第148話「ノイシュロスの街」





 普段はひとりで外出するとなればうるさい眷属たちだが、レア自身の身体でなければうるさくは言わない。

 この状態で死亡したとしても、それはあくまでマーレの身体であり、レアが死亡するわけではないからだろう。もっとも、術者と眷属のMND値によってはバックダメージがあるようだが。ちなみにこれは武闘派の眷属が多いライリーが検証してくれた。

 レアは基本的に直属の眷属のMNDとINTは可能な限り上げる方針だ。眷属と術者のMNDが近いほどダメージを受けるということだが、それでもレア自身のMNDが高すぎてバックダメージは気になるレベルではなかった。


 とは言え、この状態で死亡した場合のリスクは別にある。

 それはリスポーン時間だ。レアは精神を元の身体に戻されるだけだが、マーレは1時間はリスポーンできない。その場に死体が残ってしまうのだ。

 これを他のプレイヤーに見られると面倒な事になる。プレイヤーのふりをして行動するのなら、知らない誰かと共に行動するのは避けるべきだろう。


 リフレの傭兵組合からノイシュロスへと向かう。

 道中すれ違うプレイヤーたちからはそれほど注目はされなかった。マーレは確かに美しいが、プレイヤーならそのくらいの美形は珍しいことでもない。背中に長物を背負っているのは少々目立つが、武器をインベントリに仕舞わないプレイヤーはそれなりにいる。NPCの傭兵ならばそんなことはそもそも出来ないわけだし、たぶんそういうロールプレイなのだろう。レアも聞かれたらそれで通すつもりだ。


 防具にしても、身体の動きを阻害される事を嫌ったためにどちらかと言えば軽装だ。

 といっても布はクイーンアラクネアの縫製した特別製だし、金属部分はアダマン何とかだ。そこらの鎧よりはよほど防御力がある。襟にはこれも部分的に金属をあしらったフードがついており、今は街の中なのでフードは被っていないが、戦闘の際はこれを被って頭部を守る構造だ。


 転移したノイシュロス最寄りのセーフティエリアは草原だった。目印らしき岩が置いてあるが、それだけだ。

 周囲にはテントのようなものが並んでいる。あれがプレイヤーの寝床らしい。

 いつか見た坑道よりもだいぶ少ない。

 このノイシュロスは難易度☆4だということだし、一部のトッププレイヤーしか挑戦していないとみえる。混んでないのはいいことだ。


「しまったな。野営道具は用意してない。とりあえず今日は様子見だし、最悪死に戻ればいいか……?」


 いやそれは悪手だ。

 別にマーレに対して申し訳無いとかの感情的な理由ではない。

 もちろん、プレイヤーらしき死体が1時間も放置されるのを見られたらまずい事もある。が、他にも理由がある。

 プレイヤーのふりをするならば、注意しなければならないのはインベントリやリスポーンだけではない。死亡時の経験値のロストもだ。デスペナルティによって経験値を失うプレイヤーであれば決して安易に死に戻りという手段は選ばない。稼ぐ以上は絶対に生きて帰るという意識で臨んでいるはずだ。自死などしては悪目立ちをしてしまう。


「別に死んでもいいかとまで言うつもりはないし、それでも本体よりは気楽に遊べるつもりだったんだけど……。安易に死ぬことが出来ないのは同じだな」


 見られたくないという意味ではわざと死に戻るよりもリスクは高いが、レアが精神を身体に送還し、リフレの領主館でマーレを『召喚』すれば済む話だ。ダンジョン内のどこかに身を隠し、そこで行なえばいい。

 とりあえず気にするのはやめ、街道をノイシュロスへ向かって歩き出した。





 ノイシュロスの街はセーフティエリアから徒歩で十数分程度歩いたところにあった。

 ケリーたちに調べさせた王都のセーフティエリアもだいたい同じ距離だったため、概ねそんなところなのだろう。

 街の外観はといえば、かなり荒れた様子だ。

 外壁は打ち崩され、どこからでも入ることが出来る。

 街の向こうに見える森がおそらく元々の魔物の領域だ。あの森はリストに載っていなかったことから、ノイシュロスの街と統合されているのだろう。エアファーレンやルルドの街がリーベやトレに統合されてしまったのと同じだ。

 あちらは「森」と名前が付いており、こちらは「街」で登録されているが、状況から察するに街の破壊度か何かで決まるようだ。エアファーレンの街もルルドの街ももはや原型を留めていない。それに比べてノイシュロスは荒れているとは言え十分街の形を保っていると言える。まあ廃墟だが。


 とりあえず中に入ってみた。

 荒れ具合は内部も外壁と同様、いや外壁よりひどいかも知れない。

 目的が住民の殺害なら当然と言える。

 イベントの際にここを襲った魔物たちは明確に住民を狙って侵攻してきたのだろう。よほど飢えていたのか、あるいは殺すことそのものが目的だったのか。

 飢えを満たすことが目的なら野生の魔物なのだろうが、殺すことそのものが目的だったのならこのダンジョンのボスはプレイヤーである可能性が高い。殺すことが目的ということは、経験値が目的だったと言い換えることができるからだ。


 きょろきょろと辺りを見ながら歩いていると、崩れかけた家の影から何かが飛び出してきた。

 ゴブリンだ。いや本当にゴブリンなのだろうか。

 見た目は確かにゴブリンなのだが、リーベ大森林のものよりもかなり体格が大きい。かなりというか、なんなら平均的なヒューマンよりも大柄だ。

 とっさに短刀を抜き放ち、ゴブリンの体当たりを躱しながらすれ違いざまに膝の裏を斬りつけた。ほとんど手応えは無かったが、たしかに斬ったという確信がある。アダマン短刀は、ゴブリンを切るために使うには少々切れ味が良すぎるらしい。おそらくもう立てまい。

 大ゴブリンは汚い叫び声を上げながら倒れ込み、立ち上がろうとするが足が言うことを聞かない。

 素早く近づき首を掻き切ると、盛大に血を吹きながらゴブリンは倒れた。

 レアは血がかからないよう飛び退すさり、手早く背中の薙刀を下ろし、薙刀袋から薙刀を抜いた。

 大ゴブリンは1体ではない。

 次々にレアに襲いかかってくる。


「ふっ!」


 片手で薙刀を振り回しながら短刀を鞘に収める。アダマンが血で錆びるのかはわからないが、本当なら血をきちんと拭ってから納めたかったところだが仕方がない。あとで手入れをすることにし、もったいないが鞘は廃棄だ。これも世界樹製だったのだが。

 短刀をしまってしまえば両手で存分に薙刀を振るうことができる。

 鍛錬した成果を見せつけるように刃を振るい、時に右手、時に左手のみで風車や水車、突きや振り上げを繰り出していく。

 アダマン製の薙刀の切れ味は恐ろしく、スカスカと大ゴブリンの手足を切り落としていった。まるで1人で演舞をしているのと変わらない。囲まれているため時には背後に石突を突き出したりもするが、速度と硬度のため刺突攻撃と変わらない威力になっている。つまり敵の身体を貫通してしまうのだ。そうした場合には割り切って力任せに敵の死体ごと振り回す。

 祖母に見られたら正座させられそうな薙刀の使い方だが、いかに腕力に優れていたとしてもレアとて鋼と木で出来た現実の薙刀でそのようなことはしない。アダマンと世界樹製だからこその蛮行である。

 折れず曲がらず、欠けずこぼれずのこのマジカル金属ならばこの程度の芸当は何でもない。それは世界樹製の柄部分も同様だった。


 しばらく気持ちよく得物を振り回していたが、やがて獲物が居なくなってしまった。

 もちろん逃がすようなヘマはしていない。すべて死体になって転がっている。

 血脂を拭き取ろうと懐紙を取り出すが、そんなもので拭き取れる量ではなかった。ふと思い立ち、マーレのスキル取得リストから『水魔法』の『洗浄』を取得させた。本来薙刀を水洗いするなど言語道断だが、魔法だし多分なんとかなるだろう。

 思惑通り、『洗浄』は水洗いするというよりも対象を綺麗にする効果であるらしく、血も脂も綺麗に消え去った。

 試しに短刀とその鞘にも発動させてみたが、こちらも同様だった。考えてみれば、ゲームの中で清掃などをリアルにやらせたとしても誰も得をしない。傭兵のパーティに魔法使いが必須だと言われるのはこうした部分もあるのだろう。おかげで鞘は捨てずに済んだ。


「……これ、もっと早く知っていればクローズドテストのときも面倒な手入れをせずに済んだのに」


 大ゴブリンから剥ぎ取りなどはしない。そもそも解体用のナイフなど用意していない。『解体』スキルは取得しているが、それは『治療』取得の足掛かりとしてだけだ。使うつもりはない。

 どうせ他人の庭であるし、死体はそのまま放っておき、探索を続けることにした。


「今のが☆4の雑魚か。カーナイトより柔らかいのは確かだと思うんだけど……。どっちのほうが総合的に強いのか、いまいちよくわからないな。同じか、なんならカーナイトの方が強いような気もする。わたしが物理攻撃しかしていないからかな」


 ここに来たのは難易度☆4ダンジョンの調査という面もある。システムによって判定されてはいるが、同難易度の中でもいくらか幅があることはわかっている。ここならば☆4ダンジョンとして旧ヒルス王都と客を食い合う関係になるだろうし、調査は必要だ。


 まだ一度戦闘を行ったのみだが、この内容なら誰だって王都を選ぶだろう。

 あちらは攻略に数人の魔法使いが必須になるが、そのレイドに潜り込めさえすれば、近接職でもちょっと盾になるだけで経験値やドロップアイテムが手に入る。一度そのドロップアイテムを手に入れ、加工して装備を作ることができれば次回からDPS役でも活躍出来るようになるし、効率は落ちるだろうが慣れてくれば気軽な数人パーティでも結果は出せるようになる。

 経営者側のレアとしては適度なところで代金として経験値をいただくのだが、質の良いサービスを提供しているのだから対価が高いのは当然だ。それはプレイヤーたちも理解してくれている。

 その証拠に旧ヒルス王都にアタックするプレイヤーは日々徐々に増えてきている。

 あのアタック初日のようなボーナスは与えてやらないが、それでもそれなりに見返りは支払い、最後は全滅してもらっている。

 得られる経験値とドロップ品のためか彼らはそれをもはやなんとも思っていない。全滅前提でそれまでにどれだけ稼げるかという思考でアタックしているようだ。

 ゲームの高難易度コンテンツにはしばしばそういうアタックのやり方も見られるが、今の王都がそれなのだろう。実に素晴らしい。


 このノイシュロスのセーフティエリアのテントの少なさを思えば、現時点で旧ヒルス王都のほうがダンジョンとして人気が高いのは明白だ。

 しかし何がどう変化して状況が変わるかわからない。


 たとえば、このノイシュロスを完全に攻略してしまうプレイヤーが現れた時、どうなるのか。


 1体のボスによって『使役』された眷属で構成されている領域の場合、そのボスが倒されると領域内の全ての魔物が死亡する。

 その瞬間その勢力は領域の支配力を失うが、その時点で支配権まで失うわけではない。これはレアが死亡したときでもリーベ大森林やトレの森がレアの支配地のままであったことからも明らかだ。

 領域の支配権が移動するのは、新たにその領域を別の単一勢力が制圧した場合である。

 つまり単一の勢力によってボスが倒された場合のみ、倒した勢力の方に支配権が移ると考えていい。かつてスガルを倒して洞窟を支配した時がそれだ。あの瞬間、洞窟内で生きていたのはレアの勢力だけだった。


 プレイヤーたちがダンジョンに挑み、ボスを倒した場合も当然同様の処理が行われるはずだ。

 しかし複数のプレイヤーでパーティを組んでいる限り、単一の勢力にはなりえない。

 加えてリストに載るようなダンジョンならば、実際にボスを倒したパーティ以外にも領域内に他のパーティが複数いるはずだ。これでは支配権の移動は起こらない。


 テューア草原ではレアが姿を現したことで全てのプレイヤーは死亡し、あるいは逃げ出し、その後しばらく草原には誰も近寄りもしなかった。

 そのおかげで草原を支配できたと言える。

 それ自体は偶然だったが、運が良かった。


 つまり普通にダンジョンアタックをかける限り、プレイヤーがダンジョンボスを討伐しても特に変化は無いはずだ。ボスがプレイヤーの領域支配者と同様の仕様なら、おそらく3時間後にリスポーンし、さらにその1時間後には雑魚もリスポーンする。


 であれば、ここノイシュロスのボスがヒルス王都のボスより倒しやすく、かつ倒した際の旨味が大きい場合、こちらのほうが人気が出る可能性がある。

 倒した際の旨味は不明だが、こちらのボスのほうが倒しやすいことだけは確かと言える。なにせヒルス王都のボスは災厄級のジークであり、そのジークが倒されてしまうかもしれない事態になればスガルやディアスもヘルプに入るだろう。その3体が相手ではレアでも勝てるかわからない。つまり今レアが把握している限りのプレイヤーでは束になっても敵わない。


 ──その前に、もしここのボスがプレイヤーだったらまた話が変わるな。雑魚がこのレベルなら警戒の必要はないし、せっかくだからボスの顔を拝んでいこうか。





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