第143話「二重召喚」





 リーベ大森林でするべきことを終えたレアは、再びリフレの街の領主館へ飛んできた。

 実に忙しいことだが仕方ない。試してみたい事はまだ完了していない。


「陛下、ご指示の通りに進めておきました。戸籍については後日期限内に登録申請に来るよう触れを出し、期限後に実地調査を行う予定です」


「ご苦労様、アルベルト」


「ですが陛下、僭越ながら申し上げます。このような手間をかけずとも住民たちをすべて支配下に置いてしまえばよろしいのでは? 陛下より賜りました特別な『使役』スキルであれば不可能では……」


「いや、住民たちをすべて支配してしまうのはうまくない」


 このゲームでは、プレイヤーキャラとNPCには差がないとされている。そしてNPCとモンスターにも差がない。いや、モンスターにもNPCとプレイヤーキャラが存在している、と言う方が正しい。

 運営から送られてきたシステムメッセージには「単一勢力による支配地域への転移サービスを実装する」とあった。

 NPCのモンスターによる支配地については選別の上その対象が選ばれているようだが、プレイヤーによる支配地については、承諾したプレイヤーのものはおそらく全てが転移先に選ばれている。たとえ実装時に転移先に選ばれていなくとも、新たにプレイヤーが支配した地域であれば自動的にリストに載ることになるだろう。

 これについては検証してみないと確実な事は言えないが、そうでなければ承諾したにも関わらずマイホームを設定できる場所が出来てしまうため、間違いないと思われる。

 ここでリフレの街の住民たちをすべてレアの配下にしてしまえば、リフレの街は単一勢力による支配地域になってしまう。おそらく転移先リストに名前が載る事になる。加えて街なかのセーフティエリアも消滅し、転移ポータルも消滅するだろう。それでは意味がない。


「そういう理由でしたか……。かしこまりました。『使役』は必要最低限にいたします」


「そうしてくれ。具体的にどのくらいの割合で「単一勢力による支配」と見做みなされるかは不明だけど、少なくともこの街で試すようなことじゃない」


 この街は人間の街とダンジョンとを繋ぐポータルになる重要な場所だ。

 試すならもっとどうでもよい街でやるべきだ。


「ところで椅子かベッドを貸してくれないか?」


 この街へ来たのはアルベルトへダンジョンについて説明する為ではない。





 レアは領主館の客間を借りると、インベントリから賢者の石をいくつか取り出し、テーブルに置いた。


〈ケリー、少し力を貸してほしい事がある。領主館の客間に呼ぶがかまわないかな〉


〈もちろんです、ボス〉


 ベッドにその身を横たえ、『召喚』により現れたケリーの体を借りた。


 こうしてケリーの身体で行動するのは久しぶりだ。

 鎧坂さんと違い、自我の強いキャラクターは普段の行動のクセのようなものがあるため慣れるまで時間がかかる。


「そのための鎧坂さんだったはずなんだけどな。まあ仕方ないか」


 独り言も当然ケリーの声だ。

 当然だが『飛翔』も『魔眼』も使えない。

 しかし『召喚』は使用できる。と言ってもこれはケリーのスキルだ。呼べるのはランダムか、ケリーが眷属にした者たちだけだ。

 ケリーの眷属リストから適当にひとり選び、その人物のもとへ『術者召喚』で飛んでみる。

 これはレアが精神のみを眷属の中に『召喚』している状態で、その眷属のスキルによってさらに『術者召喚』を行った場合、どうなるのかという実験だ。


 視界が切り替わると 目の前には初老の男性がいた。


「これはケリー様、おいでになるならひとこと言って下さればお出迎えの用意を……」


「ああ、すまない。今はケリーではないんだ。わたしはレアと言う。ケリーの主君だ」


 手短に自己紹介をし、『召喚』の仕様について解説した。

 おそらくこの男性がリストから選んだ【グスタフ・ウルバン】だろう。

 どうやら、二重召喚は可能なようだ。


「ま、まさかレア陛下であらせられたとは、これは失礼いたしました。私めはこのウルバン商会の会頭を務めております、グスタフ・ウルバンと申します」


 ウルバン商会については全く知らないが、ケリーに与えていた指示から察するに、大通りの一等地に店を構える商会か何かだろう。

 どうやらヒューマンの商人のようだ。ちょうどよい。


「ちょっとした実験をするためにケリーに身体を借りているところなんだ。そのうちのひとつは今成功に終わった。そこでもうひとつ、今度は君にも手を貸してもらいたいんだが、いいだろうか。

 具体的にはあるアイテムを使用し、君がノーブル・ヒューマン、つまり貴族になれるかどうかを試したい」


「私などが貴族に!? そ、そのようなことが……」


「無理強いするつもりはない。嫌なら別の者に頼むが──」


「い、いえ! 是非お願いします!」


 貴族と言っても別に制度上の貴族階級になれるわけではない。あくまで種族としてのものだ。

 一応そう断っておこうかと考えたが、よく考えたらヒルス王国はすでに無く、王都にいた貴族は全員リッチになっているし、王族もライラによって滅ぼされている。今この国で生き残っている貴族は各都市の領主階級だけだろう。

 このグスタフという男が貴族を名乗ったところで、特に弊害があるわけではない。

 なんならレアの治める地においては本当に貴族階級としての権利を与えてやってもいい。


「……まあいいか。では、これを」


 懐から賢者の石を取り出し、グスタフに与える。

 するとグスタフが光に包まれ──


《プレイヤーの脳波を確認。自動処理をキャンセルします》

《眷属が転生条件を満たしました》

《「ノーブル・ヒューマン」への転生を許可しますか?》


 ──なるほどこうなるのか。


 レアはほくそ笑んだ。

 この実験は、眷属のアバターを借りている状態で、その眷属に向けたシステムメッセージをレアが聞くことが出来るのかという実験だった。

 文面から察するに、おそらくNPCの支配する眷属に賢者の石を使用した場合、自動で処理が進むのだろう。システムメッセージを聞くことが出来ないNPCは当然答えることも出来ない。これは仕方ない処理だと言える。

 たしかにかつて、実験でジーク配下のスケルトンナイトに使用した時も勝手に処理が始まっていた。

 しかしそこにプレイヤーが介在していた場合、判断はそのプレイヤーに委ねられるらしい。


 ──許可する。


《転生を開始します》


 思考によるサインでも承諾は可能だ。先ほどはレアの脳波を検知していたようだし、システム上今のケリーは暫定的にプレイヤーとして扱われていると考えていいようだ。


「つまり、誰かの身体を借りれば、わたしでも普通にプレイヤーのふりをすることが出来るということだな」


 しかし注意しなければならないこともある。

 インベントリだ。これは使用することが出来なかった。

 先ほど賢者の石を懐から取り出したのは、インベントリに入れることが出来なかったためだ。

 インベントリはどうやら完全なパーソナルスペースになっているらしく、本人以外はどうやっても干渉することが出来ない。


「どうしてもってときは、まあ一瞬だけケリーに戻って取り出してもらって、それでまたわたしが入ればいいか……」


 プレイヤーの前でプレイヤーになりきるにはインベントリを使用してみせるのが一番手っ取り早いのだが。

 プレイヤーに対してプレイヤーがプレイヤーのフリをするとかものすごく頭の悪い文章だが、必要な事もあるかもしれないので仕方がない。


「……おお、これが貴族……」


「あ、忘れてた」


 グスタフをノーブル・ヒューマンにしたのだった。

 見た目はそれほど変わってはいない。種族特性で容姿が良くなっているようだが、このくらいならエステに行ってきたとか何とか言えばごまかせる程度だろう。男性用エステサロンがこの街にあればだが。まあ少なくとも別人には見えない。


「貴族を貴族たらしめる『使役』というスキルが使えるようになっているはずだ。ついでに『精神魔法』を与えておこう。それからINTとMNDにも少しボーナスをあげよう。実験に付き合ってくれた礼だ。商人ならば有用だろう」


 それから住民はあまり『使役』しないよう注意しておく。

 この男の家族や一門など、つまりウルバンファミリーくらいなら構わないが、それ以上は例え他の商会を傘下に入れるとしても『使役』は使わないように言いつける。

 グスタフは額が地につくのではというほどに深く頭を下げ、レアの言葉を聞いていた。


「では、わたしはすることがあるのでこれで失礼するよ。今後ともよろしく頼む」





 頭を下げたままレアを見送るグスタフを背に大通りを歩く。

 目的地は傭兵組合だ。

 誰かに道を聞いてもいいが、どうせ大通り沿いにあるのだろうし、散歩がてら探してもいい。

 こうして普通に街なかを歩くなど久々のため、非常に新鮮な気分である。


「街灯を立ててるだけあって、やはり治安もよさそうだな。街の人々にも活気がある。草原からの恵みで生計をたてているのなら目立つ所に傭兵組合などがあるはずだが……あ、あれかな」


 草原からの恵みと言っても、これまでとこれからでは得られる素材が変わってくるはずだ。

 これまではモグラから得られる爪や毛皮を売って他所の農作物を購入していたのかもしれないが、これからの売り物はアリの甲殻になる。

 需要のある層も変わるだろうし、仮に食肉としても利用していたなら食糧事情も変わってくるだろう。このあたりはアルベルトやグスタフに頑張ってもらい、調整してもらうしかない。

 交易によって得られるだろう金貨袋でぶん殴るような外交政策をしてもいいが、それが出来るようになるまではしばらく時間がかかる。


「……大森林で栽培している薬草なんかを草原に植えてみるか。手入れはアリにやらせればいいし」


 組合に傭兵らしき、というよりプレイヤーらしき者たちが数人入っていくのが見えた。

 やはりあの建物が傭兵組合で合っているようだ。

 レアも何食わぬ顔で組合の扉をくぐった。





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