第135話「誰の影響なのだろうね」





「32班総員D2ロだ!」


「『D2ロ』!」


 先制攻撃は相手側からだ。

 リーダーの号令一下、後衛の魔法職のうち4名ほどが水系らしき範囲魔法を放ってくる。

 32も班があるようには見えないが、数字のすべてに班が割り振られているというわけでもないのだろう。例えば十の位には大まかな役割を当て、一の位には班番号だとか。仮にそういう法則だとしたら、32班は「3番目の兵種の2つ目の班」とかそんな意味なのかもしれない。


 魔法の発動キーも実に興味深い。リーダーの号令に従って揃って発動しているということは、クラン内で統一して決められたワードであるようだ。

 これまで見てきたプレイヤーたちで言えば、ソロメインのプレイヤーは独自のワードを設定する傾向にあり、パーティメインのプレイヤーはデフォルトのワードを使う傾向が強かった。ソロなら自分が言いやすく、かつ相手にわかりづらいワードの方が有利であり、パーティ戦では味方にも何をするのか宣言する必要があるためだろう。

 しかし目の前の彼らは、クラン内でしかわからない暗号で統一することで、発動キーの短縮と秘匿性、意志統一と連携の全てを成立させている。


 発動キーが存在しない『魔眼』の『魔法連携』と違い、発声によるスキル発動ではいちいち脳波判定は行われない。

 つまり魔法を発動するプレイヤーは、今自分が言ったキーワードが実際にどの魔法の事だったのかを覚えていなくても問題ないのだ。リーダーの指示に従ってただ鸚鵡返しに言うだけでいい。何の魔法か分かっていなくとも、セーフティを解除した状態でワードを言えばあらかじめ設定してある魔法が勝手に発動する。

 どんなキーワードに変更したとしても、リーダーさえすべてを覚えておけば、魔法使い隊を手足のように動かすことができるというわけだ。


 と、呑気に感心している場合ではない。プレイヤーたちが放ったのは座標指定型の範囲魔法だ。

 スガルと鎧坂さんの両方を範囲に収められるよう指定して放たれている。


「……スガルを倒したら相手をしてやる、と言ったはずだが」


 今さら言うことではないが、このゲームには型に嵌まったルールはない。

 前座の敵を倒さなければ相手をされないと言ったところで、その場にいるなら攻撃するのは自由だ。それを理解しているからこそレアを巻き込んで攻撃してきたのだろう。ようは挑発だ。

 だが挑発に乗ってやる必要はないし、特に対処する必要もない。

 4名分の魔法となれば、干渉も相まってさすがに無視できない威力になるが、鎧坂さんは水に対する耐性が高い。ダメージが通ったとしてもわずかだろうし、放っておけば回復するだろう。


 そしてやはり彼らにとっては残念なことに、4名分の魔法でも鎧坂さんの耐性を抜くことはできなかったようだ。

 発動した魔法はただ鎧を濡らすだけで終わってしまった。

 スガルの方はといえば、飛行することで被害を最小限に抑えている。しかしこちらもダメージが通っている様子はない。足が少し濡れている程度だ。


「31班、続けてB2ハ!」


「『B2ハ』!」


 すると今度はまた別の4名から雷系の範囲魔法が飛んできた。見たところ相当上位の魔法だ。その31班の全員にこれを取得させているというのはかなり驚くべきことだ。

 魔法使いプレイヤーは性質上、パーティの中では汎用性が求められるため、なるべく複数の属性の魔法を取得することを望む傾向にある。

 『雷魔法』にそれだけ経験値をつぎ込んでしまっては、他の属性はそう上げられない。同レベルまで上げるとすると、取れてあと一属性といったところだろう。

 ということは、32班は水ともうひとつの何か、31班は雷と何かに絞って上げているということになる。

 このクランメンバーでの大規模戦に特化したビルドと言える。

 これから先別の普通のパーティに参加しようと思ったら、討伐目標によっては厳しいだろうが、このクランでやっていく限り需要が尽きる心配はない。

 大人数を抱えるクランならではの、実に洗練された戦闘技術だと言えよう。


「……ああ、この為の『水魔法』だったのか。水濡れ状態なら確かに雷耐性を一時的に低下させられるからな」


 そしてそんなクランを作り上げたリーダーである彼の指示もまた、実に理に適ったものだ。

 加えて鎧坂さんは金属鎧がベースのため、属性耐性の中で雷耐性が最も低かった。まあ、元々は、と付くのだが。

 現在は前回の王都での教訓を生かし、MNDを上げるついでにINTにも振り、さらに『地魔法』のツリーをいくつかアンロックし『雷耐性』を取得させてある。


 水濡れにより多少耐性を貫通されるとしても、大したダメージにはならない。こいつらが王都で戦ったレイドパーティレベルだとするなら、アーティファクトさえなければ負けることはない。

 昨日の名無しのエルフさんを見た限りでは、あの時の彼らも強くなってはいるようだが、それはこちらも同じことだ。

 そして目の前のプレイヤーたちはあの時のレイドパーティと同程度だ。ただ人数が多く、連携に長けているだけなら敵ではない。


 『雷魔法』はスガルに対してもそれほど効果はないようだった。

 耐性や防御だけで言っても鎧坂さんよりスガルの方が高い。しかも足しか濡れていない。

 彼女は攻撃を無視し、相手の上空へ飛行して行った。


「っ! 33班E2イ!」


「『E2イ』!」


 プレイヤーたちは今度は風系の範囲魔法を上空へ向け放った。

 あのリーダーの判断力には本当に感心する。

 現在スガルは上空で飛行状態だ。

 この状態で『風魔法』を受けると、与ダメージに関係なく移動阻害効果が発生する。その抵抗判定に失敗すればしばらくその場に縫い止められることになる。


「11から13、防御陣形だ! 30番台を護れ!」


 さらにリーダーは『風魔法』の結果を見ることなく指示を飛ばす。

 スガルは当然移動阻害の抵抗判定に成功するが、攻撃をしようという時には相手の防御がギリギリで間に合ってしまっている。

 しかしそれには構わず、急降下で相手タンク集団へ迫るスガル。3対の手を構え、最前列に直接攻撃をしかけるか、というタイミングで全ての手から糸を噴射し、前衛数人を捕らえた。

 相手のタンクは防御に集中していたために糸を切りはらうなどの対処ができていない。

 糸に絡めとられた哀れなタンク職をそのまま引っ張り、今度は急上昇をかける。

 一瞬の出来事だ。

 誰も反応出来ていない。

 誰にも見られてはいないが、レアも鎧坂さんの中で口を半開きにして見入っていた。

 高速で30メートルほど飛び上り、勢いはそのままに上へ放り投げた。


「……なんか似たようなの見たことがあるな。エアファーレンだったかな」


 あの時の戦闘にはスガルは参加していなかったが、ハチたちはすべてスガルの眷属だった。ハチを通して見ていたのだろう。


「……なんだそりゃ……。え、どう対処すればいいんだこれ。落下ダメージなんて食らったこと無いぞ……? なに耐性で軽減できるんだ落下ダメージって……」


 相手のリーダーも混乱している。

 彼は運良く捕まらなかったようだが、呆けたような声を出し上を見上げている。

 しかしスガルは待ってはくれない。

 上空から再び急降下し、射程ギリギリから範囲魔法だ。

 アーティラリーアントたちの砲撃のようなスキル攻撃と違い、魔法は不思議なエネルギーで飛翔するため高低差による射程距離の差はない。

 ゆえに上から届くということは、下からも届くということではある。

 しかしさらに上へと移動できるスガルと違い、地上のプレイヤーはそれより下に逃げることはできない。

 彼我の戦闘距離のコントロール権はスガルだけが握っているという事だ。


「……なんか一方的に殴る戦法が好きなように見えるけど、これは誰の影響なのだろうね」


 弓矢ならばスキルを駆使すれば魔法の射程よりよほど遠くまで届かせることができる。それは高低差を考えてもだ。

 相手の集団に弓兵でもいれば違った展開になっていただろうが、今回のレイドには含まれていないようだ。


 弓は優れた攻撃手段だが、コストがかかるし潰しが利かない。汎用性の高めな魔法と違って対策が容易だ。昨日見た最初のパーティの弓兵のようにスカウトなどの他の技能と併用して伸ばすのが基本のビルドと言える。

 草原ではスカウト技能はそれほど必要でもないし、今回レアを標的として戦略を立てたとするならパーティから抜いたとしても不思議はない。

 かつてレアにトドメをさしたのは弓による一射だが、あれが様々な条件が重なった結果であることはわかっているだろうし、何の工夫もなければ王都での最初の一矢のように容易に防がれてしまう。連れてくるだけ無駄になる可能性が高い。


 このクランは今回は何か工夫をして弓を生かすより、魔法使いの層を厚くして攻撃手段を増やすほうにウェイトを置いたということだろう。


「弓矢で鎧坂さんの鎧を抜いたり、スガルの甲殻を抜くのは相当難しいし矢単体のコストもかかりそうだ。まあ、普通はやらないよね」


 もうレアに意識を向けているプレイヤーは1人もいない。巻き込み攻撃や挑発などを考慮している余裕もないのだろう。

 LPが低めな魔法職は次々と数を減らしている。

 タンクはそれを守らんと盾を掲げて耐えているようだが、すべてを盾で防げるというものでもない。焼け石に水だ。

 近接物理アタッカーらしきプレイヤーたちは成すすべもなく光になって消えていく。これには少し同情する。

 現在のスガルの魔法の威力はかつての王都戦のレアと同程度には高い。一撃で消し飛ばないタンクたちは大した耐久力と言える。装備のおかげだろうか。


 スガルは範囲魔法でプレイヤーのタンク以外をあらかた片付けると、今度は高度を落としてふたたび糸を噴射した。


「盾で防ぐな! 剣で切りはらえ! 捕まると持っていかれるぞ!」


 さきほど放り投げたプレイヤーはどこか遠くへ落ちたようだ。復帰してこないところを見ると再起不能なのだろう。

 相手のタンクたちは吹きかけられる糸を剣で切りはらい、なんとか捕まらないよう立ち回っている。プレイヤーは密集した中でそれを行っているため、非常にやりづらそうだ。あまり大振りに剣を動かすと隣のプレイヤーに切りつけてしまう。

 しかしわずかに生き残っていたらしいアタッカーや魔法使いを護るためには下手に散開するわけにもいかない。

 その魔法使いも、せっかくスガルが射程内に降りてきているのに攻撃に集中できず、ひたすら糸から身を守っている。


「ぐあ! なんだ!?」


「液体!? 酸か!」


 そんな声が不意にプレイヤー集団の中から上がった。


 スガルの狙いはこれだろう。

 糸に混じって時折酸を噴射している。てっきり口から出しているものだと思っていたが、糸と同じようなところから出していた。

 糸だと思って剣で切りつけたプレイヤーがいたが、糸と違い、酸を切っても飛び散るだけだ。

 中には運悪く飛沫が目に入り、目が部位破壊判定になって暗闇状態に陥っているらしきプレイヤーもいる。あれは確か、『治療』ツリーの専用スキルか何かで修復するまで状態異常が治らないはずだ。該当する回復アイテムでもいいが、いずれにしても普通のポーションや『回復魔法』では回復しない。


 タンクの装備している金属鎧や盾を溶かすほどの効果はないようだが、生き残っていた近接アタッカーの装備の革部分は被害を受けている。金属板と組み合わせた複合鎧を着ているようだが、革の部分がボロボロになってしまえば鎧としての用は成さない。ぼとりと金属板だけが地面に落下している。


 かといって酸を警戒して盾をかざせば、吹きつけられるのは糸だ。今度はすぐに持ち上げるというようなことはせず、周囲のプレイヤーと一緒くたに糸まみれにし、数珠つなぎのようにして全体の行動を阻害している。


 もはやスガルに攻撃をしようというプレイヤーはいない。

 ただ糸や酸から逃れようともがくだけで、まともな戦術行動をとれるものは皆無だ。


「勝負あったかな……」


 もしも本当にスガルを倒せるようならば相手をしてやるつもりだったが、どうやら無理なようだ。

 身動きのほとんど取れなくなった集団に範囲魔法を数発叩き込むと、プレイヤーたちは光になって消えていく。

 リーダーのみが最後まで残っていたが、スガルが放った単体の『雷魔法』に貫かれて死に戻っていった。




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