第141話「掌握」





 スガルに新たにクイーンベスパイドを生み出させ、テューア草原はその彼女に任せた。

 追加で経験値を与え成長させることもなければ、研修もしない。☆1ならばその程度で十分だ。

 新女王に各種ポーションを飲ませながら歩兵アリや工兵アリを大量に生ませ、草原中に放つ。

 『産み分け』のクールタイムを待つ間はスガルに『召喚』させたアリたちに場を繋いでおいてもらう。新女王の体制が確立したら撤収させる予定だ。


 ボスエリアが別フィールド扱いなら、レアたちがこの広間にいる限りは難易度が変化することはないはずだ。SNSにも今のところ目立った書き込みはない。全滅した初心者プレイヤーたちが警告を発しているくらいだ。


「しかしまったく難易度の変化もなしにダンジョンの仕様が変わるというのは不信感を持たせてしまうか?」


 ダンジョン変化中ということで一時的に難易度を変えてやったほうがリアリティがあるかもしれない。

 スガルを伴って草原へ出た。


「……さっそく反応してSNSに書き込みをしたプレイヤーがいるな。やはり出た瞬間に☆5になるのか。ボスエリアだけが別扱いになっているというのは確定だね」


 幸いにも結果はすぐに分かった。

 今、テューア草原の注目度は非常に高い。レスポンスが早いのはいいことだ。

 ついでにブランに連絡をとり、難易度が変わる可能性を伝えた上でディアスを領主館から外出させてもらう。

 エルンタールの注目度も高めである。徘徊型のボスがいるということでこちらも人気になっているからだ。

 SNSによれば、エルンタールに徘徊型のボスが現れる際は一時的に難易度が☆4に上がるため、すぐにわかるのだそうだ。すぐにわかると言ってもどこかの街にいなければ転移リストは見られないし、ダンジョン内ではどうしようもないが。

 その徘徊型ボスと言うのは、ブランの話では異常に強いプレイヤーが現れたため吸血鬼3人娘の1人をけしかけただけとの事だ。中堅用の☆3ダンジョンなんて来てないで相応しい難易度の場所で遊べという、ブランからの警告である。


 またディアスからの報告では、その異常に強いプレイヤーとはアダマン何とかを使用した防具を身に付けた者たちらしい。

 それ自体は、大陸の鉱脈に存在しているのだからいつか誰かが見つけ出すのはわかっていた。想定よりも早いが、避けられないことだ。

 またポーションがぶ飲みデスマーチをし、賢者の石でも量産してアダマンズをアップデートすれば済む話だ。いや、確認されたアダマン装備がまだ少数ならそこまでやる必要はない。アダマンたちのアップデートは一般のプレイヤーの標準装備がアダマン装備になってからでいいだろう。


「……エルンタールは専用スレッドがあるのか。羨ま──おっとラコリーヌもあるな。総合スレでは捌ききれなくなったか。

 ふふ、旧ヒルス王都もあるな。まだ誰も来ていないはずだけれど……。でも難易度が下がっていることは知られているようだね」


 旧ヒルス王都は内部の情報が全く無いにもかかわらずスレッドが立てられている。

 ちらりと覗いた限りではすでに難易度が緩和されたことも語られており、時を同じくしてテューア草原に災厄が現れたことで、災厄の不在による難易度の低下だと結論付けられていた。

 しかしいつ戻るか不明な災厄を恐れ、まだアタックしようというプレイヤーは現れていないようだ。


「これは数日☆4のまま様子をみてやればそのうち誰か来るかな。

 さて、ディアスが散歩中のエルンタールは……やはり難易度は変化していない。これなら他人のダンジョン牧場化計画は可能だな」


 念の為しばらくSNSをチェックしながら待ってみるが、特に難易度が変化したという報告はない。

 あまり放っておいてもディアスがプレイヤーとエンカウントしてしまう。ディアスに連絡し、見つからないうちに戻るよう指示を出す。

 ディアスがプレイヤーに見つかってしまえば、せっかく難易度が変化する事によって行動を読む事ができる徘徊ボスで話題になっているのに、台無しになってしまう。

 難易度では予測できないシークレットボスとして話題を作ってもいいが、それなら別の場所でやったほうがいい。

 予測できるボスと予測できないボスをひとつのダンジョンで出現させてもいいことはない。両者はそれを望んでいるプレイヤー層が違うからだ。


 最新の情報をチェックしたことで、エルンタールを利用して検証したかった事は概ね知れた。

 もうそのスレッドに用は無かったのだが、一応さかのぼって前日の分も見てみると、面白い事実が判明した。


「エルンタールの徘徊型ボスにやられたというのはウェインたちのことだったのか! それならこいつらがアダマンなんとかの装備を持っているということかな。SNSでは明言されていないけど」


 ウェインはともかく、同行しているギノレガメッシュと明太リストはトップ層だ。最新のアイテムを入手できたとしても不思議ではない。

 しかし、採掘や鍛冶で有名といえばシェイプ王国だ。アダマン何とかが流通するとすればあの国だと考えていた。

 レアが知る限りでは、ウェインたちはシェイプ王国と特に親しい繋がりはない。

 どこで入手したのだろうか。

 彼らが倒した鎧坂さんは巨大なアダマン塊を残したが、あれはレアが回収した。今はリーベ大森林の鍛冶場でアダマンズやアンデッドなどの人型魔物用の装備の素材にされているはずだ。

 王都中に落ちていたアダマンズのドロップ品も同様だ。アンデッドやアダマンズたち自らが回収し、大森林に送ってある。王都の住民はすべてアンデッドに変えたため、住民がネコババしていた分も同様のはずだ──


「──そうか、プレイヤーがネコババしていたとしたら回収は不可能だな。では王都のあの時か」


 あのどさくさの中でよくそんな事をする余裕があったものだ。

 レアにとってウェインというプレイヤーは、頭は悪くないが視野が狭いというか、思いこんだら一直線というイメージがあったため、これは少し意外だった。そんな臨機応変な対応ができるプレイヤーだったとは。


 レアはあの時の事を少し思い出した。

 あの敗北がレアにもたらしたものは、慢心せずに強さを求めるという決意だけではない。

 大量のアダマン塊が入手できたこともそうだ。

 アダマンたちをリスポーンさせることでアダマン塊を無限に入手することができるというのは盲点だった。

 しかし経験値同様、同一勢力同士の戦闘ではドロップアイテムは現れない。死体が残るタイプの種族も、死体を残さずすぐに消えてしまう。

 かといってそこらの敵ではアダマンたちを倒すことさえできないし、ウェインたちプレイヤーにぶつけるとしても、彼らにドロップアイテムを回収される前にかすめ取るというのは難しいだろう。

 レアが死亡すればまた同じだけ入手することが可能だが、それは一番ありえない選択肢だ。


「暇になったらライラと戦争ごっこでもするかな……。お互い戦利品は相手に返すって条件とかで」


 ともかく、確認すべきことはすべて終えた。

 草原の引き継ぎも終了したし、レアがこれ以上ここに居ては営業に差し支える。

 いったん街へケリーたちの様子を見に行くことにした。









「地上げは順調かな?」


「はい、ボス。大通り沿いの一等地すべてと、それから倉庫街は押さえました。

 職人街は領主の名を出しても首を縦に振ろうとしませんので難航しております。

 この後は住宅街を回るつもりでしたが……」


 領主館にはケリーしかいなかった。他の3名が実際に街へ出て交渉しているのだろう。

 あれから半日程度しか経っていないというのにこれだけの成果を上げているというのは驚異的だ。

 鎧坂さんはテューア草原のボス部屋にスガルとともに置いてきた。

 スガルにはテューアの女王アリの産卵が一段落するまで代わりに指揮を取ってもらう必要があるし、鎧坂さんは大きすぎて領主館では邪魔になるからだ。


「住宅街は無理しなくても構わない。どうせ領主は押さえてあるしね。

 それからすでに買い上げた一等地と倉庫街、その元権利者たちを領主館に呼ぶよう手配してくれ。

 そいつらを『使役』し、これまで通りに生活させるんだ。そうでなければ目立ってしまうからね。

 職人街は……レミーが行っているのか。ならもう面倒だからかたっぱしから『使役』させてしまおう」


 せっかくなのでこの街の職人街を生産拠点として再開発する。

 リーベ大森林の鍛冶場は所詮森の中に築いた仮設のものに過ぎない。スキルでゴリ押しすることでなんとかアダマン塊の加工を行わせているが、設備も相応の物を使った方が品質もより良いものができるだろう。

 またこの街の設備を参考にすることで、大森林の仮説鍛冶場や他の作業場をアップデートすることもできるはずだ。

 これ以降はリーベ大森林を試作開発用、このリフレの街の職人街を量産加工用として運用する。


 災厄がテューア草原から離れれば再びプレイヤーたちはこの街へ戻ってくるだろう。現にレアが離れたことで難易度はすでに☆1に戻っている。

 今のうちに初心者向けの装備やアイテムなどを生産させておき、特需に備えるのだ。

 初心者向けの装備の生産は見習いにやらせ、職人として格の高い者たちにはアダマン装備を量産させる。これで経験値も稼げ、戦力の底上げもでき、ついでに金貨も稼ぐことが出来るだろう。


「プレイヤーが移動するということは、だ。たとえ密輸という形で流通に打撃を与えなかったとしても、プレイヤーが持っている資産がプレイヤーとともに移動する現象は止めようがない。

 旧ヒルス王国がプレイヤーたちに人気が出てくれば、大陸中からプレイヤーとともに金貨が集まってくることになる。

 そうすればそれだけ市場も大きくなるし、市場が大きくなればさらに金貨も集まってくる。

 NPCの移動手段は限られてるから現実ほどの流動性はないだろうけど、一瞬で移動するプレイヤーがその分を埋めてくれる」


 その資産移動の行き着く先は国家間での経済格差だ。

 しかも旧ヒルス王国はすでに国として存在しないため、その格差自体に他国の首脳が気づくことはないだろう。せいぜい、プレイヤーたちが金貨をどこかにため込んでいるのでは、と勘繰るくらいだ。


 この大陸ではすべての国で同じ貨幣が使用されているという。しかもそれは金貨だ。

 つまりこの大陸の経済は金本位制であり、通貨が一種類しかないのなら為替相場も存在しないということになる。大陸中の基軸通貨の地金として利用可能なほど大量の金が存在しているのは驚きだが、マジカルな世界だしそこはいい。この大陸の金には現実世界の銀程度の希少性しかないのかもしれない。

 いずれにしろ、各国の金貨の保有数がその国の経済力に直結しているということだ。

 その金貨が人知れず──プレイヤーたちのインベントリに入り、しかも転移で移動されてはNPCには知りようがない──この旧ヒルス王国に集まってくる。

 どの国も自国通貨を持たない以上、その金貨を買い戻すこともできない。つまり、NPCには一度開いた経済格差を埋める手段がない。


 これまでは争い事も起こらず、貿易自体も細かったため多少経済力に差があっても問題は無かった。各国、いや各都市が税をなにで取り立てているのか不明だが、もしかしたら納税は物納で金貨自体あまり使われていない国もあったかもしれない。

 しかしプレイヤーによって国家間の交流が爆発的に増えていくだろうこれからはそうはいかない。経済的影響力の弱い国は発言力さえ無くなっていき、国内のあらゆるものを売って金貨に変えていかなければいずれ立ち行かなくなるだろう。


「まあ、すぐにはそこまではならないだろうけど」


 旧ヒルスにプレイヤーや物や資産が集まってくるとしたら、おそらくその流通の要となる街はここリフレだ。

 早急に領主に命じ、外側に第2の外壁を建造するなどして、都市の拡張計画を立てさせなければ。

 そうすれば利に聡いプレイヤーたちに貸し出す土地や店舗も増やせるだろうし、活気に釣られて集まってくるNPCも増えるだろう。

 居住や商売をすべて戸籍や滞在ビザなどで管理するようにすれば、プレイヤーからだけ少し多めの税金を取り立てることも可能だ。

 別に他のプレイヤーたちに商売をさせたくないわけではない。ただ商売するとしてもそれはレアの手の平の上で行なって欲しいというだけのことだ。


「あ、ケリーたちの誰かを例の火山のふもとに送ろう。

 あそこでロックゴーレムたちを『使役』させてこの街の外壁の材料に使うとしよう」


 そうすれば工期も短縮することができる。資材が自分で勝手に移動してくれれば手間も省ける。


「それでしたらマリオンに任せましょう。人間相手よりも岩相手の方が気が楽でしょうし、『氷魔法』が得意なあの子なら1人でも十分できるでしょう」


「それから再開発にかこつけて、住民を登録制にしよう。すべての住民の戸籍を作成して、プレイヤーと住民がすぐにわかるように。

 膨大な事務作業が必要になるけど……。まあ、適当な住民を『使役』して少しINTを上げ、事務員として雇い入れてやらせておけばいい」


 教育についてはどうしようもないが、素養や才能については経験値でどうとでもなるというのは素晴らしい。


「そちらは私にお任せを」


 聞き慣れない男性の声がした、と思ったら領主だった。


「そうだね。街のことなら君のほうがいいか。ええと」


「アルベルト、アルベルト・ゼーバッハ子爵です、陛下」


「かっこいいな名前! あれ? 姓はリフレじゃないんだ」


「はい、もともと我が一族は王都で法衣貴族をしておりましたので。この地を治めていた領主が失脚した際に、その不正を暴いた我が祖父が陞爵し、リフレ子爵に代わりこの地を治めることになったとか」


 そういうシステムなのか、と思ったが、どこかで役立つ知識にも思えない。きわめてどうでもいいことだ。もう滅んだ国の話である。


 アルベルトがそういうならばと仔細は彼に丸投げし、ついでに都市拡張計画についても進めるよう指示しておいた。

 マリオンを呼び資材の確保についても打ち合わせをさせる。

 アルベルトの『使役』はノーブル・ヒューマン標準のスキルのため使い勝手が悪い。ケリーやマリオンたちに移動のための『術者召喚』などを取得させるついでに、アルベルトにもいろいろ仕込んでおいた。


「じゃあ後は頼むよ。わたしはいったんリーベ大森林に戻る。することがあるのでね」




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