第147話「アダマンナギナタ」





 マーレの強化は主に能力値へのみ行う事にした。

 もちろん『精神魔法』、『死霊』、『召喚』、『調教』からの『使役』や『空間魔法』、それといくつかの攻撃用の魔法など入用になりそうなスキルは取るが、『槍術』や『刀術』のような武器系のスキルは取らないという意味だ。


 それらのスキルは、対応する武器を装備して攻撃する際に命中やダメージにボーナスが乗る効果と、スキルツリーからアクティブスキルを取得できるメリットがある。

 しかし命中についてはリアルスキルでカバーできるし、アクティブスキルもレアには必要ない。

 ダメージボーナスについてもSTRを上げれば同じことだ。もちろん、例えば槍に限定して言うならば『槍術』スキルを取得したほうがはるかに少ない経験値で大きなダメージアップを見込めるため、効率は悪くなるが。

 それに使用予定の薙刀はアダマン製である。おそらく現行のどのプレイヤーよりも攻撃力は高いはずだ。ダメージボーナスは必要ない。


 その薙刀も何本か試作品が上がってきていたが、全て駄目出しをして作り直させていた。

 そのたびに少しずつ理想に近づいてきている。ワクワクが止まらない。

 また並行して短刀も試作させている。これはサブウェポンだ。薙刀が振るえない場合や、あるいは戦闘中でも薙刀を払われたりした際に短刀で応戦するためだ。


 薙刀が出来上がるまでの間、マーレへの教育も行っていた。

 先輩であるケリーたちへの面通しはもちろん、各領域への視察に同行させたり、実際にプレイヤーたちが攻めてきている場面を上空から観察させたりだ。

 最近では人工の森であるラコリーヌにも野生の鳥たちが住み着くようになっていたため、適当な野鳥を1羽捕らえて『使役』させた。これはケリーたちにもやらせている。独自の偵察手段があるというのは非常に有効だ。もっともレミーなどはすでにリフレの街中に眷属ネズミによる監視網を築いていたようだが。

 これまでの管理職の眷属や父親であるアルベルト同様、マーレもINTに重点的に経験値を振ってある。

 レアの側でプレイヤーたちを転がす様を見ているだけでかなり勉強になっているだろう。


 もちろん主目的である『術者召喚:精神』を使用した上での戦闘訓練も行っている。

 こちらは訓練しているのは実際にはレアの方だが、ともかく訓練の甲斐もあってかなり違和感なく動けるようになっていた。

 マーレはもともと運動などはあまりしていなかったようで、妙な癖などもなく実にやりやすかった。

 数日みっちりとレアの訓練につきあわされた結果、スキルもないのにレアに似た動きをするようになっていたのには驚いたが。

 もちろん今はまだあくまで真似をしているだけだろうが、全ての学びは真似ぶまねることから始まる。このまま続けていけば、いずれ師範代クラスにはなれるのではないだろうか。現実の門下生たちに比べても成長が異常に早いが、これはおそらく各能力値の高さのせいだろう。

 薙刀が完成したら次は薙刀の訓練が始まる事になるが、その頃には無手の技はレアという補助輪無しでもある程度形になっているかもしれない。


「……NPCであっても、スキルを伴わない成長は可能ということか。つまりAIが非陳述記憶まで再現しているという事になるのか? 何のための技術なんだこれは」


 『術者召喚:精神』では移動先の眷属のスキルしか使用できないが、実際に身体を動かすのは術者であるため、術者が可能な、スキルに頼らない動作は問題なく行なえる。ということは非陳述記憶はAI側に存在しており、システム上のスキルはアバター側に存在しているということになる、のだろう。

 それなら、他人の身体を借りた際の癖のようなものはその身体が覚えているスキルに依存するものだということになる。


「言われてみれば、そんな気もするな。ケリーの身体で森の中が歩きやすかったのも、もしかしたら獣人の種族特性によるものだったのかも」


 だとすれば、ケリーの身体を借りた時と鎧坂さんの身体を借りた時の使用感の違いは自我の強弱ではなく、単純に種族間の違いということになる。例えば自然生物カテゴリのキャラクターは肉体が取得スキルの影響を受けやすく、魔法生物カテゴリのキャラクターはそうではない、とか。


「まあそんなカテゴリーがあるのかどうかもわからないけど。

 しかし逆に言えば、スキルを取得した眷属の肉体を借りてそのスキルを使う行動をとれば、AI側に非陳述記憶として技術的な経験の蓄積が可能になるかもしれないな」


 経験値を使用せずとも擬似的にスキルをマスターすることさえ出来るのかもしれない。


「何かに活用出来そうな気もするけど、大前提として眷属が必要だし、その眷属にスキルを取得させなければならないということも考えれば、だったら最初から自分でそのスキル取ったほうが早いな。訓練する時間も考慮すると、その時間で経験値を稼いだ方がいい。二階からメグするとはこのことだ」


 旧時代に日本で使われていた格言である。回りくどい事をした挙げ句に意味が薄いことの例えだ。メグというのが何なのかは知らないが。


「陛下、レミー様がお見えになりました」


「ありがとう、マーレ」


 この数日、レアはリフレの領主館で生活していた。

 ワインセラーだった地下室を改装し、家具や調度品を運び込み、レアの私室にしたのだ。

 直射日光を長時間浴びたりしなければダメージを受けることはないが、なんとなく明るいところは落ち着かない。別に目を開けて過ごすわけではないため関係ないのだが。


「今回の物はどうでしょう、ボス」


 地下室へと通されたレミーはインベントリからひと振りの薙刀を取り出した。

 緊張した面持ちでレアへと手渡す。


「ありがとうレミー。……ふむ」


 地下室は長物を振り回すには狭い。

 石で出来た壁や天井に刃が当たったところで、おそらく切り裂いてしまうため薙刀の方は無事だろうが、部屋が傷だらけになってしまう。

 軽く持って重量のバランスを確認した後、一旦外へ出ることにした。


「マーレ」


「どうぞ、いつでも」


 薙刀をマーレに持たせ、地下室のベッドに横になるとマーレに精神を移す。


「では外に出て軽く振るってみよう。レミー、行くよ」


「はい、ボス」


 屋敷の中庭は華美になりすぎない程度に花壇が整えられ、中央にはお茶会をするためのテーブルセットを設置するスペースが空いている。

 どのみちレアがここに来た時点でテーブルセットは片付けられていたし、そう頻繁にあるイベントでもないのだろう。

 なんであれ、長物が振り回せる場所が空いているならそれでいい。


 一通りの型を試しつつ、また短刀も絡めて一人演舞を行う。

 わかっていたことだが、アダマン製の薙刀は異常なほど重い。柄は木製だが、世界樹の枝から切り出したものを使用している。これも普通の木材よりもかなり重い。炭に使ったときは気にならなかったが、こうして持ってみると黒檀よりも重いのではないだろうか。

 しかしそれでも強化した能力値によって小枝のように振るうことが出来る。現実ではとてもできないが、片手の指のみで風車のように回すことさえ可能だった。

 日頃鍛えた技を試したいという欲求とはずれてしまうが、これはこれで面白い。非力なレアでは、というか非力であることを前提とする実家の流派には、このような力まかせの技はない。力に頼らず相手を制圧するという理念は忘れず、それでいて力を以て蹂躙するという相反する新しい理念を模索する。


 さしあたり、このアダマンの薙刀をスカスカの木刀だと思うことから始める。

 そのまま小一時間ほど色々試しながら演舞に興じたが、悪くない仕上がりだと言えよう。

 木刀よりも軽く感じ、しかし実際には非常に重いため空気抵抗に影響されない。


 実際に戦ってみなければ確かなことは言えないが、この仕上がりならば先日王都に現れたプレイヤーたち程度ならあしらえるだろう。遠距離からの攻撃も含めた連携などをされると厳しいが、立ち回り方によっては1人で制圧出来るかも知れない。ちょっとした魔法ならばレア──マーレも使うことが出来る。

 もっとも、これは別にプレイヤーと戦うための鍛錬ではない。主に想定していたのはどこかのダンジョンの攻略だ。


「……どうでしょうか、ボス」


「おっと、夢中になっていた。ありがとうレミー。素晴らしい仕事だ。職人街の君の眷属たちも労っておいてくれ」


 レミーは嬉しそうに頭を下げ、職人街へ帰っていった。

 帰っていったというか、特に考えていなかったのだが、レミーは今どこに住んでいるのだろう。

 それなりに成果は上げているようなので別に構わないし、最近ではレアの指示になくとも新たなアイテムの開発に勤しんでいるらしい。実に結構なことだ。

 また職人の親方たちの何名かには『錬金』や必要となる魔法スキルを取得させ、賢者の石が作れるように成長させてある。レミーの指揮下で賢者の石の生産やレシピの穴埋めをしているはずだ。


 一方ケリーはあれからグスタフとともに王都近郊のセーフティエリアに赴いている。

 すでにグスタフの息のかかった業者を入れ、簡易的な宿泊施設の建設に着手しているようだ。このゲームの世界は建築に関するスキルもあるため、現実と比べて驚くほどの早さで建設が可能だ。

 ケリーの顔を知っているウェインが来るようなことがあれば面倒だが、SNSを見る限り彼はエルンタールでブランとじゃれているようだ。しばらくは心配ない。


 ライリーはこのリフレの街の内部の警備担当だ。

 元々あった警邏隊をすべて『使役』し、その隊長として腕を振るっている。

 有志の自警団のようなものは一切『使役』していないが、もともとそれは警邏隊の下部組織だ。警邏隊メンバーの指示には従うようだし、その隊長であるライリーのことも領主の関係者だとは知っているらしく、素直に従っている。


 火山地帯から大量のロックゴーレムを連れ帰ったマリオンは、第2外壁の建設に手を貸している。

 ロックゴーレムはマリモ同様時間とともに少しずつ大きくなるが、どうやらそれは経験値によるものらしい。専用のスキルがあるというわけではなく、経験値を得た分だけサイズが大きくなるという種族特性を持っている。

 つまり眷属化した場合、レアが経験値を与えなければサイズが変化することはない。

 マリオンにはそのためにまとまった経験値を与え、ロックゴーレムのサイズ調整に使用させている。ロックゴーレムの大きさは個体によってまちまちだが、経験値によってサイズが変わるのなら全て同じ規格になるよう経験値を与えてやればいい。


「さて。しばらくはどこの部署も放っておいてもやっていけそうだし、準備も出来たし遊びに行くか」


 これでレアが遊んでいてもログインさえしていれば自動的に経験値が入ってくるだろう。

 もっとまとまった経験値が貯まったらレア自身やメインの眷属たち、それからアダマンズなどの強化を大々的に行うつもりだが、目標値まではまだまだかかる。


「たしか、ノイシュロスとか言ったかな。わたしとブラン以外が支配している都市型ダンジョンは。あそこのボスはゴブリンだということだし、ガスラークのビルドの参考になるかもしれない。ひとつ遊びに行ってみよう」






★ ★ ★


大変申し訳ありません。

予約公開の時間を間違えて、めちゃくちゃな順番で公開されてしまいました。

サブタイトルの話数通りにお読みいただきますようよろしくお願いします。


1/21に投稿された分は投稿順と話数が合っておりませんので、お気をつけください。

こまめに更新確認していただいた読者様は特にそうなってしまっていると思います。申し訳ありません。

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