第136話「大モグラ」
「……さて。もう来ないようだね」
クラン戦を終えた後もしばらくその場で佇んでいたが、レア目当てらしきプレイヤーは現れない。
たまにSNSに目を通していないらしい初心者プレイヤーが草原に来たりもしたが、鎧坂さんの姿を見ると一目散に逃げていく。
〈先ほどの戦闘では、ボスにまで被害が及んでしまい申し訳ありませんでした……〉
「いや、被害というほどのものはなかったし、あれは彼らが話を聞いてなかったせいと言うか、せっかちなだけだ。気にしなくてもいいよ」
こちらはスガルとの戦闘が終わるまでは手を出さないと宣言してやっていたのだから、大人しくスガルとだけ戦っていればよかったのだ。
挑発目的だったとしても、スガル1人にさえ勝てるかわからないのに、そこにレアを加えて戦況を不利にしたところで何の意味があったというのか。
「わたし……というよりスガルを甘く見ていたのかな? どちらかというとわたしに攻撃するつもりで、スガルの方は巻き込んで倒せればいいみたいな」
確かにボスと取り巻きの実力に差がある場合はそういう戦法を取ることもあるだろうが、それはその取り巻きがプレイヤーより遥かに弱い前提でのことだ。
ボス戦の取り巻きといえば、考えようによってはそれ自体がギミックの1つと言える。ボス攻略戦においては、確実にギミックを処理してからでなければ勝てるものも勝てない。
もっとも今回は勝てる戦闘でもなかったし、処理できるギミックでもなかったようだが。
「ちょっと条件が足りなかったんじゃないかな。お抱えの生産職プレイヤーが自前でアーティファクト級のアイテムを生産できるようになったら是非また挑戦してほしいものだけど」
アーティファクトなら何でも良いのなら、レアやレミーでさえ作ることが出来る。
ならば他のプレイヤーでも不可能ではないだろう。
別に弱体アイテムでなくとも、例えばアーティファクト級の剣などでもいい。
そんなもので斬りつけられれば鎧坂さんだって耐えられまい。
レアにもダメージが通るだろうし、ダメージが通るということは死ぬ可能性があるということだ。
もちろん食らってやるつもりはないが、そうでもなければ最低限の戦闘の形にさえならない。
「しかしクランか……」
SNSで追えないところで連携されるとこちらには全く情報が流れないため困ったことになる。
プレイヤーたちの動向さえチェックしておけば、あのときのように罠にかかって無様に負けるような事はないだろうと考えていたが、チェック出来ない場所で連携されるというのは盲点だった。
今回は相手が弱かったおかげで運良く無傷で終わったが、次もそうとは限らない。
いや、次もそうであるために、より自陣営の強化に努めるべきだろう。
今回は前回の王都より多くの人数相手にスガルが単騎で完封できたが、飛行できるという絶対的なアドバンテージによるところが大きい。
例えば、ヒューマンなどが普通にプレイしてどういう前提をクリアすればアンロック出来るのか想像もつかないが、プレイヤーたちが『飛翔』や『天駆』などを取得出来るようになればこう一方的にはいかないだろう。そうなってからが本当の戦いと言える。
しかし相手が強くなるのなら、それ以上にこちらも強くなればいい。
理想的なのは例のアーティファクトを使用された上で、飛行する50人規模のレイドパーティにソロで勝てるくらいの戦闘力を得ることだ。今はまだそこまでの力はない。
「そのためにも、ヒルス王都にお客は来るかな?」
すでに難易度は☆4にまで落としてある。
ジークが居るという時点で☆5から下がらないかとも考えていたのだが、そうでもないらしい。
検証した結果、どうやら王都と王城では判定が異なるようだった。ジークが一歩でも王都に出ると一気に☆5に跳ね上がっていた。
システム的に王城が別フィールドと認識されているのなら、王城に直接飛ぶ転移サービスがあってもおかしくないはずだが、そのようなものはない。領域内にある別の領域は転移先には選ばれない、というルールもあるようだ。ボスエリアにはちゃんと手順を踏んでから行け、ということなのかも知れない。
これはおそらくブランのエルンタールの領主館も同じだろう。あそこもディアスが居るが街は☆3だ。
レアが、災厄がお出かけ中であることはもう十分以上に宣伝してもらっているため、正直これ以上この草原に用はない。
しかしアリたちも頑張っていることだし、この草原はせっかくなのでアリの楽園にしてやろうと思っている。
すぐ側にポータルとなる街が存在するため、来客には困らないだろう。
☆1から☆2程度に抑えてやれば継続して初心者が来るはずだ。むしろ上げすぎると他の街のポータルとの違いによっていらぬ詮索をされる可能性がある。難易度は☆1固定にせざるを得ない。
〈ボス、工兵が地下で巨大な獣を──。申し訳ありません、報告してきた工兵が死亡しました〉
「おっと見つけたか。では行こう」
工兵たちは始めたばかりのガチ初心者でも慣れればソロで倒せる程度の戦闘力しかない。
そのため現時点では全く相手の戦力がわからない。注意が必要だ。
「少なくとも我々よりも強大という事はさすがにないだろうけど。
一応近くの街はプレイヤーや運営側にとって重要な意味を持つ拠点だ。ダンジョンのボスが倒されてしまわないようにボスエリアだけ別扱いにして、中に災厄級の魔物を配置してあるという可能性も否定できない。
気をつけていこう」
〈はい、ボス〉
工兵アリが倒された場所まで飛行して向かい、そのすぐ側にあった盛り土のようになっている洞窟入り口から地下へ降りた。まるで古いゲームの、地図上の洞窟アイコンのような形状の入り口だ。
入り口も大きかったが地下道も3メートルの鎧坂さんが立って歩けるほど広い。
先ほど倒したモグラには必要なさそうな大きさだが、エリアボスもここを通ることがあるのだろうか。
全く明かりのない地下の洞窟を歩くとリーベ大森林を思い出す。
大森林の地下大洞窟は工兵アリが建造したため、酸の効果によって壁面はなめらかになっている。
対してこの洞窟は土がむき出しであり、今にも崩れそうだ。
この洞窟を掘ったのがモグラたちならそれも頷ける。
通常モグラの洞窟は住居と罠を兼ねている。蜘蛛の巣と同様の役割を持っていると言える。地面に掘った穴にオケラやミミズなどの地中を移動する獲物が落ちてくるのを待ち、それを感知して捕食するのだ。故に土そのものの強度のままである事が望ましい。
もっともこの草原のモグラたちはそんな小さな獲物ではなく、地上を歩く人間の足音を感知して、この巣から地上へ飛び出し攻撃することで餌を得ようとしているようだが。
明かりが全く無くとも『魔眼』によって見えているレアは難なく行動できる。鎧坂さんにはその視界を貸すことが出来ないため、今はレアが鎧坂さんを制御している。
スガルも行動に支障は無いようだ。もともと大森林の洞窟内で行動していたのだし当たり前の話だ。あの頃は触角で壁などを触るようにして移動していたように思うが、今はそんな素振りも見せない。
この触角にソナーのような能力が追加されているためだろう。
〈もうそろそろです、ボス〉
「ああ。見えている。あそこの広間だな? 視認できるMPからすると、生まれたての女王アリくらいの強さの、大した事のない魔獣のようだけど」
広間のような場所に出ると、大きなモグラが鎮座していた。
報告と同時にアリが倒されたわけであるし、広間に入ると同時に攻撃されるかと思ったがそんな事はなかった。
考えてみればアリたちも別に洞窟の中を視認できているわけではない。触角で壁を伝って移動しているだけだ。
おそらく壁と間違えて巨大モグラに接触し、そこで潰されてしまったのだろう。
視界が利かないのはモグラも同様のはずだ。この巨大モグラにしてもおそらく虫が触ってきたから潰したというだけのことだ。つまり不幸な事故である。
「さて。相手はまだこちらに気がついていないようだけど、やってみるかい?」
〈『使役』せずともよろしいのですか?〉
「森系のフィールドと相性が悪そうだしね。虫やトレントたちみたいに簡単に増えないだろうし、似たようなことがアリに出来るなら別にアリでいいかなって」
昆虫は最も種類の多い生物だ。さすがに現実のように100万種も設定されてはいないだろうが、現時点でさえ相当な種類の眷属を生み出すことが出来る。スガルの取得スキルや状況によってさらにアンロックされていく事もある。
全体の多様性で考えても個々の専門性で考えても、蟲の女王さえいれば基本的に新しい種類の配下は必要ないと言える。
現在は有用なフィールドが支配下に無いため生み出していないが、水棲の昆虫や節足動物をモチーフにした魔物もスガルの『産み分け』リストには増えている。
『繁殖:蟲』には女王級と勝手に呼んでいる、クイーンと名の付く魔物しかリストにないが、自力で配下を形成できる種かそうでないかが『産み分け』と『繁殖:蟲』の違いなのだろう。
女王級には社会性生物だけでなく、一度に大量の卵を生むタイプの生物もモチーフになっているようだ。クワガタもクモも一部の種は社会性を持つものもいるためにこちらに入っているのだろう。いや、クモは卵が多いせいかもしれないが。
〈でしたら私にお任せください。先ほどの戦闘で空対地ではそれなりの戦闘力を確認できましたが、地対地戦闘はまだ十分ではありません〉
「まかせるよ」
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