第150話「スケルトンって何の骨」
街に戻ってすぐまたひとつ、大ゴブリンの集団を斬り伏せた。
普通にゴブリンに襲われている。ということは先ほど屋敷にいた者はやはりボスではない。
この街に入った最初からだが、難易度の割にエンカウント率が低い気がする。もしかしたら1人で行動するレアを見つけることが困難なのかもしれない。
これは同じ都市型の領域である王都や、ブランのエルンタールでも同様の問題が考えられる。先日のように大人数で攻めて来られるのも厄介だが、隠密技能に優れた少人数のプレイヤーに潜入されるのもまた厄介だということだ。
やはり客という別の立場でアトラクションを眺めてみるのは勉強になる。
それより今は、ゴブリンのボスの居場所だ。
先ほどのゴブリンがボスでないなら、ボスは別の場所に潜んでいるということになる。
──街でないなら森しかないな。ノイシュロスの街という名前に惑わされたが、考えてみればボスも目立つ上に攻撃されやすい場所で馬鹿正直に待っている必要はない。
レアのように複数のダンジョンを支配しているなら、攻撃されているダンジョンとは別の場所で待機していればいい。
このノイシュロスの場合、厳密には森も街もひとつのダンジョンということになっているが、街に注目を集めておいて自分は森に隠れているというのは理にかなっている。
「じゃあ森に向かうか」
道案内代わりにマーレ配下の野鳥を『召喚』し、頭上に飛ばす。森の方角を確認させ、誘導するように前方に滞空させる。
レアは街の南側から侵入したが、森は北側にある。
セーフティエリアが南方で森が北側なら、領域全体をひとつのエリアと考えれば最深部は森という事になる。レアでなくともボスが森にいる可能性を考えるプレイヤーもいるだろう。街を支配したからと言って、ゴブリンが街に住まなければならない理由もない。
しかしプレイヤーであれば領主館を拠点にしたほうが生活しやすいと感じるはずだ。
レアが領主館をボスエリアだと考えたのはボスがプレイヤーである可能性を考えたためだが、野生のボスだと考えていれば最初から森に向かっていたかも知れない。
ゴブリンが現れたのは森からだ。ならば諸悪の根源は森だという事になり、ボスもそこにいると考えるのが妥当だ。
エンカウント率が低いのは、ここのボスにとって街が重要ではないからという可能性もある。単純に街に配置された眷属の絶対数が少ないという事だ。
なんであれ、森に行ってみればはっきりするだろう。
南側よりさらにボロボロに崩れた北の外壁をくぐり、街の外に出ると、そこは深い霧に覆われていた。霧の向こうにうっすらと森のようなものが見える。
「街から森まで近すぎる。こんなところに街を築くなんて正気の沙汰じゃない。
……もしかして街を建設した後に森が広がったのかな」
あるいは街道などの重要な施設へ魔物がやってこないよう防波堤として外壁を建設し、その内側に街が出来たという事も考えられる。
領主館の執務室や書斎などを調べればそのあたりの資料も見つかるかもしれないが、時間をかけてまで知りたい内容でもない。
霧が立ち込める中を慎重に歩く。野鳥は帰した。この霧では航空偵察は効果が薄い。
特に何ということのない荒れ地だ。霧のせいで日当たりが悪いせいか、時折生えている雑草の背も低い。
隠れることの出来ない地のため、雑魚も見当たらない。
しかしレアは警戒を解かない。
確か、先のイベントではこの森からは当初アンデッドが出現していたという事だった。
かつてトレの森でジーク配下のアンデッドと戦ったことがあるが、アンデッドはたまに地面から這い出してくる事がある。ここでそれが無いとは限らない。
不意にぼこり、と音がした。
その音が聞こえるやいなや、レアは薙刀の石突を音の聞こえた地面へ突き刺した。
案の定そこには骨で出来た手が生えており、石突に砕かれて飛び散っていくところだった。
それを皮切りに次々と地面から骨の手が生えてくる。
「手だけをもぐら叩きをしていても埒が明かないな。『アースクエイク』」
そんなに外に出たいなら、地面を耕して出やすくしてやることにした。
アースクエイクとは言っても、そこは攻撃魔法である。ただの地震ではない。
大地はうねり、生きているかのように脈動し、岩のように硬く鋭い大きな突起を断続的にいくつも生み出している。突起は2メートルほど突き出すとただの土に戻り、ボロボロと崩れてまた次の突起の材料となる。それが5秒ほど続くと一斉に変化は止まり、元の地面のように平らに戻った。
地面に埋まったスケルトンたちは当然回避することなど出来ない。土とともにシェイクされ、バラバラになって掻き混ぜられている。
「一気に片付いたかな。雑魚だし何の足しにもならないけど。収支で言ったらMPの無駄だったな」
時間効率を考えれば仕方のないことだ。多少のMP消費で先を急げるならそうすべきだ。
それからも同様にスケルトンの気配がすれば『アースクエイク』を発動し、荒れ地を進んだ。
かなりの数が埋まっているようで、概ね前回の『アースクエイク』の効果範囲から出た辺りで次のスケルトンが現れ始める。
そのためもはや敵出現の確認すらせず、定期的に『アースクエイク』を発動しながら歩くという移動ルーチンになってしまっていた。歩く速度を『アースクエイク』のリキャストタイムに合わせる必要があるが、それさえ調整すればただの作業だ。
──しかしなんというか、不細工なスケルトンだな。贔屓目かもしれないけど、うちのスケルトンのほうがイケメンに見える。
レアが見たのはバラバラになった残骸のみのため、全身のスタイルはわからないが、時折見かける頭部だけ見ても明らかに顔が違う。それこそ歴史の教科書で見かけるような、何とか原人の頭骨に近い形状だ。
人種が違うのだろうか。スケルトンにも人種があるのは不明だ。いや、そもそもスケルトンとは何の人種なのだろうか。ヒューマンなのか、エルフなのか、獣人なのか。
レアの陣営にいる者たちはおそらくヒューマンかエルフだろう。身長から言ってドワーフではないし、獣人の骨にしては尻尾がない。
──元からスケルトンであるキャラクターは一体なんの骨なんだろ。
しかしそのどれであっても、顔形の骨格までは大きく違うとも思えない。獣人であれエルフであれ、美形だなと感じる事はあっても、違和感を覚えるほどの異種族とは思えないからだ。
「あ、ゴブリン……。もしかしてさっきの大ゴブリンたちの骨か。これは」
そう考えて見てみれば確かに似ている。おそらくこれはゴブリンスケルトンだ。
SNSの書き込みでは、イベント序盤はアンデッドが街へ攻めてきていたとの事だった。
アンデッドを『使役』するか、あるいは配下のゴブリンによって腕力で制圧しておいて、イベント序盤でそのアンデッドから先に街へけしかけていたのだろうと考えていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
このボスは初めからゴブリンしか使っていない。ただ生きているか、死んでいるかの違いだけだ。
ゴブリン特化とは言え、随分と手札の多い敵のようだ。街に自分の身代わりを置いておくという小賢しさも持ち合わせている。油断のならない相手といえる。
もう森は目の前だ。スケルトンもしばらく前から出てきていない。『アースクエイク』を放つ必要ももうない。
森は昼間だと言うのに薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。荒れ地のように霧が出ているわけではないが、見通しは悪い。
「『ヘルフレイム』」
とりあえず魔法で周辺の木々を焼き払った。
森は広範囲に渡って燃え上がり、灰になって崩れていく。後には真っ黒に焦げた大地と、わずかに燃え残った炭が地面に立っているだけだ。
その炭を蹴飛ばしてみるが、簡単に崩れて風に消えていった。
トレントなどではないようだ。
手札としてトレントを持っているなら普通の木々に混ぜて配置するはずだ。これだけの範囲を焼き尽くして1体もいないとなれば、相手はトレントの眷属は持っていないと考えて良いだろう。
ならば通常の警戒だけでいい。
文字通り焼け野原となった道をゆく。
そして『ヘルフレイム』の効果範囲の端、再び森に入ろうかというところで、集団らしき気配を感じた。
「『ライ……』」
「ま、待ってくれ! ください!」
どうせ会うものは全て敵だろうと、雷系範囲魔法を放とうとしたところで慌てた声がかかった。
気配を感じた集団はどうやらプレイヤーパーティのようだ。
警戒は緩めないまま、とりあえず魔法の発動はストップした。
集団の方を見ながら、相手の方から話すよう身振りで促す。
「あ、ああ。えーっと、俺達はこの森を攻略しているプレイヤーです。君もそう?」
答える必要があるだろうか。
しかしすでにこちらの姿は見られてしまっている。この距離ではフードの下の顔は見えていないだろうが、人が人を認識するのは顔だけではない。背格好や服装、歩き方や行動の癖などでも個人の特定は可能だし、声も重要な要素だ。面と向かって会話してしまっては、再び出会った時にすぐにわかるだろう。奇襲攻撃でちらりと見られた程度とは訳が違う。
この先マーレをPKとして行動させるつもりがないのなら、ここでむやみにキルしてしまうのは良くない。
「……わたしもプレイヤーです。パーティではなくソロですけど」
貴族令嬢らしく、一応という程度だが敬語で話すことにした。そういうロールプレイという程でもないが、もしマーレに単独行動させる場合、逆に現在のレアの真似をして貰う必要がある。丁寧な口調の方がトレースしやすいはずだ。
それにゲーム内では常に敬語というプレイヤーは多いため、不審に思われる可能性は減るだろう。
「ここまでソロで来たってのか!? 魔法使いか? いや、槍?みたいなの持ってるな。魔法戦士か。だとしたら相当上位のプレイヤーだな……。名前を聞いてもいいですか? あ、俺はタクマと言います」
「……わたしのことはマーレと呼んでください。友人にはそう呼ばれています」
名乗ったが、あくまで愛称だ。問題ない。
タンクマン?とかいうプレイヤーは獣人で、名前の通りタンク職のようだ。立派な鎧と盾を持っている。
鎧は傷だらけであり、盾もところどころへこんでいる。なんだったかは覚えていないが、生産系のスキルで修繕すれば小さなキズやへこみ程度なら完全に消し去る事ができるはずだ。それがされていないということは、このパーティはしばらく街へ帰っていないと判断出来る。
「今日はその友人は居ないんだ? てか、ここらで見たこと無い顔だけど、てことは今日一日で森まで来たってこと? ぱねえな。あ、俺しいたけ。よろしく」
しいたけはエルフだった。ビジュアルと名前のギャップがひどい。ついでに言えば軽薄さもだ。しいたけという名前ともエルフという種族ともこの軽薄さは合わない。
短弓を背負った軽戦士らしきしいたけは、このパーティのスカウトだろう。感覚系のスキルの習得にボーナスがある獣人の方がスカウトに向いていると思うのだが、他人がとやかく言うことでもない。罠解除などもスカウトが兼任する場合は獣人の初期DEXの低さが足を引っ張る場合もあるため、そこを重視したのかもしれない。
「僕はコウキ。今の魔法、すごいですね。どのくらいINTあるんです?」
言うわけがない。
一番人当たりが良さそうに見えるが、一番失礼な男だ。
彼も耳の形状からするとエルフのようだが、顔立ちやスタイルはヒューマンそのものだ。魔法使いのようだし、INTの初期値の高さでエルフを選んだが実はヒューマンでプレイしたかった、とかだろうか。あるいはレアと同様に現実の身体をフルスキャンしたのかもしれない。
「おい、初対面の人に聞くことか。すみませんね。俺はトンボです。槍兵のアタッカーです」
名槍に切られそうな名前の男だ。
トンボは大柄なヒューマンだった。礼儀はマシだが外見はいかつい。もみあげから口髭、顎髭まですべて繋がっている。
レアの背の槍が気になっているようだが、尋ねてくる様子はない。本人の槍は笹穂槍に近い形状だが、やや穂先が長めだ。特注だろうか。
「……蓬莱です」
5人目の無口な男性は身長が低かった。子供かと思えるほどだが、巨大なハンマーを背負っている。このプレイスタイルで当初から活動していたのなら、キャラクター作成時からそれなり以上のSTRが必要だったはずだ。
スラリとした細身で童顔の甘いマスクだが、おそらく彼はドワーフだろう。いわゆるショタキャラというやつだ。ドワーフの身体的特徴をこのように使うのは盲点だった。
「ここまで1人で来たというのはすごいと思うし、今の魔法の威力を見れば、あなたの実力は疑うべくもない。だけど、はっきり言ってこの森エリアは街エリアとは比べ物にならない難易度です。ここの☆4ていうのは多分、街と森で単位面積あたりの難易度の平均をとったものが表示されている難易度なんじゃないかな」
「……はあ」
聞いてもいないのにタンクマンが教えてくれた。
街の戦力が敢えて控えめに配置されていた可能性についてはレアも考えていた。
森で活動しているらしい彼らがそう言うのなら、やはり思ったとおり戦力配置に偏りがあるのだろう。
「ここまでは1人で来れたとしても、ここから先も1人で行けるかはわからない。
どうでしょう。俺たちと臨時でパーティを組みませんか? あなたほどの実力者ならこちらにもメリットがあるし、うちのコウキは『回復魔法』が使える。周囲の警戒はしいたけに任せればいいし、ソロよりは気楽に進めると思います」
気楽、というのは気分が楽である状態であって、仕事が楽な状態ではない。初対面の男性5名とパーティを組んでレアの気が楽になることなどありえないと断言できる。
しかしここで全員キルしてしまうのは簡単なことだが、それでは猫をかぶっておとなしく自己紹介をしたのが無駄になってしまう。
かと言って申し出を突っぱね、1人で進むというのも難しい。断れば理由を聞かれるだろうし、その理由が不自然であれば食い下がってくるかも知れない。親切心からの申し出であればなおさらだ。穏便にここで別れるうまい言い訳が思いつかない。
一方でメリットがまったく無いでもない。
エルフのスカウトの立ち回りや、一般的な槍使いの実力。使用するスキル、連携。それから装備品の性能。これらを至近距離で観察できるというのは中々ない機会だ。
「……そうです、ね。
では短い間になりますが、よろしくおねがいします」
どうしても面倒ならば、やはり全員キルすればいいことだ。
ここでやるか、後でやるかの違いだけだ。
それなら少しだけ様子を見てからでも遅くはない。
街でのPKの際に誰かにこちらの姿を見られていたとしたら若干面倒だが、その時はその時だ。
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