第152話「ネクロリバイバル」





 言われるまでもなく、レアはすでに下がって木の陰に潜んでいた。

 巨大ゴブリンの一撃はタンクのタンクマンでは防げなかったようで、潰されて地面にへばりついている。

 戦うつもりがあるのなら、呑気に観察などしていないで、先制でログハウスごと吹き飛ばしてやればよかったのだ。格上だとわかりきっている相手に時間を与えた時点で彼らの運命は決まっている。


 タンクを失った彼らにはもう成すすべはない。

 次々にその棍棒の一撃で同様に地面に叩きつけられ、ノシイカのようにされていく。最初に攻撃を受けたタンクマンやホーライはまだ死亡していないようだったが、それに気付いた巨大ゴブリンによって何度も棍棒を叩きつけられていた。

 棍棒の形にへこんだ地面から次々と光が漏れる。死に戻りだ。


 初手に魔法で何らかの状態異常を伴うダメージを与え、あの棍棒の攻撃は防御ではなく回避を優先し、初撃を躱したら片足に攻撃を集中させてまずは行動力を奪う。

 そのように立ち回ればもう少しましな戦いになっただろうが、それも後ろで見ていたからこそ言えることだ。この手の即死攻撃を行なってくる相手にいきなり勝つのは難しい。初見殺しというやつだ。

 どのみち彼らの実力では、戦術的に完璧に立ちまわれたとしても勝てるかどうかは微妙なところだった。勝てるにしても決着までに何時間もかかるだろう。一言で言えば、あの巨大ゴブリンを相手にするには彼らには地力が足りていない。


 巨大ゴブリンはレアにも気付いているらしく、こちらをじっと睨んでいる。逃してくれそうにないが、逃げるつもりもない。

 地力が足りないのはこのマーレも同様だが、こちらにはその差を補って余りある武器性能がある。

 邪魔者は彼がすべて片付けてくれたことだし、後は手加減せずに彼をキルして領域がどうなるのかを確認するだけだ。


「『ヘルフレイム』」


 ログハウスと巨大ゴブリンの中間あたりを中心に魔法を放った。

 このゴブリンもレアに気付いているのなら攻撃してくればいいのに、なぜかじっと待ってくれている。おそらく先手を譲ってくれるのだろう。

 幸いタンクマンたちのお陰でおおよそ巨大ゴブリンの戦闘スタイルは割れた。

 先手を譲ってくれるというなら、好意に甘えるのも吝かではない。


 たとえ勝てると思っていても油断してはならない。

 かつてレアがプレイヤーたちから教わったそれを、今度はこのボスに教えてやるとしよう。


 炎は周囲を舐めつくし、少しだけだが広場をさらに広くした。ログハウスは当然灰になり、巨大ゴブリンも全身に火傷を負っている。ダメージ自体は大したことないようだが、運良くバッドステータスを与えることができたようだ。

 火傷は治療されるまで継続して、その範囲と重症度に応じたスリップダメージを与える状態異常だ。

 スリップダメージを上回る自然回復力がある場合、時間経過で火傷も治癒してしまうが、このゴブリンにはそこまでの回復力はないらしい。


 ゴブリンは背後を振りかえり、ログハウスが灰になっているのを見ると、レアに向かって突進してきた。

 痛みやダメージというよりはログハウスを破壊されたことに対して怒っているようだ。

 命のかかった戦闘中にログハウスの方を気にするとは、まだ自分が負けると思っていないのか、それとも。


 ──真の意味で死ぬことがないから。つまりプレイヤーだから、かな。


 プレイヤーならば死んでも復活できるが、燃やしたログハウスはそうはいかない。あれが彼の作品であったとしたら、怒り狂うのも無理はない。


 突進の勢いそのままに繰り出される蹴り上げを紙一重で躱す。

 レアの隠れていた木々は周囲の地面ごと蹴り上げられ、宙を舞った。

 それを確認することなく、レアは素早くゴブリンの軸足に移動する。

 蹴り上げられた足が戻される前のほんの刹那に3度、軸足のアキレス腱に切れ目を入れた。


「ぐあ!」


 ゴブリンはたまらず、蹴り足を戻すが早いかしゃがみこんだ。軸になっていた左足をかばうようにして周囲を見渡し、レアの姿を探している。

 ウルルほどの巨体が相手であれば、たとえアダマンの薙刀があったとしてもどう戦っていいかわからないが、たった3メートル程度しかないなら殺すのは容易だ。

 こうしてしゃがませてやれば、弱点部位はすべてレアの薙刀の届くところとなる。

 あの不細工なスケルトンを見る限り、ゴブリンの身体構造は人間に酷似している。

 ならば弱点も同じはずだ。

 レアの前に無防備にさらされている背中。分厚い筋肉に覆われているが、まさか鉄の鎧より硬いということはあるまい。

 おそらく心臓はこの辺りだろうという位置に当たりをつけ、薙刀をスッと差し込んだ。


「がっ……!」


 薙刀を引き抜きながらしゃがみこみ、反射的に振り回されたらしいゴブリンの腕を掻い潜る。

 そして薙刀を抱いてそのまま転がりゴブリンから離れ、ある程度の距離を稼いだところで立ち上がり、薙刀を構えた。


 ゴブリンは腕を振り回すのを止め、胸を抑えてうずくまっている。追撃の様子はない。腕を振り回したのはやはり単なる反射行動のようだ。

 隙だらけである。


「『ブレイズランス』」


 しかし安易に近付いたりはしない。薙刀を下ろし、魔法を放った。

 このゴブリンがプレイヤーであれば、何らかの演技の可能性もある。

 相手の攻撃の範囲外から気長にLPを削っていればそのうち倒せるはずだ。火傷のスリップダメージもある。人間と身体構造が同じなら、もう立ち上がる事は困難なはずだ。少なくとも突進は二度と出来まい。


 背中から攻撃したにもかかわらず胸を抑えているということは、先ほどの突きはゴブリンの身体を貫通していたと考えられる。切れ味が良すぎた上、突いてすぐ引き戻したため感触ではわからなかったが、潜り込んだ柄の長さを考えれば十分有り得る。

 仮に貫通していなかったとしても、あるいは突いた位置が心臓部でなかったとしても、人型の生物が身体のほとんど中央に深い穴を穿たれて無事なはずがない。


 ゴブリンは動かずうずくまったまま、何かを待っているかのように見える。

 増援だろうか。

 仮に増援が来たとしても、ここに来るまでにエンカウントした程度の雑魚なら問題にならない。巨大ゴブリンにとどめを刺しながらでも片手間に処分できる。


 それから何度も攻撃魔法を直撃させていくが、大した反応は見せない。

 あるいはもう死んでいるのか。

 いや、生きているのは確実だ。

 時折わずかに身じろぎをしているし、耳をすませば何やらブツブツ呟いている。

 そして。


「……『ネクロリバイバル』!」


「なに!?」


 ゴブリンがなにかのワードを叫ぶやいなや、漆黒の闇が吹き出し、その身体を包み込んで渦を巻く。

 『闇の帳』のような薄暗い闇ではない。全ての光を吸収してしまうような、見通すことなど全く出来ない真の闇だ。

 予想だにしない展開に、レアは本来の自分の身体で無いことを歯噛みした。『魔眼』であれば、もっと詳しく観察できたかも知れない。

 目を凝らしながら状況を見守る。


 闇に覆われていると言っても、その中にはあのゴブリンが居るはずだ。続けて魔法で攻撃してやればとどめを刺すことが出来たかも知れない。

 だが好奇心がその機会を奪った。


 闇はすぐに晴れた。というよりも中心に吸い込まれて消えていった。

 その中心にはひと回り小さくなったゴブリンが立っている。

 筋肉だるまのような大柄な身体はもうない。細マッチョ、というのだろうか。骨と皮、そして限界まで引き絞られた薄い筋肉によって構成された針金のような身体だ。身長も2メートルほどに縮んでいる。顔さえ隠せばエルフに見えなくもない。肌が浅黒いため、ダーク・エルフに近いといえるか。レアは普通のダーク・エルフに会ったことがないため知らないが。


 その顔はもはやただのゴブリンには見えない。痩けた頬、むき出しの牙、そして落ち窪んだ眼窩には赤い光が灯っている。もっともイメージに近いのはミイラだ。それがゴブリンの頭骨で作られているため、人間のミイラよりもはるかにおぞましい面貌だ。


 レアの、いやマーレの取得している『死霊』スキルが囁いている。

 こいつはアンデッドだ。


 ──ボスは二段変身するものだ、とかなんとか誰かが言っていたが。まさか本当にするとは。


 相手の外見のせいで失念していたが、このボスはスケルトンゴブリンも操っていた。

 ということは、いかに肉体派に見えたとしても死霊術師の側面も持っていたはずだ。

 その集大成がおそらく目の前の事態なのだろう。

 『ネクロリバイバル』とかいうスキルは知らないが、何らかの条件によって『死霊』ツリーにアンロックされるスキルと見て間違いない。その効果はおそらく、自分自身をアンデッドに転生させる事だ。もしかしたら一段か二段、格上への転生になっているのかもしれない。





「──まさか、こんなに早く使う日が来るとは思わなかったが。俺の運がいいのか、お前の運が悪いのか」





 喋った。

 ディアスやジークの事を考えれば、目の前のゴブリンミイラ程度の外見ならば喋ったとしても不思議はない。

 しかし話している内容から、この展開を以前より予想していたか、画策していた事は明白だ。運がどうのと言っていることから画策していた可能性が高い。

 NPCでそれだけ賢いならば、ゴブリン系であっても話していただろう。事実配下のガスラークは流暢に会話をしている。

 つまりこれまでは意図的に話さなかったという事であり、少なくともNPCがそんな事をするメリットはない。


 このノイシュロスのボスはプレイヤーだった。

 ノイシュロスの陥落を行なったという成果から考えれば、この男が前イベント侵攻側3位のプレイヤー、バンブだろう。


 かつて想像していたとおり、自分たち以外のプレイヤーのダンジョン経営者を発見できたのはいいが、状況は良くない。

 ここでマーレの正体を明かし、協力を持ちかけてもいいが、相手がそれを承諾するとは限らない。


 レアであれば、例えば王都に単独パーティで攻め入り、カーナイトたちを物ともせずに侵攻し、王城を吹き飛ばし、鎧坂さんを倒して、中に居たレアを戦場に引きずり出すようなプレイヤーに協力を持ちかけられたとして、素直に応じるだろうか。


 ──無いな。


 最終的に協力体制を敷いてもいいが、それはそれとして一発殴らせろ、という気分になるに違いない。


 それにここで自らの正体を明かし、協力を請うというのは、いかにも転生した相手の姿に怖気づいて胡麻を擂っているように思える。さすがにそれは容認できない。

 ならば戦うしかない。そして勝つより他にない。


 とはいえ第一形態の巨大ゴブリンは不意打ちと相性もあり、運よく完封する事ができたが、このスレンダーなミイラ相手では同じようには行かないだろう。

 このプレイヤーは明らかに転生している。スキルによって転生する手段があるとは驚きだが、あの瀕死の状態でリスクを犯して発動させたくらいだ。わざわざ弱くなったとは思えない。


 巨大ゴブリンの時点でおそらく能力値で言えばマーレよりもかなり上だったはずだ。突進の速度にしても、例えば徒競走であればマーレではとても追いつけまい。

 丸太1本を片手で振り回すそのSTR、心臓をひと突きしてもしばらく死なないVITについては言うまでもない。

 INTやMNDは不明だが『死霊』に経験値を割いているのならMNDは上げていた可能性がある。『死霊』によってアンデッド化した対象の抵抗判定はお互いMNDで行われるからだ。


 加えて相手の身体が小さくなっているのも問題だ。相対的に言えば相手にとっては的が大きくなったと言えるだろう。

 棍棒なしの戦闘技術、プレイヤースキルとしての技術がどの程度は不明だが、格闘戦であれば普通は身体のサイズがある程度近いほうがやりやすいはずだ。

 相手のAGIやDEXも上昇している可能性も考えれば、これまでのように軽々と回避できるとは限らない。


「……さんざんやりたい放題やってくれたが。おイタが過ぎたというやつだ。これまではその武器とスキルで無双してこられたかもしれないが、それもここまでだ。死ね」


 お断りだ。

 相手がNPCのモンスターなら、最悪死んでも構わない。先ほどのタンクマンたちがこの界隈ではそれなりに知られたパーティであることは会話からわかっている。聞いてもいないのに親切に自己紹介をしてくれたからだ。

 その彼らが、レアの手助け無くしては近寄れないようなダンジョンの最深部だ。デスペナルティを受けて弱体化しているだろう彼らはもちろん、他のパーティもホイホイやってくるとは思えない。

 ならばマーレの死体をここに放置したところで大した問題はない。

 しかし目の前のボスがプレイヤーであるなら話は別だ。


 それにこれだけ流暢に話すモンスターだ。しかもおそらく生産スキルも無いだろうにログハウスなど建設し、衣服を身に着け、棍棒という武器を持っていたほどのモンスターである。知的レベルが高いことは、相手がプレイヤーだと察しているレアでなくともわかるはず。

 そんな賢いモンスターを前に自分の死体をきっかり1時間も放置するなど、装備を剥ぎ取ってくれと言っているようなものだ。普通に考えたら絶対に避けるはずだ。このマーレにプレイヤーのふりをさせている以上はそんな事は出来ない。


 しかも『使役』を取得し、眷属を多数持っているこのゴブリンミイラならば、1時間という単位からマーレが誰かの眷属NPCである可能性にも考えが至るかもしれない。今は状況からこちらがプレイヤーだと思っているはずだが、死体が消えなければまずNPCであることを疑うはずだ。

 かといって今さら精神を戻し、リフレに『召喚』でマーレを呼び戻すのも無理だ。突然目の前から消え失せるなど、1時間死体を放置するのと同じくらい不自然だ。


 好奇心に負けて敵の変身シーンを邪魔せず見守ってしまったが、止めるべきだった。

 今こそわかった。

 古いJapanese Live-action、いわゆるトクサツなどで敵がヒーローの変身を邪魔しない理由がだ。

 間違いなく好奇心のせいだろう。どんなかっこいい姿に変身するのか、という好奇心によって彼らは敗北してしまうのだ。

 そして今、レア自身もその仲間入りをしようとしている。


「……それはごめんだな」


「ん? だろうな。死にたくないのは当たり前だ」


 そうではないが、間違っていないので訂正しない。


 たとえ勝てると思っていても油断してはならない。

 少し前の自分自身にお前が言うなと言ってやりたい気分だ。


 なぜここのゴブリンは発育がいいのか、『ネクロリバイバル』の取得条件は何なのか、聞きたいことはたくさんあるが、聞けることでもない。

 それに検証するのにちょうどいい実験体ならたくさんいる。ガスラークやその眷属たちに経験値を与え、様々なケースで実験をしてみればいい。まとまった経験値が貯まった時にやりたい事リストにひとつ追加だ。


 相手はこの期に及んでもまだレアに先手を譲るつもりなのか、殺すとか言いながら攻撃するそぶりは見せない。

 あるいはカウンターや後の先をとる戦法に優れたスキルを新たに取得したのかもしれないが、さっきの今でいきなり使いこなせるとは思えない。

 しかしこちらも先ほどと違い、相手の身体能力もわからない状態で先手で攻撃する気にもなれない。

 レアとしても、護身をその骨子とする実家の流派でいえば、本来相手に先手を取らせたほうがやりやすい。自分が先手を取るのは相手の手札がある程度見えている時か、相手の手札に関わらず速攻でキル出来る時だけだ。


「……どうした、死にたくないんだろう? 攻撃してこないのか?」


「……わたしを殺すんじゃないの? 攻撃してこないのかな?」


 相手もレアを警戒している。運が良かったとか、こちらの運が悪かったとか言っていたくらいだし『ネクロリバイバル』によって相当強化されているのだろう。

 にも関わらずこの警戒ぶりだ。第一形態で完封された事がよほどトラウマになっているらしい。


「……いいだろう。このスピードなら、さっきのようには躱せまい!」


 構えたと思ったほんの刹那の後に、ゴブリンミイラはレアの立っていた場所に居た。

 しかしそこにはレアは居ない。ご丁寧に躱せない攻撃をすると宣言しているというのに、逃げずに待っているバカは居ない。相手の第一歩に合わせてこちらも回避を始めれば、直線軌道なら躱す事は出来る。それさえ不可能なほどAGIに差があればお手上げだが、幸いそこまでの差は無いようだ。

 彼我の距離と相手の速度から考えて、こちらの回避行動が見えていたとしても軌道修正は容易ではないと踏んでの回避だったが、それは正しかった。


「これも躱すのかよ!」


 速いと言っても、相手の速度は単体の『雷魔法』よりは遅い。攻撃の軌道さえ読めれば躱すことは難しくない。

 そして相手は半裸で、余計な脂肪が一切無い。筋肉の動きが丸見えだ。再現度の高いこのゲームで、仮にも流派の師範代の末席を汚しているレアにとって、行動の兆しを見逃す方が難しい。


 ──動く姿すら見えない、というほど実力が離れていなくてよかったよ。


 とは言え相手が無手で攻撃してくるなら薙刀は相性が悪い。レンジが合わない。しかしこちらのレンジで翻弄してやることも出来ない。それが出来るほど相手も弱くない。


 使えないなら邪魔になるだけだ。手に持ったままの薙刀を足元に落とした。


「諦めたのか!? 使わないなら! しまえばいいのに! よ!」


 矢継ぎ早に蹴りや突きを繰り出しながら、ゴブリンミイラが痛いところを突いてきた。それが出来るならやっている。

 紙一重で攻撃を躱しながら反撃の糸口を探る。


 ゴブリンミイラの攻撃は単調ながら無駄がない。何か武道を習っているという動きではないが、戦闘に慣れているのは確かだろう。よほどこの手のゲームをやり込んでいるようだ。

 最近はこうした手合いも増えてきたため、リアルでもVRでも油断ができない時代になっている。実家の家業も安泰なことで何よりだ。


「わたしの、本業は、薙刀では、ないのでね」


 薙刀を振り回すのは好きだが、本業ではなくあくまで嗜みだ。薙刀の師匠も祖母ではなく、祖母の知人である。要は趣味だ。


 そろそろ相手の速度に目が慣れてきた。攻撃の癖も覚えつつある。そして身体能力に著しく差がある強大な相手を、素手で征するのには慣れている。


「なあ!?」


 相手からしてみれば、なぜこんなゆっくりとした動きなのに捕まったのか、とでも言いたいところだろう。

 わかっていたはずなのに、なぜか相手の思い通りに行動してしまった。

 そう思っているはずだ。

 だが違う。レアが相手に悟らせないよう巧みに立ち回り、罠に嵌めたのだ。全てが終わった後で、ああそういえば見えていたはずなのにと、そう感じさせているに過ぎない。

 我流で技を磨いた者は、確かに強いが非常に素直だ。なんなら素人よりも嵌めやすい。


 ゴブリンミイラは巧妙に歪められた自分自身の力によって天高く舞い上がり、やがて落下してきた。


「ってえ! くそが! 投げスキルまで持ってやがるのか!」


 しかし思ったほどのダメージは入っていない。

 異常な筋力を持ちながら異常に軽い。現実ではあり得ないゴブリンミイラのそういう身体特性によって大したダメージを与えられなかった。加えて言えば、VITも高いのだろう。相手の力を利用して投げた落下ダメージを決め手にするのはどうやら無理だ。

 しかしレアの能力値では単純な打撃で倒しきるほどのダメージを与えるのも難しいし、関節技などSTR差だけで返されてしまうだろう。


 ──なるほどこれは絶望的だ。わたしもデバフアイテムが欲しくなるな。


 災厄に臆せず立ち向かった、ウェインたちを少しだけ見直した。

 隔絶した能力差の前では、あらゆる技術が意味を成さない。それを埋めるためのスキルでもあるのだが、レア──マーレは持っていない。今やったような、システムによってダメージボーナスを約束されているわけでもないただの技ではどうしようもない。

 近接格闘なら自前で出来るため、敢えてスキルを取得する意味は薄いと考えていたが、そう横着はさせてもらえないようだ。


 多少能力差があっても、初期のケリーたちのように絶対値がそれほど大きくない相手にならこれらの技でもダメージは狙えるだろう。頭部や急所をうまく狙えば気絶させたり部位破壊をしたりも出来る。

 しかし流石に、現行トップクラスのパーティ相手に無双できるレベルのボスには通用しないらしい。当然といえば当然だ。それが可能ならレアが経験値を稼ぐ意味はない。


 ゴブリンミイラはこちらの投げ技を警戒し、近寄ってこないのをいいことに一旦距離をとる。

 本来のレアの身体であればこんな中途半端なアンデッドなど『神聖魔法』で一撃だろうが、今それを言っても仕方がない。


 ──いや、待てよ。仕方ないことは無いな。事実だし。





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