第153話「バンブ」(バンブ視点)





 フードの女は確かに強い。それにあの槍のような装備も相当高ランクのアイテムだ。おそらくミスリルか、それに近い金属でできている。

 しかしそのスピードから、自分と比べて能力値自体はそう高くないだろうことはわかっていた。

 ホブゴブリン・グレートシャーマンだった時はサイズ差や立ち回りでストレート負けを喫したが、このデオヴォルドラウグルならばそう簡単には遅れは取らない。

 自分のことながら、よくぞここまで強くなったものだ。

 バンブはサービス開始の頃を思い出した。









 ゴブリンは弱い。

 自分以外にこんな弱い種族を選択するプレイヤーなどいるのかと思えるほど弱い。

 しかしそれだけに、もらえる初期経験値は最も多い。

 経験値が多いということは、選択肢が多いということだ。つまり自由度が高いと言える。ゴブリンとは最も自由な種族なのだ。

 バンブはさらなる自由を求め、先天的な特性でデメリットを取ることで経験値を増やした。「視力が弱い」や「過食」などだ。過食は空腹度ゲージが減る速度が倍加する代わりに、種族ごとに違った効果が付与される。ゴブリンの場合は「満腹状態でも食事によって最大値を超えて満腹度を上げられる」というものだ。要は食い溜めが出来る効果だ。メリットでデメリットを相殺していると言える。貰える経験値は5ポイントと少ないが、実質デメリットなしだと考えたバンブは喜んで取得した。

 食べるという行為も好きだ。まさに自分のために用意された特性だ。そう思った。


 しかしこのゲーム世界はそんなに甘くなかった。

 ゴブリンが食べられるものなどほとんどなかったのだ。

 食性の問題ではない。自然界での序列の問題だ。

 バンブは食料を確保することが出来なかった。

 あっという間に空腹ゲージは底をつき、バンブは死亡した。

 せっかく多くの経験値を持ってスタートしたというのに、いくらかはロストしてしまった。デスペナルティを受けない最低保証値を超えた経験値を持っていたせいだ。バンブの元にはデメリットだけが残った。


 バンブが初期スポーン位置に選んだのは森林環境だったが、どうやらゴブリンの集落のようだった。周囲にはバンブと同じゴブリンがたくさんいたが、そのうちのいくつかは死体だった。

 その死体のうちのさらにいくつかは白骨化していた。つまりこの集落はずっと前からこんな状況なのだろう。


 集落が貧しいのは生存競争に勝てないからだ。

 この森には上位種であるホブゴブリンの集落もある。ホブゴブリンに殺されるという事態はあまりないが、奴らとは食性が近い。奴らが食えば、ゴブリンは飢える。


 それだけではない。

 森の直ぐ近くには人間の街がある。その街には多くの獣人が住んでいる。どうやらそこは獣人の国のようだった。公式サイトにあった、ペアレという国だろう。

 その街から時折人間が森に入り、ゴブリンを倒しては帰っていった。ゴブリンの集落は森の中でも端の方だ。

 森の奥に逃げたくてもそちらはホブゴブリンが占拠している。詰んでいた。


 バンブはしばらくの間、小さな獣を倒して食事と経験値を得たり、その経験値を餓死で失ったりしながらプレイを続けた。1日に複数回餓死するなど聞いたこともないが、リスポーンしても空腹度が全回復するわけではないため、ここでは日常茶飯事だった。運営の温情なのか1割程度は回復した状態から始まるが、これが失われるまでに何かを食べなければ死ぬ。そしてバンブにとっての1割はとても少ない。


 そうしている間も集落の他のゴブリンは減り続け、いつの間にかバンブ1人になっていた。他はすべて死体となって転がっている。いや、本来ならバンブもその仲間なのだが、プレイヤーであるため死なずに済んでいるだけだ。

 この集落はこれまで、奇跡的なバランスで全滅しないギリギリの均衡を保っていたのだろう。しかしプレイヤーが森に入りゴブリンを殺し始めたことでその均衡が崩れた。ゲームが開始された時点でこの結末は決まっていたと言える。


 白骨化したゴブリンを見ながら考えた。腹が減らない身体が欲しいと。


 今となってはキャラクター作成時の選択を後悔してもいた。しかし作り直す気にもなれない。作り直してどうするというのか。ホブゴブリンやあの街の獣人を這いつくばらせたい気持ちはある。しかしリセットした後再びこの森で開始できるとは限らない。

 それにバンブはこの手のゲームはそれなりにやり込んでおり、上級者であるというプライドがあった。こんなところで獣人やホブゴブリン相手に尻尾を巻いて逃げるというのは、どうにも我慢がならなかった。例えそれで勝利を得られたとして、この先このゲームや他のゲームで胸を張って楽しめるかと考えると──やはり安易にリセットに逃げるのは、らしくないと思えた。


 ならば、やはり与えられたこの条件で勝ち進んで行くしかない。


 腹が減らない身体が欲しい、と言うのは簡単だが、では腹が減らないとはどういう事か。人間、生きていれば必ず腹は減るものだし、それはゴブリンだって同じだ。

 では、生きていなければどうだろう。死体になってしまえば、もう食事の必要はない。アンデッドなら飲食は不要なはずだ。魔法生物もおそらく同様だが、今から魔法生物になる手段があるとは思えなかった。しかしアンデッドなら不可能ではないはずだ。


 バンブはなけなしの経験値を支払い、『死霊』を取得した。

 スキルツリーには『死霊』の他に『ネクロリバイバル』というスキルがあった。いきなりビンゴだ。しかし取得するための経験値が足りない。稼ぐ必要がある。


 バンブは残った経験値をすべてSTRとAGIに振り、自前の格闘技術を頼りに森に入ってくる人間を、プレイヤーを襲った。

 こんな森にゴブリン目当てに来るようなルーキーだ。無警戒のソロプレイヤーならば、同じくほぼ初期状態のゴブリンでも、STR特化にしておけば倒せないことはない。不意打ちで攻撃し、それで倒せなければ高めたAGIを頼りに逃げる。博打の連続だが、何もしないでいても餓死するだけだ。

 ゴブリン目当てに森に入ったプレイヤーには気の毒だが、その目当てのゴブリンはもう1匹たりとも残っていない。まさかゲームのモンスターが狩り尽くされるとは考えもしないだろうしバンブも驚いたが、この森のゴブリンたちは偶然が重なった結果全滅してしまった。









 そうして階段を2段登っては1段降りるというような経験値稼ぎを繰り返し、さらに何度かはよくわからない条件を満たして転生し、ついにバンブはこの森の頂点に立った。

 本来グレートシャーマンはどちらかと言えば魔法使い系の種族なのだが、もともと他のゲームでは前衛で殴り合いをするプレイスタイルを得意としていたため、経験値を稼いだ後もつい肉体系のステータスに多めに振ってしまっていた。

 そもそもホブゴブリン自体、肉体派の種族だ。ゴブリンの時には空腹ゲージのストックだった「過食」の効果も、ホブゴブリンでは余計に食った分だけ、追加で経験値を消費することで身体のサイズを大きく出来るというものだった。

 原始的なぶつかり合いなら、当然身体が大きい方が強い。グレートシャーマンである事は半ば忘れ、肉体系に振ってしまうのも無理からぬ事だ。


 しかしそのおかげで先のプレイヤーパーティは殲滅できたと言える。もし普通のホブゴブリン・グレートシャーマンだったなら、手元に配下もいない状態ではまともな戦闘になるとは思えない。

 とはいえ頼りになる配下はほとんどそのプレイヤーパーティによって屠られてしまっていた。

 それほどの実力があるようには思えなかったが、おそらくこのフードの女が何かしていたのだろう。


 だが短時間で多くの配下をキルされたのはバンブにとって幸運だった。

 『死霊』ツリーの特殊派生スキル『ネクロリバイバル』の発動条件に必要だったからだ。

 このスキルは、発動するための条件として別のスキルによる下準備を必要とする、いわゆるコンボスキルだ。

 その下準備とは、『死霊術の儀式』というスキルによって自分の支配下にある魂を一ヶ所に一定数集めるというものだった。

 『死霊術の儀式』を使えと明言されているわけではないが、それ以外に大量の魂を集める手段はない。『死霊』のスキルツリーにはそういったスキルは見当たらないし、他に魂を扱いそうなスキルツリーもない。『死霊術の儀式』はおそらくグレートシャーマンの固有スキルだが、つまりこの『ネクロリバイバル』はシャーマン系か、あるいは存在するとしたらネクロマンサー系の種族にしか事実上使用できないスキルということだ。


 『死霊術の儀式』で魂を集めることは出来るが、肝心の生贄を集める手段がなかった。

 近くの街が無事であればその街の住民を使えばよかったが、あの街の壊滅こそこれらのスキルの取得に使用した経験値の種だった。


 生贄を外部から集めるのはあきらめ、最初から支配下にある眷属を利用することにした。

 あらかじめ『死霊術の儀式』範囲内に配置しておき、そいつらがすべて死亡することで浮く魂を集める。『ネクロリバイバル』で魂を使用した眷属はキャラクターロストしてしまうらしいが、背に腹は代えられない。

 眷属たちは死亡してから1時間でリスポーンしてしまうため、魂を『儀式』に留めておけるタイムリミットは1時間だ。それまでに他の条件を揃える必要がある。


 他の条件というのは術者自身、つまりバンブが死亡することだが、当然死んでしまってはスキルの発動は出来ない。

 故に死ぬ直前に発動させておき、発動後に条件のチェックが行われるその瞬間に死亡しているのが望ましい。

 さすがに実際には受付時間に数秒か数分くらいの猶予はあるだろうが、今回に限ってはあのフードの女がスリップダメージを伴う状態異常を食らわせてくれたため実にやりやすかった。残りLPを数えながら、時々飛んでくる攻撃魔法のダメージを加味してタイミングを調整するだけだ。


 短時間で範囲内の眷属を必要数キルし、バンブの元へ到達するようなプレイヤーならばバンブを殺し得るだろう。

 そういう計画で『死霊術の儀式』は取得以来常時発動させていたのだが、さすがにプレイヤーたちがそこまで成長するにはもう少し時間がかかると思っていた。

 あまりに時間がかかるようなら自分で眷属を殺して自殺を試みようと考えていたが、『儀式』がフレンドリーファイアでも問題ないのかわからなかったし、また自殺もトリガーとして機能するのかもわからなかった。死亡すると領域は完全無防備になってしまうため、まさに最後の賭けになる。

 それがこれほど早い段階で達成できてしまったのは実に運が良かった。

 苦労して建てたログハウスを灰にされた事は許せないが、補って余りある結果だ。

 それにこれほど身体のサイズが変わるとは思っていなかった。どのみち改築は必要だった。


 このデオヴォルドラウグルのステータスならば、と思い攻撃したその矢先だ。

 フードの女に投げ飛ばされた。

 ダメージ自体は大したことはない。

 しかしステータスで言えば相当格下のはずのプレイヤーに、ダメージを負わされるという事自体が驚きだ。無手で格上相手にわずかでもダメージを通すことの難しさはバンブはよく知っている。


 ダメージを受けるという事は、続ければいつかは倒されるという事だ。

 今の程度の攻撃ならば自然回復でもうダメージも消えているくらいだが、例えば今の攻撃が投げ技が有効かどうかの判別のために行なわれた小手調べであり、さらに強力なスキルを隠し持っているという可能性も否定できない。

 あの妙な形状の槍だけが要注意だと考えていた。故に使わせないようインファイトを仕掛けていたのだが、このフードの女の手札は槍と魔法だけではなかったようだ。やはり只者ではない。


 うかつに近寄るのは危険だ。

 槍は地面に落としたままだが、あれにしても使わないと思わせるためのブラフだという可能性もある。インベントリからもう1本出てこないとも限らない。


 慎重に女の動向に注意していると、不意に女の雰囲気が変わった。

 なにかの前触れか、と身構える。

 すると女は突然叫んだ。


「え……。あ、せ、セイクリッド・スマイト!」


 聞いたことのないスキルだ。

 発動キーの宣言から少しして、女の前の空間が歪んだように見えたが、しかしすぐにそれも治まった。

 どうやら不発のようだ。

 拍子抜けしたバンブは警戒を解いた。


「ブラフか。そんな──」


 無駄なことを、と言いかけたその瞬間、純白のまばゆい光がバンブを包み込む。

 光は上空まで昇っているが、どこまで伸びているのか不明だ。

 しかしそんな事を気にするだけの余裕はない。


「──!」


 声も出せない。

 先ほどの心臓への一撃に匹敵するほどのダメージだ。

 つまりもう一撃食らえばおそらく死ぬ。

 さらに悪いことに、暗闇、火傷、自失、硬直のバッドステータスも受けている。


 フードの女の魔法系のスキルが高い事はログハウスを燃やされた時にわかっていたが、まさかこれほどの高位の魔法まで隠し持っているとは。

 これまで撃たなかったのは、発動キーの宣言から実際の発動までにタイムラグがあるからだろう。短い会話であれば可能なほどの猶予があった。戦闘中にこの魔法をヒットさせるのは前衛職には無理だ。警戒して距離をとったことが裏目に出てしまった。


 しかしたった一撃でこれほどのダメージを与え、複数の状態異常を併発させる魔法だ。リキャストタイムも長いに違いない。すぐには二撃目は来ない。


 とはいえこちらも自失や硬直、暗闇によって身動きがとれず、周囲の状況も全くわからない。

 あの槍を拾われて心臓を狙われれば今度こそ終わりだ。


 どうするべきか、とにかく女がいるだろう方向に突進でも仕掛けてみるべきか、と考えていたところ、再び女の声がした。


「……あ、はい。ええと、ホーリー・エクスプロージョン!」


 そしてその声を最後に全ての感覚が消失した。





《特別契約条項により、ゲーム内で3時間はリスポーンできません》







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