第149話「急にプレイヤーが来たので」





「──気の所為かな? 今のゴブリン、鎧着てたような」


 ノイシュロスの街に入ってからこっち、まさに見敵必殺、視界に入った動くものはすべてその瞬間に切り捨ててきた。

 その、戦闘というよりはもはや作業となった殺戮を繰り返していたところ、それまでの大ゴブリンとはちょっと違う手応えがあった。


 と、その手応えが違った相手は膾切なますぎりにするが早いか、死体が光になって消えていく。


「……やっぱりプレイヤーだったか」


 アダマン薙刀の攻撃力が高すぎるため、格下の鎧ならば着ていようともろともに斬り裂くことが出来てしまう。斬った後の手元の違和感で金属鎧を着ていたことに気がついたが、すでに遅かった。


 いやまあ、そんなわけはない。実は気付いていて斬った。

 と言っても、発見したプレイヤーたちを意図的にキルした事にさほどの理由はない。会話が面倒だったというくらいだ。

 それと強いていうならば、プレイヤーと見れば反射的に敵だと感じる癖がついてしまったためという事もある。


 発見したのもこちらが先だったし、顔までは見られていないはずだ。

 仮に何かを目撃されていたとしても、せいぜいがフードをかぶった人間に長物で切られたという程度だろう。

 フードのプレイヤーなどいくらでもいるし、現実と変わらないほどリアルな昨今のVRゲームでは剣よりもリーチの長い槍を選ぶプレイヤーは多い。慣れてくるにつれて剣士も増えてくるが、槍使い人口が劇的に減るわけでもない。

 風貌からではマーレという人物の特定は困難なはずだ。

 まあそれ以前に、こちらをまったく認識すらされていなかったという自信があるが。


「急に出てくるからだよ。まあ運がなかったね」


 死ぬことに慣れたプレイヤーたちなのか、彼らは死亡が確定するが早いか光になって消えていった。システムメッセージの途中でリスポーンを選択したのではというくらいのタイミングだ。


「……」


 それを見てふと思う。

 王都で倒されたレアの死体も、このようにすぐに消えていったはずだ。

 あの時あそこに居たプレイヤーたちからは、災厄もまたプレイヤーなのではという疑念は全く出てこなかった。

 死亡してすぐ光になって消えたのならプレイヤーしかありえないと思うのだが、何が彼らの目を曇らせたのだろう。

 イベントボスは特別だ、という思い込みだろうか。それとも近くに鎧坂さんのドロップアイテムが残されたからだろうか。

 あの時点では鎧坂さんもまだ生きており、レアの死亡と共に死んでしまったはずだから、レアが光になるとほとんど同時に鎧坂さんも金属塊に変わったはずだ。


 ──まあ過ぎたことだし、今はいいか。


 とりあえずの目的である街の中心部、おそらくは領主館まではまだ少しある。

 得物の性能とレアの腕のおかげで、戦いながらでも進行速度は徒歩とそれほど変わらない。また解体や剥ぎ取りなどを一切行なっていない事もある。通常のダンジョンアタックと比べれば驚くほどのスピードだろう。

 ここのボスがもし何らかの手段でもって侵入者の動向を監視しているとしたら、レアは重要監視対象のはずだ。

 これ以上領主館に近づくようならただの雑魚とは違うリアクションがある可能性がある。

 それを楽しみに、少しだけ警戒を強めながら歩みを進めた。


 しかし領主館へ近づいても出現する雑魚集団にさほどの違いは生まれなかった。

 相変わらず、人間よりも少し大きいサイズのゴブリンだけだ。

 魔法を使う者も混じっているが、ただ直線距離で飛んでくるだけの攻撃など、どれだけ速かったとしても躱す事は難しくない。飛んでくる魔法のランクから言って範囲魔法が使えてもおかしくないにもかかわらず、なぜか単体魔法しか使ってこない。レアが1人だからだろうか。対象が複数いなければ範囲魔法は選択しない思考ルーチンが組まれているという事なのか。


 ──というよりは、上位者にMPがもったいないから無駄遣いするなって命令されていると考えたほうが自然か。


 作戦名は「まほうせつやく」というわけだ。

 レアの考え、というか方針では、節約すべきは全体としてのリソースであり、それには時間も含まれている。結果的に早く終わるのなら範囲魔法でも何でも使うべきだと考えるが、末端の兵士ひとりひとりにその判断力を求めるのは酷だ。

 レアの配下で言えば、末端中の末端である歩兵アリやゾンビなどはそもそも出来ることが少ない。故に考えるまでもなく常に各々が出来ることをやるしかない。

 頭を使うべきなのはその兵士たちの配置や人数割などである。つまり管理者の仕事だ。そして管理者にはそれなり以上の経験値を与え、自分である程度高度な判断が出来るよう教育もしてある。


「……難しい問題だろうなこれは。うちは大きな企業なんかを元にしたピラミッド構造だけど、スガルや女王たちのような中間管理職も多数置いている。大筋ではトップダウン型と言えるけど、ミドルアップダウン・マネジメントっていうんだったかな。同じトップダウンでも全部トップが判断しないといけないようなワンマンな組織だとしたら、作戦や命令も雑にもなるか」


 構成人員が少ないならワンマン構造の方が合理的だ。組織全体の決断までのスピードが段違いで早くなるからだ。


 しかしこれでこの領域のボスがプレイヤーである可能性はさらに高まったと言える。

 野生のボスなら戦闘コストのパフォーマンスなど考えず、殺意第一で命令するはずだ。


 襲いくる大ゴブリンたちを刻みながら領主館へ徐々に近づいていく。

 この街一番の建物はもうすぐそこだ。

 しかし偶然エンカウントした先ほどのプレイヤーも含めてだが、手応えがなさすぎて少々飽いてきてもいた。


 そもそも現実での武道は木や鉄で作られた武器を振るうことを前提として磨き上げられてきた技術だ。

 決して折れず曲がらず、欠けずこぼれずの魔法のような武器で戦う事は想定されていない。

 そんな武器があるのなら、腕力だけ鍛えておけば技術はあまり必要ない。刃筋さえまっすぐ立てれば誰でも何でも切れるだろう。


 ──武器が強すぎたな。身の丈に合わない上位の装備は使うべきではなかったかも。でも魔法で吹き飛ばすのとはまた別の楽しさがあるし、これはこれで悪くはないか。なんとか無双とかそういう感じのゲームだと思えば。


 やがて領主館の前にたどり着いた。

 門は閉ざされてはいるが、鍵などはかかっている様子はない。

 というか、一度破壊してしまった門扉を取り敢えず閉じたというだけに見える。

 門扉の鉄格子の隙間から見える本館の玄関ドアも同様である。

 他のプレイヤーパーティがここに出入りしているらしい形跡はない。

 しかし王都や街の城壁ほどに高さがあれば話は別だが、このくらいの塀なら能力値を上げれば門以外からでも乗り越えることは可能だ。門が閉じているからと言ってプレイヤーが来ていないとは限らない。


 門から少し横にずれると、ジャンプして塀の上に手をかけ、そのまま腕力で身体を宙に舞わせて乗り越えた。これはレアでなくともここまで来られるほどのプレイヤーなら造作もないはずだ。身体能力にまったく経験値を振っていない魔法使い系でもロープなどを活用すれば可能だろう。


 塀を乗り越えた先にある庭も荒れ放題だった。リフレの領主館とは比べ物にならない酷さだ。

 リフレの領主館の庭は貴族の客がそう来るわけでもないのに非常にセンスよく整えられていた。客と言えば主には取引のある商人や陳情にくる住民などだったのだろうし、領主アルベルトが住民を重要に思っていたという証左でもある。

 ゴブリンに来る客など無頼なプレイヤーの侵略者くらいだろうし、比べても意味がないのかもしれないが。


 玄関の扉は押したら開いた。というか倒れた。蝶番も破壊されているらしく、もはや扉としての形を成していない。


「……ボスはどうやって出入りしているのかな」


 街に出ることなどないということか、あるいは他に出入り口があるのか。

 その場合逃げられてしまう可能性もあるが、別にどうしても逃さず殺したいわけでもない。仮にそのつもりなら1人で来ていない。どうせ息抜きの遊びだ。あわよくばついでにボスの顔を拝み、ボスをキルした場合に領域がどうなるのか見てみたいというくらいだ。


 ──いや、そうだな。それは見てみたいな。ならやっぱりボスの討伐は優先事項としておくか。


 まずは1階から順に見回っていくことにする。


 玄関ホールは広く、左右に階段がある。頭上には大きなシャンデリア型の魔法照明が見えるかのようだ。もちろん今はない。ゴブリンが持ち去ったのか、破壊されてしまったのか不明だが、何かが吊り下がっていたのだろう鎖の残骸だけが垂れている。


 応接間、食堂、厨房。使用人たちの部屋らしき場所、リネン室。裏庭に面した洗濯場。

 それから地下にワインセラーと食料庫。

 1階にはボスどころか、雑魚の大ゴブリンもいない。


「雑魚は全員街に出しているのか? いざという時に自分を守る肉の盾もいない? どういうつもりなんだ」


 ここまで来て何も襲ってこないということは、侵入者の動向を監視する手段は無いと考えていいはずだ。

 であればいつ攻めてくるかもわからない侵入者に対し、拠点防衛を全く考えていないというのは少し不自然に思える。

 2階にぎっしりゴブリンが詰まっているという可能性もあるが、そんな気配も感じない。


 取り敢えず玄関ホールに戻り、階段を上がって2階を探索することにする。

 こちらには客間や領主の家族のものらしい私室があるだけだが、やはりゴブリンは居ない。

 残すは2階の西側、その一番奥の部屋だけだ。これまで見ていない中で、あって然るべき部屋は執務室だけだ。おそらくあれがそうなのだろう。

 そして唯一、なんとなく生き物の気配がする場所でもある。

 探索中もなるべく音を立てないようにし、気配を殺して行動していたため気づかれてはいないはずだ。しかし絶対ではない。


 ゆっくりと扉に近づくと、一息でその扉を3度斬った。はじめに蝶番、そして扉をバツ印にだ。

 一瞬遅れて扉は4分割され床に落ちる。

 すると部屋から魔法が飛び出してきた。

 奇襲をかけたつもりだが、待ち構えていたらしい。扉の破壊と同時に突入しなくてよかったといえる。

 しかし相殺しようにも距離が近すぎる。間に合わない。そして躱すには廊下は狭すぎた。


「くっ」


 ここに来てから初めてのダメージだ。

 被害が小さくなるよう、腕で顔を覆い、半身になって被弾面積をなるべく減らす。

 クイーンアラクネアの糸はレアが想像していた以上に優秀なようで、大きなダメージはなかった。どうやら『火魔法』のようだったが、火傷のバッドステータスも受けていないようだ。装備品にもダメージはない。


 ──優秀な装備に助けられたな。


 これまではそれほど身につけるものに注意を払ってこなかったが、これは一考の余地がある。

 装備品はアダマンとクイーンアラクネアの糸を基本にし、装備が必要なキャラクターのものは一新するべきだろう。

 言うまでもなく本来のレアの着るドレスはクイーンアラクネアたちによって作製中だが、それが完成したら次はケリーたちや領主アルベルトたち、グスタフ一家や、ついでにオーラルの総主教たちの分も作らせておいたほうがいいかもしれない。

 この魔法抵抗力は驚異的だ。マントにして防御すれば低ランクの魔法など意にも介さないだろう。


 それはそうと、次弾が飛んでくる前に部屋に飛び込んだ。

 室内はやはり執務室のようで、本棚とソファ、それに重厚な執務机と椅子がある。

 椅子にふんぞり返っているのはこれまたゴブリンだ。座ったまま魔法を撃ったらしい。舐められたものだ。

 ふたたび魔法を撃とうと構えたその右手を、神速の突きで切り飛ばした。

 足元にあったローテーブルを気付かず蹴飛ばしてしまったが、高いSTRのおかげか特に障害にもならなかった。蹴飛ばされたローテーブルは本棚に突き刺さり、本棚ごと倒れた。


「グギャウ!」


「……変わった叫び声だな?」


 腕を伸ばしたその体勢のまま薙刀を回転させ、左手も同様に切り落とす。勢い余ってデスクも切り裂いてしまったが構わない。ついでとばかりにデスクをバラバラにし、椅子に座った足が見えたのでそれも切り飛ばした。

 天井や床にも多数の傷が入ってしまったが、自分の部屋でもないしどうでもよい。狭い方が悪い。


「ギャッギャアアウ!」


「叫び声じゃないな。これ鳴き声か。きみ、ただのゴブリンだな」


 これまで切り捨ててきた大ゴブリンよりさらに大柄で着ているものも上等だが、それだけだ。

 プレイヤーなら、というかある程度賢ければガスラークのように会話が出来るだろうし、つまり目の前のこいつは賢くもないNPCの雑魚だ。先ほど魔法を完全に防御出来たのは敵のINTが低いせいもあったのかもしれない。


「ということはボスではないな? 君のボスはどこだ?」


 聞いても答えるはずがない。仮に答えたとしても妙な鳴き声ではなんと言っているのか判断できないが。


 ──こいつを殺して、街に戻るか。それで街のゴブリンがまだ残っていれば、こいつはボスではない。


 領主館の中に雑魚がいれば手間が省けたのに、と思ったが、その場合はおそらく全て殺していただろうし結果は変わらなかっただろう。


 完全に死亡した、と確信できるくらいに細切れにし、『洗浄』で血を落として領主館を出た。





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