第137話「変態女王」





 スガルが歩いて近づいてゆくと巨大モグラもそれに気がついたようだ。

 また煩わしい虫が現れた、とでも考えているのか。

 しかし触れられるほどに近づいても動こうとしない。確かにそうでなければ工兵アリは巨大モグラを認識する前に殺されていただろうが、こちらの戦力が不明であるにもかかわらずこの態度は、ちょっと大物すぎではないだろうか。


「……必ずプレイヤーが先制攻撃できるようにという配慮なのかな? いや、いちいちそんな優しい設定をするような運営ではないな。たぶんこのモグラの性格だろう」


 他のモグラたちに比べ強大になってしまったために危険に対する感知能力というか、対応能力が鈍化してしまったのだろう。

 この草原では他の場所にも居るような小動物系の魔物以外はモグラしか居ない。生態系の頂点はモグラだろうし、そのモグラの中で最も強ければ増長してもおかしくない。


「ダンジョン、というか、転移先として設定されている以上はあのモグラたちはこいつに『使役』されているんだろうし、たしかにここには危険はないだろうね」


 個別に送られたシステムメッセージでは、確か転移先として「単一勢力による支配地域」を対象にするというような事を言っていた。

 パーティやクランのような、明確な仲間がシステム的に存在しない以上、単一の勢力といえば単一のキャラクターしか有り得ない。例外が『使役』だ。

 そして領域に多くのモンスターが存在しているにも関わらず転移先に設定されたということは、そのほとんどを1体のキャラクターが支配しているという事に他ならない。

 つまりPC・NPCを問わず、ダンジョンのボスは例外なく『使役』を持っている、大勢力の元締めだということだ。

 これは仮説に過ぎないが、状況から考えて間違いないだろう。

 この巨大モグラを倒した後、帰り際にでも他のモグラがまだ生きているのかどうかを確認すればはっきりする。


 スガルは先制は相手に譲るつもりだったようだが、一向に攻撃してこないモグラに業を煮やしたのか、両手を鎌状に変化させ斬りつけた。


 一瞬何が起こったのかと思ってよく確認してみたが、確かに一番上の腕が鎌状に変化している。

 クモの出糸管やアリの酸を分泌する穴はどうしたのかなど気になることはあるが、まずはどういう理由で変化したのかだ。

 慌ててスガルのスキル欄を確認してみれば、『変態』という項目くらいしか怪しいものはない。字面が怪しいという意味ではなく、原因かも知れないという意味でだ。


 このスキル自体はスガルの転生の際に気づいてはいた。

 昆虫で変態といえば、心当たりはある。しかしこのゲームのアリ系モンスターは変態しない。卵から孵るといきなり成虫なのだ。だからシステム的に変態という過程は存在しないのだろうと考えており、そのために、もし違う意味だったらちょっと困ると考えて見ない振りをしていた。

 しかしどうやら変態自体は存在しているらしい。しかも生態として必要な過程ではなく、戦闘や生産で利用可能な実用的なスキルとしてだ。


 その効果は「自身の身体の一部、または全部を特定の形状へ変化させる。変化に要する時間は追加でMPを消費することで短縮できる。変化した部位は変化後の形状により一時的にスキルを獲得する事がある。効果時間は消費コストによる」というものだった。

 本来の消費コストはLPだが、同時にMPも消費することで一瞬で変化することが可能らしい。

 そして特定の形状というのはあらかじめ決められているようで、スガルの変態リストには配下として生み出せるだろう眷属の形質が列挙されていた。

 その中には今使っているらしい「鎌」の他にも「糸」や「酸」もある。

 先ほどのクモの糸やアリの酸も一時的に『変態』で腕の先に生み出したのだろう。実際にクモの糸のスキルがあるのかどうかは確かに確認していなかったが、今見てみても無いようだ。

 スガルの言った「私の糸はクイーンアラクネアのものと同質」とはこれの事だろう。スガルはクイーンの出糸管を『変態』によって再現しているだけだ。


「配下の種類が多いほど本体も強くなる、ということでいいのかなこれは」


 配下の種類を増やすためには、一見必要なさそうなスキルを取得しなければならない事もあるだろう。

 効率だけで考えれば本体の強さにとってそれはマイナスでしかない。

 しかしそれによって配下の種類が増えていけば、こうして本体の戦闘時の引き出しも増えていくことになる。

 実力的に格上の存在相手にどこまで有効かはわからないが、実力が拮抗していれば手札が増えれば勝率は上がるだろう。


「かなり強力な種族だな、クイーンアスラパーダ。節足動物の頂点と考えれば当然といえば当然か。わたしも頑張らなければ」


 眼前では突然斬りつけられた巨大モグラが慌ててスガルを潰そうとしていた。

 しかしその腕ごとスガルは斬り裂いた。明らかに鎌のサイズを超える斬撃範囲だ。一瞬桃色の光も見えたため、何らかのスキルが発動したのだろう。鎌の形状に付随してきた一時的なスキルという奴か。


 腕を斬り落とされた巨大モグラはそこでようやく目の前の虫の恐ろしさを認めたらしい。

 ふんぞり返った体勢を改め、後ろ脚で身体を支えながら、片腕の爪で顔を庇うように構えてスガルを睨みつけている。

 あの鎌の具体的な攻撃力は不明だが、相対的に言って相手の防御力は紙だ。

 どこに斬りつけてもダメージを与えられる以上、防御に大した意味はない。


「おお? なるほど、ただのでくのぼうというわけでもないのか」


 スガルの背後から突然土が盛り上がり、爆発した。

 土系の範囲魔法だ。その中でも珍しく座標指定のものだ。

 スガルの死角を突き奇襲を食らわせるためにそれを選んだのだろう。見た目ほど頭は悪くないようだ。


「かつてのスガルは魔法など全く使えそうになかったんだが。このモグラをあの頃のスガルと同格と仮定すると、こちらはクイーンベスパイドに比べ防御力が低い代わりに一部の魔法を覚えているということかな。それに加えて、生まれてから時間も経っている分それなりに強くなっていると」


 しかしスガルはもうクイーンベスパイドではない。

 ボスとは言え魔法特化というわけでもない格下の範囲魔法など、スガルは意にも介さない。先ほどのプレイヤーたちと比べても今の魔法は大した事のない威力だ。


 魔法は無視してガードするモグラの腕を鎌で斬り刻む。

 両腕を失ったモグラはなおも魔法を放とうとしたが、その前にスガルの鎌が僅かに輝き、一閃のもとに首を落とされた。

 このモグラもかなり大きな体に見えるが、このサイズではまだウルルのような大型モンスター特有のLPボーナスはないようだ。まあ、あったところで首を切り落とされても生きていられるのかどうかは知らないが。


「しかし、シキヨクの魔王にヘンタイの女王か……。まあ、スキルなんて基本的に自分にしか見られないし、黙っていればわからないかな」


《ネームドエネミー【楽園のモグラたち】の討伐に成功しました》

《フィールド【楽園跡地】がアンロックされます》


 以前に聞いた同様のアナウンスとは若干内容が異なっている。

 セーフティエリアが存在せず、ホームに設定することが不可能になったためだろう。

 しかしこの手のアナウンスがあったということは、ここを支配していた単一の勢力とやらは今ので討伐できたということだ。

 晴れてこの地をレアの管轄として支配することが出来る。


「……いや、待てよ。今わたしたちがこのエリアを攻撃していた時、この地の難易度は☆1のままだったはずだ」


 例の初心者たちが助けを求めている時に確認した限りでは、特に難易度が上がったというような報告はなかった。あのときは転移可能なプレイヤーはそれなりにこのエリアに注目していたようだし、その時点で変化があれば書き込みがされていただろう。


「考えてみれば当たり前の話かもしれないが、☆1のフィールドに☆5クラスのプレイヤーがアタックをかけていても、その☆1フィールドの難易度が上がるわけではない」


 そのダンジョンのボスと攻撃側のプレイヤーは単一の勢力ではないため当然と言える。


「ということは、だ。わたしの配下をどこかのダンジョンに向かわせ、そこのボスをあえて倒さずにおいて、配下にはそのダンジョンのモンスターのフリをしてプレイヤーを攻撃させる。

 そうすればダンジョンの難易度を上げることなく客だけ横取りすることができる……のか?」


 構図としては先ほどのスガルとプレイヤーとの戦闘と同じだ。問題ないはずだ。

 しかし元々そのフィールドに生息しているモンスターもいるだろうし、そのモンスターはおそらくダンジョンボスの眷属のため、いくら排除してもすぐにリスポーンしてくる。

 ダンジョンモンスター排除チームとプレイヤーキルチームの2組が必要になる。


「形としては一応三つ巴という事になるのだろうけど……。それも送り込む配下の戦力を調整すれば全ての敵対勢力を我々が相手することも可能だな。

 他人のダンジョンの難易度が変化するのかについては早急に検証する必要があるけれど」


 検証するだけならば今すぐ可能な方法がある。

 ブランに許可をとり、SNSをチェックしながらエルンタールの領主館からディアスを外出させることだ。

 ヒルス王都の難易度を調整した経験から考えれば、ディアスが外に出れば一発で☆5に跳ね上がるはずだ。

 しかしレアの考えが正しければ、レアの支配地ではないエルンタールではディアスが外出したところで難易度に変化はない。


 この悪巧みがうまくゆけば、難易度調整という面倒な作業はもうしなくてもよくなる。

 立地のよさそうなダンジョンを見つくろい、そこを実効支配するだけだ。

 ただ念の為ダンジョンのボスの居場所と戦闘力は知っておく必要があるだろう。

 この先、支配しているダンジョンの数や広さなどで、何らかのコンテンツがアンロックされないとも限らない。そうなった場合に速やかに支配済みのカウント数を増やせるように。

 ボスはいつでも始末できるよう監視しておき、雑魚はプレイヤーと接触しないよう管理しておく。一番理想的なのは雑魚のリスキルだ。

 加えて現地に出張する眷属たちの寝起きする仮設住宅も必要だ。リスポーンするたびに自陣に戻ってこられては仕事にならない。


「これがうまくいけば継続的に経験値を……。

 ああ、なんか既視感があると思ったら、これあれだ。規模こそ大きいけど、リーベ大森林のゴブリン牧場と仕組みとしては同じだな」


 戦う雑魚が虫やアンデッドばかりではプレイヤーも飽きてしまうだろうし、どこかのダンジョンを潰して適当なエリアボスを配下にし、魔物のバリエーションを増やしたほうが良いかも知れない。

 その場合潰したそのダンジョンからはボスや雑魚が居なくなるため、できれば現在転移先リストに載っていない、プレイヤーに認知されていない領域が望ましい。空いたエリアはアリで埋めておけばいい。


 しかし、転移先リストに載っていない領域を制圧する、とは。どこかで聞いたフレーズだ。


「……もしかしてライラの奴……。いやまさかな」






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