大いなる災い
第158話「禍福は糾える縄の如し」
転移サービス実装から3週間。
根拠があって決めたわけではないが、目安として設定しておいた目標値に届いたため、いよいよ強化に乗り出すことにした。
まずはレア自身の強化だ。
このところすっかり自室になってしまったリフレ領主館の地下室で、ベッドに腰掛け経験値の振り分けをする。
ベッドではまだマーレが寝たままだ。起きる気配はない。
能力値が低いうちは直接能力値に経験値を振った方が効率がいいのだが、能力値が高くなってくると割合でステータスアップするようなパッシブスキルを取得していった方が効率が良くなってくる。『STRアップⅠ』などのスキルのことだ。
その割合自体は大したことはないが、ほとんどの場合重複する。
しかしそれらのブーストスキルは『眷属強化』などのスキルにおいて「主君の能力値」としては参照されない。
全体の戦力の底上げを考えた場合、多少コストがかかったとしても、管理職クラスについては直接能力値を弄った方が効果が見込めることになる。
だがレア自身については、能力値の強化に加えブースト系のスキルも取得しておく。
ここまで成長したプレイヤーならば間違いなくブースト系のスキルを取得するだろうし、そうなった場合直接対決するようなことになれば押し負けないとも限らない。
だとしても先の話になるだろうが、打てる手は打っておくべきだ。いつ追いつかれるかわからない。
少なくとも装備の面については、ウェインなど一部のプレイヤーはすでにレアたちと同クラスのものを所持している。本人たちが空を飛べないためにブランの配下に翻弄されているが、彼らはエルンタールに固執さえしなければ装備を駆使してもっと効率よく成長しているはずだ。
同じようにアダマンなんとかやそれ以上の素材を使った武器や防具を入手しているプレイヤーがいてもおかしくはない。
わりと最近まで装備品には大した注意を払っていなかったが、自分自身で体感したとおり、優れた装備を持っていれば格上の相手との戦いも有利に進めることができる。
そしてそれと同時に、配下に装備させるアイテムについては注意が必要になる。
その配下が倒されてしまえば、装備したアイテムがそのまま相手に渡ってしまう可能性があるからだ。
ゆえにアダマン系の武器防具はアダマンナイト以上の眷属にのみ配布してあった。
カーナイトには魔法超硬合金製の武装を渡してある。
道具はやはり、身の丈にあった物が一番だということだ。
「そういえば結局、ミスリルって何なんだろう」
現状わかっていることと言えば、鉄よりも軽いこと、鉄よりも硬いこと、鉄よりも熱伝導率が高いこと、そして錆びないことくらいだ。
アダマンなんとかと比較すると、アダマンよりもはるかに軽いがアダマンよりも脆く柔らかい。錆びないのは同じだが、熱伝導率はアダマンよりも高い。
総評すればおおむね同程度のランクと言えるだろうか。
熱伝導率が高い点を良材料とするか悪材料とするかで意見が分かれるところだろう。
たとえばミスリルを鎧に使用した場合、炎攻撃を受けた時の被害がアダマンに比べ甚大になる恐れがある。
手持ち武器に使用すれば軽さのため攻撃速度の大幅な上昇が見込めるが、それは一撃の威力の低下も意味する。以前のノイシュロスでゴブリンたちを骨までスパスパ切れたのは、鋭さ以外に重さもあった。
「まあ、いいか。どうせインゴット3本しか持ってないし」
能力値やブースト系のスキルが終われば、次はそれ以外のスキルだ。
まずは名前から言って魔王の種族限定スキルであろうものを確認する。
『魔の
効果の説明欄に「さらなる魔の理を解することにより~」などとあることから、アンロック条件は魔王が一定数以上の魔法スキルを取得するとかINTの数値が一定以上とかそんなところだろう。
そして『魔の理』を取得すると、今度は『魔の鎧』、『魔の盾』、『魔の剣』がアンロックされた。
言うまでもなく『魔の理』の取得によって開放されたスキルだ。他の条件もあるのかもしれないが、もうわからない。
『魔の鎧』は『魔の理』と同様の切換え型パッシブスキルだった。オンにした状態では、自身に対するあらゆる攻撃から身を守るとある。具体的にはダメージ軽減効果だ。ただし軽減したダメージ量に相当したMPが減る。そして軽減率の調整はできず、発動中はすべてのダメージを自動的に可能な限りカットする。
「言いかえれば、受けたダメージをMPで肩代わりするスキルということかな」
死ににくくなるという意味では効果は大きい。
しかしいかにMNDやINTに偏って経験値を割いているとはいえ、STRやVITにだってそれなりに振っている。
MPの数値はINTかMNDのどちらか高い方の値に左右されるが、LPはSTRとAGIのどちらか高い方と、VITの数値を足したものから算出される。
つまり仕様上、仮に平均的に能力を伸ばした場合はLPの数値はMPの倍程度になる。レアと言えどさすがにLPのほうが数値は高い。
それにレアが本体でする行動のほとんどはMP消費を伴うものだ。あまりMPが減ってしまっては取れる手段が限定される。
常時発動させているというわけにはいかないだろう。使いどころを見極める必要がある。
付け加えるならば、LP回復に必要なコストとMP回復に必要なコストでは前者の方がはるかに少ない事もある。
LPのためにMPを減らすのなら、普通にダメージを受けた後『治療』か『回復魔法』で癒した方がコストは安い。LP:MPの1:1交換では割に合わないのだ。もっとも、死んでしまっては元も子もないので回復するだけの余裕がない時ならば選択の余地は無いが。
『魔の盾』は魔力による不可視の盾を生み出すスキルである。生み出した盾は破壊されるまで維持されたままになるらしい。盾にはLPが設定されており、そのLPがなくなるまでは破壊されない。発動に必要なMPは決まっていないが、この時消費したMPと同じだけのLPを持った盾が生み出される。
同時に生み出せる盾の枚数は「魔の」と名のつくスキルの保有数と同じであり、『魔の理』『魔の鎧』『魔の盾』『魔の剣』を取得した現在なら4枚だ。『魔眼』はカウントされないようだった。
要約すれば、ストックしておける『魔の鎧』というところだろうか。MPとLPの回復コストの差を考えるとコストパフォーマンスはよくないが、MPに余裕がある時に作成すればそれほど負担にはならない。こちらは非常に有用なため、常時生みだして浮かべておけばいいだろう。
『魔の剣』はアクティブスキルで、魔力による武器を生み出すスキルだ。発動中はMPが一定値減ったままになり、生みだした武器が消滅すると元に戻る。そういう意味では『魔の理』や『魔の鎧』同様切換え型パッシブスキルと言えなくもない。装備状態とそうでない状態でオンオフするということだ。
生みだした武器の性能は発動時に消費するMP量に依存し、多くつぎ込めばそれだけ強力なものが生みだされる。しかし武器が存在している間はその消費したMPが一切回復しないことを思えば、それほど有効な手段とは思えない。MPが制限されることは行動が制限されることと同義であり、『魔の鎧』同様使いどころに注意する必要がある。
「なんというか、これ言ってみればほとんどブーストスキルだな」
効果もコストも桁違いに高いが、結局のところ本質的にはブースト系のスキルと同じだ。他のものと効果は重複するため取って損になることはないが、派手さは感じないため若干拍子抜け感がある。
魔王という種族は単体での戦闘力に優れたタイプだと聞いたことがある。
こういうところがその所以なのだろう。
しかしこれらのスキルのイメージからは、魔王という名が付いてはいても、どちらかといえば「魔法を操る王」というより「魔力を湯水のように使って物理で殴る王」というイメージに近いような気もする。
一応全て取得はしたが、実際に誰かと全力で戦うことになった場合、これらのスキルが役に立つかどうかはわからない。
しかしどちらにしても一度はテストをしてみる必要がある。
近いうちに誰か適当な相手と戦闘を行ってみるべきだろう。
『魔の理』を取得したせいか、他のどれかのせいなのか、『魔眼』に新たにアンロックされたスキルがある。『邪眼』だ。
『邪眼』は相手に状態異常を与えるアクティブスキルだ。これはそれ自体がツリーを構成しており、最初は自失の状態異常しか与えられないが、ツリーの『邪眼:火傷』などを取得していけば与えられる状態異常の種類も増えていく。
抵抗判定は発動側のINTと対象のMNDで行われる。
しかし発動コストはLPのため、不用意に使うのはためらわれる。
『魔眼』の追加スキルというよりは、『魔眼』を使って別のスキルをエミュレートしているかのようなツリー構成だ。もしそうであるなら、『魔眼』と関係なく『邪眼』を取得している者がいるかもしれない。事によれば『邪眼』ツリーを極めることで『魔眼』のエミュレートをしてくるキャラクターが現れる可能性もある。
注意が必要だろう。
「うん……?」
『邪眼』を取得すると左眼が不意にむずむずした。
覚えのある感覚だ。
瞼の上からさわってみるが、特におかしなところはない。
ならば眼球だろう。
「くっ、左眼がうずく……」
むずむずが収まったところで部屋に備え付けられている姿見を覗き込んだ。
この鏡はレアが要求したわけではないが、気を利かせたセルバンテスが運び込んだものだ。
薄暗い地下室ではよく見えない。
『光魔法』の『照明』を天井に向かって放ち、光に目が慣れるのを待った。
もちろん発動キーは詠唱だ。『魔眼』の『魔法連携』でこの魔法を発動するとセルフ目潰しになってしまう恐れがある。賢いレアはそのような愚かなミスは二度としないのだ。
「……紫色かな? これは」
右眼は以前と同じく赤色だが、左眼が紫色に変色している。
「かっこいい……」
出来ればスキル発動時の変化も見てみたいところだが、鏡に向かって『邪眼』を発動したりして、もし自分にかかってしまったら困る。
『魔法連携』発動時に瞳に謎の魔法陣が現れるのは知っている。ジークが教えてくれた。
「さて、想定よりも多めに使ってしまったけど、魔王のスキルはこのくらいかな」
それ以外のスキルと言えば、主には魔法系スキルだが、これは現時点でアンロックされているものは全て取得している。今後何らかの条件を満たしたり、あるいはアップデートなどで増えてくるかも知れないが、今できることはない。
武術系のスキルは言うまでもなく取るつもりがない。
以前の教訓から『素手』ツリーだけは全て埋めたが、それ以外は取っていない。
生産系は変わらず『錬金』系統のみだ。
商人ロールプレイで重宝される交渉系のスキルもほとんど未開放だが、今後も役に立つとは考えづらい。
感覚系のスキルについては取得してもいいかもしれない。各種感覚の強化だ。
要求される経験値は序盤から取れるスキルにしては多めだが、パッシブで無条件でメリットを得られることを考えればむしろ安いとも言える。
これまでは鎧坂さんに取得させていたため自分では必要性を感じなかったが、鎧坂さんが大きすぎて最近はあまり利用していない。いざという時には王都でレアのふりをしてもらう事もあるかもしれないし、これからも別行動することが多いだろう。ならばレア自身も取っておいていい。
『視覚強化』、『聴覚強化』、『嗅覚強化』を取得した。
視覚を強化したところで弱視が相殺されるだけだが、無いよりいいだろう。
『触覚強化』と『味覚強化』はどうしたものか。必要だとは思えない。
「いらないかな。使い道が思いつかない」
『調理』などを取得するようなことがあれば重宝されるのだろうが、その予定はない。
「ああそうだ。せっかくだし、あれも埋めておこう」
『霊智』スキルである。
眷属である総主教たちが取得している以上、とりたてて必要なものではないが、それ自体が何かのアンロック条件になっていないとも限らない。
しかし総主教たちもそれなりにポンコツだったため、結局取得条件は判明していない。
一度も転生していないか、あるいは正道ルートに転生した者のみが取得できるという可能性もないでもないが、スキル自体が中立な内容であった事を考えるとその可能性は低い。
「取りたくはないけど、怪しいのは『暗示』かな」
『暗示』ツリーには『暗示』しかなかった。
しかし『暗示』を取得したところ、すぐさま『自己暗示』、『集団暗示』がアンロックされた。
『霊智』はまだ出ない。
仕方なく『自己暗示』を取得した。
『暗示』の効果は、対象の能力値をひとつ一時的に上げる、または下げるというもので、バフともデバフとも言えるスキルだ。
ただし上げるにしても下げるにしても、自動的に抵抗判定が行われる。発動側はINTで抵抗側はMND、『邪眼』と同じだ。
しかも発動するには相手に自分の姿を視認させておく必要がある。
実に使い勝手が悪いスキルだと言える。
取得するための経験値こそ少ないが、ゲームの初期には取得できるリストに載っていなかったスキルだ。
能力値か他のスキルか、何かの条件を満たすことでアンロックされるスキルなのは確かだが、それだけの価値があるスキルには思えない。
次の『自己暗示』は『暗示』を自分に行う効果だ。この際は流石に抵抗判定はないが、『暗示』に比べて上昇率も下降率も低い。気休め程度だ。
『集団暗示』は『暗示』の範囲版だが、その範囲の広さは他のスキルの比ではない。
なんと視界範囲内の全てだ。ただし、この視界というのは発動者ではなく対象者のものであり、つまり『暗示』同様に発動者を視認している対象に限られるという事だ。抵抗判定の仕様も『暗示』と同様である。
こちらは『自己暗示』よりさらに数値が低く、成功したとしても気付くかどうか微妙なレベルだ。本当に使い道が思いつかない。
しかしこのどれかが『霊智』のアンロック条件の1つだったのは間違いない。
リストに『霊智』が出現している。
『霊智』から『人智』、『真智』、『神智』と取得した。
「さて、と。おお、なにか増えてるな」
『霊智』がキーだったのか、『暗示』がキーだったのか。いや、スキル名からすれば『神智』が怪しい。
『これは祝福であり呪詛である』というツリーが開放され、その中の『
このスキルは一度取得するといかなる手段においても削除できず、オフにもできない。まさに呪いのようなスキルだが、ゲームのルールに関わる効果のため仕方がない。
その効果は「LP算出において参照する能力がVITのみになり、MP算出において参照する能力がINTとMNDの合計値になる。またMPが足りない場合でもMPを必要とするスキルが使用可能になるが、不足分だけLPが失われる」というもの。
言葉の意味は本来「技術を修めるには人生は短すぎる」という意味なのだが、スキル発動に必要なMPを技術、LPをライフ、つまり人生に見立てた上で、「MPバーは長いけどLPバーは短くなるよ」と言いたいのだろう。
「これは……。思わぬ副産物だ。「魔の~」系スキルの価値が一気に上がったな」
レアのビルドで言えば、MPがほぼ倍になったようなものだ。LPは半分になってしまったが、大した問題ではない。
『魔の鎧』を常時展開しておけば、LPとMPの区別さえなくなる。
しかし『技術は長く、人生は短い』はオフに出来ないため、調子に乗って魔法やスキルを撃ちまくると、気づいたら瀕死でした、という事もありうる。
「今日のところはここまでかな」
他にも経験値を使ってやってみたいこともあるが、そろそろ約束の時間だ。
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