第140話「報連相、ヨシ」(ブラン視点)
レアから借り受けたクイーンビートル、その配下であるシシンデラという魔物から報告を受け、アザレアがバルコニーから飛び立っていった。
報告の内容は、下級吸血鬼4名が潜む民家から短時間で生きて出てきた者たちがいる、というものだ。らしい。
正確なところはブランには不明だ。ディアスが通訳してくれた。
「現在、街の民家には下級吸血鬼4体を1班として配置しております。その民家から短時間で生きて出てきたということは、短時間で下級吸血鬼4名を倒したということです。他の侵入者どもを見る限り、同数の下級吸血鬼を相手にしては勝率は五分といったところ。
それを数に劣った戦力で短時間で制したとなれば、一定以上の戦闘力がある事は確実。しかも目立った怪我もなく、消耗もない様子。であれば警戒が必要かと」
そうディアスに言われてしまっては、警戒のため確認に向かわせるしかない。
ディアスは名目上ブランの下についている事になっているが、レアからの好意で滞在してもらっているだけだ。
レアからはブランを最優先するよう言われているとのことだが、ブランの言うことを聞いてくれるというわけではない。どちらかと言えば最優先にしているのはブランの身の安全であり、それに関わることならばブランの言うことよりも自身の判断を優先するだろう。
同様の事がヴァイスにも言える。
出向元は違うものの、こちらも事情は似たようなものだ。
「ディアス様のおっしゃるとおりですね。僭越ながら付け加えさせていただきますと、あまり戦闘力が高いようでしたら躊躇わず初手で息の根を止めるつもりで攻撃すべきかと。
彼らが腕に自信があるようでしたらまた来るでしょうし、正確に戦闘力を知りたいと言っても、全く何の情報も無い今どうしても行なわなければならない事でもありません」
ヴァイスがディアスの言葉にこう続け、ディアスも頷いた。
これを聞いたアザレアが、ならば自分が、と飛んでいったというわけだ。
アザレアならば上空から魔法を撃つだけで完封することが出来るだろうし、最悪の場合は巨人に変身してしまえばいい。
巨人になれば魔法の力を失う代わりに防御力とLPに大きなボーナスを得ることが出来、それを頼りに耐えている間に増援を送ることが出来るだろう。
流石に街の真ん中に巨人が現れればここからでも見える。
そうしたらすぐさまディアスが向かってくれる事になっている。
アザレアが負けてしまうような敵ならば、何とかできそうなのはディアスくらいしかいない。
***
目の前の人間たちはアザレアの放った『ライトニングシャワー』でかなりのダメージを受けているようだ。
アザレア、マゼンタ、カーマインの3名は主君であるブランの方針で魔法攻撃主体でビルドしてある。
魔法に対して特に対策もしていない人間であればこのとおりだ。
アザレアとしては一撃で消し炭にするつもりだったのだが、原型を保っているどころか、どうやら2人も生き延びたものがいる。
これまで出会ってきた人間たちとは全く次元の異なる実力を持っているらしい。
しかし素直に驚いてみせるのはアザレアの矜持が許さなかった。
「大したことないみたい。たった一発でこれなの?」
よく見てみれば、あの男の装備している全身鎧にはススひとつついていない。ということはアザレアの魔法はあくまで鎧を伝って内部にダメージを通しただけであり、鎧の防御力を無視することが出来たからこそ被害を与えることが出来たということだ。
となるとあの男への攻撃は『雷魔法』以外は鎧にはじかれ効果が薄くなる可能性がある。
もうひとり立っている男は鱗状の金属をいくつも貼りつけたような鎧を着ているようだが、こちらも鎧には何の損傷も与えられていない。あの金属が同じ物であるなら、こちらの男への攻撃にも注意が必要だ。
このまま畳み掛ければ倒しきれるだろうが、『ライトニングシャワー』はリキャスト中だ。連続して撃つ事はできない。
別の魔法を撃とうにも、それで効果が薄ければ『ライトニングシャワー』のリキャストが明けるのをただ遅らせるだけになる。
リキャストを待つ間、魔法以外の手段で相手の行動を縫い止めておく必要がある。
ふと、領主館から天を駆けて1体の赤いスケルトンがこちらに向かってくるのが見えた。
あれは同じ主君を戴く同輩、
クリムゾンたち竜の牙は序列で言えばアザレアたちの後輩にあたる。
戦闘力はというとどちらが強いという事もないが、1対1で戦えば間違いなくアザレアが負ける。
魔法使い系であるアザレアは、1対1での戦闘ならば相手の射程外から一方的に攻撃することで敵を倒す事になる。しかし相手が近寄るまでの間に倒しきれなければ接近戦で殴り負けてしまう。リキャストが重なり手札が尽きても同じだ。このクリムゾン相手ではおそらくそうなる。単純に相性の問題だ。
しかしクリムゾンが味方であるというのならこれ以上相性のいい組み合わせもないだろう。
クリムゾンが接近戦で抑えている敵めがけて、遠くから魔法を撃つだけだ。
竜の牙は接近戦に優れており、身が軽いため速度に特に秀でている。また竜と名がつくだけあり、その爪や牙はドラゴン由来の攻撃力を備えているらしく、かなりの切れ味を誇る。同様の理由から耐久力も素晴らしい。骨であるため唯一打撃属性には弱いのだが、斬撃も刺突も効きづらい。
また本来火属性ダメージに弱いスケルトン系だが、スパルトイの頃からなぜか『火耐性』を単独で所持している。赤いせいだろうか。いや、あの色は主君の血の色のはずだ。火は関係ない。
ともかくそんな頼れる後輩が敵パーティの背後から隙を窺っている。これは勝ったも同然だ。もう少し調子に乗ってもいいだろう。
「まあ、身の程知らずにもこの街に足を踏み入れた、その蛮勇は褒めてやるわ。それを土産に冥土へお行き」
アザレアのその言葉が聞こえたのか、近くまで来たクリムゾンが空中で器用に首をすくめ左右に振った。
目の前の人間たちにというよりは、そのクリムゾンの態度に対する苛立ちで衝動的に魔法を放つ。
「『ヘルフレイム』!」
位置的にクリムゾンもかすってしまうかもしれないが構わない。彼は『火耐性』がある。どうせ大したダメージにはならないし、後で『治療』でもかけてやればそれでいい。
その時には先輩に対する態度というものを──
「あぐっ!」
突如聞こえた叫び声に視線を下げると、最初の『ライトニングシャワー』で始末したはずの魔法使いの男がクリムゾンの爪に貫かれ、光になって消えていくところだった。
「……?」
いまいち何が起こったのか理解が及ばない。
魔法使いの男がクリムゾンにやられたのは、さきほど死んでいたはずの場所よりもズレた場所だ。
いや、死んでいたのではない。クリムゾンによって倒されたということは『ライトニングシャワー』では死んでいなかったのだ。
そして今の『ヘルフレイム』を回避するため移動しようとし、そこをクリムゾンに貫かれた。
「ウェイン! 明太!」
そしてもうひとり、鱗鎧を着ていた男も今の炎で焼け死んだようだ。
ただ1人生き残った全身鎧が2人の名らしきものを叫んでいる。
この男の鎧の性能は恐るべきものだ。
相性のために『ライトニングシャワー』こそダメージを通すことができたが、今の『ヘルフレイム』はさほどのダメージを与えられていないように見える。
鱗鎧の男は金属に覆われていない部位も多かったため、十分に火が通ったようだが。
顔などは特にこんがりと焼けており、ダメージに耐えきれずに光になって消えていった。
しかし生き残った男の鎧や盾、あるいは剣もだが、あれは危険だ。警戒が必要だ。
とは言え彼は所詮は近接物理職。宙を舞うアザレアに有効打を与えることはできない。
では、クリムゾンに貫かれたあの魔法使いの男はどうだったろう。
この金属鎧と同じパーティを組んでいた者だ。
鎧や剣などの装備と同程度の脅威度を持った魔法使いだとすれば、上空のアザレアに何か致命的な攻撃をしてこないとも限らない。
そういう算段があったからこそ、死んだふりをしていたのではないのか。
だとすれば、クリムゾンに救われたと言えないこともない、かもしれない。
アザレアは後輩の功績を認めないほど狭量ではない。
この功績に免じ、先輩に対する態度を教え込んでやる、というのは勘弁してやっても良いだろう。
金属鎧の男は突然現れたクリムゾンに斬りかかろうとしている。彼が魔法使いを倒したせいだろう。
あの男にとっては全員にダメージを与え、鱗鎧を倒したアザレアの方が許せないだろうが、アザレアは上空にいて手を出せない。
斬りかかる男に対しクリムゾンも応戦するが、男の全身鎧にはクリムゾンの爪を持ってしてもダメージを通すことはできないようだ。
しかし男の技量ではクリムゾンにその剣を叩きつけることも出来ていない。男の剣速よりもクリムゾンの動きのほうが早いためだ。
アザレアは地上でクリムゾンが男と遊んでいる間に上空でリキャストを待った。
リキャストが明けると、雷系の単体魔法を男に放つ。
そのたびに男は上空のアザレアを睨みつけるが、だからと言って彼に出来ることはない。無駄な隙を作り、クリムゾンに殴られるだけだ。
クリムゾンは爪で斬りつけるのを諦め、打撃ダメージを与えるべく蹴りや掌底で攻撃している。
衝撃は貫通しているようだが、それほど有効打というわけでもなさそうだ。
効果的なダメージを与えているのはやはりアザレアの『雷魔法』のみだ。
あの魔法使いを何故殺しきれなかったのかはわからないが、この男とさきほどの鱗鎧にはちゃんとダメージを与えている。
「無駄に時間を食ったけれど。そろそろ終わりかしら」
クリムゾンが天を駆け上り、男から距離を取る。
巻き込まれてはたまらないと言わんばかりだ。
アザレアはそれを確認すると、覚えている『雷魔法』を連続して叩き込んでいく。
それほどLPは残っていなかったらしく、全てを撃ち切る前に男は光に変わった。
***
「あ、帰ってきた。どうだった?」
「大したことはありませんでした」
「大したことがなかったのなら、こんなに時間を掛ける必要はなかったのでは? クリムゾン殿までお連れになって」
指摘するヴァイスをアザレアは睨みつけた。
そこへディアスが声をかける。
「別に、誰もあなたの仕事を疑いはしない。ただ報告は正確にしたほうがよいかと思うが。
やつらはいっとき倒したとしても本当の意味で死すことはない。必ずまた現れる。
此度の情報が正確に伝わっておらねば、再び現れた時にあなたの主君に危険が及ばないとも限らない。
ヴァイス殿がおっしゃりたいのはそういうことであろう」
「っ! 大変申し訳ありませんでした!」
アザレアの話を聞いた所によれば、その3名のプレイヤーは他のプレイヤーより随分と強いようだ。
一段も二段も格上だろう。アザレアに加えクリムゾンもいたにも関わらずこれだけ時間がかかったのは驚きだ。
彼女たちは二度目の転生によりかなり強くなっている。ディアスによれば、レアに借りているクイーンビートルと同程度らしい。
その2人の攻撃に耐えられたのはどうやらプレイヤーたちの装備していた鎧のおかげらしい。
クリムゾンの爪さえ通らなかったというのだから恐るべき性能だ。
アザレアの見立てでは、ある程度以上の『雷魔法』くらいしか有効な攻撃はないようだ。
「ある程度以上の『雷魔法』しか効かぬとなると……。ふうむ。まるで陛下の鎧坂殿のようですな」
「ヨロイザカどの……? ああ、ヨロイ・ザ・カサンのこと? え? あのロボ並みに硬い装備ってこと? やばい奴じゃん!」
とは言え今回はなんとか倒せている。
デスペナルティによって経験値も減少しているだろうし、再び挑戦してくるとしても少し先のことだろう。
それまでにこちらも経験値を稼ぎ、準備を整え、再戦に備えなければならない。
「でもレアちゃんの装備と同レベルの装備を持ったプレイヤーかあ……。今度会ったら教えてあげよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます