第132話「なかまをよんだ!」





「では、なるべくぷれいやーという者たちに悟られないようこの街を陰から支配すればよろしいのですね?」


「陰から支配っていうか、そこまでするつもりはないんだけど。でも土地を押さえるってことはそういうことになるのかな」


 ケリーたちを『召喚』で呼びつけ、あらましを説明した。

 ついでに昨日1日で得られた経験値もつぎ込んで4人に『使役』まで取得させた。

 こんなことに使う予定ではなかったはずだが、先行投資だ。仕方がない。


「やり方は任せるよ。『使役』メインで金貨は節約してもいいし、普通に金貨をばらまいて地上げしてもいい。ああ、でも領主とその周辺の者たちは一応支配下に置いておこうかな。領主はこの後わたしが支配してくるから、他は好きにしていい」


「了解しました」


「プレイヤーにバレないように、と言っても、そもそもどのくらいプレイヤーがこの街にダンジョン以外の目的で滞在しているのか不明だからね。まあ努力目標でいい。

 絶対に知られてはならないのは君たちがわたしの指示で動いているということだ。わたしとの繋がりさえ悟られなければ、正直あとはどうでもいいかな。

 いつものようにプレイヤーのふりをしてもいいし、その上で詮索されるようなら「運営にストーカー行為で通報しますよ」とか言って逃げてしまってもいい」


 できれば他の国の同様の街──便宜上ポータルと呼ぶが、他の国のポータルもある程度支配してみたいが、どこにあるのかわからないし、さすがに手が回らない。

 各国につきひとつという想定が正しければ、この街を押さえれば大陸のポータルの6分の1を押さえられるということだし、それで満足しておくべきだろう。

 国としての形は失ったが、幸いプレイヤー間での旧ヒルス王国の需要は高い。わかりやすいレイドボスが存在することや、特殊なダンジョンのおかげだ。つまり全てレアのおかげである。

 ならばこのポータルはレアが支配をするのが筋であろうし、そんな地域のポータルを支配できるならそれで良しとすべきだろう。


「さて。ではダンジョンに行く前に領主に挨拶に向かうかな」


 姿を消して領主の屋敷へ向かう。その間スガルには上空から草原の様子を観察させておいた。あれだけ高い位置を飛んでいれば、普通の虫なのか鳥なのか何なのか、パッと見ではわかるまい。









 ヒルスの貴族はオーラルの貴族よりだいぶ物わかりがいいようだ。

 『魅了』だけですぐにおとなしくなってくれた。

 ライラの話が本当なら、貴族一家ということは全員がノーブル・ヒューマンのはずだ。

 領主、その妻、娘と息子の4人を『使役』し、ついでに家令と思われる初老の男性も『使役』しておいた。領主に『魅了』をかけるレアの姿を見られたためだ。

 始末してもよかったが、もし本当に家令だったら、彼がいなくなっては領主の仕事や屋敷が維持できない可能性がある。

 屋敷の主人一家と家令を押さえておけば、この家は支配下に置いたと言っても過言ではないだろう。

 なんならこの家令の権限において、表向きケリーたちを屋敷の使用人として雇わせてもいい。

 そうすればこの街の中で地上げめいた事をやったとしても「領主の指示」ということで怪しまれずに済むだろうし、うまくやればすでに物件を押さえたプレイヤーからも巻き上げられるかもしれない。





「やあスガル。おまたせ。そろそろダンジョンに行こうか」


〈ご用はお済みになりましたか?〉


「わたしがする分はね」


 あとは領主とケリーたちに任せておけばいい。


 よそ事をしていたせいでかなり出遅れてしまったが、逆にそのおかげでダンジョン周辺にはプレイヤーが増えてきている。これだけいれば数人はSNSに書き込みをしてくれるだろう。


「さて行くのはいいんだけど。ダンジョンの制圧って具体的にどうすればいいんだろう。どこかにいるエリアボスみたいなキャラクターを押さえればいいのかな?」


〈上から魔法で絨毯爆撃をしましょうか?〉


「いや後からここウチの管理下に置くつもりだし」


 せっかくの草原が焼け野原になってしまう。


「普通に歩いて踏破してみよう」


 入口として認知されているらしい、領域の端のプレイヤーが多く集まっている場所に着地した。

 『迷彩』は上空で切っておいた。

 目立つためにあえて勢いよく落下したせいでかなり重い音がした。土煙も舞い上がり、鎧坂さんの姿を隠している。

 そのすぐ後にスガルが鎧坂さんの前方に静かに着地した。

 スガルは背中の羽根を震わせ、周囲の土煙を晴らす。


 視界が良くなると、驚くプレイヤーたちが見えた。

 突然3メートルにもなる全身鎧と蟲の魔物が上空から落下してきたら、それは驚くだろう。鎧坂さんに比べればかなり小さく見えるが、スガルも2メートル近くの身長がある。ごく一般的なプレイヤーにとってはかなり威圧感のある姿だ。


「……え、何これ。誰? モンスター?」


「何かのイベント? 誰が起こしたん? 心当たりあるやついる?」


 プレイヤーたちは呑気な様子でレアたちを眺めている。


 ──ヒルスを滅ぼした災厄だというのにまったく気付きもしないとは。


 そう思ったが、このフィールドは初心者向けだった。レイドボスの外見をこの時点から気にするようなプレイヤーは少ないのかも知れない。

 あるいはレアが鎧坂さんから出てやれば気づく者もいるかもしれない。おそらくビジュアル的にはその方がインパクトが強いだろう。

 しかしそれはなんというか、少々主張しすぎな気もする。端的に言えば、さすがにちょっと恥ずかしい。


〈わずらわしいですね。片付けますか?〉


〈いや、放っておこう。こちらに攻撃するそぶりを見せたら始末していいけど。とりあえず行こう〉


 このプレイヤーたちも、このフィールドに出現するであろう魔物も、今さらキルしたところで大した経験値にはならない。相手するだけ時間の無駄だ。

 この領域を支配し、それについてこのプレイヤーたちがSNSに書き込めば、災厄を知っている者なら勝手に察して騒いでくれるだろう。今ここでわざわざ自己紹介をするほどでもない。

 スガルとレアはプレイヤーたちを無視して歩き始めた。


 まだイベントか何かだと勘違いしているのか、入口付近にいたプレイヤーのほとんどはレアたちの後を付いてきている。

 ダンジョン攻略のマナー的にこういうのは有りだっただろうか。たしかハイエナ行為とかそういう呼び方をされていたように思う。

 しかし別にレアにしてみれば、このダンジョンで得られるものに興味がない。おこぼれを狙う者がいてもいなくてもどうでもよい。


 少し歩くと地中から何かが飛び出してきた。

 大きめのカピバラかと思ったが、よく見たらモグラだ。

 スガルが無言で鎧坂さんの前に立ちはだかり、素手で叩き落した。

 爪がひっかかったのか狙って引き裂いたのか不明だが、モグラは身体を深く切り裂かれ、血塗れで草原に叩きつけられ絶命した。


〈地中にはこの生物が掘った穴が無数に空いているようです〉


 触覚のようなものを震わせながらスガルが報告してくる。あれで地中の様子がわかるということだろうか。アクティブソナーのようなものか。


〈なるほど? このモグラのせいでまともに木が育たないということなのかな? モグラのスケールが大きすぎるせいで、木は根を張れないが逆に草ならモグラの穴の上に根を張って繁殖できるとか〉


 それならモグラを駆逐すればここを草原ではなく森林に変えてやることも可能かもしれない。

 あるいは地中の穴をそのまま利用し、草原全体をアリの巣にしてやってもいい。


〈意外と我々向きのフィールドかもしれないな。よし工兵アリあたりを何匹か放ってみよう〉


〈かしこまりました〉


 スガルが5匹のエンジニアーアントを『召喚』する。


〈行きなさい。もし敵リーダーと思われる個体を発見した場合は手を出さず、報告しなさい〉


 工兵アリたちはすぐに地中に消えていく。穴を見つけたのかどうなのか不明だが、あっという間にこの付近からいなくなった。

 同様にもう5回ほど、合計で30匹の工兵アリを草原に放ち、スガルはレアに一礼した。


〈ご苦労様。ところでどうして敵のリーダーは残したの? 別にやれそうならそのままアリに始末させてもいいと思ったんだけど〉


 もっともレアの陣営で最下級の戦闘力とも言える工兵アリで対処が可能かどうかは未知数だが。

 30匹もいることだし、工兵アリを初心者プレイヤーと同程度の強さとすれば、初心者によるレイドパーティ並の戦力とも言える。☆1のダンジョンの攻略に必要な戦力は不明だが、やってやれないことはあるまい。


〈……私のわがままなのですが、私は実のところ、ほとんど戦闘したことがありません。ですので格下とはいえ、領域の主となるほどの魔物なら、腕試しにちょうど良いかと思いまして〉


 忘れていた。そういえば転生だけさせて、スガルの戦闘能力を調べていなかった。

 このエリアのボス程度では力不足もはなはだしいが、何もしないよりいいだろう。


〈じゃあせっかくだし、お出かけしている間の戦闘はすべてスガルに任せるとしよう。プレイヤーたちが襲ってきたらキルしていいよ。どうせたぶん、鎧坂さんには攻撃は通らないからこちらのことは気にしなくていい〉


 ちょうどその背後のプレイヤーたちから戸惑った声が聞こえる。


「やべえ、まったく理解がおいつかないんだけど、どういうイベント?」


「何、どういうこと? アリの親玉が草原に攻めてきたってこと?」


「じゃああの鎧はなんなんだよ。どう見てもアリじゃないぞ」


「アリを引き連れた大鎧……なんかどっかで見たフレーズなような」


 草原の魔物については、もうアリに任せておいてもいいだろう。はじめから経験値や素材に期待はしていない。

 エリアボスがいるとしたら、そいつが見つかるまでは暇になってしまった。

 背後を振り返る。するとプレイヤーたちはザッと一歩下がる。


「……こっち見てるぞ……」


「……あっマジかこれやばいやつだ」


「えっなになになになに」


「今フレンドに聞いた。これあれだ。レイドボスだ。ヒルス王国って国滅ぼした奴だ」


「SNSに書いてあったやつか! マジかよ! なんでこんなところにいるんだよ!」


 本当なら最初に登場したときにこの反応が欲しかったところだが、仕方ない。

 さっきは時間の無駄とか考えていたが、他にすることがないなら遊んでやるのもやぶさかではない。


 彼らには突然で申し訳ないが、ここでレイドボス戦だ。

 人数的にはいつかの王都と同じくらいだ。問題ないだろう。


「スガル。この騒がしい者たちを始末してくれ」


 わかりやすく開戦の合図をするべく、あえて声に出して命令した。


〈かしこまりました〉


「げえ! いきなりレイドバトル!?」


「なんだよ! 誰だよイベント起こした奴!」


「誰でもいいだろ! そんな事言ってる場合か! とにかくやるぞ! タンクの人は前に来てくれ!」


 初心者ばかりかと思ったが、中級者らしきプレイヤーもちらほら混じっているようだ。

 知り合いの後続組のサポートか何かだろうか。

 このゲームは明確にパーティやアライアンスのシステムがないため、比較的ゲーム内での指導がしやすいと言える。パーティ内での経験値の分散がないからだ。上級者が初心者について行っても、戦闘に全く手を出さなければ経験値は初心者が総取りすることができる。危険な時だけ助けてやればいい。

 この中級者らしき者たちもそういう目的でここにいるのだろう。


 タンク職のプレイヤーがドタドタと前へ並ぶのをスガルは律儀に待ってやっている。この程度の敵相手に、奇襲で勝っても仕方がないという考えだろう。

 並んだタンクたちが盾を構え、攻撃に備えた。

 まずはスガルの攻撃を防御して、それから攻撃の隙を探すというつもりか。

 急造チームであるし、初見のボスに対して慎重になるのは分かるが、いささか消極的に過ぎる。どのみち攻撃しなければ勝てないのだから、とりあえず遠距離から何か攻撃をしてみて、それに対する反応を見た方がいいのではないだろうか。攻撃を防ぐのも大切だが、情報がない相手に勝つつもりなら、そもそも相手の攻撃の機会を奪うことをまず考えるべきだ。


「いや、性格の差かな」


 考え方は人それぞれだ。

 一方のスガルは防御など大して気にした様子もなく、無造作にプレイヤーたちに近寄ると、先ほどモグラを切り裂いた時のような一閃を前衛に浴びせた。


「うぐ!」


「重てえ!」


 吹っ飛ぶほどではないが、攻撃を受けた前衛は衝撃で後ろに倒れ込んだ。

 完全に盾が切り裂かれてしまった者と、傷はついたが防ぎきった者とがいる。盾の素材の違いだろうか。それとも何らかの防御スキルでもあるのか。

 攻撃直後の硬直を狙ってか、スガルに魔法が数発飛んでくる。

 炎系の単体魔法だ。

 単体魔法は命中率が高めであり、射程内の目標を狙う限りたいてい当たる。

 しかし必中というわけではない。あまり見たことはないが、魔法の速度より対象の移動速度の方が速ければ当然避けられるし、障害物に隠れられても当たらないことがある。

 今回はその両方というべきか、スガルは足元で倒れ込んでいる盾を失ったタンクを引っ掴み、そいつの体で魔法を受けた。


「ぎゃああ!」


「……なるほど。確かに魔法使いが固まって魔法を撃つと、大きめの盾なら1枚ですべて防がれる可能性があるな。なるべく十字砲火になるよう射線取りをするべきだな」


 他人の戦闘を観戦するのも意外と参考になるものだ。

 特に現実と違い魔法というマジカルなファクターがあるのならなおさらだ。


 盾にされたプレイヤーはスガルに放り捨てられると、ほどなく光になって消えていった。

 茫然とそれを見つめるタンク職の生き残りのひとりをスガルが踏み潰す。

 他のタンクはあわてて立ち上がり、距離を取った。


「──」


 何を発動したのかは不明だが、下がったタンクたちを灼熱の炎が襲う。スガルの範囲魔法だ。声を出さないタイプのキャラクターの魔法発動キーはどうなっているのだろう。


 スガルはほとんどオープンβ開始当初から付き従ってくれているキャラクターだ。

 実験的に経験値を振ってみた事もあるし、配下を強化する関係で能力値にも多めに振ってある。

 魔法スキルも今ではレアに次ぐ多さと言えるだろう。能力値の高さもそうだ。

 種族の格もレアと同格と言っていい。レアの配下でさえなければ今頃10体目くらいの災厄になっていたはずだ。


 初心者か、よくて中級者程度のプレイヤーには、そんなスガルの放った魔法に耐えられる前衛は居なかったようだ。少し後ろで様子を見ていた近接アタッカーらしきプレイヤーたちとともに消し炭になって消えていった。


「マジでレイドボスじゃねーか! イベントアイテム無いと勝てないやつだろこれ!」


「まてまてまて違うだろ! レイドボスは後ろで腕組んで見てる奴だろ! こいつ前座だぞ!?」


「ていうか、虫なのに炎攻撃してくるの……? じゃあ水系の魔法の方が良いのかしら……? それとも氷の方が?」


「とりあえずSNSで拡散した! ちょっと耐えれば暇なトップ層が来てくれるかもしれない!」


 転移サービス開始からもう2日目になる。トップ層のプレイヤーは多くがどこかのダンジョンにアタックしているか、少なくとも付近のセーフティエリアに転移済みだろう。そこからの再転移が出来ない以上、すぐにここに来られるとは思えない。


 しかし来てくれるというのなら当然歓迎してやる気持ちはある。

 トップ層と言うことは前回のレイド戦のメンバーも来るかもしれないし、少々待ってやってもいい。


〈スガル。お客さんが他にも来るようだよ。ゴブリンなどがよくやる「なかまをよんだ!」とかそういうやつだ。少し待ってやろうじゃないか〉


〈はい、ボス〉


 鎧坂さんの中で密かにSNSをチェックする。

 拡散した、というのは本当らしく、結構いろいろなスレッドに投下している。

 レスを追いかけるのが面倒なため無差別に書き込みをするのは正直やめて欲しかったが、とりあえず見つけた分はブックマークした。







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