下げられ、本来後方から援護するべき魔法使いが前に出ている。この状態で分断させ合流を阻止すれば、敵の連携は妨害できる。

 敵の数はこちらより多いが、分断して各個撃破ができれば勝機はまだある、はずだ。

 というより、それでなんとかなると信じるしかない。


 他国に比べ、ポートリーの騎士団の人数は少ない。それゆえ自分たちよりも数が多い敵との戦いには慣れている。たとえそれが自分たちより強力な魔物だとしてもだ。

 しかし敵は戦闘力自体は騎士たちよりも弱いものの、その強固な身体によってこちらの攻撃をほとんど受け付けない。


「一体なんなのだこのチグハグな魔物は……。どこから現れたというのか」


 敵の攻撃も鋭く、重装歩兵の持つ盾も傷つけられている。

 しかし破壊される程には至っておらず、重装歩兵たちも交代して休む余裕がある。

 分断された敵部隊は、徐々にだがその数を減らしている。

 同時にどこからともなく、地面にいくつかの金属塊が発生しており、足を取られて転倒する騎士もいた。


「なんだあれは……。金属塊、か? スケルトンから? いや、待て、ではアレはスケルトンではないということか? 魔法生物? ゴーレムの一種とでも言うのか」


 この街の防衛指揮官は駐屯する第四騎士団の団長が兼任している。

 ポートリーの騎士団長ともなれば、超エリートである。さすがに領主を超える権限を持つことは無いが、これほどの都市を任されるほどの有能な領主ならば、こうした有事の際には専門家である騎士団長に防衛を一任することが常である。

 どの騎士団長も若くとも100歳は超えており、この指揮官も齢200を数えるほどだ。

 それだけ長く生きていれば、様々な魔物の情報を得る機会もある。ポートリーでは目撃証言が少ないが、ゴーレムと呼ばれる魔物の一種は、倒した際に金属塊や岩塊を残して死体が消える事があると聞いたことがあった。

 また金属塊ではないが、定期的に侵攻してくる天使たちも倒した際にはアイテムを遺してその死体が消えている。


「……状況は好転しつつあるが、念の為だ。この情報を通信兵に伝えておけ」


 地面に転がる金属塊の数は徐々にだが増えつつある。

 このまま状況が進めば時間はかかるが殲滅できるはずだ。

 騎士たちの疲労が心配だが、彼らには疲労回復ポーションを持たせている。後遺症が懸念されるため滅多に使用されないが、この状況下でそんな事を気にして使用を躊躇う騎士は第四騎士団には居ない。


「司令! 重装歩兵隊が……!」


 しかしその時、突如として重装歩兵隊が吹き飛んだ。


「な、なんだあれは……何が起きた!」


 200年生きた指揮官でさえ見たことのない光景だ。重い鎧を纏い、厚い盾を持った重装歩兵たちが何人も宙を舞っている。

 その中心、敵のスケルトンモドキたちの先頭には、ヒューマンに似た老騎士が立っていた。重装歩兵たちを吹き飛ばしたのはあの騎士だろう。


「敵の……リーダーか?」


 スケルトンのリーダーならあれもアンデッドなのか。いやスケルトンは正確には魔法生物だった。ならばあれもスケルトンモドキ同様何らかの魔法生物なのだろうか。

 とにかくあれがなんであれ、この状況はまずい。

 これまでのスケルトンモドキははただ硬いだけだった。これは敵の攻撃が重装歩兵の防御を抜くことが出来ない前提で立てられている作戦だ。ただ1人とはいえ、重装歩兵の隊列を崩すことができる存在がいるとしたら、作戦は破綻する。

 まだスケルトンモドキは大量に残っている。一部は城壁の上にもだ。


「いや、隊列を崩すとかいう話ではないな、あれは……」


 最初の一撃の後も、連続して重装歩兵は吹き飛ばされている。彼らにしてもそんな経験は無いのだろう。どの兵も腰が引けてきている。

 さらに間の悪いことに、城壁の破壊を行なった敵魔法兵たちのリキャストが終了したようだ。

 また後方に下げられていた騎士型も前列の魔法兵と入れ替わり、敵部隊の防御力もさらに上がってきている。

 これをさせないための分断作戦だったのだが、見れば側面攻撃をする騎士たちの突破力が下がっていた。


「おい、分隊長たちは何をやっている!」


「わかりません! 見えませんが……。居ない?」


 分断する矢の鏃となるべき分隊長たちの姿が見えない。


「まさか、あの老騎士に倒されてしまったのか……!?」


 可能性はある。重装歩兵を吹き飛ばしたあの一撃よりも前には、誰もあの老騎士を認識していなかった。敵隊列の中でスケルトンモドキに紛れ、騎士たちの中で攻撃力の高い分隊長クラスを1人ずつ片付けていたとすれば。


「部下の……尻ぬぐいをして回ったとでも言うつもりか……!」


 魔物風情が、と声を上げたいところだが、そんなことをしても何にもならない。

 先程までとは逆に、今度はこちらの騎士や重装歩兵たちが徐々に数を減らしてきている。

 こちらの攻撃はもう相手に通用するものがない。

 相手の攻撃も重装歩兵の守りを突破するほどのものではないが、これは全くノーダメージというわけではない。攻撃を受け続ければいつまでも耐えられるものではない。相手の方が数が多いのならなおさらだ。

 おまけに魔法も飛んできている。

 城壁の上の攻防も劣勢だ。


 分隊長たちという、少数の強者に頼った作戦を立てた結果がこれだ。より強いたった1人の存在によってひっくり返されてしまった。

 ならば同じことをすればいいのだが、そんな事ができる手札はこの都市には無い。


 騎士たちが倒されてしまえば、もはやこの都市に魔物に抗う術はない。そしてそれはもう時間の問題だろう。


「住民たちに避難指示を出せ。もう遅いだろうが……」


 指揮官は腰の剣を抜き放った。


「司令……?」


「ここでこうしていてももう意味はない。作戦は失敗だ。立て直すすべも無いだろう。たとえ逃げ延びることが出来たとしても、陛下に処断されるだけだ」


 指揮官を始め、司令部の全ての騎士たちもその手に剣を持ち、死兵となって戦った。





***





 まさかこのような報告を聞くことになるとは、ウスターシェは思ってもいなかった。


「……ウィルラブ陥落、か」


 領主が無能だったのだろうか。それとも防衛作戦の指揮官たる騎士団長が無能だったのだろうか。

 おそらくどちらも違うだろう。

 単純に敵が想定以上の戦力だったというだけのことだ。


「第四騎士団長からの最後の通信は、敵戦力のリーダーの情報だったな」


 その剣の一振りで重装歩兵を何人も吹き飛ばし、しかもそうした攻撃を複数繰り出してくる。

 リーダーにこちらの攻撃が通用するかどうかもわからない。なにせ攻撃は全て回避されている。

 それ以前に、敵の一般兵士に対してさえまだ有効な戦術が確立出来ていない。


 報告からでは災厄らしき者の存在は確認できない。

 しかしだからと言って何の慰めにもならない。自分たちを滅ぼしうるのなら、それが災厄であれ知らない誰かであれ同じことだ。


「……急ぎ、ウィルラブからこの王都までの間にある全ての都市に避難命令を出せ。ウィルラブを陥落させるほどの戦力だ。抵抗しても焼け石に水だ。もはやこの王都で迎え撃つしかない」


「ただちに。……焦土作戦は行いますか?」


「いや、アンデッドであれ魔法生物であれ飲食が必要とは思えん。やっても時間の無駄だ。それより避難を優先させろ。これ以上国民を失って国力を落とすわけにはいかん」


 退出していく側近の紋章官を見送り、ウスターシェも席を立つ。

 彼には彼ですべきことがある。


「アーティファクトか。まさか私の代で使用する事になろうとはな……」


 唯一の救いは相手がアンデッドに近いらしい事だ。ならばアーティファクトはさぞ効くことだろう。

 魔法生物だったとしても、仮にアンデッドと真逆にあるような存在ならば、わざわざスケルトンに似た姿はとるまい。そしてそれを率いている敵首魁についても同じ推察が成り立つ。


「出し惜しみして敗北してしまっては意味がないな。一番いいのを持っていくか。

 これで他国とのパワーバランスが崩れることになったとしても……。いや、そんな事は今更か。ヒルスはすでになく、大陸には人類の敵が存在している。まさに激動の時代だ。例えこの窮地をしのげたとしても、その先に待っているのは……」


 ヒューマンどもに頭を下げるのは業腹だが、隣国オーラルに保護を求める必要があるかもしれない。

 あの国はおそらく今もっとも安定している国家だ。野盗の被害にあったこの国の辺境の街も、今はオーラルから破格の安値で食糧の供給を受けていると聞く。ならば彼らが少なくともポートリーに友好的なのは確かだ。









 無人の街道を進軍した敵勢力は、数日と待たずにポートリー王都に現れた。

 ポートリーは東西に伸びた細長い国だ。北方より現れた敵軍が王都を目指すとしても、そう時間はかからない。

 睡眠や休憩が最低限で済むだろう敵軍ならばなおさらだ。いや、それであればむしろ遅かったくらいだ。


「なるほど、黒いな。あれが……」


 王都で敵勢力を待ち構えるは、まずは王都防衛を主任務とする第二騎士団。次に普段は東にある、スライムの湧き出るウミディタ湖に面したピアチェーレの街に駐屯している第五騎士団。さらに南の樹海への防壁の役割を果たすアスペン市を守る第六騎士団。

 そして近衛として宮殿と王族を守る第一騎士団だ。

 国の西部の街に駐屯している第七騎士団は間に合わなかった。


 情報によれば、敵には魔法を使う個体が多数いるという。これは部隊として攻城兵器を持っているということだ。

 ウィルラブでの戦いでは、野戦においては敵のその多さに押され、結果的に狭い市街地に誘い込むことで戦況を有利にしたそうだが、これだけの騎士団がいればそんな必要はない。

 狭い場所の壁を利用せずとも十分に包囲や分断が可能だ。

 有効と思われる、強力なアクティブスキルを取得している騎士も多数いる。

 特に近衛である第一騎士団は全員がそうだ。彼らは精鋭である騎士たちの、さらに上澄みだけを掬うようにして構成されている。貴族出身であるハイ・エルフもいるエリート中のエリートだ。


 王都を戦場にしたくなかったウスターシェは、戦場に王都の周囲に広がる草原を選んだ。

 平時は牧草地として利用されている土地だ。戦場になってしまえば、もう牧草地としては使えない。それについても何か代案を考えておく必要があるが、今重要なのは今日生き残る事であり、明日のミルクの事ではない。


「この戦力ならば負けることは無いだろう。まさに総力戦だな」


 今この瞬間にウミディタ湖や南の樹海などから魔物が溢れてくるようなことでもあれば、そちらに面する都市は軒並み全滅だ。

 しかし王として何よりも守らなければならないのはこの王都であり、アーティファクトである。

 主要都市とは言え滅んだところで国がなくなるわけではないが、王都や王族が滅べば国が滅ぶ。


 厳密には戦場である草原は王都ではないためアーティファクトは使えない。

 流石に城壁の中でなければ使えないというほど条件が厳しいわけではないが、それでももっと近くに寄る必要がある。

 そのためすでに城壁近くにアーティファクトは設置済みだ。

 最悪の場合は即座に城壁近くにまで兵を下げ、アーティファクトの周囲で戦わせる事になる。

 あれは無差別に呪いを振りまくため、敵を誘導した騎士も同時に呪いを受けることになるが致し方ない。除外する条件には各騎士団の団長・副団長クラスとウスターシェのみを登録してあった。

 アーティファクトは消費アイテムであるため、これを使用するということは国としての価値や格が下がってしまう事を意味するが、すべてが失われてしまうよりはよほどいい。


 そろそろ、中央に配置されている第二騎士団が会敵するころだ。

 第二騎士団は敵と接触したらそのまま徐々に下がり、右舷と左舷に配置されている第五、第六騎士団が敵を包み込むようにして包囲する手はずになっている。第一騎士団はウスターシェの護衛だ。





 開戦からしばらくの間戦況はウスターシェの描いた図のとおりに推移していた。

 現在敵は第二、第五、第六騎士団によって包囲され、想定通りに少しずつ数を減らしている。一部のアクティブスキルでなければ攻撃が通らないという報告は当初信じていなかったが、事実だった。

 圧倒的に数で勝る騎士団だ。包囲さえしてしまえばすぐに決着がつくと考えていたが、頑丈な敵兵はなかなか減っていかない。

 さらに一部の騎士たちのみに頼る戦法であるため、その騎士たちの疲労も心配だ。

 敵の放つ魔法攻撃は厄介だが、全方位から包囲している現状では散発的といっていいものだ。真に主力である分隊長以上の騎士は接近して戦闘しているため、彼らが魔法の標的になることはない。

 包囲を形作っている騎士たちには何人も被害が出ているが、多少の被害は仕方がない。


「敵首魁はさらに飛び抜けて強いという報告だったな? そういう者は居ないようだが」


 このまま時間をかければ殲滅は可能だろう。騎士たちへの被害も想定よりも少なく済むはずだ。

 国家存亡の危機と見てウスターシェ自ら出陣してきたが、拍子抜けだ。

 こんなことなら宮殿で待っていてもよかったかもしれないが、ウスターシェもハイ・エルフだ。高貴なるものとして、国家存亡の危機である可能性がある戦場に立たないという選択肢はなかった。

 都市が窮地に陥れば、それは領主の無能の責任だ。

 ならば国家が窮地に陥れば、それは王たるウスターシェの無能の責任であるからだ。


 しばらくすると包囲している騎士の集団から、1人の騎士が胸を押さえながらこちらに走ってくる。

 伝令兵という役職は特に設定してはいなかったが、こういうものだったろうか。

 それとも傷病兵か。

 胸部に損傷を負ったのかもしれないが、走れるほどならまだ戦えるはずだ。

 王たるウスターシェが戦場に出ること自体稀である。これまでああした光景は見たことが無かったが、辺境の都市での防衛戦などでは普通の事かもしれない。


 サボるつもりなら処断する必要がある。あの騎士はどこの所属か。

 騎士の手が胸から離れ、所属を示す印が顕になる。

 鎧の胸部に装飾されている文様、あれは確か──


「へ、陛下! お下がりください! あれは壊滅した第四騎士団の──」


 傍らの紋章官がそう叫んだ次の瞬間、騎士はいつの間にかウスターシェの目の前にいた。

 ぼうっとしていたとか、よそ見をしていたとかそんな事は有り得ない。

 まさに一瞬にしてこの騎士は十数メートルを移動してきた。


「──お主は今、陛下とか呼ばれておったな?」


 兜によって顔は見えないが、スケルトンにはとても見えない。普通の、肉のある男だ。スケルトンだとしたら鎧を着てもスカスカで音が鳴るなど、包囲している騎士たちの間を抜けてくるときにも目立っただろう。

 それにこの声だ。

 ウスターシェはこれまで会話をするスケルトンに会ったことなどなかった。


「なん──」


「『ゲラーテ・シュナイデン』」


 ウスターシェの周囲は第一騎士団が固めていたが、その第四騎士団の鎧を着た騎士の剣から直線状に放たれた剣閃によって、隊列が真ん中から真っ二つに引き裂かれた。

 その攻撃は当然中心にいたウスターシェを狙ったものだったが、間一髪で躱すことができた。

 国王ともなれば得られる経験値も相当な量になる。

 優秀であることを自分にも求めるハイ・エルフであれば、その経験値を自身への強化に費やすのは当然だ。

 ウスターシェは実戦経験こそ無いものの、その能力値だけで謎の騎士の攻撃を躱してみせた。


「──っぐ! 近衛騎士たち! この者を殺せ! こやつは我が国の騎士ではない!」


 謎の騎士を近衛騎士が取り囲む。

 近衛騎士はウスターシェの直属の眷属であり、王族や宮殿を守るべく他の騎士よりも多くの経験値を与えてある。

 ゆえにその全員が他の騎士団でいう分隊長以上の実力を備えているのだ。この謎の騎士が仮に敵スケルトンのリーダーであり、第四騎士団長の報告通りの強さを持っていたとしても、倒すことは不可能ではない。


「『ドレーウング・バーン』」


 しかし謎の騎士の放ったスキルによって、周囲を固めた近衛騎士たちは全て上下に分かたれた。

 先ほど隊列を真っ二つにした剣閃もそうだが異常な威力だ。


 近衛騎士たちはポートリー屈指の実力を持っており、纏っているその鎧もミスリルと魔鉄の合金で出来ている。

 ミスリルは単体では魔法親和性が高いが、熱伝導性もまた高く鎧には向かない。しかし魔鉄と合金にすることで熱伝導性を抑え、さらに少しだけ硬度も上げてやることができるのだ。

 ポートリーの金属加工技術は弱い。この鎧は旧統一国家で確立された技術で作られたものだ。かつてはこれ以上の鎧もあったそうだが、現代では残っていない。

 つまり、ポートリーで最高の性能を誇る鎧ということである。


 この謎の騎士はそんな鎧をやすやすと切り裂き、スキルのたった一撃で真っ二つにしてみせた。

 ありえない。

 どういう剣ならそんな事が可能だというのか。あるいはこれらのスキルに秘密があるのか。


「ええい! まだだ! 囲んで駄目なら──」


「お前が国王なのは間違いないようだな。ならば今度は回避などさせぬ。まとめて吹き飛ぶがいい!『シュヴェルト・メテオール』!」


 おそらく錯覚なのだろう。

 謎の騎士が剣を振った次の瞬間、まるで流星のように天から光が降り注いだ。

 流星はウスターシェがいる辺りに衝突し、爆発を起こして周囲一帯を吹き飛ばした。


 後には何も残っていない。

 ただ抉られた大地があるだけだ。


 ウスターシェの死亡により、残った近衛騎士たちもその場に倒れ、前線で戦闘中の騎士たちが気づいたときには本陣には誰も立っていなかった。





***





「──おお、ご苦労」


 ディアスはアダマンスカウトを労った。

 アダマンスカウトたちは本隊から1日先行して都市周辺に潜んでおり、アーティファクトの設置された位置を確認するのが任務だった。というより、本隊の動きを敢えてスカウトたちより1日遅らせていたというほうが正しいか。

 城壁の脇に設置されていたアーティファクトを全て回収したスカウトたちが、敵の騎士に扮して本陣を壊滅させたディアスに報告したのだ。

 嵩張るためインベントリに収納してしまいたいところだが、どこで誰が見ているかわかったものではない。主君の立場を脅かすような迂闊な真似は出来ない。


 前線で包囲を継続している集団の中にはこちらに気づいた騎士たちが何人もいるようだ。しかしアダマンスカウトを倒しうる敵の主力はまだ包囲の中心付近でアダマンナイトたちと遊んでいる。全て倒されるにはしばらく時間がかかるだろうし、放っておいていいだろう。


「ではお前たち、宮殿を制圧するぞ。王族を根絶やしにする事に陛下は特にこだわってはおられなかったようだが、完璧を期するに越したことはあるまい」


 すでに最重要目標だった国家元首の殺害は達成している。言うなれば後は消化試合だ。

 しかしディアスは全ての王族を始末するべく、王都への侵入を試みた。

 城門は固く閉じられているが問題ない。

 スカウトたちは壁をよじ登る事が可能だし、ディアスは壁を走る事ができる。


「我々から逃れることは不可能だ。王族がどいつかはわからないがおそらく宮殿にいるのだろうし、宮殿の中の者、それから逃げ出すものを全て殺せば任務達成だ。

 制限時間は、おもてのアダマンナイトたちが全滅するまで。では、行くぞ」






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