第146話「偽造身分」
ジークの指示通り、戦場に投入されたアダマンスカウトたちは気付かれないよう背後から忍び寄り、魔法使いたちの首を刈る。クリティカルというやつだ。このように人間型の種族は弱点がわかりやすいため、それだけで大きなハンデを負っていると言える。その代わりに武器や防具などの装備品で容易に強化出来るのだが。
彼らは敵地の真ん中を集団で侵攻しているというのに背後への警戒が殆どなかった。これは背後への警戒心を薄れさせるために、王都正門からここまで前方か、あっても側面からしか攻撃してこなかったからだ。
ともかくアダマンスカウトたちはカブでも収穫するようにプレイヤーたちの首を刈り取っていった。
難易度を上げないため投入する数は最小限に抑え、相手魔法使いと同数にした。そうすることで一撃目は全員不意打ちで行うことが出来た。
つまり、スカウト隊のファーストアタックで魔法使いは全滅したのである。
前衛や敵斥候が察知した時には、アダマンスカウトはもう路地に消えている。スカウトとしての能力がプレイヤーより優れているかどうかは不明だが、少なくとも前方だけを警戒している相手から隠れるくらいは容易だ。
魔法使いを失ったプレイヤーたちは脆かった。
前衛の手持ちの武器ではカーナイトに有効な攻撃は出来ない。しかもそのうちのいくつかは予備武器だ。
カーナイトには余裕があれば生き残った前衛たちの装備品の破壊を優先するよう指示を出した。
これには別に戦術的な意味はない。
王都を目指して転移してきたプレイヤーたちが、装備品を失った時にどういう形でリカバリしようとするのか、興味があっただけだ。何度も言うがこの近隣には街はない。
「……セーフティエリアにプレイヤーの眷属が侵入出来ることは確認済みだ。敵対行動は取れないようだが。
王都への転移先のセーフティエリアに眷属を潜り込ませて、簡易的な街でも作ってやれば発展するかな」
ついでに
王都近辺のセーフティエリアに宿場町のようなものを作り、その向こうにちょっとした岩場や林などを作成してプレイヤーを誘致する。岩場はもちろんロックゴーレムだし林はトレントだが。
雑魚は難易度は☆1から☆3程度に抑えて幅広い客層に対応出来るようにする。
「公式のダンジョンではないし難易度は表示されるわけではないから匙加減になるが、まあいけるだろう」
このプロジェクトを任せるのならケリーが最適だ。正確にはケリーの配下のグスタフだ。
主君のさらに主君への自己紹介にわざわざ自分の商会の名前まで付け加えるほどだし、その商会もそれなりの規模なのだろう。
リフレの街に人が集まり始めるまでには時間がかかる。もしあちらの事業を家族や部下に任せる事ができるのなら、グスタフにはここで街の立ち上げに従事してもらいたい。
結果が出せたのなら、その新たな街の支配者、名実ともに貴族と言える領主にしてもいい。
商人から王都隣接地域の領主にのし上がるなど、普通では考えられない大出世だ。貴族になる事も喜んでいたようだし、張り切って引き受けてくれるだろう。
「陛下。ただいま最後の侵入者が死亡しました」
「おっと。そうか。お疲れ様」
終わりの方は考え事をしていたためあまり見ていないが、オミナス君から視界を戻した。
今回の対プレイヤー戦も実に勉強になる事ばかりだった。それはジークも同様のはずだ。
大人数で攻めて来られた場合、強力な魔法による波状攻撃という恐るべき戦術を取られる可能性が高い。これは早急に対処が必要だ。
「とは言っても、カーナイトを強化してしまえば難易度が上がってしまうしな。少数の暗殺部隊や何らかのアイテムで対抗するしかないか」
アイテムについてはレミーに相談しておく事にする。レミー自身のスキルの高さや賢さも頼りになるが、今や彼女は多くの職人の眷属を抱える身でもある。NPCの職人たちの意見も参考にすればよりよいアイデアも生まれよう。
「まあ、カーナイトが倒されるのは別に構わない。もともとボーナスのつもりだったし。さすがに今回のように大量に効率的に狩られてしまうのは想定外だけど。
加えて言えば次回は魔法だけでなく、カーナイトに対抗できる近接装備も備えてくると考えるべきだな」
カーナイトからドロップした金属塊を用いて前衛の装備を更新してくるはずだ。
もっとも実際のところ、それほど問題視はしていない。
数は力だ。プレイヤーがいかに人数を揃え、数十人規模で侵攻してこようとも、こちらもそのさらに数十倍の数で対抗してやれば討ち取る事は難しくない。市街地戦のため全員で同時に対する事はできないが、リキャストはともかくMP回復や疲労の回復をさせないよう波状攻撃を仕掛ければ問題ない。
「数十人規模の集団が数十個とか現れたらまずいことになるけど、さすがにそれはないだろうし。
ジーク、もしそんな事態になったら速やかにスガルを呼ぶんだ。
その場合は難易度は気にせず、全力でキルしてもいい」
レイドパーティひとつふたつくらいなら許容範囲だが、それ以上の数で大侵攻を行なうというなら容赦はしない。
その場合は、普段は難易度に配慮して使うことの出来ない眷属の腕試しをさせてもらう事になる。メガサイロスに限らず、女王種を持たない蟲系の魔物は単体で強力な種が多い。表に出せない者が他にも『産み分け』リストに載っている。
この部屋にもスガル配下の輜重兵は駐屯させている。ジークとスガルもフレンド登録をさせているため、すぐさまスガルを召喚することは可能だ。スキル『召喚』ではなく通常の意味での召喚だ。
ケリーやレミーに先ほどの思いつきなどを指示しつつ、SNSで今の戦いの結果を見てみた。
どうやら彼らの中では今回のアタックは成功という位置付けらしい。
その一番の理由は得られた金属塊だ。
異常に強いアンデッド──カーナイトの事だろう──に既存の装備でロクにダメージも与えられなかったこと、ドロップ品の金属塊にも鋼鉄のナイフで傷が付けられないことから、上位の素材だと判断しているらしい。間違ってはいない。
この金属塊をかなりの数確保することが出来たという事だ。
この成功体験から、今後は難易度の高い領域にはレイド級の規模のパーティが挑戦してくる可能性が上がったと言える。
加えてプレイヤー上位層の装備も魔法超硬合金にシフトしていくだろう。
「他の領域の支配者たちには申し訳ないが、仕方ない。なるべくフォロー出来るようこちらも手札を増やしていかないとな」
フォローというのは、当然牧場化の事だ。
他の領域の支配者がもしプレイヤーの成長に対応しきれないようなら、その支配者に変わってレアの眷属が管理してやるというだけのことである。
ふと、SNS閲覧時に間抜け面を晒していたプレイヤーの姿を思い出す。なんとなく姿勢良く座り直した。
レアも周りから不審に思われないよう気をつけている、のだが、元々目は閉じたままだ。間抜け面になるとすれば口が半開きになるくらいだろうか。
しかしレアはそもそも用もないのに口を開くことは無いようにきつく躾けられている。おそらくみっともない姿は晒していないはずだ。
小さい頃はよく母に、姉と並んで薙刀の木刀で手の甲を打ち据えられたものだ。
あの打ち方も実に巧妙で、怪我もせず痕もまったく残らないが、痛みだけは残るという、薙刀でビンタするというか、そういう打ち方だった。痕が残るような叱り方をすれば母の方に祖母の雷が落ちるからだ。家の中は躾全般は母、それ以外は家元である祖母が取り仕切っていたのでそういう妙な事になっていた。
レアはその絶妙な打ち方もマスターしている。このゲームの中で再現できるかはわからないが、現実でなら正確に痛みだけを相手に与える事が可能だ。実際にやったことはないが、真剣でもできるだろう。
「……薙刀か。アダマンで作ってみようかな」
リーベ大森林の鍛冶場かリフレの職人街に話を持っていけば不可能ではないだろう。
とはいえNPCのレイドボスである、と思われているレアが日本古来の薙刀を振り回して戦うというのはよろしくない。日本人だと自己紹介しているようなものだ。
しかしせっかくのゲームだし、自分の思う通りの好みの薙刀を打ってもらえるのだ。
ぜひ真剣を振り回し、実際に戦ってみたい。
そのためには、新たな
ケリーの身体を借りてもいいが、ケリーにはケリーの動き、つまり剣や短剣の取り回しに最適化された動きの癖がある。これは他の側近のライリーたちも同様だ。どういう技術でそんなものまで再現しているのか不明だが。
つまりすでにある程度戦闘力を持っている傭兵たちでは適さない。
「……領主アルベルトには娘がいたな。ちょっと、身体を貸してもらえないか聞いてみるか」
*
先にレミーの職人街に寄り、薙刀の形状について注文をした後、領主館へ向かった。
アルベルトに聞いたところによれば、この時間は礼儀作法の授業らしい。
特に指示のない場合はこれまで通りに過ごすよう指示してあったため続けているそうだが、そもそも貴族の子女の礼儀作法とは社交界のためのものだ。もうどこかへ嫁ぐといった可能性がない以上、続けたところで大して意味はない。
領主一族はレアの直属の眷属であるため、レアには全幅の信頼を寄せている。
一応父親であるアルベルトに許可をとろうとしたが、むしろ娘をよろしくとまで言われてしまった。別にそういう意味で娘の身体を貸してくれと言ったわけではないのだが。
「失礼する」
ノックをし、入室の許可が得られたので領主の娘の部屋へと入る。
室内には目的の娘と、初老の女性がいた。見覚えがある。この屋敷の家令、セルバンテスの妻だ。
この屋敷の使用人は全てアルベルトの眷属となっている。レアの姿を見ても驚くことはない。
ただ膝を屈し、頭を垂れるだけだ。
「ふたりとも、顔を上げてくれ。今日はちょっと頼み事があって来たのだ」
「そんな、頼み事などと。申し付けてくだされば何なりと──」
「ちょっと長期に渡る仕事になるからね。君のお父上の許可はとってある」
そこで娘が顔を上げた。
ノーブル・ヒューマンだけあって非常に美しい娘だ。
アルベルトはブラウンの髪だったが、その妻とこの娘は鮮やかな金髪だ。たしか跡取り息子はアルベルト同様の茶髪だった。彼はまだ少年だが。
娘の年齢はレアと同じくらいだろう。背格好も近い。躾が厳しかったのか、スタイルは非常に良い。
「君に協力してもらいたい事というのは──」
娘にざっとレアのやりたいことを語った。
早い話が文字通りレアの手足となって傭兵の真似事をしてほしいという内容で、本来貴族令嬢にはとても受け入れられるものではない。
しかし『使役』のためか躾のたまものか、娘は嫌な顔ひとつせずに畏まってうなずいた。
「その大任にわたくしを選んでくださるとは、光栄の至りです」
「用のないときもなるべく側にいてもらう事になるだろうし、わたしの側仕えという立場になるのかな」
「なんという……。父を差し置いてわたくしが」
「いや、君のお父上をわたしの側に置いても仕方ないし……」
彼にはこの街をうまく治めてもらわねばならない。
貴族令嬢がさらに高貴な身分の女性の側仕えになるのは珍しいことではない。それはこの世界でも同様のようだし、こういう言い方なら抵抗も少ないだろう。
「引き受けてくれるというのなら、これからよろしく頼むよ。ええと──」
「アマーリエです陛下。アマーリエ・ゼーバッハと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくアマーリエ。では愛称はマーレかな?」
「そう呼ばれた事はありませんが、そうなるでしょうか」
「では君はこれからこの屋敷の外ではマーレと名乗ることにしようか。NPCとプレイヤーの名前被りについては未だに不明だけど、愛称ということなら問題ないだろう。ケリーたちも、そう呼ばれている、で押し通した事があるということだし」
了解が得られたのならまずは強化だ。
これからレアの手足となって薙刀を振り回し、魔物や人間や、とにかく目につく物を切りまくる事になる。
相応の実力は必要だ。
★ ★ ★
大変申し訳ありません。
予約公開の時間を間違えて、めちゃくちゃな順番で公開されてしまいました。
サブタイトルの話数通りにお読みいただきますようよろしくお願いします。
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