第167話「食糧は現地調達」
ポートリー国王の討伐を任せる事にしたのは、配下を持たない眷属の中で最も強いキャラクター。
ディアスである。
エルンタールが難易度☆5になってからはプレイヤーたちもろくに挑戦してこない。
まれに飛び込んでくる命知らずがいるようだが、いつの間にか原因不明のスリップダメージを受け、スケリェットギドラの姿を目にするころには戦意を失っているらしく、戦うことなく退却しているらしい。
そうしたわけでディアスの散歩もこのところ収穫がない。
話を持ちかけてみればやはり報復や復讐というワードは好きらしく、非常にテンション高く食い付いてきた。
それならばこの機会にとディアスとジークの強化も行なった。
彼らは以前に
たとえ災厄級の魔物といえども、ただそれだけでは真に災厄に成り得ないということはレアが誰より知っている。
特に今回はアーティファクトがあるだろう王都に攻め入らせるのだ。
せめてかつてのレアと同程度、いやそれ以上の戦闘力にはしておきたい。ジークは逆にアーティファクトが使用できる王都を防衛する立場として、同じ理由で強化が必要だ。
彼らは騎士であり、指揮官である。まあディアスは配下が居ないし、そもそもあまり指揮官としての自覚が無いようだが。
今更魔法などの新たなスキルを取得させたとしてもそれほど有効だとは思えない。ジークは小器用に使いそうではあるが、ディアスには無理だろう。
そういった理由から2人の強化は剣や盾を使った武術系スキルの強化に主眼を置いた。そしてそれらを活かす感覚系や肉体操作系だ。『敏捷』や『頑強』などである。
どうせディアスはその性格からいざとなれば単騎で突撃するのだろうし、ある程度ひとりで突っ込んでいっても死なないように調整した。
あの時、レアが受けたアーティファクトのデバフは能力値を制限する効果だった。スキルで補助されていればその分はデバフを掻い潜れるかもしれない。
また攻撃手段として剣一振りで敵陣を吹き飛ばすようなアクティブスキルを取得させたりもした。どういう原理か不明だが、ヘルプにそう書いてあるのでそういう性能なのだろう。
素手も含めてだが、武器による直接攻撃は殲滅力や威力において到底魔法に敵わない。こうしたトンデモスキルでもなければ釣り合いがとれないという事なのかもしれない。とはいえこれらのスキルは種類も少なく消費経験値量が多い。近接物理職はあくまで接近して攻撃するのが主眼であり、遠距離や範囲攻撃は奥義のような一部のスキルのみだということだろう。
こうしたスキルが存在しているのなら、ウルルのような巨大なエネミーに対して近接物理職が活躍することもできるかもしれない。
戦う相手が近接職ばかりだからといって、油断はできないということだ。
アダマン隊は一部はもしもの為にヒルス王都に待機しているが、それ以外はすべてディアスに預けることにした。
かつてラコリーヌで騎士たちと戦闘させた時の事を思えばポートリーの兵相手ではかなり心もとないと言える。ウルルの足に傷をつけたほどの人物ならアダマンナイトも真っ二つに出来るだろう。
アダマンたちはカーナイトと違い平時から運用するつもりのない虎の子の部隊だ。強化しすぎて使いどころに困るようなことはない。
この遠征で問題点を洗い出し、一段落ついたらまとめて強化するべきだ。
*
ディアスに侵攻を任せている間、レアはレアですることがある。
ガスラーク達の強化、そして巨大ゴブリンに転生させられるかの検証だ。
『迷彩』で姿を消し、ゴルフクラブ坑道のガスラークの元に自分を『召喚』した。
「陛下、このようなみすぼらしいところによくおいで下さいました」
飛んだ先は洞窟の中だった。
壁際には岩で作られたらしいベンチのようなものが備え付けられており、まるで競技場かなにかの控室のようだった。
なんなら外のセーフティエリアのプレイヤーたちの休憩所よりしっかりしているかもしれない。
サポート用に駐屯させている工兵アリの仕事だろう。
「ご苦労さま。なかなかうまくやっているようじゃないか。テストケースとしては上出来だよ」
SNSに書き込まれていたプレイヤーからの評判はレアの満足いくものだった。
初めてにしては上出来だ。
「恐縮です」
頑張っている彼らには何か褒美を与えてやりたいところだ。
しかし遠慮しているのか物欲がないのか、特に欲しいものは無いようだ。それでもあえて言うならばということで引きだした希望は「強さ」だった。
「そんな事なら、別に褒美とかでなくとも必要経費で与えるけれど」
「いえ、この洞窟に我々が存在している意味を考えれば、現在の戦闘力でちょうど良いくらいです。強くなりたいというのは、単なる私のわがままですので」
そういう発想ができる時点で与えられている仕事以上の能力をすでに持っていると言える。
しかし一般的なゴブリン系の魔物の能力値のレーダーチャート形状から考えれば、現在のガスラークはINTだけが突出している状態だと言える。INTを高めれば思考力や記憶力も向上するため、それを狙って経験値を与えたのだが、それがまた自身の弱さを自覚させることにもなっているのかもしれない。
ならばガスラーク本人とその側近に数名を選んで強化し、褒美に変えるのがいいだろう。
まずはガスラークだ。
もともと集落の長でありゴブリンリーダーだった彼は、この任に就かせるにあたりゴブリンジェネラルに転生している。
褒美の意味も込め賢者の石グレートを使用してやると、案の上「ゴブリンキング」へと転生した。
要求された経験値は300と少ないが元がゴブリンという事も考えれば多い方なのかもしれない。いや冷静に考えれば300は別に少ない数値ではない。
本来であれば2段階上まで転生できる賢者の石グレートを使用したにも関わらず他に選択肢はなかったため、このルートはキングで打ち止めのようだ。
身体は一回り大きくなり、標準的なヒューマンよりも少し大きめなくらい──ちょうどあの、ノイシュロスで戦った雑魚の大ゴブリンと同じくらいの大きさだ。
しかしその威圧感は全く違う。
「まさかノイシュロスの雑魚がすべてゴブリンキングだったとも思えないし、サイズ感は似ているけど違う種族なんだろうな。あ、そうだ」
回収しておいたノイシュロスのボスの死体を取り出した。
「陛下、これは?」
「別の場所にいた、大きめのゴブリンの死体だよ。残念ながら倒す前に勝手に死体に変わってしまったけれど」
ゴブリンミイラの死体を『鑑定』してみる。
能力値やスキルなどは表示されないが「デオヴォルドラウグルの死体 状態:劣」と表示された。
『神聖魔法』の攻撃によって体表面は焼け爛れているし、状態が悪いのは仕方がない。
「……ゴブリンですらないじゃないか。なんだったんだこいつは」
確かにゴブリンだなんだと言っていたのはプレイヤーたちだけだ。
となるとあちらのゴブリンもどきたちはゴブリンではなかった可能性がある。参考にするのは諦めた方がいいのかも知れない。
事実、ガスラークには『使役』のために『死霊』も取得させているが、取得した前回も、そして今あらためて確認してみても『ネクロリバイバル』というスキルは発現していない。
あのプレイヤーのゴブリンがスキル名を変更していたという可能性もないではないが、アンデッドに転生するような効果のスキルも他に見当たらない。
「仕方ないな。とりあえず部下を2名選ぶといい。ゴブリンジェネラルと、あと何か魔法系の魔物に転生させよう」
ガスラークの選んだゴブリンリーダーに賢者の石グレートを使用し、それぞれ転生させた。
魔法系の同格の魔物はゴブリン・グレートウィザードというらしい。
今、彼らをゴブリンリーダー、ゴブリンメイジから転生させたが、そういえば彼らは元々リーダーやメイジだっただろうか。いやリーベ大森林を出た時点ではリーダーはガスラークだけだったはずだ。
ではこの洞窟の中で勝手に転生したということなのか。
この2体の主君はNPCのガスラークであるため転生に際しては誰かの許可がなくても自動的に進行する。それ自体はおかしくないが、だとすればこの洞窟内だけで完結する転生条件があるということになる。
「ガスラーク、ところでこの2体はいつどうやって転生したのか、覚えているかな?」
「は。敵ゴブリンを倒して食べた時です」
「食べ……え?」
聞き取った話をまとめると。
どうやら、彼らは敵ゴブリンの額のコブの中にある石のようなものを食べることで転生することができるらしい。
そういえばノイシュロスの大ゴブリンのコブの中にも妙な石が入っていた。報酬の山分けでタンクマンにたくさんもらったやつだ。
「……それなら検証は可能かな。『召喚:アマーリエ』」
「──お呼びでしょうか、陛下」
マーレのインベントリの中には、あの時の謎の石が大量に入っている。
あれを試しにここのゴブリンに与えてみれば、何らかの変化が起きるかもしれない。
リーダーやメイジではまた違った反応になる可能性がある。まずは普通のゴブリンがいいだろう。
普通のゴブリンに大ゴブリンの石を与えてみた。
ゴブリンは頑張って噛み砕こうとしているが、文字通りまったく歯が立たない。
「陛下、どうやら普通のゴブリンのコブと比べて非常に硬いようですね」
「ということは、いつもはもっと簡単に砕けるのか。仕方ないな」
噛み砕こうと頑張るゴブリンのSTRを上げてやる。
咬合力が多少上がれば砕けるだろう。
するとがりっ、と小さく音がして、ゴブリンが石を噛み砕いた。
もぐもぐと口を動かしているそのさなか、光に包まれ反応が始まった。
「まだ飲みこんでいないぞ。もしかして、条件は食べることではなくて砕くことか?」
光が収まると、そこにはガスラークと同程度の身長の、よく見た魔物が立っていた。
ノイシュロスで数多くキルした、あの大ゴブリンだ。
あれはどうやら「ホブゴブリン」だったらしい。
その後も何度か実験を行い、いくつかのことが判明した。
ゴブリンたちの転生条件はやはりあの石を砕くことだった。別に歯でなくとも構わない。道具を使ってもいいようだ。
『鑑定』してみたところ、この石は「ホブゴブリンの核石」というらしい。一部の種族の転生に必要だと書いてある。
通常のゴブリンに賢者の石を与えてもホブゴブリン系には転生できないことから、あの核石を使用するのが必須の条件のひとつになっているということだ。エルフ系で言うところのダーク・エルフルートのようなものだろう。もっともダーク・エルフの条件は未だにわかっていないが。
また、ゴブリンメイジにホブゴブリンの核石を与えることでホブゴブリンメイジに転生させる事ができた。身体のサイズもヒューマンサイズになり、能力値も底上げされた。
転生させたホブゴブリンにもう1つホブゴブリンの核石を砕かせてみたが、これは特に何も起こらなかった。
しかし取得スキルが条件のひとつになっているようで、例えば魔法スキルを取得させたホブゴブリンにもう一度核石を与えてみたところ、ホブゴブリンメイジに転生することができた。
ゴブリンも同じ仕様であるなら、ガスラークの配下のゴブリンがゴブリンリーダーになったのは、やはり条件を満たした状態で敵性ゴブリンの核石を噛み砕いたからで間違いない。
しかしこれまでホブゴブリンが出現したことのないこの洞窟に突然この者たちが現れてはプレイヤーに不信感を抱かせてしまう。
実験に使用した数名は決してプレイヤーに見つからないように、ガスラークの身が危ないときのみ戦闘に参加するよう厳命しておいた。
ガスラーク自身にこれを与えればホブゴブリンキングか何かに転生させられるのかもしれないが、あの時のボスのように巨大化でもされてはかなわない。洞窟が崩れてしまう。
「いろいろ面白い事がわかった。あのゴブリンのボスのプレイヤーもおそらくこうして転生していったんだろうね。
それにしても、どうして倒したゴブリンなんて食べていたの? そういう習性?」
「いえ、この洞窟にはコウモリやモグラくらいしか食料がありませんので。我々全員の飢えを満たすにはそれでは足りません」
配下を飢えさせるなどあってはならない。反省すべきところだ。
これではブランの事を笑えない。
ここへは定期的に工兵アリの主君である女王を派遣し、食糧を届けさせることにした。
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