第168話「やっぱり寂しいんじゃん」(ブラン視点)





「ご主人様、どうするんですかアレ」


「街も壊れてしまいましたし、客足も遠のいていますよ」


 アレ、というのはスケリェットギドラのバーガンディの事だ。もしかしたら巨大アンデッドも含めてのことかもしれない。

 彼らを連れ帰ったのはいいが、大きすぎて街の一部が倒壊してしまっている。

 そのようなことにならないよう領主館前の広場を『召喚』場所に選んだのだが、見積もりが甘かった。トレの森、とかいう森の広場には他にも巨大な魔物や樹が存在していたため、正確にサイズを把握できていなかったのが原因だ。

 つまりブランは悪くない。


「壊れた建物は直せばいいよ。人類はそうやって進歩を重ねてきたのさ。スクラップアンドビルドとか言うんだったかな。でもお客さんが減ってしまうのは困ったな。街を直すにしても経験値がいる」


 破壊された建物はバーガンディたちを避けるようにしてすでに再建が始まっている。つまりバーガンディたちに合わせて広場がさらに広くなっている。これは街の下級吸血鬼の一部の者に『建築』や『石工』をはじめとする生産スキルを取得させた事で可能になった事業だ。

 といっても作業をしているのはまだ試験的に導入した数名のみで、速度をあげようとすればもっと人数が必要である。

 そしてそのためにはやはり経験値がいる。生産系スキルの取得には一定以上のDEXが必要だが、ゾンビ出身の彼らは総じて器用度が低い。


「こんなことならわたし自身の強化は後回しにして経験値をもっと残しておけばよかったよね」


「いえ、ブラン様の実力の底上げは本来最優先事項です。私どもは倒れてもかまいませんが、ブラン様は倒されるわけにはまいりません。むしろ経験値はかなり残してあったと聞いていたのですが、なぜ無くなってしまったのかのほうが重要です」


 このヴァイスも含めここにいるのはブラン以外の全員が誰かの眷属である。死亡したところでそのうち復活する。

 それを言うならプレイヤーであるブランもそうなのだが、ブランのリスポーンには3時間のクールタイムが必要になる。始めは特に何も考えていなかったが、今考えてみれば3時間もこの都市を無人にするというのはぞっとしない。

 ちなみに残しておいた経験値がごっそりなくなってしまったのはアザレアたちが言うところの「アレ」のためなので必要経費である。


「それはそうなんだけどね。まあでも、やっちゃったものは仕方ないし、エルンタールは☆5ダンジョンとしてこれからやっていくしかない。収入としてはまだアルトリーヴァとかの初心者さんたちからの徴収分が少しはあるはず──」


「ブラン様、大変申し上げにくいのですが。アルトリーヴァとヴェルデスッドの街ではぷれいやーなる者たちは最近ではほとんど死にません。収入はゼロに近いでしょう」


 ヴァイスにはブランからは経験値を与えることができないし、おそらくどのくらいの収入があるのかも彼には全く見えないはずだ。にも関わらずそうした分析ができるというのはそれだけで彼の優秀さを物語っていると言える。


「そっかー。まあ、なんぼ初心者っつってもいつまでもゾンビにやられたりはしないだろうし、新しく始めた人も誰かのパーティにでも入ればサポートはしてもらえるよね。まあ、そりゃそうか」


 先々のことを考えれば初心者に経験値を与えてやるのは構わないのだが、何の見返りもないのは面白くない。

 加えて言えば、成長した初心者がエルンタールに挑戦しそうにないのもまずい。「☆1じゃ物足りないな。よし☆5に行こう!」とは普通はならないからだ。


「じゃあアルトリーヴァとヴェルデスッドのどっちかが☆3になるように調整しよう。そうすれば☆1、☆3、☆5と段階的に挑戦できるようになるし、これまで以上にお客も増えるかも!」


「それがよろしいかと。具体的にはどうされますか?」


 単純に考えれば、例えばエルンタールの隣のアルトリーヴァに下級吸血鬼たちを移住させ、そこにいたゾンビをすべてエルンタールに移動させればいい。

 しかしそれではエルンタールの守りが薄くなってしまう。ゾンビたちは上位のプレイヤーに対して何の障害にもならないことはレアから聞いている。そうなると、エルンタールのコンパニオンは事実上バーガンディと巨大アンデッド達だけになってしまう。

 現状それでも十分すぎる戦力のように思えるが、世の中に絶対はない。それに身体の大きな彼らでは小さなプレイヤーを正確に攻撃するのは難しいかもしれない。

 加えて言うならそんな彼らが戦闘を行えばおそらく街に大きな被害が出てしまう。敵とのサイズ差を考えれば、彼らの攻撃はすべて範囲攻撃になる。建物への被害は免れない。


「アルトリーヴァのゾンビたちを全部下級吸血鬼に転生させるかぁ……」


「現状、それがもっとも合理的でしょうね。ご安心ください。ディアス殿やクイーンビートル殿がこちらを出立される前にいくつかMPポーションを残していかれました。アザレア達にこれを飲ませながらブラン様を『治療』させれば、一晩中血を与え続けても倒れることはないでしょう」


「ヴァイスくん鬼か。あ、吸血か……」


 つい最近も失血で死にかけたばかりだ。

 吸血鬼とは通常は血を求めてさまよう存在として恐れられているが、それはこのようにいつも血が足りていないせいなのかもしれない。





 それから2日を費やし、アルトリーヴァの住民をすべて下級吸血鬼に変えた。エルンタールよりも人口が少ない都市のため前回よりも楽だった印象だ。

 ブラン自身が子爵になったことで、配下の吸血鬼もより強大な魔物に転生してくれないかと期待もしていたが、特に変わることはなかった。

 仮に伯爵先輩が自宅古城のゾンビに血を与えたら何になるのだろう。聞いてみればひとつの指標になるかもしれない。


 それから難易度を☆1のままにしておく予定のヴェルデスッドにも数名の下級吸血鬼を生みだした。ボスとまでは言わないが、初心者プレイヤーに適度な緊張感を与えるためだ。まず死ぬことはないだろうという気の緩みはプレイヤーたちのためにもならない。これはブランの優しさだ。ただ対価としてほんの少しの経験値をいただくというだけのことである。


「……リアルタイムで難易度の変化を知ることができないのは厳しいなー。どれどれ──」





***





【☆3】旧ヒルス エルンタール【ダンジョン個別】









621:明太リスト

このスレはもう閉じて新しいの立て直さなきゃね


622:クランプ

いやいやいやいや

なんで急にあんなのが湧くんだよ! どうなってんだ


623:丈夫ではがれにくい

なんかあったの?


624:ウェイン

エルンタールに巨大なボーンドラゴンみたいなのが出現したんだ

三つ首で近づくだけでダメージ受ける


625:名無しのエルフさん

あれはヤバいわ

近接職は言うまでもないけど、魔法攻撃職も射程距離まで接近できない

あの間合いだと弓なら届くと思うんだけど、骨系って弓矢効きづらいのよね……

まあその前にウチ弓兵いないんだけどね


626:ギノレガメッシュ

直接戦闘してないのに死にかけたからな

骨ドラゴンが目立ってるけど、さりげなくフレッシュゴーレムみたいなデカブツも何体かいたし


627:明太リスト

赤いトカゲっぽいスケルトンとか全く見かけなくなってるし、あの骨ドラゴンは赤いスケルトンが集まって生まれたってことかなぁ


628:名無しのエルフさん

フレッシュゴーレム(仮)も元はゾンビだろうし、複数のアンデッドを合体させるような何かが起こったってことかしら

そういえば、王都の災厄って今不在だったわよね


629:ギノレガメッシュ

そういやそうだったな

てことは災厄がエルンタールのアンデッド使ってそういう実験したってことか?

そういうことは王都でやれよ……


630:明太リスト

王都でやってたとしたらそれはそれで大惨事だっただろうけどね

ていうか、災厄は王都の街並み気に入ってたみたいだし、こんなデカイの王都には生みださないんじゃない?


631:名無しのエルフさん

気分転換にエルンタールに来てみたらこれだものね……

なら逆説的に王都のほうが安定してるってことかしら


632:クランプ

かもな

災厄が帰ってくればまた☆5に戻るんだろうけど、別に災厄と絶対戦闘になるとは限らないしな


633:ウェイン

王都も最初は☆5でじきに災厄がいなくなって☆4に落ち着いたし、エルンタールもそうなるかもしれない

もう少し様子を見よう


634:丈夫ではがれにくい

でもそれってつまりその骨ドラゴンがダンジョン離れてうろうろするって意味だろ?

広範囲スリップダメージなんて持ってるエネミーがそこらをうろついたら大量殺戮待ったなしじゃね?









675:名無しのエルフさん

ウェイン君の読みとは違うけど、なんか安定したわね


676:ウェイン

そうだね

余計な被害が広がりそうになくて良かった


677:クランプ

まあこのタイミングでアルトリーヴァにいた初心者はご愁傷様だったけどな

言うてもヴェルデスッドもそう遠いわけじゃないが


678:明太リスト

結論としてはこの地域は

☆1 ヴェルデスッド

☆3 アルトリーヴァ

☆5 エルンタール

☆3~4? ラコリーヌ

ってとこかな?


679:丈夫ではがれにくい

その先の王都の☆4も入れれば、この周辺かなりやりやすいよな

人増えそう


680:名無しのエルフさん

NPCの建設した町も増えてるしね

あそこに転移ポータル作ってくれないかな、ヒルス国内向けだけでいいから


681:クランプ

運営に要望出してみようぜ

限定転移サービスのさらに限定版でいいから、仮設宿場町みたいなとこにも石碑作ってくれって


682:ギノレガメッシュ

なんか条件達成すればアンロックされるとかあったりしてな

NPCが何人以上で街として認定されるとか









***





「──何を間抜け面を晒しておるのだ?」


「ひょわあ!」


 SNSから意識を戻したブランの目の前に、いつのまにかデ・ハビランド伯爵がいた。

 ヴァイスをターゲットに『召喚』で飛んできたらしい。

 こちらに伯爵が来た事はこれまでに無かったはずだが何か用事でもあるのだろうか。


「しばらく我の方へ来ぬのでな。まあヴァイスの様子を見がてら、ちょっと来てみたのだ」


「ああ! すみませんいろいろすることがあって。寂しかったですよね」


「そういう理由ではない! だがちょうどいいタイミングではあったか。

 表のアレはなんだ? おとなしくしておるところを見るにお前の眷属か何かなのだろうが、我でも見たことのないアンデッドだぞ。……アンデッドだよな?」


「アンデッドですよ! あれはですね──」


 バーガンディが生まれるに至った経緯をかいつまんで話した。

 魔王であるレアと懇意にしていることはすでに伝えてある。たいていレアの仕業なので説明は楽なものだ。


「スパルトイどもを使ってそのようなことを……。しかし錬金の秘奥か。まるでかつての精霊王のようだな」


 精霊王といえば、確か伯爵の古い知り合いだ。

 特別仲が良かった風には言っていなかったが、この伯爵のことだしおそらく友人というのは少なかったはずだ。相手方はどうだかわからないが、伯爵の方は数少ない知り合いとしてそれなりに大事にしていたのではないかと思われる。


「精霊王さんは錬金が得意だったんすか?」


「錬金のみならず、ひととおりあらゆる生産系のスキルを修めていた。その作品のいくつかは現代にまで残っていたはずだ。お前の友人の魔王ならばおそらくご存知だろう。人類国家の王家には例外なく精霊王の遺した呪物が保管されているはずだからな」


 呪われたアイテムを遺品として遺すとはとんでもない人物だったようだ。伯爵がお気に入りなのも頷ける。

 しかしレアはすでに知っているはずだということだし、なら別に言わなくてもいいだろう。


「しかしまったく違う種族同士で協力し合い、ああした強力なアンデッドを生み出すとはな。我では思いつきもしないことだ。そういうところが、お前たちならではの強さなのだろうな」


 伯爵の言い方からして「お前たち」というのがレアとブランに限定したことではないように思えた。もっと大きなカテゴリーを指しているようだが、それが何なのかは聞いても答えてはくれなかった。


「あ、そうだ。そういえばレアちゃんたちがリザードマン欲しがってたんですけど、どっかにまた居ないですかね。リザードマンでなくてもトカゲっぽいやつなら何でもいいんだったかな?」


「まだ数は少ないが、お前がスパルトイを生みだしたあの地底湖の集落が再建されつつあったはずだ。地底湖そのものを破壊したりしなければ好きにして構わんから案内して差し上げるといい。

 それからトカゲ系と言っていいかわからんが、地底湖から流れ出る水系の川、お前が地上に下りた時に下った川だが、あそこにはニュート系の魔物がいたはずだ」


「にゅーと」


「……サンショウウオに似た魔物だ」


「さんしょううお」


「何も知らんのだな! 魔王に聞け!」


 その後フルーツタルトとミルクティーを平らげ、伯爵は帰っていった。

 気に入ったらしく、これから時々に食べにくるらしい。ライラに追加注文をする必要がある。









〈そっかー。やっぱ知ってたんだ精霊王さんのこと。あ、それと伯爵がにゅーと?系の魔物の居場所教えてくれたよ! リザードマンも少し増えてきたみたいだけど、まだ数は少ないって〉


〈にゅーと? ニュート? イモリのことかな? そんなのいるんだ〉


〈さんしょううお?とか言ってたけど〉


〈そっちも含むのか。まあ似たようなものかな。うーん、サンショウウオか……。あれ正確にはトカゲっていうか爬虫類じゃなくて両生類なんだけど大丈夫なのかな〉


 両生類と言えば蛙などが有名だ。

 伯爵がいかに耄碌していようと蛙とトカゲを間違えたりはしないだろう。現実と全て同じというわけではないだろうし、ゲームの中ではサンショウウオとやらもトカゲなのかもしれない。


〈そう言えばブラン、システムメッセージは見た?〉


〈見てない!〉


〈だと思った。見ておくといいよ。次のイベントの告知だったから。まあどのみち参加不参加関係ない系だけどね〉


〈そうなんだ! 見ておくね。ありがと!〉





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