第133話「しかしだれもこなかった」





 ──あまり芳しくはないな。


 どのスレッドの反応でも、先ほどの書き込みに対してそれほど好意的なものはない。

 中には複数スレッドに同時投稿している点を指摘し、荒らし認定しているプレイヤーもいる。

 この分では新たなプレイヤーがここへ現れる可能性は低そうだ。


 あの時、ウェインの呼びかけに対して多くのプレイヤーが、それもトップ層と言われるようなプレイヤーが集まったのは、やはりイベントだったからなのだろう。

 まずデスペナルティが緩和されていたこと。これは大きい。

 経験値を稼げば稼ぐほど死ぬことが怖くなるゲームだ。ベテランプレイヤーであればあるほど慎重な立ち回りが要求される。それを一時的に撤廃したのがあのイベントであり、おそらくそのおかげで大きく状況が動いたところもあったはずだ。

 それに加えて、大規模イベントというお祭りムードもある。ゲーム自体が非日常と言えるが、さらにその中での非日常だ。簡単に言えば、そういう呼びかけにノリ易いテンションだったのだろう。


 では今の状況はどうかといえば、何もかもあの時とは違う。

 まずイベント中と違い、死んでしまえば経験値を失うことになる。

 しかもイベントアイテム──とプレイヤーたちが思っているアーティファクト──は無いため、勝率は低い。

 襲われているエリアも初心者向けの低難易度ダンジョンである。傍からは魔物同士の縄張り争いにしか見えず、放っておいたとしてもプレイヤーや人類側NPCには直接被害は出ない。

 強いて言うなら今戦闘しているプレイヤーは全員死に戻りすることになるだろうが、ゲームを始めてそれほど経っていないなら失った経験値もすぐに稼げるだろう。合理的に考えてデスペナルティがきついベテランプレイヤーが命をかけてまで救うに見合う損害とは思えない。

 最悪の場合は☆1のダンジョンがひとつ失われるか、あるいは難易度が爆上げされる可能性はあるが、☆1ダンジョンなど他にも相当の数がある。わざわざこの場所に固執する意味は薄い。


 ──この街とダンジョンの価値に気付いているものは状況が動くのを嫌がるかもしれないな。


 しかしそのような計算ができる者なら、勝率が低い事は考えるまでもなくわかるはずだ。ここは損切りを決断するのが賢い選択といえる。


「……攻撃が止んだぞ?」


「……何で?」


「何でもいい! SNSはどうだ!?」


「荒らし認定された! くそ! 誰か擁護してくれ!」


 待ってやっている間に態勢を整えるなり、戦略を組むなりすればいいと思うのだが、彼らはとにかく上位プレイヤーの助けを待つのを最優先にするようだ。


 明確なレベルのないこのゲームでは、どのようなビルドをしているのか、その手札を使ってどう立ち回るかがそのキャラクターの強さを決める。経験値の総消費量である程度判断できると言っても、それもあくまで目安に過ぎない。


 このプレイヤーたちは果たして、いつまで自分を「助けられるべき初心者」と定義しておくつもりなのだろう。


〈待つのはよろしいのですが、今この場にいる者たちは必要なのですか?〉


〈……生きていた方が必死に呼びかけをしてくれるだろうし、その意味では効果はあるだろうけど。そもそも必死に呼びかけたところで誰も来そうにないんだよね……〉


「……文脈から察するに仲間でも呼ぶのかと思ったが、誰も来る様子がないな? 友達がいないのか?」


 見かねたレアはそう話しかけてみた。


「ぼぼぼぼっちちゃうわ!」


「おい、モンスターの挑発に乗るなよ!」


 しかし、特に意味のある会話にはならなかった。


 仮に増援が見込めるとしても、目の前のプレイヤーたちを生かしておく理由にはならない。新たに現れた増援を改めて相手すればいいだけだ。相手はプレイヤーなのだから、増援が来る前に全滅させたからと言って増援が消えてなくなるわけではない。


「……助けが来ないなら待ってやっても時間の無駄だな」


「──」


 レアの言葉を受け、スガルは先ほど氷がどうとか呟いていたプレイヤーの方へ氷系の範囲魔法を放った。『氷魔法』なら有効か、という独り言に対する反論のつもりなのだろう。確かにアリたちは冷気に極端に弱かったが、現在のスガルはそのようなことはない。

 残っている彼らはほとんどが後衛の魔法職たちの集団だ。前衛のタンクたちでさえ耐えられなかった魔法に、彼らが耐え切れるわけがない。

 次々と凍りつき、砕け散っていく。

 ダメージに関係なく即死に見えるのだが、この魔法を一撃で死なない程度の強さの対象に放った場合はどうなるのだろうか。


「……くっそ、何でいきなり強制負けイベなんて」


「マジ誰がトリガー踏んだんだよ……」


 もはや残っているプレイヤーは数名、1パーティ分くらいしかいない。

 ここまで絶望的な状況なら逃げればいいと思うのだが、そういうそぶりは見られない。

 ボス戦からは逃げられない、とかそんな先入観でもあるのか。

 レアの知る限り、このゲームに今のところそうした型に嵌まったお約束などはない。

 だからキャラクターの背景などに関わらず強い者が勝つし、国や世界にとってどれだけ重要なNPCでも死ぬときは死ぬ。

 絶対勝てない相手だろうといつでも挑戦できるし、逃げようと思えば逃げられる。

 もちろん言葉の綾だ。相手が逃がしてくれるかどうかはまた別の問題だからだ。そしてこのゲームにおいて、絶対勝てない相手など存在しない。


 スガルの両手──一番上の両手から糸が放たれる。

 思わず二度見してしまったが、クイーンアラクネアもこのスガルが生みだした魔物なのだし、その配下のクモたちに可能なことならスガルに出来ても不思議はない。転生時の自動取得スキルか何か、おそらく転生コストで徴収された経験値で賄われたオプションなのだろう。

 その分を考えると、同じ経験値消費でも余計なオプションが少なかった魔王の方が地力は高いと言えるのかも知れない。いやレアは手から糸を出したくても出せないため、一概にどちらが優れているとも限らないが。


「糸!?」


「アリじゃねーのかよ!」


「よく見たら手足合わせて8本あるじゃん! クモじゃねーか!」


「クモは翅生えてねーよ!」


 これについてはレアも共感しないでもない。

 スガルは脚の数にしても翅にしても既存の生物のどれとも一致しない。一体何なのか。


 それはそうと、手から糸を出したということは出糸管が手にあるということだろう。

 編み物がはかどりそうな生態である。


〈クイーンアラクネアも、腹の先とヒト型上半身の両手から糸を出すことができますよ〉


 不思議に思ったレアの思考を汲み取ってか、スガルが答えてくれた。

 そうであるなら、トレの森で研修中のクイーンアラクネアに『裁縫』でも取得させ、内職をさせてみるのもいいかもしれない。服を必要とするキャラクターはこれまでそれほどいなかったが、ここ数日で何名か増えている。森で薬草とともに栽培している綿花でもいいのだが、どうせなら特別な効果のありそうな強い素材を使いたい。


 次にスガルは糸で捕らえたプレイヤーたちに謎の液体を浴びせかけた。

 謎の液体はプレイヤーにかかると白い煙を上げて刺激臭を発し、装備はおろか肉体までも溶解させている。

 おそらく工兵アリなどの使う蟻酸を強力にしたものだと思われるが、そもそも一種でここまで様々な物質を溶解させる酸など現実には存在しない。これもマジカル物質だ。

 後には拘束に使っていた糸だけがくたりと地面に落ちていた。初心者クラスの装備品では金属もろとも溶かしてしまったらしい。


 草原で戦っていたはずだが、この周辺だけ荒野になっている。炎や氷のせいだろう。酸はプレイヤーを溶かしたところで消費され切ったのか、濁った液体だけが地面を濡らしている。


「……全部片付いたかな。しかし、あの酸では溶かせない糸か。それだけで相当な需要が生まれそうだが」


 毒同様に、酸もいくつか種類があってもおかしくない。

 しかしこれもまた毒同様に、「酸耐性」などが一種類であってもおかしくはない。

 そうであった場合、酸攻撃に対する防御力という意味では非常に高ランクの素材と言える。


〈クイーンアラクネアに生産させておきましょうか? 私の糸はクイーンのものと同質です。それ以下のクモたちでは、数段低ランクの糸しか生成できませんが〉


「そうだな……。でも糸だけあってもね。生産するならクイーンに『裁縫』を与えてからにしよう」


 一部の生産系スキルの取得には一定以上のDEX値やINT値が必要だが、女王級なら問題ない。

 ついでにクイーンベスパイドに『錬金』や『鍛冶』、クイーンビートルに『革細工』や『木工』なんかを取得させておいても面白いかもしれない。

 任せてあるダンジョンにプレイヤーが遊びに来たとしても、常に女王が出張るわけではない。監視や運営のための配下の数も増やしてある。

 空き時間は生まれてくるはずだ。何か趣味を持ってもいいだろう。


「工兵アリたちはまだボスを見つけてはいないようだね。草原だけあって広さだけはありそうだし、これは時間がかかるかも」


〈もう少し、工兵を増やしましょう〉


 スガルはさらに30匹のエンジニアーアントを投入した。

 いっときはアリの総数を増やすためにスガルを転生させ、クイーンベスパイドを何体も増やしたものだが、現在は若干余り気味になってしまっている。

 アリの一番の強みはその労働力だ。しかしラコリーヌの森も軌道に乗り、ヒルス王都の地下道もあらかた敷設が終わった今、それほどの労働力は必要ない。クモやクワガタなどの戦闘に適した個体が増えたことで、低ランクのアリたちが戦闘に参加する機会が激減したこともある。

 あぶれた低ランクのアリたちをこの草原に放ってやれば新たな活躍の機会となるだろう。


「ハチも飛ばして、上空から分かる変化点でもあれば──っと、急ぐ必要もなくなったかな。どうやら追加のお客様だ」





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