第139話「エルンタール」(ウェイン視点)





「ここがエルンタールか。けっこう人いるな」


「ま、☆3だからな。最高が☆5ってのを考えりゃ、ちょうど真ん中でダンジョンの難易度を調べるにゃもってこいだからな」


「……表記上☆5が最大値だからって実際の難易度の最大値が☆5相当なのかどうかはわからないけどね」


 ウェイン、ギノレガメッシュ、明太リストの3人は予定通りエルンタールの前にいた。

 カーネモンテの街を出た後、装備の性能を確かめがてら経験値稼ぎをしながらのんびり移動を続けていたが、その途中のタイミングでダンジョンが正式に実装されたため、一気に転移で飛んできたのだ。


「災厄がいる旧ヒルス王都が☆5だから……。暫定的に災厄を☆5と仮定すると、僕らのパーティは☆3だとちょっときついかな、ってくらいだと思うんだよね」


「ちょっときついくらいの方が経験値的にはおいしいんじゃねえか?」


「そうかもしれないね。でもそれ以前にまず、本当に難易度最大値が☆5なのかどうかはわからない。仮に設定上はそれ以上の難易度もあるけど、表記上☆5までしか表示できないってことなら、☆5の中でもピンからキリまであるってことになる。もしそうだったとしたら、災厄は☆5以上であるって可能性もあるし、☆3はもう少しやりやすいかもしれない」


 SNSで丈夫ではがれにくいが言っていた事だ。その可能性も確かにある。

 仮にアーティファクトがない状態で災厄と戦うとしたら、強くなっているとはいえあの時のメンバーをもう一度集めたところで勝てはしないだろう。第一形態の鎧から引きはがすことさえできないかも知れない。

 あの時は運よく明太リストの『精神魔法』を叩きこむことができたが、弱体化させていてさえギリギリのラインだった、らしい。現に鎧から出た後は全く通用していなかった。


 いずれにしてもまずはこのエルンタールだ。いきなり攻略するつもりというわけではないが、ギルの言う通り腕試しにはちょうどいいだろう。ここで通用しないようならヒルス王都など夢のまた夢だ。


「……あれ。ラコリーヌの森の難易度が下がったみたいだ。ここと同じ☆3だってさ。

 しまったな、それならそっちに行くべきだったか。そっちのほうがヒルス王都に近い」


「ここが終わってから行けばいいだろ。てか、まだSNS見てんのかよ。ほらそろそろ行くぜ」


 ギルが明太リストを急かし、エルンタールの街へ入っていった。ウェインもそれを追いかけた。


 街の中はひっそりと静まり返っており、特におかしなところはない。住民がまったくいないということを除けば。

 家の扉や窓などはこじ開けられたような跡もあるが、すべて修復されている。魔物がここを襲撃した後、わざわざ直したというのだろうか。


「一応、他のプレイヤーたちと鉢合わせしないように気を付けて進もう。協力できる相手ならいいけど、そうでない相手なら面倒になる。それに出会いがしらに魔物と誤認して攻撃してしまったり、されたりするかもしれないしね」


 以前ほどプレイヤーを信用していないわけではないが、ウェインがプレイヤーを信用したところでPKが減るわけではない。信用するということと警戒しないということは全く別の問題だ。


 他のパーティとかち合わない、他のパーティの邪魔をしないというのは周辺のプレイヤーたちの共通認識らしく、幸いプレイヤーたちと出会うことはなかった。

 しかしモンスターと出会う事もない。


「ただの街の散歩になってんだが……」


「うーん。モンスターがいない……ってことはないと思うんだけど。

 向こうに見える大きな建物はたぶん元々領主が住んでいた館とかだよね。あそこをボスエリアだとすると、あそこに近づけないように魔物を配置するのが普通だと思うんだけど」


「民家しかないね。それに通りにも誰もいない」


 他のパーティはどうしているのだろう。

 もう領主館へ向かったのか。それとも家の中を探索でもしているのか。


「……誰もいない、とは限らねえな。そういえば家の中を確認してないぜ」


 ギルも同じことを思ったのか、近場の家のドアを開け、中に入っていった。


「……うお!? ゾンビだ! 家の中にゾンビがいやがるぜ!」


 ギルの声にあわててウェインと明太リストも家の中へ入る。

 家の中には数体のゾンビがおり、床にはすでにギルに切り伏せられたらしい1体が倒れていた。

 ウェインもまだ立っているうちの1体に駆け寄り、その剣で真っ二つにした。

 普通なら背骨などに当たって止まってしまうところだが、このアダマスの剣ならそのようなことはない。これまでの旅でも、このくらいの敵なら一刀両断にできることは証明されている。


 ゾンビを袈裟がけに真っ二つにした後、さらにもう1体を腰のあたりで真横に一閃し、上下に分断してやる。そうしているうちにギルも剣でもう1体の心臓を突き、戦闘は終了した。


「……ふうん? 普通のゾンビよりは確かに強いが……。それだけだな」


「見た目も普通のゾンビじゃないね。小綺麗というか……腐敗していない?

 ダンジョンの中じゃ腐敗は起こらないのかな?

 多少強くてもゾンビはゾンビだし、どうせ大したアイテムも手に入らないだろうし、人間の死体を解体するっていうのもちょっとあれだよね。どうする?」


「まあ、放っておこうぜ。家の中にたいしたもんがないとなりゃ、探索するだけ時間の無駄か?」


「……☆3のダンジョンの雑魚がただのゾンビというのも気になるけど」


 明太リストはそう言うが、事実そうなのだから仕方がない。


「すげえー強いゾンビだった、って可能性もあるけどな。

 ほとんど一撃だったけど、こっちの武器は国宝級……とはさすがに言わねえが、ちょっとした貴族家の家宝になっててもおかしくないくらいの業物だし、たぶん素で同格くらいの奴が相手だったとしても、雑魚との違いなんてわかんねえぞ」


 ギルの言う通りだ。

 未だ装備に振り回されているという感覚は消えない。鍛冶屋の親方からはきちんと手入れをするようにとサービスで特殊な砥石を受け取ったが、これまでまったく切れ味は落ちていないし刃こぼれもしていない。手入れと言えば血脂などを拭き取ったくらいだ。そう思いながら剣を見た。


「……ギル、やっぱ今のゾンビ、ただのゾンビじゃないみたいだ」


「おお?」


「みてよこれ。刃こぼれまではいってないけど、刃先がほんのわずかにくすんでる。たぶん、骨を断った時に少しだけ摩耗したんじゃないかな」


 通常、鉄の剣で獣の骨を断てば刃が欠ける。

 刃の入る角度や力の入れ方、剣速などを最適化することによって消耗を最小限に抑えることはできるが、完全にゼロにすることはできない。

 今のアダマスの剣の状態は、その消耗を最小限に抑えて切った後の鉄の剣に似ている。

 ウェインの技量がそこまで高いとは思えないため、おそらく達人なら消耗なしで切り裂けるのだろう。

 剣の性能に助けられた形だ。鉄の剣なら骨に当たったところで折れていただろう。いや、そこまで骨が丈夫な魔物なら、そもそも鉄で肉を切り裂けたかどうかも怪しい。


「まじかよ……。おお、よく見たら俺の剣もだ。盾は……そこまで変化はないみたいだな。相手も素手だったからか」


 ギルは盾で攻撃をいなしていたようだ。


「☆3か。マップ自体はただの街みたいだけど、モンスターはかなりヤバいね。僕たちも装備を更新してなかったらもっと苦戦していたと思う。他のパーティが中堅クラスばかりだったら……誰も生きて帰れないかも」


 確認してみると経験値もかなり入っていた。ウェインたちを上位層のプレイヤーとするなら、中堅程度か、ややその下くらいの実力の魔物と戦った時と同じ取得量だ。

 これまで敵が出てこなかったため、街のかなり深いところまで入り込んでしまったが、この先さらに強大な敵がいないとも限らない。

 SNSでは☆3は中堅くらいかと予想されていたが、本当にそうなのかはわからない。対策をしていない中堅パーティではこのゾンビたちを倒せるかは微妙なところだ。☆3のフィールドが現時点でのプレイヤー上位層クラスだという可能性もある。

 これ以上進むのなら退路を確保してからの方がいいかもしれない。


「……とりあえず、外に出よう。相手がゾンビなら、明るいうちは往来を出歩くようなことはしないはずだ。進むにしても逃げるにしても、陽の当たる場所を行った方がいい」


 ウェインの言葉に一行は急いで通りへと出た。

 街なかは相変わらずしんとしており、生きる者の気配は感じられない。

 敵がアンデッドだというのなら当たり前の事だが。


「──ん?」


「どうしたんだ? ギル」


「いや、今何か向こうに何かが見えたような気がしたんだが……。何もいねえな。気のせいか?」


 何もいないのかと思われたフィールドにゾンビがおり、ただのゾンビだと思われた雑魚が思いのほか強かった事が判明したばかりだ。

 わずかな不審点でも解決しておきたい。

 しかしギルが何かを見かけたのは街のさらに奥の方向であり、無策で向かうのはためらわれる。


「いや、見間違いかもしれね。一瞬のことだったし。遠目だったし。向こうの家の石垣が一瞬光ったかな、ってくらいだ」


 石垣が光る。

 その時点で十分怪しい。

 見間違いだとしても、ウェインの知る限り石垣が光るなど聞いたことがない。


「どうする? 明太。十分以上に怪しいけど……」


「……ここは確認しておいた方がいいと思う。ここで撤退したとしても、結局得るものは何もなかったで終わってしまう。いつかは調べる必要があるし、それに僕らは自分で言うのもなんだけどプレイヤーの中じゃ上位層だ。装備も入れればこの大陸ならNPCまで含めても上位と言えるかもしれない。多少の危険なら撥ね退けられるはずだ」


「……よし、じゃあ進もう。ギルを先頭、明太を間にして、俺がしんがりだ」


 慎重に進むが、やはり何も出てこない。

 ゆっくりと時間をかけ、ギルが光ったという石垣の前まで来たが、特に不審な点はない。


「やっぱり何もいな──」


 突然、轟音と共にあたりが激しい光に包まれた。


 これはおそらく魔法だ。それも『雷魔法』の範囲魔法だ。


 王都の決戦からかなり経験値を稼ぎ、新調した鎧もあり防御もLPも相当増やしてきたはずだが、今の一撃でかなり持っていかれてしまっている。もう一撃受ければ耐えられまい。

 ギルはタンク職を自認するだけあり、防御もLPもおそらくプレイヤー屈指だが、雷系の魔法に対してだけはどうしようもない。これは金属鎧を身に付けている以上避けられない部分だ。その分が効いているためか、ギルもかなりふらついている。相当なダメージを受けているようだ。

 明太リストは──地面に倒れ伏している。彼は魔法職であり、防御もLPも相応に低めだ。彼が上げているのは主にMNDであり、MNDが寄与するのは『精神魔法』と『付与魔法』だ。完全サポート特化の彼では今のダメージは耐えきれなかったようだ。


「……明太……」





「──ごく短い時間で民家から無事に出てきた者たちがいる、というから様子を見に来たけれど」





 声は上から聞こえてきた。

 どうやら今の魔法を放った存在は空を飛ぶことが出来るらしい。

 そこには長く艷やかな黒髪をなびかせる、色白の女性が空中に腰掛けるようにして佇んでいた。


「大したことないみたい。たった一発でこれなの?」


 女性は一瞬遠くを見るようにしながら、風に流れる髪をなでつけ、ウェインたちを見下して言った。


「まあ、身の程知らずにもこの街に足を踏み入れた、その蛮勇は褒めてやるわ。それを土産に冥土へお行き」




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