第154話「スタンド・バイ・ミー」





 『ホーリー・エクスプロージョン』は『神聖魔法』において、今の所最大の威力を持った魔法だ。

 単純な攻撃力であれば、レアの手持ちの魔法ではおそらく『ダーク・インプロージョン』が最も高いが、敵はアンデッドのようだし『神聖魔法』の方がダメージが稼げるだろう。


 単体攻撃魔法である『セイクリッド・スマイト』一発で片が付くと考えていたが見積もりが甘かった。LPの総量を決めるのはVITとSTRだが、どうやらかなりの経験値をこれらの能力値に振っていたらしい。

 肉体派かと思えば『死霊』系のスキルを使うし、ならば魔法職かと思えばインファイトをしかけるわ、LPも多いわ、一体こいつはどこを目指してキャラクタービルドをしているのか。


 しかしそのせいで手こずらされたのは事実だ。

 いつもの通り、だいたいはレアの油断がもたらした結果だが、このプレイヤーが常識と外れたビルドをしていたのも確かである。

 総評すれば、レアの責任は実質ゼロと言ってもいいだろう。


「……でもまあ、これからは1人で行動するのは避けようかな……」


「それがよろしいかと思います。ヒヤヒヤしました」


 一部始終を特等席で見ていたマーレが頷いた。

 1人で行動すれば、今回のように親切の押し売りをされる事もある。

 今後はマーレの身体を借りて遊び回るとしても、ケリーたちをパーティメンバーとして連れて行くのがいいだろう。レアと違ってみな仕事があるため、いつでも自由にというわけにはいかないが。


 眷属に身体を返し、その身体を本来の持ち主が掌握する場合、若干のラグが生まれるらしい。

 戦闘中にシームレスに切り替えるというわけにはいかないようだ。

 これはタンクマンたちからアイテムを受け取ったときに判明した。これまでは精神を戻す時は目的を達成した時だけだったので気にしていなかったが、このラグは重要だ。


 今回は敵のゴブリンミイラがこちらを警戒し、距離をとって攻めあぐねてくれたおかげでその時間を捻出することができた。

 こちらを警戒したときに、距離をとって仕切り直すか、こちらに時間を与えないために攻撃を続けるかはその人物の性格によるだろう。うまくいったのは運が良かった。


 ともあれ、そうして一旦精神を本体に戻し、本体の方で『迷彩』を発動させ、フレンドチャットでマーレにスキル名を叫ぶよう指示を出して、マーレを目標に本体を『召喚』した。

 そして『魔眼』の『魔法連携』を用いて静かに魔法を発動したというわけだ。


 このやり方だと発動キーの宣言から実際の発動まではかなりのラグが生まれるため、うまくやらないと不審に思われる可能性があるが、いざという時にチャブダイをひっくり返すのには使える裏技といえる。


 発動キーは現在自由に設定できるため、普通の会話に見せかけて実は、という事にして、マーレに雑談をさせておいていきなり魔法を放つという高等テクニックも考えられる。かつてライラとヒューゲルカップで対峙したときにやられた事と同じだ。

 あの時、ライラは通常の会話に混ぜて、発動キーを変更した『精神魔法』をレアに撃ってきていたらしい。


「問題は戦闘中に突然雑談を始めるというミッションの難易度が高すぎることかな。まあ高等テクニックだし仕方ない。わたしには無理だが、貴族令嬢であるマーレならうまくやってくれるはずだ」


「……貴族を何だと思ってらっしゃるのですか? 無理です」


 それは今後の課題として、戦闘のリザルトだ。

 マーレに野鳥を街まで放たせ、レアもオミナス君を『召喚』して森を探らせる。

 大ゴブリンは多数いるが、全て死亡しているようだ。

 他のプレイヤーもちらほらいるようだが、戸惑っているのが見える。


 今のゴブリンミイラ、バンブがここのボスであったのは間違いない。

 領域の支配権がレアに移らないのは、他のプレイヤー、つまり他勢力のキャラクターが多数いるためだろう。

 範囲内の全てが単一勢力でなくとも、ある程度の数を占めていれば支配は可能だと思われるが、それが具体的にどのくらいの割合なのかは不明だ。また、その割合というのも何の割合なのかがわからない。

 単純なキャラクター数であれば、例えば通常の虫や小動物も含めるとなると単一勢力で大勢を占めるのはまず無理だし、戦力比で判定されるのなら、レアの本体がここにいる時点で支配権を得ていてもおかしくない。

 一部の魔法やスキルの敵味方の判別と同じく、何らかの専属AIがその都度判断しているのかもしれない。


 もっとも、今回は別にこの森を支配するのが目的ではないため別に構わない。

 逆に支配などしてしまうと、あのゴブリンミイラに執拗に狙われる事になるだろう。

 わざわざログハウスまで建てて生活していた事を思えば、彼がこの森に強い執着を抱いているのは明白だ。


「……単純に身体が大きすぎたために街で生活できなかっただけでは? あのサイズでは、領主の住まう館といえども、快適に暮らせるとは思えません」


「ああ、そうだね。というかそもそも家に入れないな」


 そういう理由なら、縮んだ今なら領主館にも住めるだろう。

 リスポーンした暁にはレアに感謝しつつ、街で平穏に暮らしていただきたい。

 またいずれ、彼に何らかの協力を持ちかける時がくるかもしれない。

 今回の事が遺恨になっては面倒なので、そのときにはマーレには会わせないようにするが。


「そうだ。ショートカットを作っておこう」


 速やかにここへ来るには転移サービスを利用するしかないが、その場合はレア本体で来る事ができない。

 リフレの街の傭兵組合を一時的に閉鎖すればやれないことはないが、デメリットが大きすぎる。それ以外のどの街で行なったとしても大きな騒ぎになるだろう。


 マーレをその場に残したまま、ウルルを目標に火山へ『召喚』で移動し、そこにいた数体のロックゴーレムを支配下に置いた。かつては見渡す限りに岩が転がる荒れ果てた土地だったが、今は山の地肌が丸見えの普通の火山になっている。マリオンが相当の数のゴーレムを連れて行ってしまったからだろう。大きすぎて山の一部に見えるウルルの他には、生まれたばかりらしい小さなものしかいなかった。

 だがこれはこれで好都合だ。


 小型、と言ってもドワーフほどのサイズはあるが、その小さなゴーレムを森に戻って『召喚』し、ボスがいた焼け焦げた広場の端に置いた。万が一のためにある程度の強化も行なってやりたいところだが、そうしたら巨大化してしまう。このままにするしかない。

 『植物魔法』を発動し、焼け焦げた広場を一息に緑化し、戦闘前と変わらない姿にしてやる。

 戦闘終了時と比べてここまで異常に変化が起きていれば、端っこに岩ひとつ増えていたとしても気にすまい。


「さて、じゃあボスの死体を拾って帰ろうか。何かに使えるかも知れないし」


 そういえば、ずいぶん昔にラコリーヌでインベントリにしまっておいた騎士の死体がそのままだ。

 あの後、再びラコリーヌで再会した騎士はなぜかみすぼらしい服装をしていたが、それもそのはずだ。鎧は死体とともにレアが持っている。

 いずれ、時間が空いたらインベントリの整理もする必要がある。

 人間やミイラの死体を解体したり弄くり回すというのはさすがに進んでやりたいと思えないが、適当なアンデッドの素材にするくらいなら問題ない。ミイラの死体をさらにアンデッドの素材に出来るのかは不明だが。というか、ミイラの死体という時点でパワーワードすぎて頭痛が痛い気がしてくる。





「そういえば、ノイシュロスの陥落がペアレとシェイプの小競り合いの原因だったな。特に協力者がいるようには見えなかったし、あれは偶然起きた事だったのかな」


 上空から偵察した限りでは、ボスの死亡後に不審な行動をしているプレイヤーはいなかった。どのパーティも突然死んだゴブリンたちの死体を警戒しているか、欲に駆られて剥ぎ取りをしているかだ。


 あのゴブリンミイラも殊更に自分がプレイヤーであることを喧伝する様子もなかった。となると現状、魔物系のプレイヤーとそれ以外のプレイヤーとで協力プレイをしている者というのは考えなくてもいいのかもしれない。

 考えてみれば、レアとライラのように、協力関係にあるプレイヤーのそれぞれが国家レベルの影響力を持っているという時点でかなり稀なケースと言える。ただの一兵卒では協力したところでたかが知れているし、協力するつもりでゲームを開始するのなら近い種族で始めたほうが合理的だ。

 多少の勢力を持つに至ったとしても、せいぜいがマッチポンプの出来レースを演出するくらいだろう。

 ライラが言ったように気にしていても仕方がないのかもしれない。


「さて。とりあえず薙刀の試し斬りとしては満足行く結果だったと言えるかな。それどころか、ちょっと性能が良すぎて逆に使えないレベルだ。同じものを数本作らせておく予定だったけど、それはもっと弱い金属にしておこう。魔法超合金だとさらに重くなるし、どうしようかな。リーベ大森林ってこれらと、あとは鉄と銅しか出ないんだよね」


「リフレの街も陛下のお力でだいぶ発展してまいりました。すぐ側の領域こそ低ランクの傭兵たちしか満足させられませんが、陛下のお考えでは大陸中の領域と擬似的につながる事になるのでしょう?

 でしたら、あのグスタフという男の商会で中級程度の武具なども扱うようにすればどうでしょうか。需要は十分あるのではと思います。

 そこで手に入るものを鋳潰すなどして、薙刀をお作りになればよろしいかと」


 マーレの言うことは一理ある。

 別に鋳潰さなくても、武具を手に入れるルートがあるのならその素材を仕入れることもできるだろう。


「……そうだね。さっそく誰か人をやってそのように手配しよう。

 あるいは、王都周辺のセーフティエリアに建設させている宿場町──はカーナイト素材がメインになってしまうか。じゃあラコリーヌのセーフティエリアにも宿場町を建設させて、そこで手頃な素材を見繕ってもいいな」


 王都近郊の宿場町の建設の進捗は確認していないが、もしまだ完成していないとしても並行して行なってもらうことになる。

 これもグスタフに任せるしかないだろう。彼も貴族になりたいのなら、今以上に人を使う事を学んでもらわなければならない。


 王都やラコリーヌを始めとする宿場町の建設はすべてグスタフに一任するよう、ケリー経由で命令をしておいた。

 それらが軌道に乗ったならば、位置関係から言って次はエルンタールの近くに同様のものを作っても良い。恩を売るというほどのつもりでもないが、ブランの助けになるはずだ。






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