第138話「血の供与」(ブラン視点)





 転移サービス実装初日。

 ブランは領主館のバルコニーから街を見下ろしていた。


「なんかすでにちらほら人いない? 入っては来てないみたいだけど。待ち合わせとか?」


「この街には外壁がございませんので、明確に街の外との境界線はありません。入っていないとは言いましても、ブラン様の視界に入っておられるなら、それはもうブラン様の領域に侵入しているという判断でよろしいのでは?」


 ヴァイスが涼しい顔でアドバイスをくれる。

 すがすがしい朝だが、ブランもヴァイスも、そしてアザレアたちもすでに全員陽の光の下でも問題なく行動できるまでに至っている。

 ヴァイスがもしデイウォーカーでない場合、いったん伯爵の元に送りつけて改造強化してもらう必要があったが、その心配は杞憂に終わった。

 ブランたちがデイウォーカーになったのはイベント中のため、イベント前の時点でヴァイスがデイウォーカーだったのなら、その時点ではアザレアたちはおろかブランより格上だったということになる。

 いや、今でもそうである可能性があるか。


「……ヴァイスさんがそう言うならそうなんすかね、へへへ」


「……何をお考えになられたのかはわかりかねますが、わたくしめにそのような言葉遣いは不要です、ブラン様」


 アザレア達は屋敷の中でお茶の準備をしている。

 茶葉はレアからもらったものだ。お茶受けはライラからもらってきた。

 吸血鬼である以上は血を摂取する必要がある、と考えていたが、システム的には単に空腹度が減るだけだ。動物の血液が一番空腹度の回復効率がいいというだけで、他の種族の数倍は摂取する必要があるようだが通常の食べ物でも問題ない。

 食べ物も血液もない場合は樹液や植物の汁でも構わない。こちらは血液ほどではないが通常の食べ物よりは効率がいい。蚊か何かかな。


 この事をレアたち姉妹に相談したところ、口をそろえて「じゃあミルクか野菜ジュースでよくない?」と言われた。

 創作物の吸血鬼などはまれにトマトジュースで代用しているようだし、あれはそういう理由なのだろう。必要なのは体液であり、動物のものが好ましいが、なければ植物のものでも構わない、という。


 検証の結果、空腹度は紅茶をロイヤルミルクティーにし、お茶受けにフルーツタルトを食べるだけで1食分程度は回復することがわかった。

 火を通すなどの加工をしてしまうと体液として認識されないらしく、ブルートヴルストなどでは通常の食品と変わらない程度にしか回復しなかった。

 そのためロイヤルミルクティーのミルクを火にかける際も沸騰する前に火を止めている。茶葉はあらかじめ沸騰した湯で開かせておき、温めたミルクに入れて蒸らすのだ。

 ライラに聞いたところでは完全に沸騰させてしまうとミルクの風味が強くなり、茶葉の香りが負けてしまうことがあるそうだ。体液に関しては沸騰させなければ火を通したとみなされないようで、その意味でもちょうどよかった。


「冷静に考えたら生き血をすすれとかプレイヤーにはハードル高すぎるし、そのへんの緩和は当然っちゃ当然かなあ」


 ただ何もないなら吸血鬼になった意味が薄れるため、空腹度と体液以外の食品とのバランスで雰囲気を出しているのだろう。


「ブラン様、アザレアたちがお茶の準備を完了させたようです。

 外の監視はわたくしにお任せいただき、どうぞ中へ」


「そう? じゃあよろしく」


 室内ではすでにディアスがテーブルについており、ちょうどアザレアがブランの分の紅茶を注いでいるところだった。


「ぷれいやーたちはもう集まってきているようですな」


「そうですね。ちらほらいましたよ。まだ敷地内に侵入するってほどでもないけど」


 いや、ヴァイスの理論で言えばすでに侵入されているとみなしていいのだったか。

 椅子に座り、ロイヤルミルクティーを含む。

 今日のお茶受けはイチゴのタルトだ。


「クイーンビートルさんは?」


「あやつなら屋根の上から街を監視しております。我らが陛下にブラン様を頼むと命令されておりますから、張り切っておるのでしょう」


 監視してくれるというなら助かる話だ。

 結局、都合の良い飛行系の魔物を使役することは出来ていない。どこに行けばそうした魔物がいるのかもわからないし、そもそも出かける時間がなかったこともある。

 イベントで得た経験値の配分に忙しかったためだ。









 最初にやったのはブラン自身の強化だった。

 ヴァイスやディアスたちはしきりにブランに直接戦闘しないように言ってくる。ブラン自身も死にたくはないためそうそう前線に立つつもりもないのだが、以前伯爵との会話にあった吸血鬼の血についての事が気になっていた。

 いわく、配下に血を与えて強化することができるが、強大な吸血鬼なら配下をより上位の存在へ至らしめることができる。

 文脈から判断するに、そのような事を言っていたはずだ。

 であればブランが自分自身を強化し、ブランの種族が「上級グレーター吸血鬼ヴァンパイア」からさらに上位のものに変化すれば、今一度配下へ血を与え強化してやることができるかもしれない。

 かつて血を与えた際には確認していなかったが、おそらくブランはあの時「下級吸血鬼」ではなく「吸血鬼」になっていたと思われる。下級が取れたのは『使役』などを取得したときではないか、と伯爵は言っていた。それが正しければ配下を得たときにはすでに下級が取れていたはずだ。


 ブランはすでに上級になっていたため、今与えても何らかの変化は見られるかもしれないが、せっかくだしやるだけやってからにしたい。

 レアの話では配下が転生などをする際、まれに追加で経験値を要求される場合があるそうなので、自身のステータスを確認しながらギリギリ種族名が変わったところでやめるつもりだった。


 スキルは以前にレアに言われた配下を強化する系統のものを全て取得し、それでも変化がなかったために能力値へ振っていった。

 少し振ったところで種族の表記が「吸血鬼ヴァンパイア男爵バロネス」に変わった。

 これはブランが爵位を賜ったということなのだろうか。一体何者から賜ったのかは不明だが。

 伯爵も確かそんな事を言っていた。男爵というのが一般的な貴族位の事なら、おそらくもうあと2ランク頑張れば伯爵とお揃いになれるということになる。


 後の事を考えればここでいったん止めておいた方がいいだろうと判断し、次に最初に生みだした3体のスパルトイ、スカーレット、クリムゾン、ヴァーミリオンを呼んだ。

 以前と同じように3体に血を与えると、以前と同じように、いやそれ以上の強烈な脱力感に襲われた。

 LPを確認するとわずかしか残っていなかった。

 これを黙って行なった件については後でたいそう叱られた。ブランも一体ずつやるべきだったと反省した。


 おなじみのシステムメッセージに許可を出すと変化はすぐに起き、スパルトイたちは一回り体格が大きくなった。より攻撃的なシルエットになり、頭部からは立派な角が後ろへと伸びている。

 リザードマンというよりは竜人のスケルトンといった感じだ。

 かなり強そうになったが、経験値を要求されなかったのは幸いだった。


 彼らの新たな種族名は「竜の牙ドラゴントゥース」。

 新たにアンロックされたスキルに『天駆』というのがあった。空を歩けるというような説明があったため取得させておいた。

 これで自陣営で空が飛べない者は一般のスパルトイたちとゾンビだけだ。人数比で言えば飛べない組のほうが圧倒的に多いが、拠点防衛をするなら遊軍が飛べるだけでも大きな違いがある。


 次に行なったのはアザレアたちへの血の供与だ。

 当然日を改めたし、1人ずつ行うことを強要された。またディアスがレアからポーションを預かってきてくれた。大した金額のものでもないということだったが、そもそもブランはポーションの金銭的価値などわからない。いくらでも飲んでいいということだったのでありがたく使わせてもらうことにした。


 アザレアたちの転生には経験値を要求された。ひとりあたり200だ。レアが魔王になるときは4桁要求されたと言っていたのでビクビクしていたが、意外と常識的な数値で助かった。それでも3人分で600にもなる。痛い出費に変わりはない。


 アザレアたちはモルモンからライストリュゴネスへと転生した。

 見た目それほど変わったようには見えないが、どうやら変身リストに巨人なるものが増えたらしい。

 巨人状態では一切の魔法スキルは使用できないが、その代わりSTRとVITが跳ね上がり、空腹になるスピードが倍加する。それ以外は人型状態と変わらないが、3人は魔法主体で成長させていたためあまり有益な形態ではないと言える。


 残った経験値はアザレア達のスキルを取得するのに使用した。

 まず『素手』だ。これは武器を持たない状態での近接戦闘にかかわるスキルで、巨人へ変身した後の事を考えてのことだ。

 ついでに『解体』も取得させておいた。古いコミックの「素手で解体してやる」とか何とか、そんなセリフを思い出したためだ。

 しかし『解体』には小型の刃物が必要だった。『素手』があっても駄目だった。

 その事をレアに愚痴ったところ「それなら『調薬』も取れば『治療』がアンロックされるよ」とアドバイスをされたため、『調薬』から『治療』、『回復魔法』とすべて取った。

 そこで経験値が尽きたため、強化は打ち止めとなった。


 なお、アザレアたちにかねてより要求されていた『闇魔法』の『闇の帳』は忘れていたので取らせていない。


 さらに翌日、街じゅうのゾンビたちに一滴ずつ血を与えて回った。

 血を与えたスクワイア・ゾンビは下級吸血鬼となった。LPもかなり持っていかれたが、アザレアたちやクリムゾンたちほどではない。危なくなったらポーションで回復すればよいだけだ。

 しかし元住民たちは思いのほか多く、最初の数十軒の家を回ったところで夜が明けそうになってしまった。

 そこで翌日の夜、街じゅうのすべてのゾンビたちに領主館へ来るように命じた。

 アザレア、マゼンタ、カーマインからの『治療』を交互に受けつつ、列をなしてやってくるゾンビたちに延々と血を与え続けるデスマーチだ。それでも足りなければレアに追加でもらったポーションを呷る。

 このポーションをもらう際にレアには「大変だと思うが頑張ってくれ」との励ましをもらった。実に実感のこもった言い方だった。レアにも同様な経験があるのだろうか。


 日が昇ってしまえば外に並んだゾンビが死亡してしまうため、夜の間だけだが、3日を費やし作業は完了した。

 苦労した甲斐もあり、総勢2000名を超える吸血鬼の大集団がエルンタールの街に生まれた。すべて下級だが。









「ブラン様、街なかに侵入するプレイヤーが現れましたよ」


 バルコニーで監視していたヴァイスが報告に来た。

 いよいよ、ダンジョン防衛戦が始まる。

 このダンジョンはどうやら☆3という難易度らしい。それがどの程度なのかわからないが、ああしてそれなりの数のプレイヤーが押し寄せていることを考えると、大したものでもないのだろう。


「よーし、じゃあみんなで頑張ってプレイヤーを撃退しよう! 全部殺しちゃうと誰も来なくなっちゃうかもしれないから、逃げる人はそのまま逃がしてあげよう。だけど奥へ向かってくる奴は八つ裂きだー!」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る