第166話「ウルル・インパクト」





「……公開は、許可しない、と。 でも、イベントか。今はそれどころじゃないんだけど」


 システムメッセージは第三回公式イベントの告知だった。

 翌週から1週間、ゲーム内時間で約10日間に渡ってイベントが行なわれるという内容だ。

 天空からの襲撃ということはおそらく災厄である大天使の襲撃が起こるのだろう。ブランの知り合いである吸血鬼の伯爵の話では、大天使は相当若い災厄らしい。

 だとすれば、その大天使が第六災厄で間違いない。つまりレアのひとつ上の先輩ということだ。


 システムメッセージによれば、天使たちの襲撃は☆2程度の戦力であるという。レアの支配するほとんどの地域よりも戦力的には下だ。テューア草原だけは☆1だが、あれとてそうなるように敢えて抑えているに過ぎない。洞窟にいるアリの女王は☆3以上の実力があるだろうし、☆2の雑魚に集られたところでやられはすまい。


 となるとレアの支配地域で防衛について考えなければならないのはリフレの街だけだと言える。

 あの街の住民たちはあくまでそれと気づかれないようレアに飼われているだけであり、住民全員が支配下にあるわけではない。であれば自慢の魔物たちで大々的に防衛してやるわけにはいかない。

 だが防衛戦力を全く用意できないわけでもない。

 都市の主力となる警邏隊はライリーを通じて強化してやることが出来るし、いざとなればマーレの身体を借りてレア自身が守りにつくこともできる。そうでなくともマーレはすでにひとりで十分戦える。☆2程度の相手ならば敵ではない。


 しかし、今さら全種族協力推奨イベントとは一体どういうつもりなのか。

 いかに運営が「しがらみを捨てて協力しましょう」と言ったところで、サービス開始前からこの世界で暮らしていたNPCにとって魔物も天使も等しく敵であることに変わりはない。ましてや彼らには運営の意思など伝わりようがない。

 本当にそうさせたいのなら『霊智』などを利用して語りかける事も出来るはずだ。しかし今レアに何も聞こえていないという事は、そこまでするつもりはないという事である。つまり運営にとってはNPCがどう動こうがどうでもいいという事だ。


 そしてそれはプレイヤーに関しても同じ問題を抱えていると言える。

 いつか倒した元ゴブリン──謎のゴブリンミイラのプレイヤーはおそらく誰にもその正体を明かしていなかった。それは広まってしまえば積極的に狙うプレイヤーが現れたり、あるいは談合のような事を持ちかけるプレイヤーが現れたり、そういう面倒事が発生するのを懸念したからだろうと思われる。

 そうなると魔物プレイヤーの方から人類種プレイヤーの方へ協力を持ちかけたりというケースは考えづらい。そして正体を明かしていない魔物プレイヤーを、他のプレイヤーが看破するのは困難だ。


 もっともそれくらいは運営も想定の範囲内のはずだ。

 それでもあえてそう表記した狙いはおそらく、プレイヤーだろうとNPCだろうと、またいかなる種族であろうと例外なく天使に襲われる可能性があるので注意しましょう、と伝えることにあったのではないだろうか。


「普通にそう言えばいいと思うんだけど。素直に説明したら死ぬ病気か何かなのかな、運営は」


 運営のひねくれた精神についてはどうでもよい。

 それよりも今は他にやるべきことがある。


 ヒルスの田舎町がポートリー王国に襲撃された。

 理由は不明だが、住民全てが殺害され都市を実効支配されたようである。

 SNSに書き込んだプレイヤーによれば事前の通告などは一切なかったとのことだ。


 その行為の是非についてはとやかく言うつもりはない。

 レアがエアファーレンや王都で行なったことも同様だからだ。

 しかしプレイヤーであるレアと違い、一国を束ねる支配者がわざわざ他国の都市を攻め落とし、兵を駐屯させるとなればそこには必ず何らかの目的があるはずだ。


 普通に考えれば目的は侵略である。

 この大陸には長らく戦争は起きていないらしいが、特に戦争に対する忌避感があるというわけではない。それはちょっとしたことで都市間の紛争が勃発したことからもわかる。

 確かに表向きどの国も自国のみで国家の運営が成り立っており、あえて他国を侵略する理由はない。

 だが貧しさだけが戦争を起こすとは限らない。

 ポートリーはヒルスに比べると国土の狭い国だ。それは人口が少ないためだと思われるが、その事実に本当にポートリー国民が納得しているのかどうかは不明だ。

 もしかしたら国をわかった太古よりずっと隣国の土地を狙っていたのかもしれない。

 そう考えれば侵略が目的ではないかという考えにも一定の説得力が生まれる。


 その場合、彼らはヒルスの田舎町を制圧した後はどうするだろうか。

 侵略が目的なら当然進軍するだろう。なにせ彼らを阻む「国家」という殻はヒルスにはもう無い。

 であればいずれは来るはずだ。旧ヒルス王国、その王都に。


「ならそうなる前に阻止しなくては。ヒルス王都が災厄によって制圧された事は知られているだろうし、その上でちょっかいをかけてきたということは、つまりわたしが喧嘩を売られているということだ。

 次のミッションは、イベントが始まるまでの1週間、それまでの間にポートリー王国を叩き潰すことだね」









「──ごめーんね」


「……もういいよ別に。まあ、不幸な事故だった」


 先だってのお茶会の際、ライラが周辺国家に野盗を派遣し工作をしかけているというような話をしていたのは覚えている。

 まさかそのとばっちりがヒルスに来るとは考えてもいなかったが。


 アポなしで突如リフレに現れたライラから事のあらましを聞くことができた。

 どうやら発端はライラが周辺国家に派遣していた野盗業務らしい。


 国境付近の街を野盗に襲われたポートリーはその野盗が旧ヒルス国内から来ていると考えたようだ。

 それだけでは野盗がオーラルから来ているのかヒルスから来ているのかは判別できないはずだが、どちらだったとしてもオーラルに報復行動を取ってしまえば国対国の戦争になってしまう。

 もちろんそれはライラも望むところではないため、そうなった場合はうまく落とし所をつけて修めるのだろうが、そんなことはポートリー側にはわからない。となれば彼らも迂闊にオーラルに仕掛けたりはできない事になる。

 戦争もなく、交流も細いとなれば、他国の具体的な軍事力を知るのは困難だ。ポートリーにとって、オーラルが手を出していい相手なのかどうかは判断が難しいはずだ。


 一方でライラがポートリーや周辺国家の国力や戦力をすでにある程度把握できているのは、各国にいるプレイヤーたちのSNSへの書き込みなどから分析しているからだ。

 今回の野盗騒ぎもその分析の裏取りをしたいという側面もあったのかもしれない。


 ともかくオーラルと、というより人類種国家と事を構えたくないポートリーは、人類種国家ではなくなったヒルス改め「その他地域」に苛立ちのぶつけ先を求めたということだ。


 そういうわけで発端はライラの送りこんだ野盗なわけだが、しかし旧ヒルス王国なら殴っても問題ないと判断された事に変わりはない。

 いずれにしてもレアは舐められているのだ。

 ライラはそういうことをあまり気にする方ではないが、レアにとっては面子は重要である。護身とはいえ、結局のところ力を売り物にしている道場を背負って立つ身としては、見くびられるのは死活問題だ。


「不幸な事故ではあったけれど、落し前はつけなければ」


「いやそんな、ゲームだしそこまではよくない?」


「ゲームでもだよ。というか、ゲームだからこそでもある。災厄と呼ばれているNPCが、自分の縄張りにちょっかいを掛けられて黙っているというのはね」


「縄張りって、レアちゃんまだ征服された町に何もしてなかったじゃん。存在すら知らなかったんじゃないの?」


「今はもう知ってるし」


「後出しじゃんけんかよ!」


 どのみち、もう反撃の拳を振りおろしてしまったのは確かだ。


 ロールアウトしたばかりの配下の戦力評価に利用したのである。

 結局、配下にしてから一度も運用することがないまま強化に回してしまったウルルをぶつけてみたのだ。

 ぶつけた、というのは軍事的に衝突させたという意味ではなく、物理的な意味でである。


 該当の町の上空でウルルを『召喚』し、落下させたのだ。


 エルダーロックゴーレム時代よりも重量が増しているらしいウルルは、その落下の衝撃だけで町の建物のほとんどを吹き飛ばした。

 敵兵士はかつて蹂躙したヒルスの兵たちに比べて相当強いらしく、建物が吹き飛ぶ衝撃波を受けてもほとんどが生きていた。

 その後はウルルは命令された通り、律儀にひとりずつ踏み潰して回った。

 中には反撃によってウルルの足に傷をつける者も存在した。総アダマス製のウルルにダメージを通したということは、アダマスと同格以上の武器を持っているか、あるいは武器性能を覆すほどの何らかのスキルを保有しているかだ。

 『鑑定』しようと思ったときにはすでに潰されていたため諦めたが、それほど強いのなら誰かの眷属である可能性が高い。いずれまた会う事もあるだろう。


 また魔法や矢によって胸部の神殿を直接狙う者たちもいた。あからさまに重要部分であるし、その判断は間違っていない。

 しかし動くウルルの、しかも超巨大な神殿の柱の間を縫って攻撃を当てるというのは容易なことではない。

 また一発二発を直撃させたところで即座に倒れるわけでもない。焼け石に水だった。

 タロスという神話上の存在に関する逸話を知っていれば、かかとが弱点であると考える者もいたかもしれないが、NPCである彼らではわかるはずもない。また本当に踵に弱点があるかどうかはレアですら知らない。


 ウルルを倒そうと思えば、何らかの手段でダウン状態にし、胸部の弱点を露出させて集中攻撃をして、ダウンから復帰したらまたダウンを狙い……という風にある程度決まった手順で戦う必要がある。

 そういう、ある意味ギミックのような手順があるボスは他のゲームでもよく見かけるため、プレイヤーならすぐにでも対応してきそうだが、少なくともこの町に駐屯していた司令官では無理だったようだ。


 ともかくそうして町は更地になり、反撃の第一歩は終わった。

 町の住民が残っていないのなら町を残していても仕方がない。魔物の領域も遠いし、どこかと交易が盛んだというわけでもない。細々と農業を営み、塩などの必需品だけ行商から買い取って生活していたような小さな町だ。住民も残っていないようだし特に利用価値はない。

 仮に再建して新たに居住希望者を募るとしても、この世界のスキルを利用するなら敵の襲撃に遭って半壊した建物を直すよりもイチから建てた方が手っ取り早い。


「襲われて征服された町はもう叩き潰してしまったから、向こうもわたしが反応したということには気付いただろうし、もう遅いよ」


「どう出るかなー。こっちに来なかったのはウチと大々的に事を構えたくなかったからだろうけど」


「こっちに来たのはライラに略奪された分を別のところから略奪することで損失補填したかったからだろうね。オーラルに対してやると国際問題になるから、無法地帯と思われているこちらに来たと」


 都市単位での統治が常態化しているこの大陸で、国家元首がいないからというだけで無法地帯認定とは恐れ入るが、基本的人権という概念も無さそうな世界でそんな細かい事を言っても仕方ない。

 要は略奪してもいいという免罪符さえあれば、いつでも誰にでも仕掛けるということだろう。


「まさに蛮族だね。同じハイ・エルフ出身者としては恥ずかしい限りだ」


「ああ、そういえばそうだっけ」


「そうだよ。どうせもう手遅れなら、ここは蛮族である彼らに「法」とはどういうものか教え込んでやるとしよう」


「目には目を、とかいうつもり? ハムラビ法典かな」


「いや、もっと基本的なことからだ。わたしが教えてやるのは現存する世界最古の法典だよ。

 確か、殺人や強盗は極刑だったかな。実行犯が国軍なら首謀者は国家元首だろうし、国王は極刑だ」


「ウル・ナンム法典の方かー。

 てか、その理屈ならまっさきに私が裁かれるよね」


「それでもいいけど、それは被害に遭った彼らがやればいいことだ。わたしの知ったことじゃない。実行力がない方が悪い」


「私刑じゃん! 法がどうとか語ってたのに……」


 ライラは裁かれたいのだろうか。しかし悪いがライラの相手をしている暇はない。

 とはいえポートリーの王都にも例のアーティファクトがあるはずだ。

 全く無策で攻撃を仕掛ければ前回の二の舞を演じることになる。


「でも攻めるとしてもアーティファクトは厄介だな」


「あーあれか。あれってさ、戦闘を有利にするっていうよりは、単に周囲に嫌がらせをばらまくだけって感じするよね。設定しておいた数人以外は無差別に反応するんでしょ?」


 ライラから奪還したヒルスのアーティファクトの残りもそうだし、災厄討伐記念のSNSにもそんな書き込みがあった。

 オーラルにあるアーティファクトも同様ならおそらく全てのアーティファクト、いや精霊王の遺産は同じ仕様と考えていいだろう。

 かつてライラに聞いたように現在の6国家の王家に恨みを抱いた精霊王が作成したのなら、無差別に呪いを振りまく代物になっていてもおかしくない。


「アーティファクト自体はわかりやすい形してるし、見つけたら近寄らなければいいんじゃない? それか起動前に奪取しちゃうか」


 確かにそれがあると知っているのなら、わざわざ近づくこともない。


「てか、それ言ったらあれか。そもそも王都に近づかなければいいのか。私やレアちゃんは死んだら困るけど、そうでない人を向かわせるのが一番合理的だ。好きでしょ? 合理的な事」


 言い方は腹立たしいが、確かにレアは合理的な事が好きだ。

 時にロマンや雰囲気を求めて非合理な事もするが、それはあくまで例外である。カレーに入ったラッキョやフクジンヅケのようなものだ。


「……自分自身のスキルのテストもしてみたかったんだけど。まあ仕方ないか。死亡した場合に影響が大きいという意味ではわたしの眷属も上位の子はほとんど死んだら困るんだけど。ウルルのテストはもう終わったし……。

 あ、もう一人いたな。配下がいないけど強いのが」






★ ★ ★


本日はシステムメッセージがありましたのでもう一話日付が変わる頃に投稿します。

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