第161話「手札のアンデッド族を融合し」
実験は結局トレの森で行なうことになった。
レアは眷属の元へ直接飛べばよいが、他の2人は移動を考える必要がある。
「トレの森は確か☆5で転移リストに登録されてるはずだから、この街の傭兵組合から飛んでくればいいよ。誰も来ないしセーフティエリアがどこにあるのかまだ調べてないけど、まあ迎えに行けたら行くよ」
「行けたら行くよは絶対来ないやつだよね」
「ハイ先生! 転移ってどうやるの?」
「傭兵組合に転移専用の石碑があるんだ。行けばわかるよ。
ライラは普通に顔だけ隠せばいいよね。ブランも……顔だけ隠せばいいかな。
顔色悪いし目も赤いけど、それだけなら普通のプレイヤーに居ないこともないだろうし、口さえ開かなければ問題ないかな」
「喋ると美人が台無しみたいに言われた!?」
「美人とは言ってないし、口開くと犬歯が見えちゃうからだよ。中身の話は今はしてないよ」
「なんだ、よかったー」
今していないだけで、今後もしないとは言っていない。
*
集合した頃には日も傾き、ちょうど外でも過ごしやすい時間帯になっていた。
「……ちょっとどっから突っ込んでいいかわかんないんだけど」
「解説はしないって言ったでしょう」
実験場所には世界樹の傍らを選んだ。
鬱蒼としたこの森の中でも、世界樹周辺には完全にトレントしかいない。以前はまばらに普通の木も生えていたのだが、世界樹やトレントが栄養を奪ってしまうためか、いつの間にか見なくなっていた。
森の外周部に行くにつれてトレントの密度も徐々に下がり、普通の樹木も増えてくるといった植生だ。
旧ルルドの街はほぼトレントで埋められているが、イベントの襲撃で使った『大いなる祝福』の影響か街の周りにも普通の樹木が増えており、今では元の街より一回り以上大きな森が広がっている。
それゆえ、世界樹の周辺ならレアの指示で自由に広場を作成することが出来る。トレントたちに一時的にどいてもらうだけだ。
広場の外周はどいたトレントたちでみっしりと埋まり、アリ1匹通ることも出来そうにない。
ライラが突っ込みたいのは、今目の前で広場を作ったことか、それとも世界樹か、どちらかはわからない。
〈この広場、他にもなにかに使えそうだ。あとで調整して、無理なく維持できるようにトレントたちの配置場所を調整しておいてくれるかな〉
〈かしこまりました〉
世界樹にそう指示を出し、改めて実験場所を見渡した。
広場にはもう一本世界樹が植えられそうなほどのスペースがある。ここならば、大きなキャラクターでも問題なく呼べるはずだ。
「さて、何からやろうかな。まずは一番ありそうなやつから」
ヒルス王都のスケルトンたちが良いだろう。
現状ほぼ何の役にも立っていないため、まとめていなくなっても構うまい。仮に失敗したとしても最も被害が少なくて済む。
問題は呼び出すためには一旦ジークをここへ呼ばなければならないということだ。王都のボスが居なくなる。
とはいえ普段から何か仕事をしているというわけでもない。範囲内のアンデッドを強化するスキルによって王都のアンデッドのサポートを行なっているということはあるのかもしれないが、その範囲内でアンデッドが活躍した事自体あまりない。王都に来訪するプレイヤーたちは王城に到達する前にアダマンチームに処理されているからだ。
とは言えボス不在というのも問題なので、念の為スガルに留守番をして貰えばよいだろう。いざという時の対応力が最も高いのはスガルだ。
「──四天王が一人悲嘆のジーク、罷り越しました、陛下」
「ご苦労さま。何、人前だとカッコつけるって決まってるの君たち」
「え? 四天王って何? そんなんあんの?」
「何を隠そうわたしも四天王の1人なんすよ!」
「そうなの!? え? 私は?」
「相談役です!」
「もう決まってんのかよ! しかも相談役!? 私だけ外部顧問感!」
「んふっ」
そういえば、ブランとそんな話をしたことがあった。
まったく想像通りの反応である。珍しく出し抜けたという感じがして実に愉快な気分だ。
「じゃあジーク。王都のスケルトンを何体か……。あー面倒だし全部呼んでくれるかな。どうせ使っていないでしょう?」
「スケルトンと申しますか、スケルトンナイトやスケルトンリーダーしか居りませぬが」
「そうだっけ。じゃあそれでもいいや」
大した違いでもないだろう。
呼び出されたスケルトンナイトたちが広場に整列する。
こうして見るとかなりの数だ。数百は居るだろうか。
しかし。
「……冷静に考えたら少ないね。カーナイトたちならもっといるし、あの広い王都を防衛するとなると焼け石に水だ」
あそこへ来るほどのプレイヤー相手には鎧袖一触に屠られてしまうことも考えればなおさらだ。
「そうかなぁ。多分小さい街なら余裕で滅ぶと思うんだけど」
「小さくない街だと1人でこれ全部殺し切るような奴もいたりするからね」
ブランの言葉にもライラの言葉にも一理ある。個人の戦闘力に大きく差があるゲーム世界においては仕方の無いことだ。
「で、いっぺんに転生させたっていうのは具体的にどうやったの?」
「わたしの血をこう、指先からペロペロって全部のコウモリに舐めさせたの。9匹全部やって、そしたら同時に変化が起こって3人のモルモンになってたってわけ」
だとすれば、ある意味ではやはり吸血鬼の血による独特の効果であるとも言える。賢者の石は使用すると毎回決まった反応になるため、少しずつ全員にというわけにはいかない。
人数分用意すれば可能だろうが、それではおそらく全員がそれぞれバラバラに転生するだけだ。
「哲学者の卵……には確かアイテムしか入れたこと無かったかな。あれって生きたキャラクターって入れられるのかな」
とにかくやってみればいい。
MP総量は以前とは比べ物にならない。『哲学者の卵』を無駄撃ちしたところで痛くも痒くもない。
「『哲学者の卵』発動。よし、スケルトンのみんなはこれに入ってくれ」
「入るってったって、ガラスの卵じゃん。どうやって入──うお入った! なにこれすげー!」
「ちょっと黙ってようかブランちゃん」
水晶の卵はいつかのように、近づいたスケルトンナイトを飲み込むように口を開け、その中に収容した。開いた口はすぐに元通りにつるりとふさがってしまい、飲み込む前と変化はない。
内部に浮かぶスケルトンは意識をなくしたようにだらりとしている。機能停止状態ということだろうか。もっと普通の、生命力のある種族だとどのようになるのか気になるところだ。
「何かよくわからないけどいけそうだ。よし次」
『哲学者の卵』はそれからも次々とスケルトンたちを飲み込んでいった。
卵はそのたびに少しずつ大きくなり、また追加でMPが消費されていく。10体を飲み込んだころには直径で5メートルを超えているのではというほどになっていた。
しかしそれ以上はスケルトンが近付いても口を開こうとはしない。どうやら10体が限界のようだ。
「──とりあえず、まずは『アタノール』だ」
卵の真下に黄金のランプが現れ、水晶の卵を熱し始めた。
ところがしばらく待ってみても、卵の中身に変化はない。依然としてスケルトン10体がだらりと浮かんでいるだけだ。単にスケルトンの群れに火をくべているようにしか見えない。
「……なんかこんな光景見たことあるような。あ、人形供養ってやつだ」
「……ブランちゃん、しっ」
何かが足りないために反応が進まないということだろうか。
しかし以前に世界樹の枝などを投入して熱した場合はこの時点で灰に変わっていた。ということは、あれはあれで正規の手段だったらしい。特別な『錬金』ならば『大いなる業』の発動が必要だが、そうでないなら『哲学者の卵』と『アタノール』だけでアイテムの変化は可能ということだろう。
「じゃあこれも」
インベントリから賢者の石を取り出し、卵に近づけた。
スケルトンはいくら近づけても飲み込まなかった卵だが、賢者の石を近づけると穴があき、取りこんだ。
これで正解のようだ。
賢者の石を取り込んだ卵の中身は、すべてが虹色に溶け、ぐるぐると渦を巻き始めた。
「お、よさそうだ。『大いなる業』発動!」
現在のレアのMP総量から言えば大したことはないが、それでも上位の魔法よりかなり多いMPが失われる。
卵は強く金色の光を放ち、中を伺う事は全く出来ない。
レアは目を閉じ魔眼で確認しているが、マナが渦巻いており何も見えないことに変わりはない。ついでに先ほど『鑑定』のために取得した『真眼』も使用してみるが、どうやらLPが多そうな色をしているという事以外よくわからない。現状ゲーム内で可能ないかなる見方をしても、よくわからないということしかわからない。しかし、『真眼』では卵の中はひとつの塊にしか見えないため、1体であることは間違いない。少なくとも融合に関してはうまくいったようだ。
《眷属が経験値300を求めています》
うまくいったのは単なる融合だけではないらしい。
このアナウンスには覚えがある。スガルに女王を生みださせる時にときおり来るメッセージだ。眷属の持つ経験値がスキルの発動に足りない時に送られてくる。
今はジークが何かスキルを使っているというわけではないし、ジーク自身も経験値を必要としているという自覚もないだろうが、NPCの持つ眷属の転生は本来許可がなくても自動的に進むため、結果として請求書だけがレアのところに回ってきたのだろう。
経験値をジークを介して卵に振り込む。
すると『真眼』による視界が急に像を結び、巨大なひとつの人影となって動き始めた。
「──あ、離れた方がいいかも」
レアの注意を受け、その場に居た全員が何歩か下がってすぐ。
卵の中の人影は、その腕を伸ばして内側から卵を割り、這い出すようにして地面に降り立った。
卵が割れた時点で光もおさまっており、その姿は肉眼でも『魔眼』でも確認が可能だった。
割れた卵は光のように辺りに降り注ぎ、先ほどまでライラ達が見学していた場所にも散らばっている。
地面に落ちた水晶の殻はすぐに溶けるように消えてしまったが、巨大な人影は消えない。
それはまさしく巨人の骸骨とも言える姿だった。
全長は10メートルは無いだろうが、5メートルはゆうに越えている。卵の中では膝でも抱えていたらしい。
ニホンの戦国時代のような鎧を身につけ、堂々たる姿で佇んでいる。
「ええと、
「レアちゃんは何ができると思ってたの? がしゃどくろ? がしゃどくろが生まれたのは昭和の中期くらいって聞いたことあるから、最初からデータとして存在してない可能性もあるよ」
「そうなんだ。でもそれにしては明らかにがしゃどくろを前提とした姿と名前だよね。
まあ、とりあえず成功という事でいいかな」
「──す」
「ああ、ブラン。きみの情報のおかげで戦力強化ができそうだ。ありが──」
「すげー! でけー! ヤベーイ!
これさ、これ、うちの子たちでもできるかな!? クリムゾンたち!」
ブランは興奮している。
鎧坂さんにも興味津々だった事だし、巨大な何かが好きなのかもしれない。
まあその気持ちはレアにもわからないでもない。
ちなみに今考えているのは、この武者髑髏をさらに10体集めたら別の何かができないだろうかということだ。
「ブランのところの子たちか。どうなんだろう。今やったのは『錬金』の秘奥クラスのスキルなんだけど、単にアイテムの代わりに魔物を突っ込んでみただけだからね。それがわたしの支配下の魔物でしか無理なのかどうかはやってみないとわからないな。
でも普通のアイテムであれば所有権なんて設定されてないだろうし、やってやれないことはないんじゃないかな」
「よしやろう! すぐやろう! 今から呼ぶね!」
「……結局ほとんど解説してくれてんじゃん。お姉ちゃんそういうとこ好きだなー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます