第160話「ブラン時空」
「今度見せてよロボ。絶対だよ」
「わかったようるさいな。そんなことより、ライラはなにか情報とかはないの?」
「え、ブランちゃんのターン今ので終わりなの?」
「うんまあ。期待してないし……」
「えっ」
ブランはショックを受けている。
しかしブランの得られる情報ならばお守りをしているディアスも得ることが出来るだろうし、それは今の報告からも明らかだ。
伯爵のもとには時々遊びに行っているようだが、そちらで何かを得たとしても、ディアスが知らないのなら言うつもりが無い情報ということだ。
レア自身もそうだが、別に全ての情報を明らかにしろなどと強要する気はない。したとしても、ブランはともかくライラが従うとは限らないからだ。
「じゃあ、私はどうしようかな。
正直レアちゃんの情報って、効果としては大したこと無いけど、要秘匿性は段違いに高いというか、絶対他に知られちゃいけないレベルなんだよね。運営が公開したルールに抵触する内容だし。
それに匹敵する情報となると……うーん」
「ああ、そういえばバグみたいな挙動もあったよ。
眷属を操った状態で転移しようとすると、メッセージが一部おかしいとこがある。ログ取ってるだろうしもう修正されたかもしれないけど」
「え、そうなんだ。じゃあ転移自体修正されてる可能性もある?」
「そっちはどうかな。眷属に憑依した状態なら、その眷属に本来アナウンスされるはずだったシステムメッセージが聞けるっていう仕様はもともとみたいだし、公式の質問開示にあった内容だと「NPCはシステムメッセージが聞けないから原則転移できない」って事だから、多分転移は出来るはず」
「……まずいぞまったく話についていけない。あの、次回からマゼンタとか連れてきていいっすかね?」
「別にいいんじゃない? 次回はレアちゃんちだからレアちゃんの許可がいるかな?
それよりも、わざわざ眷属のアバターでシステムメッセージを聞く、っていうのもやろうと思わないとやらない実験だよね。
前々から引っかかってたって事?」
「うん、まあ。あれだけ、プレイヤーとの違いはそこだけって言われてるんだから、逆に言えばそこさえクリアできれば事実上判別不能になるかなって思ってたから」
「……違いはそこだけ、か。なるほど? ふーん……」
ライラは探るような目つきでこちらを眺めている。
NPCはインベントリを始めとするシステム周りが使えない事など、全てのプレイヤーにとって周知の事実だ。にも関わらずシステムメッセージに関する事のみが違いだとする説明は、運営の欺瞞だと思われているはずだ。
レアがその欺瞞情報が正しいという前提で話したことを不審に感じているのだろう。逆の立場ならレアもそうなる。
「……どうしよう。今回レアちゃんから開示された情報が大きすぎて釣り合うものを出せないな」
「……意味深な言い方止めてくれない?」
「ちょっと迂闊じゃない?って叱るところだけれど。まあ身内のお茶会だしいいか」
「あの、ワッフル焼き器?って余ってませんか? ミスリルインゴットと交換してくれません?」
「申し訳ありません、ライラ様に確認をとってみないと」
会話に混ざることを完全に諦めたブランがメイドに絡んでいる。
普通に考えたら頭のおかしい交換レートだが、ワッフルアイロンもミスリル製だ。何もおかしくはない。
「そういえば、さっきわたしはワッフルアイロンって言ったけど、冷静に考えたらアイロンじゃないな」
「ミスリルだからね。あ、ブランちゃんに予備渡しちゃっていいよ。ミスリルインゴットくれるならまた作れるし」
「……脱線したね。
それでライラはどんな素晴らしい情報をもたらしてくれるのかな」
ライラは目を閉じ、ほんの少しの間悩んでいたように見えた。
あまりに短い時間のためただのポーズかもしれないが、本当に悩んでいるときでもこのくらいの時間で結論を出すことがあるためわからない。頭の回転が速いというよりは、決断を直感に委ねているのだろう。そういうところはレアとは真逆だ。そしてライラが直感で行動した場合はうまくいく事が多い。これもレアとは真逆である。
「……よし、じゃあこれにしよう!
システムメッセージは読んだよね? よくある質問も」
「ああ」
「読んでません!」
「……じゃあ読んでなくてもいいや。
あの質問に、敵やアイテムの情報を見られる手段が欲しいって物があったよね」
「まさか」
「見つけました! その名も『鑑定』!
生産系の『目利き』、それと交渉系の『看破』を取得するとアンロックされる『真贋』と、感覚系のスキル『真眼』の両方を取得して初めてアンロックされるとかいう普通はやらないスキルビルドだったよ。
これ取得率低いってあったけど、そもそも持ってる人いるのかな? 初期スタート状態じゃゴブリンで始めて取れるだけデメリット取ったとしても経験値足りないし、ある程度進めた後じゃ生産系と交渉系と感覚系なんてまず同時に育てないよね」
あとでまとまった経験値を湯水の如く使用し探してみようと考えていたが、やらなくてよかった。
本来必要な分の何倍もの経験値を費やす事になっていただろう。
「こんなのライラはどうやって見つけ出したの?」
「もちろん本来必要な分の何倍も経験値費やして見つけ出したんだよ。実験に使ったのは眷属の職人だったから、ゼロからやるよりはだいぶマシだったけどね。最初から『目利き』持ってたし」
「その、かんてい?っていうのは例えば何の役に立つんすかね」
「おお、マジかブランちゃん……。平和な世界に生きてるな……」
「例えば、初めて戦う相手がどういう行動をしてくるのか、そして自分と比べて強いのか弱いのか、全くわからないでしょう? もしその相手のスキルだとか名前だとか、あるいは種族なんかが事前にわかれば、戦闘を有利に進めることができるよね」
「なるほど! 相手の手札をピーピングするってわけですな! そんであらかじめ対策を打ったり、可能なら使われる前にその手札を破壊すると! 両方無理ならスタコラサッサだ!」
ブランは普段カードゲームでもやるのだろうか。
「……頭いいのかそうでもないのかわかんないなブランちゃん」
「頭はいいと思うよ。普段は使わないだけで。
でも、ライラがさっきから何かちょっかいをかけてきてたのはこれか」
考えるそぶりはやはりただのポーズだったらしい。何も言わないままなら、そのうちレアから追及していた。
さっそく前提スキルを取得していき、『鑑定』をアンロックした。
「『鑑定』」
「いきなり使ったね。まあ、多分私でもやるだろうけど」
「……ブラン、子爵になってるね。いつの間に?」
「ピーピングされた!? えーい負けるか!
──よし、取った! 『鑑定』!」
《抵抗に成功しました》
「……あれ?」
「こっちに何も来てないってことはレアちゃんに使ったのかな。で、抵抗されたと。
そうそう、抵抗判定が何を基準に行われてるのかが明記されてないんだよねこれ。いろいろバフかけたりして能力値上げたり下げたり実験してみたんだけど、どうも一定してない。もしかしたら総合力とか、そういうよくわからない数値なのかも。
抵抗されたとしても名前だけは見えたり、種族までは見えたり、結果も割とバラバラ。
ていうかさ、さっきからさり気なく使ってるんだけど、レアちゃん全く見えないでやんの。
前にじゃれた時、とりあえず戦闘の形にはなってたと思うんだけど、あれ手加減してくれてたとかあるの? あの時から比べたら、私も相当稼いできてるんだけど」
「別に手は抜いてないよ。ただわたしのビルドが魔法系に偏ってるってだけ。肉体系のステータスも上げてはいるけど、魔法ほどじゃないかな。
あと全然さりげなくなかったから。バレバレだったから」
「まじか。素手で戦ったほうが絶対強いのになんでわざわざ魔法系?」
「……そんなの道場でいくらでもできるでしょう? せっかくのゲームなんだからこっちでしか出来ないことをやるよ。魔法ぶっ放したりとか真剣の薙刀振り回したりとか」
「薙刀? 作ったの?
あ! もしかしてノイシュロス攻略したプレイヤーってレアちゃんの事か! 普通のプレイヤーらしいって話だったから完全に除外してた! そうか、なるほど、さっきの情報通りの事が可能ならたしかにあれがレアちゃんだったとしてもおかしくないな。
よかったー知り合いで。新たにやばい奴が現れたと思って警戒してたよ」
マーレのことだろう。これはもう、完全にインベントリのことがばれている。マーレについて語られていたスレッドではプレイヤーだと判断した理由にインベントリの使用が挙げられていたからだ。
ライラの性格ならば公開することは無いだろうし、他のプレイヤーに広まらないならまあ構わないが。
「他になんかやらかしてないよね? ついでに聞いとくけど」
「他に? うーん……。
あ、よくある質問のあれ、スケルトンの骨が何の骨なのか聞いたのわたしだよ」
「どうでもいいよ!」
「え? 元になった魔物の骨なんじゃないの? うちのスパルトイとか元はリザードマンだったし、てっきりリザードマンの骨かと。まあ今は赤くなっちゃってるけど」
「生まれながらのスケルトンの話だよ。元になった魔物がいない奴ね。というか、ブランのところのは一部
「待って、生まれながらのスケルトンて何? アンデッドなのに生まれるってどういうことなの……?」
「自分のことでしょ。元々スケルトンって言ってたじゃない」
「ブランちゃんが会話に混じると一気にブラン時空に引きずり込まれる感あるよね。このゆるい空気嫌いじゃないけど。
あ、そうだブランちゃんに聞きたい事あったんだった。さっきもちらっと出てたマゼンタちゃん?だっけ。あの配下の吸血鬼系の子。あの子たちって元々吸血鬼だったのを捕まえたの? それとも何かから転生したの?
ヒューマンそっくりだし使い勝手よさそうだから、可能なら私も同じやつが配下に欲しいんだけど」
現状ライラの手駒には飛行可能なユニットがいない。
野鳥や適当な鳥系の魔物ならそこらのものを捕まえてくればいいだろうが、知能が高く人型で飛行可能となればその戦略性は数段上がる。インベントリについて気づいたらしいライラであればなおさらだ。
「おっと! ようやくわたしの話を聞く気になりましたか! アザレアとマゼンタとカーマインの事っすね!
あの子達はもともとは墓場にいたコウモリだったんすよ。それをたくさん捕まえてきて、わたしの血で転生させたの」
「たくさん捕まえたんだ。じゃあ他の子もどこかにいるの?」
「他の子?」
「え、たくさん捕まえたんじゃないの? ふつう3人──3匹をたくさんとは表現しないよね」
「ああ! そういう。
捕まえてきたのは9匹で、3匹が合体して1人のモルモンだったかな?になったんすよ。今でもコウモリに変身すると3匹になりますよ。それぞれが元のLPを3分割して持ってるみたいで──」
「は!?」
「なにそれ!?」
生物が合体とは聞き捨てならない。
転生などの上位個体への変化は、単体で行なうものだと考えていたし、これまで行なってきた転生も全てそうだった。
しかし言われてみれば、単体に限定されていたとするなら、たとえば一部のサンゴやクラゲのような群体生物をモチーフにした魔物がいた場合、その者たちはどうやって転生するというのか。
それは極端な例だとしても、複数の個体が寄り集まって一個の強力な個体に転生する場合があるというのは面白い。
組み合わせによっては、既存の災厄級の存在を超える魔物を生み出す事ができるかも知れない。
ライラの『鑑定』も驚いたが、それをも超える重要な情報だ。
「……おかしいな、けっこう虎の子を出したつもりだったんだけど、私の『鑑定』が急に霞んできたぞ」
「わたしに至っては、ライラにしか用のない情報しか出してないんだけど」
「想像以上の反応! え? なんかおかしいの?」
「……いや、おかしくはないよ。ありがとうブラン」
「うんうん。ブランちゃんの情報はすごいってことだよ」
仮に本当に魔物が合体出来るとしても、まずは組み合わせを考え、色々試してみる必要がある。
まさか全ての種族で可能な事だとは思えない。ヒューマンやエルフなどが数人集まって1体のナニモノかになるなどおぞましい事この上ない。
しかしギリギリのラインでは、ゾンビの死肉を集めて作ったフレッシュゴーレムなどが存在してもおかしくない。まことに冒涜的と言えるが、アンデッド自体冒涜的な存在なのでいまさらだ。
他にレアの陣営で有り得そうなのは鎧坂さんと剣崎たちだ。レアは便宜上1体として扱っているが、4本の剣崎たちは物理的に肩にくっついているだけだ。あれらが統合されて一個体となれば、より強力な鎧となってくれるだろう。
あとはスケルトン組だろうか。日本の妖怪で「がしゃどくろ」というのがいたとか何かで読んだことがある。
大きくなる、という部分だけを捉えれば、例えばロックゴーレムを複数あつめてエルダーになったりしないかなども考えられる。
ゴーレムの大きさが消費経値量によって左右されることはすでにわかっているが、合体させることでそれぞれの経験値が合算されてその分大きくなったり、転生条件を満たしたりなどするかもしれない。
「だけどブランの配下にはゾンビも多数いたはずだし、それら全部を転生させて下級吸血鬼にしたんじゃなかった?
ゾンビは合体できないということ? それともやり方がコウモリのときと違ったとか?」
「えー。どうかなあ。
やり方が関係あるかはわかんないけど、アザレアたちのときはえっと、9匹全部一緒に転生させたんだったかな。そうしたら3人の娘っ子が出来たからそりゃもうびっくりしたもんだよ。
ゾンビくんたちの時は確か、列に並んで1人ずつやったんだよ。血による転生はLP消費がきつくてさー。まとめてやろうとしたら止められたの」
つまり特定の種族に対して、ほぼ同時にアイテムを使用して条件を満たしてやれば、複数のキャラクターをひとつに融合させて転生させることが可能だということだ。
吸血鬼の血による効果だったり、さらにそれをコウモリという吸血鬼に縁のある種族に使ったから起きた特殊なケースである可能性もあるが、ノーブル・ヒューマンで言うところの蒼き血に対して賢者の石が上位互換であろう事を考えれば、賢者の石で代用できる可能性もゼロではない。
さらにその賢者の石の上位互換が賢者の石グレートならば、あれを使用すれば不可能ではないはずだ。
しかしマスクデータの多いこのゲームにおいて、アイテムだけが条件であるとも限らない。
たとえば「吸血鬼が吸血鬼の血を使用して配下を転生させた場合」などの条件が設定されているという事も考えられる。
とはいえ合体できそうな種族として、アンデッド以外にも魔法生物やゴーレム系も十分考えられる事から、吸血鬼だけが特別とは思えない。
それを別の何かで再現するとなると何があるだろう。
融合、というイメージからすればやはり『錬金』の『大いなる業』が有力だ。あれを──
「なんか考え込んでるけど、思いついたことでもあるの?」
「……いや別に何も?」
「嘘が下手かよ」
「さすがにわたしでも嘘ってわかるよ……。思いついたことあるなら見せてよう。よくわかんないけど、わたしの情報けっこう良かったんでしょ? そのお返しってことで!」
「ぐぬぬ」
レアもかなり重要な情報をぽろりしているのだが。
しかしそれがブランにとっては価値のない情報であるなら意味がない。
そして重要度はともかく、NPCのインベントリなどに関してはこのメンバーならもう共有しても構わないかと考えていたこともあり、それを差し引けばレアが出した情報はゼロとも言える。別にわざわざ言う必要は無いが、ほんの若干の後ろめたさを感じるのは確かだ。
「……思いついただけだからね。うまくいくかもわからないし、何らかの反応が起こるとしても、それがキャラクターの合体につながるかどうかも」
「でもこれから検証してみるつもりだったんだよね? それを私たちにも見せてくれるだけでいいんだよ。ほら、実質レアちゃんの持ち出しはゼロさ」
実質ゼロは実質はゼロでないことがほとんどだ。
しかし悔しいことに、ギリギリ認めてもいいかと思えるラインであることも確かだ。
「見てもいいけど、解説はしないよ。それでもいいなら」
「それで構わないよ」
「あ、これ知ってる。そうやって言いながら聞いたら結局は教えてくれるんだよね。何デレっていうんだっけこういうの?」
ブランの言葉は無視して、先にすすめる。
同席させるのは構わないが、そうなると重要になってくるのは場所だ。
「どこでやればいいかな? ここでもいいけど、ついでに超大型の配下も呼び出したりするかもしれないから、建物の中だと厳しいかな」
ついでにウルルの強化や転生なども行なってしまおう。
「どのくらい大きいの? 多少なら中庭使えばいいけど」
「この王城くらいかな。転んだりしたら王都が崩壊するかも」
「限度あるでしょ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます