第144話「ゴルフクラブ」
建物の内部は、どこの街だったか覚えていないが、クローズドテストの際に訪れた傭兵組合と大して差はないように見える。
しかし異様な雰囲気ではある。
その原因はプレイヤーたちだ。建物に入るなり奥の部屋へ向かっていく者たちはまだいいとして、問題なのはロビーで虚空を見つめて棒立ちになっている者だ。完全にヤバい奴らだ。
「……あれはもしかしてSNSでも見ているのか? わたしもハタから見たらああ見えるということ? これは気をつけないと……」
傭兵組合には、適当なプレイヤーを捕まえて転移サービスのポータルの場所でも聞くために来た。
しかしその必要はなさそうだ。
あの奥の部屋はいかにも怪しい。
街のどこかに単独で存在しているのかと漠然と考えていたが、どうやら傭兵組合の内部に存在しているらしい。
考えてみればダンジョンに用があるような戦闘向きのプレイヤーは傭兵組合にもよく行くことになるだろうし、合理的といえば合理的だ。
しかしだとすれば組合で働くNPCがこれについてどういう認識をしているのか気になる。
転移は一方通行のため、部屋に入ったプレイヤーは二度と出てこないことになる。控え目に言って怪談以外の何物でもない。
受付らしきカウンターにいる中年の男性にそれとなく──いや単刀直入に聞いてみることにした。
「すまない、少しいいかな」
「おう、なんだ?」
「ダンジョンへ転移したいのだが、どこに行けばいいのか知っているか?」
「だんじょ……? ああ、魔物の領域か。それならほれ、あの奥の扉だ。他にもお前さんみたいなやつらが入って行ってるだろ? あいつらに付いて行きゃいいさ」
「ありがとう。しかし、転移とは一体どういう原理なんだろうね」
「んなもん、知らねえよ。何つったか、あの保管庫?とかいうもんと同じ原理だって噂だぜ。そう言われちゃ、そうなんですかとしか言いようがねえよ。保管庫だって特殊なスキルってこと以外なんもわかってねえんだろ?
あの転移ソウチとか言うもんも、本部の偉いさんらが来て1日で設置してったもんだ。詳しく知りたきゃ、本部に行きな」
転移、という言葉も普通に受け入れられている。よくわからない技術だが、考えてもわからないため放置しているといった風だ。
もともとプレイヤーのインベントリなど原理の不明なもの自体は存在しているし、他にも魔物特有のトンデモ生態や謎スキルなども普段から見慣れているのだろう。
よくわからないものをよくわからないままにしておく事に慣れているようだ。
しかし傭兵組合には本部があったのか。
本部とどうやって連絡を取り合っているのか、本部や他の支店とどうやって連携しているのか非常に気になるが、何となく調べても無駄なように思える。
専用のスレッドがSNSにないということは、スレッドを立てるまでもなく、おそらく初期に誰かが調べたが頓挫したのだろう。もしかしたら「よくある質問」に「お答えできません」などというような回答で載っているのかもしれない。
あるいは本部など実際には存在せず、運営の用意した専用AIが専用アバターを操り「本部の方から来ました」と言って連絡係をやったり、今回のように支店に来て直接アップデートを施しているという可能性もある。詐欺か何かかな。
ともかく、転移装置は奥の部屋だ。
早速行ってみることにした。
受付の中年男に礼を言い、レアも奥の部屋へ向かう。
扉を開けると廊下があり、その向こうはどうやら裏庭のようだ。そしてその裏庭に石碑のようなものが建っている。その石碑にプレイヤーが群がっているのを見るに、転移装置とはあれのことだろう。
「部屋じゃないじゃないか……。いや、別に誰も部屋とは言ってなかったか?」
石碑に近づくと周りのプレイヤーたちの話し声も耳に入ってくる。
「どうだ?」
「待て……。まだ☆1、だな。あれから定期的に確認してるが、ずっと☆1のままだ」
「じゃあやっぱ☆5になったのは一瞬だけだったってことか。なんだったんだ」
「例のイベントボスがいたせいだろ。なんのイベントか知らねえけど、迷惑な話だぜ」
「☆1だってんなら、とりあえず行ってみるか?」
「マジかよ、まだいたらどうするんだよ」
「いったん☆5になって、今は戻ったって言うなら大丈夫だろ」
「でも俺たちがレイドボスにボコられてた時は☆1だったらしいぜ。お前が書き込みしてた時だけど。まあそれもあって荒らし・釣り認定されてたんだが」
「だったらボスと難易度は関係ないってことか?」
「いや、そのあと一瞬☆5に上がったのは事実だし、検証スレの見解じゃ、イベントボスがダンジョンの侵略に乗り出して、その侵略が完了したから☆5になったんじゃないかって」
「ああ、イベントボスも侵略する側だったから、俺たちと遭遇したときダンジョンの難易度自体は変化してなかったってことか。じゃあ今☆1なら、イベントボスはもう帰ったか、次に行ったかってところだな」
「……すまん、わかるように説明してくれ」
「しょうがねえな。いいか? つまり──」
どこかで見たような顔だと思ったら、昼前にスガルに蹴散らされた者たちだった。
盗み聞きをする限りではおおむねレアの狙い通りに考えてくれているようだ。
狙い通りというか、実際ただの事実なのだが。
レアのようにいちいち検証しなくても、とりあえず仮説のみで結論としてしまえる立場は羨ましいと思わないでもない。
プレイヤーたちは結局、実際に行ってみることにしたようだ。
ぜひ頑張ってもらいたい。
この街を手に入れ、災厄出現の宣伝をした以上、もうあの草原にはこの街のNPCの生活を維持するためという以上の意味はないが、お客が来るに越したことはない。
それに死ぬかも知れない場所へがむしゃらに向かっていけるのはゲーム開始間もない今のうちだけだ。
もっと経験値を稼ぐようになれば、そんな無茶な真似などできなくなってくる。
最初に転移していったパーティに触発されてか、他のプレイヤーたちも次々と転移して行った。
裏庭は一気に閑散としてしまった。
誰も居なくなった石碑に手を触れる。今のレアはNPCであるケリーのアバターのため、プレイヤーと万が一違う反応にでもなったら困る。人がいないのは好都合だ。
《転移先を選んでください》
《デバイスを起動したキャラクターと認証プレイヤーが一致していません》
《警告:転移できるのは石碑に触れているキャラクター【ケリー】のみです。キャラクター【レア】は転移しません。よろしいですか?》
「もちろん、構わない」
《転移先を選んでください》
エラーが出たため不正なアプローチ扱いをされるかと思ったが、どうやらこのまま転移出来そうだ。
しかしメッセージの中でデバイスと表現したり石碑と表現したり呼称が一定していない。
もしかしたら想定外のケースなのかもしれない。
転移サービスも実装2日目だ。多少のバグというか、確認漏れが残っているのだろう。
転移先にはシェイプ王国の「☆3ゴルフクラブ坑道」を選んだ。
名前のせいなのかダンジョンとして優秀なのかはわからないが、シェイプ王国の☆3ダンジョンとしてはそこそこ人気のあるところらしい。
転移は第一回のイベントの時以来だ。あの時同様視界は一瞬で切り替わった。感覚としては自身をどこかに『召喚』した時と変わらない。
眼の前には数名のプレイヤーがいた。セーフティエリアでパーティメンバーが揃うのを待っているようだ。
先ほどの『術者召喚』同様、今回も中身のレアの精神ごと移動することができた。これでインベントリ以外はほぼ完全にプレイヤーと言える。
レアと目があった獣人のプレイヤーが気さくに声をかけてきた。
「あ、キミ、1人? こっちまだメンバーに余裕あるから、よかったらどう?」
「すみません。中で連れが待っているんです」
「あっ。そうなんだ。わかった。気をつけてね」
適当にあしらってとっとと坑道へと向かう。
セーフティエリアらしき場所は、なんというか、登山道の休憩所か何かのように見えた。坑道が山の中腹に作られているためかもしれない。
山肌の岩に突き刺さった杭のようなものから伸びるロープで張られたタープの下に、平たい岩を転がしただけのベンチが置いてある。
それがいくつも並んでおり、毛布にくるまりベンチの上で眠りこけるプレイヤーたちがいる。ログアウト中のプレイヤーだ。彼らはここを拠点に坑道ダンジョンにアタックをかけているのだ。
セーフティエリアから出ても、坑道までにはまだ少し距離がある。とはいえ道中に障害はないため、歩いてもすぐだ。
「……中で連れが待っている、ってファミリーレストランじゃあるまいし。そんなわけないだろうに」
あしらうのはいいが、少々適当すぎたかもしれない。ナンパ男が考え無しで助かった。
坑道の中はひんやりとしていて、どこまでも暗い。
壁を調べると魔法照明らしきものの残骸が見える。
プレイヤーたちが好きなカバーストーリーなどは不明だが、出現する魔物はゴブリン系だ。
おおかたゴブリンに占拠されたため放棄せざるを得なかったか、あるいは廃坑道にゴブリンが住み着いたかどちらかだろう。
壁伝いに歩いていき、適当なところで制御をケリーに返した。
すぐさまフレンドチャットでケリーにそのまま警戒して待機するように言いつける。周囲に誰もいないことを改めて確認させてから、今度は本体ごとケリーの元へ飛ぶ。
「……よし、協力ありがとう。これで条件は整った」
「もったいないお言葉です、ボス」
レア自身の身体ならば『魔眼』があるため周囲がよく見える。
確認できる範囲ではプレイヤーは居ない。
遠くにゴブリンらしき集団が見えるが、別に彼らに用はない。坑道はまっすぐに伸びているとはいえ距離もある。向こうもこちらに気づいていない。
「じゃあケリーはしばらくここで警戒しておいてくれ。『召喚:【ガスラーク】』」
『召喚』に従い、精悍なゴブリンジェネラルが現れた。
「……おお? これは陛下。ここは……」
「君たちの勤務予定地の坑道だよ」
「……了解しました。準備は整っております。いつでもご下命を」
「よし。ではこれよりこのダンジョンを我らが牧場として運営する。その立ち上げと管理を君に任せる。何かあればわたしに連絡するようにね」
「牧場管理の任、しかと拝命いたしました」
ガスラークがかしこまって膝をついた。
「目的としては主に経験値の入手だ。要は敵対勢力への攻撃だな。この坑道内に存在する、我々以外の陣営の者は基本的に殺しても生き返ると考えていい。つまり獲物が尽きることはない。
一方で、ダンジョンの主をキルしてしまえばそれも終わってしまう。そこは気をつけること」
「心得ております」
「それから同じことがこちらにも言える。だから過度に守りを意識する必要はないが、君も死亡するわけにはいかない」
「はっ」
「この坑道に元々居るのはゴブリン種だから、プレイヤーたちが戦う相手が在来種から外来種の君たちに変わったとしても大して問題にはならないだろう。まずはここのゴブリンたちをある程度片付けてから、その強さを参考にしてプレイヤーたちと戦うといい。
☆3と認定されているということは、ここのゴブリンたちは少なくともタランテラ達以上の強さを持っている可能性がある。こちらが素の状態のただのゴブリンでは荷が重いかもしれないから気をつけるように」
与えてあった経験値である程度は強化してあるはずだ。それでも足りないようなら追加で申請するように言いつけておく。
「ここは今後の牧場運営におけるひとつのモデルケースとなる。そのため現時点では効果的なマニュアルなどはない。それは君が作るんだ。今はすべてが手探りだから、失敗しても構わない。
どうせ他人のダンジョンだ。難易度調整に失敗して客が来なくなったとしても困ることはない。その時はプレイヤーたちではなくここのゴブリンを狩って稼ぐだけだ」
ガスラークはこれには答えない。
失敗するつもりはない、ということだろう。
うまくいくならそれに越したことはないが、言ったとおり失敗しても構わない。
気負いすぎてもよくないが、それで失敗したとしてもいい経験になるだろう。
「では後は頼む。もし、君たちの拠点をどこかに作るなら、作業者として工兵アリを送るから言ってくれ。穴を掘るなら彼ら以上にうまくやれる種族をわたしは知らない。では健闘を祈るよ」
「お任せ下さい!」
ガスラークに後を託し、旧ヒルス王都へ戻った。
ケリーには自分で『術者召喚』を使わせ、リフレの街に戻らせた。領主が居る限りあちらはもう放っておいてもいい気もするが、街なかで生活するということにもう少し慣れさせておいてもいい。プレイヤーたちを観察することでいい刺激にもなるだろう。
これでようやく一息ついたと言える。
あちこち飛び回る忙しい1日だったが、たまには悪くない。
後は放っておけば勝手に回っていくだろう。
数日様子を見ていれば、この旧ヒルス王都にも客が来るはずだ。
★ ★ ★
大変申し訳ありません。
予約公開の時間を間違えて、めちゃくちゃな順番で公開されてしまいました。
サブタイトルの話数通りにお読みいただきますようよろしくお願いします。
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