第142話「差別化」





 リーベ大森林に戻った。

 スガルも連れて出かけていたため誰をターゲットに『術者召喚』をするべきか迷ったが、白魔のところへ跳ぶことにした。

 火山から帰った後、狼たちはこれまでリーベ大森林で遊ばせていたのだが、新たに仕事ができた。それを説明する為にもちょうどよい。


〈おかえりなさい、ボス。草原とやらはどうでした?〉


「ただいま白魔。問題なく支配してきたよ。ついでに街もね。人間の街を支配するのは初めてだけど、まあ新しく『使役』したアルベルトたちに任せておけば問題ないだろう」


 あちらで独自に進めておけるよう打ち合わせは済ませてある。領主アルベルトのINTも上げてあるし、いざという時の補佐として家令の老人のINTも上げてある。激務に耐えられるようVITまで上げてやったほどだ。事務仕事による疲労にVITが寄与するのかどうかは不明だが。上げるならMND精神力の方が良かったかもしれない。


「それで白魔たちにも新しく仕事をしてもらおうと思ってね。そうだな、全員で当たってもらいたい。子狼たちもだいぶ大きくなってきただろう? そろそろちゃんと仕事を与えてやらないとね」


 子狼といってもいつまでも子狼というわけでもあるまい。

 どこかのタイミングで「子」が取れるはずだ。

 白魔や銀花の口ぶりからするとそろそろのようだが、その時どうなるのかはよくわかっていない。

 白魔たちが元々の群れにいたころは時期が来れば勝手に氷狼になっていたそうだが、レアに『使役』されている以上、勝手に種族が変わるとは考えづらい。


〈そりゃいい! でしたらすぐに呼んできましょう!〉


 言うなり洞窟から出てどこかへ向かい天を駆けていった。

 別に『召喚』で呼べばいいだけなのだが、空を駆けるのならそう時間がかかるというわけでもないだろう。待つことにした。





 かつてはこの洞窟で氷狼2頭、子狼6頭が生活していたのだが、今ではもうかなり手狭に感じる。

 全員が少しずつ大きくなったせいだろう。

 白魔たちへの説明が終わると子狼たちを順番に撫でた。

 キャンキャンはしゃぎまわっていたイメージしかなかったが、今は澄ました様子でちょこんと座っている。こう見えてゴブリンくらいならおもちゃにする程度の戦闘力はすでにあるそうだ。


〈つまり俺たち8匹で他の魔物の領域に行って、そこで暴れてくればいいってことですかい?〉


〈ボスに指定された場所に行かなければだめなのよ? それと、その領域のリーダーの居場所を特定したり、そのリーダーをぷれいやーが倒してしまわないように気をつけたりも〉


〈わかってるよ〉


 子狼たちもフンフン頷いている。

 フレンド登録はしていないため会話は出来ないが、こちらの言うことは理解しているはずだ。そのアピールだろう。


「ところで子狼たちの成長というか、まあ成人? するのはもうすぐなんだよね?

 成長って具体的に何によって行われるのかな。時間経過? 食事? 取得経験値? 経験値を与えた覚えはないから、食事と時間経過かな?

 それって追加で経験値を与えることで促進できたりしないのかな」


 このゲームは大抵のことは経験値さえあれば解決する。

 賢者の石を与えてしまえば強制的に成長させられるかもしれないが、成体になっていない魔物にそれを行うのはためらわれる。小さいサイズのまま転生してしまったらかわいそうだ。


〈よくわかりませんが、どうせならボスがいる間に成長できれば都合がいいと思いますが〉


 加えて言えば遠征させるのなら大人になってからの方がいいだろう。今それが叶うのならその方がいい。

 とりあえず子狼の一匹、ミゾレの能力値を適当に上げてみる。

 様子を見ながら少しずつ弄っていると、やがてシステムメッセージが入った。


《眷属が転生条件を満たしました》

《「灰狼」への転生を許可しますか?》


「お、条件満たし……あれ、氷狼じゃないぞ」


 もしかして子狼とは、あらゆる狼系の魔物の幼生体ということなのだろうか。

 そして条件によって成長先が分岐する、とか。


 だとすれば、もしかしたらスコルとハティはあれで最上位種である可能性もある。フェンリルにでもならないかと考えていたが、フェンリルは別のルートの転生先に設定されているのかもしれない。


「……じゃあミゾレはこのまま灰狼で行こう。その先に何があるのかちょっと興味がある」


 すると光に包まれたミゾレの体がもこもこと大きくなり、変化が終わると以前の銀花ほどのサイズに成長していた。全体的に丸っこかった手足もすらりと伸び、顔立ちも精悍になっている。まだ若いせいか狼というよりハスキー犬だが、可愛い分には問題ない。白魔たちと比べると少々頭が小さめのようだ。


 次にヒョウには試しに『火魔法』を習得させ、ミゾレ同様に能力値を上げてみた。


《眷属が転生条件を満たしました》

《「灰狼」への転生を許可しますか?》

《「炎狼」への転生を許可しますか?》


「一定期間以上特定の地域で過ごすとかって条件だったらどうしようと思ったけど。取得スキルで分岐できそうだ」


 続いて他の4匹も転生を行った。

 アラレは「氷狼」に。

 フブキは「風狼」に。

 コゴメは「空狼」に。

 ザラメは「森狼」に。


 炎狼、氷狼、風狼はそれぞれの属性のスキルを取得するだけで事足りたが、『地魔法』や『雷魔法』、『水魔法』は取得させても変化がなかった。

 システムにタスクを保留させたまま、いくつか他のスキルを適当に取らせてみると選択肢が増えたため、「空狼」と「森狼」は複合的にスキルを取得することでアンロックされたものと思われる。

 なおどれがトリガーだったのかはもうわからない。


 灰狼となったミゾレは元子狼の中では1番身体が大きい。どうやら近接戦闘特化のようだ。先ほどは頭が小さい様に見えたが、どちらかといえば肩幅が広いのだろう。毛皮に覆われた前脚はよく見れば実に筋肉質だ。


 炎狼であるヒョウは赤黒い色合いだ。非常にかっこいい。取得させてある『火魔法』とは別に炎系のスキルを取得できるようだ。この仕様は氷狼も同じである。魔法のリキャストの間にスキルで場繋ぎが出来るという実に実戦的なビルドと言える。


 アラレは氷狼であるため見慣れた姿だ。かつての銀花そっくりの白い毛並みだ。


 風狼、フブキは翡翠色だ。腹側の毛は白っぽいため、他の子たちよりさらにハスキー犬に近く見える。こちらも『風魔法』と風系のスキルを取得できる。移動を補助するスキルもいくつか覚えられるようだ。トリッキーな動きが可能な種族と言える。


 空狼のコゴメは淡い空色の上品な毛並みだ。『天駆』が最初からアンロックされている。最終的に取得可能な殆どの種類の魔法を取得させてしまったため、どれがトリガーだったのかわからないが、消費した経験値は最も多い。それ以外に新たなスキルは無いため、種族本来の戦闘力としては不明だが、単体で上空から魔法を降らせる事が出来るというのはそれだけで強い。


 森狼に転生したザラメは深い緑色だ。新たに取得していたのは『植物魔法』だ。これは想像通りと言える。レアが『植物魔法』を取得した際には確か『光魔法』が必要だったはずだが、そうした前提がなくとも種族特性によってスキルを取得しているケースもあるということだろう。今後そうした敵が現れる可能性がある。注意が必要だ。


「これで被り無しかな」


 氷狼は白魔たちと被っていると言えるが、今は違うのでセーフだ。


 6匹のINTをさらに上げ、インベントリの講習やフレンド登録を行なう。フレンドチャットのやり方などはおいおい白魔たちにレクチャーさせればいい。

 さしあたり、☆3程度のダンジョンくらいなら余裕を持って攻略可能な戦力と言えるだろうか。


「もともと北の方の森の生まれだっけ? 国としてはウェルス王国とかってところになるのかな。

 じゃあそっちの方へ里帰りがてら行ってみるといい。なんなら故郷の森を制圧してしまってもいいけど」


 転移先リストに載っている領域ならなお良いが、そうでなくとも別に構わない。

 指示通りボスを生かしておいてくれるのなら、転移先に載っていない領域の場合は後でレアも乗り込んでいってボスを『使役』してやれば手札も増やせる。

 白魔たちは戦力としては十分だろうが、数が少ない。ダンジョン領域全てをカバーするのは難しいだろう。

 ならば牧場管理よりは、遊軍として適当なダンジョンを気まぐれに襲ってもらったほうが良いかも知れない。





 白魔たちを送りだしたら、次はゴブリン牧場だ。

 他人のダンジョンを大々的に牧場化できるのなら、もう小規模なゴブリン牧場は必要ない。

 彼らを『使役』し、魔王軍に新たにゴブリン部隊を編入する。

 これまでレアによって搾取され続けてきたゴブリンたちが、レアの下で搾取する側にまわるというわけだ。


「──そういうわけで、まあお互いわだかまりもあるだろうけど、この際それは水に流して、より良い未来のために手を取り合って協力していこうじゃないか」


 ゴブリンの長らしき者に向かってそう語りかける。

 しかし彼らがこちらの言うことを理解しているわけではないし、そもそもレアの事など知らないだろう。

 それどころかこれまで自分たちが飼育されていたということさえ気づいていないはずだ。

 恵み豊かな森の中で、時に危険なアリたちと戦いながらなんとか群れを維持してきた。

 そんな風に感じていることだろう。

 

「『使役』。おっと逃げないでおくれ。『恐怖』」


 ゴブリンの長を眷属にし、それ以外のものたちを『恐怖』で固める。

 周囲はアリたちが囲んでいるため、どうせ逃げ出すことなど出来ないが、またここに集めてくるのが面倒なだけだ。


「まずは長である君を、そうだな、せめてアダマンリーダーくらいの強さにまでは強化しておこうか」


 レアは賢者の石グレートを取り出し、ゴブリンの長、ゴブリンリーダーに放り投げた。









 背は低いが筋肉質で精悍な、額に丸く細いコブのある緑の肌の中年男性──まあ、ゴブリンなのだが、そのゴブリンがレアに話しかけた。


「この森にいる同胞はすべて我が眷属といたしました、陛下」


 ゴブリンの長は、そのINTやMNDを上げられるだけ上げていったところ、実に流暢に会話するようになった。

 彼はゴブリンリーダーからゴブリンジェネラルに転生している。

 相応に能力値も上げ、とりあえずアダマンリーダーと同程度には戦えるようにしてある。

 リーベ大森林の鍛冶場で作られたアダマン製の鎧と剣の試作品も装備させた。

 せっかくINTも上げたことだし、各種魔法も取得させてある。『精神魔法』や『調教』、『死霊』、『召喚』からの『使役』もだ。

 ここ数日でもっとも経験値をつぎ込んだ眷属かもしれない。


 そしてこの森の牧場にいた全てのゴブリンたちを『使役』するよう指示を出し、たった今受けた報告がその顛末である。


「ご苦労様。君たちにやってもらいたいのは、我々の支配していない領域への攻撃だ。具体的には──」


 ダンジョン牧場化計画について説明する。

 これだけINTが高ければ、ダンジョンの仕様について判明している範囲で説明しても理解できるだろう。


「委細、承知いたしました。つきましては、対強敵用としてのスペシャルチームをいくつか用意したく……」


「ああ、そうだね。狩り役も護り役も必要だな。わかった。装備と経験値については融通しよう」


 プレイヤーや敵対NPCに倒されるのは構わないのだが、その場合でもこのジェネラルだけは死んで欲しくない。ジェネラルが倒されてしまえば他の戦線にいるゴブリンたちもすべて死亡してしまうからだ。広域に展開していた場合、それをプレイヤーに見られては、ダンジョン内に複数の勢力が存在していることを疑われるだろう。

 現にテューア草原に災厄が侵攻したという事実はプレイヤーに広まっている。

 そこから関係性を疑われる可能性は否定できない。


「連絡しておくから後で鍛冶場に寄るように。それから追加で……このくらい経験値を与えておこう。細かい分配は任せる」


「ありがとうございます!」


「よろしく頼むよ。ええと……あー、そうだな。ええと、ガスラーク?」


「おお、もしやそれが私の……?」


「そうだね。君の名前だ」


 白魔たちに自由にやらせるのなら、ゴブリンたちには当初の目的の通りすでにリストに載っている領域の牧場化に努めてもらいたい。


「じゃあ、後で呼ぶから。それまでに準備をしておいてくれ」





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