第173話「植民地」





「──陛下、申し開きのしようもございません……」


「え? 何が? もしかして国王取り逃がしたの?」


 状況が終了したとのことだったためディアスをヒルス王城に『召喚』した。

 現れるが早いか彼はレアの前に跪き、突然謝りだしたのだ。


「いえ、国王らしき者は殺害したのですが、残りの王族は一部取り逃してしまったようで……」


「あ、なんだそんなことか」


 ディアスは国王のいた本陣を壊滅させた後、アダマンスカウトを率いて宮殿に奇襲をかけた。

 その際に宮殿内にいた全てのエルフとハイ・エルフは殺害したらしいが、現王の長子である第一王子だけは城下にすでに逃れた後だったらしい。


「奇襲をかけたというのにすでに逃れた後だったというのは腑に落ちないな。情報が漏れるも何もそもそも作戦内容はディアスの頭の中にしか無かっただろうし。

 となるとたぶんその王子様とやらは、ポートリー王都への攻撃がどう転ぶかに関係なく街に出かけていたんじゃないかな」


「街が攻撃を受けているという状況であれば、普通はもっとも防備の厚い宮殿に籠ろうと考えるはず。にもかかわらず街にいたとなれば、よほど父王と騎士団を信頼していたということでしょうか」


 そうだったとしても、国王が迎撃のため宮殿を空けているのであれば第一王子は代わりに宮殿に詰めておくのが筋である。国の中枢たる宮殿には何か危急の事態が生じた際に判断を下せる上位者が必要なはずだ。

 街にどれだけ重要な用事があったのかわからないが、いずれ国を背負って立つ身としては自覚に欠けるように思える。


「どちらかといえば、逆に国政なんかに興味がない人物なんじゃないかな。まあ知らないけど。後を継ぐのが嫌だったとかそういう感じなんじゃない?

 国王も前線に出てこられるほど元気だったんならまだ代替わりまで時間があっただろうし、今はまだ自分の立場というかあるべき姿というか、そういうものを自覚できてなかったんじゃないかな。残念ながら彼の猶予期間モラトリアムは強制終了になったけど」


「自らの愚かしさのおかげで、皮肉にもひとり生き残ったというわけですか……」


「いやわかんないよ? もしかしたらほんとうに重要な用件で城下街にいたのかも知れないし」


 ディアスは悔しそうにしている。が、状況的には悪くない。

 目的だったポートリー国王の処刑は達成できているし、話によれば生き残りの王族もその彼ひとりだけだ。

 あのリザードマン達のことを思えばすぐにでも繁殖して増えるという可能性も無いではないが、公式サイトにある国家の説明によれば、ポートリーという国は人口が少なく、それはエルフが増えにくい種族だからだとのことだった。それならしばらくは王族はひとりだけでいると考えていいはずだ。


 今後の展開によってはポートリー王国から精霊王を輩出してもらうことになるかもしれないし、適度に生き残ってくれるに越したことはない。選択肢は多い方がいい。

 いざとなれば『使役』して強制的に転生させてもいいが、キーアイテムの為だけに莫大な経験値を支払うのはためらわれる。どうせ経験値を使うならもっと役立つものに使いたい。


「とりあえず、ポートリーへの鉄槌としては結果はまずまずと言っていいんじゃないかな。ごくろうさま。

 じゃあ次の報告をしてもらいたいんだけど。アダマン隊の問題点についてとか」


「は。アダマンナイトにつきましては、その防御性能に不安はありません。ただし攻撃や回避など防御以外の部分については今回は課題が多く残りましたな。

 武器はアダマン製に換装しておりますので攻撃力は問題ないのですが、相手が格上の場合ですと回避されたり受け流されたりして直撃させる事が困難になります。当てさえすれば鎧であっても切り裂く事ができるため、どうしても攻撃が大振りになりがちで。

 これはこちらが回避する場合でも同様で、そもそも通常攻撃でダメージを受けないせいか回避に対して認識が甘いですな。そのせいで、稀に存在する強力なスキルを繰り出す相手によって容易に打倒されております」


「……つまり安易に強化するよりは意識改革を促した方がいいってこと?」


「いえ、訓練によって意識を変えることは可能かもしれませんが、それだけの時間をかけるくらいなら手っ取り早く経験値をつぎ込んで強化したほうがよいでしょう。そもそも奴らは自我が弱いため意識改革という手法が有効かどうかわかりませぬ。

 相手よりも早く動けるならば回避も容易になるでしょうし、攻撃を当てるのも同様です。また賢くなればより学習できるようになりますし、相手の行動から次の一手を予測することもできるでしょう。そも、防御力をさらに向上させてやれば強力なスキルを受けても倒されないようになるやもしれません」


 この、意識の甘さに問題はあるが地力が上がれば大丈夫、という考え方には若干覚えがないでもない。眷属というものはどうあっても主君に似てくるものなのかもしれない。

 だがその方がレアにとってはやりやすいのは事実だ。


「わかった。でもさすがに全員をどうこうするだけの経験値はないな。すでにかなり使ってしまっているし。まあ当面アダマンたちを使って何かをする予定はないし、次のイベントで稼いだ分を使えばいいか」


 公開されている天使の強さが正しいなら現状のままでも問題ないはずだ。


「それともうひとつ。今すぐに問題が起きるというわけではありませんが、ポートリーでドロップさせてしまったアダマス塊はすべて回収できたわけではありません。いくらかはポートリー国内で再利用されてしまうかと」


「それはある程度は初めからわかっていたし構わないよ。それよりも国王を倒した事で相手の近衛を全滅させられた事の方が大きいからね。報告によれば近衛騎士は他の騎士団とは段違いに優秀だったんだよね? 武器はスキルがあればすぐに作成してしまえるけど、優秀な人材を揃えるには時間がかかる」


 エルフの国であるポートリーの人材が全体的に優秀なのはその寿命の長さによるところが大きい。種族的にエルフの人口が少ないのもそれが理由だ。死ににくいために増えにくいということらしい。

 ならば失われた人材の回復には相応に長い時間を必要とするはずだ。

 現王の治世になって何年経つのか知らないが、生き残った王子とやらが国を継ぎ、再びヒルスやオーラル相手に面倒を起こすにはしばらく時間がかかるだろう。


 しかし、彼らにそれだけの猶予が残されているかどうかは保証できない。

 そもそも今回の騒動は元はと言えばライラが野盗を使ってポートリーにちょっかいをかけたのが原因だ。お茶会の時の話では効率よく農作物を売りつけるのが目的だったというような事を言っていたが、最終的な目標が経済支配であることを考えれば売り上げ自体はどうでもよく、売ること自体が重要だったはずである。


 怪我などで一時的に働き手を失い収穫量が落ちたところに、余所から安く食糧を得ることができるとなれば飛び付かないわけがない。たしかライラは食糧はタダ同然でばら撒いているとか言っていた。

 それが継続して得られるサービスだとわかればまともに働くのをやめる者も出てくるだろう。

 いや、ポートリーのエルフたちの主食は果実のようだし、ライラならば野盗に果樹園を焼き討ちさせていてもおかしくない。小麦や野菜と違い、果樹園が焼き討ちされては翌年には業務を再開するというわけにはいかないはずだ。だとすれば住民の意思に関わらずしばらくまともな収穫は見込めない。


 今回のレアの攻撃によって国王とエリートたちを失い、ガタガタになったポートリー王国首脳部がこの状況でどう動くかは想像に難くない。

 ポートリーが接している国はヒルスとオーラルしかない。いやヒルスはもう彼らの中では国ではないのだろうし、オーラルのみと言っていい。

 魔物とはいえ電撃的な斬首作戦を成功させた勢力がすぐそばにいるという状況下で、誰にも頼らず国を立て直すなど新米の国王に出来ることではない。明日にでも同じことをされれば今度こそ国が滅ぶのだ。隣国オーラルに助けを求める事になるだろう。

 ましてやオーラルは野盗の襲撃に遭った村々に安く食糧を提供している。首脳部はともかく、地方の国民がオーラルを友好的な国だと勘違いしてしまっても無理はない。

 となれば否応なく、オーラルからの援助を受けて国を建て直していくしかないはずだ。


 そんな状態がしばらく続けば、ポートリーはもうオーラルの援助なしには生活していくことも出来なくなる。金貨があるうちはいいだろうが、それがなくなってしまえばオーラルから食糧を得ることも出来ない。そうなった時、ライラの計画は最終段階に入るはずだ。


 供給する食糧を引き合いに出し、果樹園の代わりにオーラルにとって有効な何か、それも直接食べることができないものを生産させるように仕向けるだろう。

 仮にレアがやるとすれば、例えば綿花やゴムの木だろうか。それ単体では食糧にしにくいという意味では香辛料やアブラヤシ、コーヒー豆、カカオなどでもいいかもしれない。ゲーム内に存在していればの話だが。


 そうなってからポートリーがオーラルの悪意に気付き、そこから脱しようとしても遅い。

 食料自給率は極限まで落されている。生産される作物をオーラルに売ることでしか生きていけない。仮にオーラル以外に取引相手を探そうにも、面した地域は他にはヒルスだけだ。そしてヒルスは国ではない。

 オーラルの都市はすべてライラが掌握しているため、オーラルに対しては国に売ろうが都市に売ろうが同じ事だし、ヒルス側に残っている都市とまともな取引をする可能性はポートリーの前王が叩き潰してしまっている。

 侵略されたあの街以外にも交易可能な距離に何かしら街はあるのだろうが、野盗と間違えたとはいえある日突然侵略してくる集団など信用する者はいない。ポートリーと違いヒルスではプレイヤーの立場は悪いものではない。あの件はすでにプレイヤーによって周辺の街に住むNPCに広められているだろう。


 ポートリーが国を立て直す時間の猶予がないと考えたのはそういう理由からである。

 下手をすれば、将来的にはツェツィーリア女王あたりがポートリー国王を兼ねるなんていう事態もありうるだろう。ゲームシステム的に許されるのか不明だが。


「ポートリーがこちらにちょっかいをかけてきたのは想定外だったんだろうけど、そのおかげでライラの計画が前倒しされてしまったということかな。

 おそらくライラはポートリーを植民地支配するつもりだ」


 そのような国にいくらアダマスが流れたところで気にする必要はない。

 国内にはいくらかプレイヤーもいるだろうし、ポートリーの金貨がライラに吸われて減っていけば、アダマスも金貨と引き換えにプレイヤーに流れていくだろう。ウェインたちのような上位プレイヤーがすでにアダマス製の装備を持っていることだし、プレイヤーがアダマスを手にする事に関しては今さらだ。


「とりあえず、イベント前に懸念だったことは片付いたかな。あと強いて言うなら各ダンジョンの責任者に注意喚起をしておくくらいか。イベント中、プレイヤーたちは死を恐れずに無茶な攻略を推し進めてくる可能性があるから、って」


「それと、まあこれは大したことではありませんがもうひとつだけ」


「何かな? ついでだし聞いておこう」


「敵首魁が使用するつもりだったと思われる精霊王の遺産ですが、使用される前に回収いたしました。どうぞお納めください」


 レアの目の前に大きな何かが取り出された。インベントリに仕舞ってあったらしい。


「なにこ──、精霊王の心臓、アーティファクトか!」


 かつてこのヒルス王都でレアを打倒したプレイヤーたち。彼らがレアを倒すために使用したアイテムがまさに精霊王の心臓だった。

 これはヒルス王国宰相ダグラス・オコーネルから聞いた名前であるため間違いない。あの時はたしか、彼はヒルス国王から精霊王の心臓の使用許可を得たとか言っていた。


「なんなんだ。この大陸の王族はとりあえず王都を攻撃されたら心臓から使用するのか? 戦争を経験したことがない割には、初手で最大戦力をぶつけてくるとか思い切った事を考える奴ばかりだな。それとも殺意が高すぎるだけか。国を簒奪した者たちの子孫なだけあるな」


 心臓は精霊王の遺した呪いの中でもっとも大きな力を持つアイテムだ。それはオーラルの宝物庫でひととおり効果を確認したので間違いない。

 そしてこの王城の宝物庫にはもう精霊王の心臓は無い。オーラルにもひとつしかなかった。ということは各国にひとつずつ遺されたアイテムだと考えていいだろう。つまりポートリーにはもう心臓は無い。脅威度がまたひとつ下がったと言える。


「オーラルでガメようとした心臓はライラに返してしまったし、ここで心臓を得られたのは僥倖だな。

 ディアス、これは素晴らしい戦果だよ」


「は」


 奪えたということは、相手は使うつもりで戦場に持ち込んだということだ。

 どうやって使用される前に奪う事ができたのかは興味が尽きない。


「まだイベントが始まるまで少し時間がある。ゆっくりと聞こうじゃないか。報告という形式ではない、君の武勇譚をね」






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