第123話「邪道をゆく者」
フレンドチャットでライラに予定の確認をし、問題なさそうだったので総主教をヒルス王城謁見の間へ『召喚』した。
本来であれば『使役』したあの時に済ませておけばよかったことではあるが、あの日は数日ぶりのログインであり、ブランにあいさつをするだとか、他にもしたいことがあったために結局後回しにしたのだ。
「わかりました、主よ。神託が聞こえた際の内容ですね。私としても初めてのことでしたので、よく覚えております。
──邪道ルートのレイドボスがヒルス王国リーベ大森林にて誕生しました──
と、そのように聞こえてまいりました。
これは私以外の主教たちには一部のワードや場所などは聞こえていなかったそうですので、内容は個人で差がある可能性がありますが」
レアが魔王へ転生した際、聞こえてきたシステムメッセージは「特定災害生物「魔王」が誕生しました」というものだった。
場所などの情報が総主教の『真智』によって増えたのだと考えれば、「特定災害生物:魔王」と「邪道ルートのレイドボス」が対応していると考えるのが自然だ。
もし仮に、言葉の意味的に精霊王たちの際のアナウンスが「正道ルートのレイドボス」などであり、それが代々伝わる文献などに記してあった場合、確かにレアは怪しいことこの上ない。
「……君はオーラル聖教会の総主教ということだが、ではオーラル王国においてその「邪道ルートのレイドボス」を人類の敵というか、災厄認定したのは君だということなんだろうけど、それはなぜかな?」
「申し訳ありません!」
「いや、そういうの今はいいから」
「聖教会に伝わる門外不出の文献におきまして、「れいどぼす」なる者についての言い伝えがございます。
いわく、ある時は人類を導く慈悲深き指導者であり、ある時は人類に仇なす恐るべき災厄であると。
さながら人間のように、良き者もいれば悪しき者もいると。
そうでありましたので、実際には初めて聞くお言葉ではございましたが、「れいどぼす」となればそのどちらであるのかを見極める必要があると考えました。しかし見極めると申しましても、もし災厄であればこれは接触するだけで国家存亡にかかわる事態になります。おいそれと会うわけにも参りません。
ただ今回の神託においては、「邪道るーと」なる形容が付いておりました。これはこのオーラル聖教会で言えば、私にしか聞こえておりませんでしたので、これはもしや修行の成果によって得られた『真智』により、見極めるまでもなくその真贋がわかったのではないかと」
ポンコツか、とまでは思わない。
これは仕方がないだろう。普通そのように判断する。ここは現代の法治社会ではないのだし、疑わしきは罰せずではなく、疑わしきは滅せよで行動するのが道理である。
しかしこれでワールドアナウンスについての概要が把握できた。
陣営によって別々のスキルなどはない。
ただ聞こえたアナウンスを解釈する者がそれぞれいるだけだ。
「しかし邪道とは……」
つまりいわゆる人類勢力というのが正道で、魔物勢力というのは邪道だということだろうか。
「わからないでもないけど。心情的には納得しがたいな」
倫理的な事を言うつもりはないが、一個の生物として見た時、例えばヒューマンとゴブリンの間にはさほどの差はないように思える。強いて言うなら能力的な優劣や文化的な差はあるし、それによってキルした際の取得経験値に差が出るが、繁殖力なども考えればゴブリンの方が生物として価値があるとさえ思える。
そもそもヒューマンを創造したのもゴブリンを創造したのも開発・運営であり、その彼らによって種族的に「正道」、「邪道」と分けられてしまっているというのは強い違和感を覚える。プレイヤーと違ってNPCは自身の種族を選べないのだ。
彼らに選べるとしたらせいぜいが転生先くらいのもので、それも普通に成長していったとしたら基本的に正規のルートでしか──
「うん? 正規のルート……正道……」
もう一度、ワールドアナウンスが聞こえたケースを考えてみる。と言ってもレアにはスキルはなかったため、自分に関わるものだけだ。
まずレア自身の「魔王」だ。転生時のアナウンスには「特殊条件を満たしました」とあったはずだ。この時は「特定災害生物」などと言われていた。人類の国家に知れ渡ったのもこの時だ。
総主教の言葉からすれば、魔王というのは「邪道ルートのレイドボス」ということだろう。
次にディアスとジークの転生だ。この時は「条件を満たしました」としかなかったが、アンデッドが感情の高ぶりによって条件を満たすと言う状況自体普通に考えればおかしなことだ。もともとディアスたちは感情を持ったアンデッドだったため、産まれた瞬間から特殊だったとも言える。
そんな彼らの転生に際するアナウンスも「特定災害生物」だった。いや、アンデッドなのだし生物ではないだろうから、何らかのカテゴリとしてそういう分類だというだけだろうが。
そしてスガルのクイーンアスラパーダへの転生。この時は賢者の石グレートと経験値だけで転生した。特殊な条件などもなく、おそらく正当なルートだったのだろう。そしてアナウンスは「災害生物」だ。
「正道というのはもしかして、正規のルートで転生した者という意味で、特殊な条件による転生種族はすべて邪道ルートということなのか?」
それであれば、正道、邪道と言われても納得できないでもない。正規のルートと脇道という意味であれば言葉の意味としても許容範囲であるし、邪道を選んだのはその者自身の選択なのだから、心情的にも理解できる。
「だとすればスガルが転生したときに、もしアナウンスがあったとしたら「正道ルートのレイドボス」などと呼ばれていたということか」
これはライラに賢者の石を使用させる場合でも同様のアナウンスがある可能性があるため、そのうち検証できるだろう。
つまり、最初にレアが考えていたように、人類側、魔物側、中立、というくくりでは無かったということになる。
なぜわざわざそんな情報をアナウンスする必要があるのか謎だが、例えばもう少し上のスキルでははっきり種族までアナウンスされる仕様で、『真智』ではその前段階として転生ルートの情報のみ開示されている、と考えればわからないでもない。
「しかしそれ系のスキルがひとつしかないのなら、わざわざ今取得を急ぐ理由はないな。なにしろここに持っている眷属がいることだし」
結局アンロックする条件がなんだったのかは確定していないため、それを検証するという意味では取得を目指すのはいいのだが、今やるべきことではない。
主教たちに聞いても誇らしげに修業のたまものとしか言わないため、どれがアンロック条件なのかはわからない。
「ああそうだ、せっかくだし、君にだけは教えておこう──」
総主教にインベントリとフレンドチャットを覚えさせ、ライラの元に送り返した。
目玉が飛び出さんばかりに驚き、またしても五体投地をしようとしたので止めた。キツく口止めをし、さらに不安だったのでINTとMNDに多少経験値を振っておく。また決してフレンドチャットをしているところを他人に見られないようにも言い含めておいた。
再び鎧坂さんの膝に座り、考える。
今まで気にしていなかったが、レア自身のことだ。
魔王は邪道ルートの転生種族であり、その元をたどればエルフである。またはドワーフでもいい。
レアはエルフからハイ・エルフへ転生し、おそらくダーク・エルフ、魔精を飛ばして魔王になった。
賢者の石グレートの効果が「対象のステージを2段階まで上げる」というような内容だったことを考えれば、ダーク・エルフはハイ・エルフと同格で、1段階上が魔精、2段階上が魔王なのだろう。
ということは、ダーク・エルフになった時点で邪道ルートに入ったということである。転生時のアナウンスも特殊条件を満たしたためにダーク・エルフにもなれますよ、というような内容だった。
「その条件ってなんだろう。全く心当たりがないんだけど」
その不明な条件を満たしていなければ、ここにいたのは精霊王だっただろうし、おそらくヒルス王国と正面からぶつかったりはしていなかった。
ヒルス王国に攻撃をしかけていたという行動は変わらないだろうが、プレイヤーのレイドパーティと戦うことにはおそらくなっていなかった。あれはレアが災厄だったために召集されたパーティだ。
「こればかりは、心当たりがなさ過ぎて検証しようもないな……」
スキル構成が理由というのは考えづらい。今でこそ『闇魔法』や『暗黒魔法』にはたいそう世話になっているが、当時はそんなもの持ってはいなかった。むしろ『光魔法』や『神聖魔法』、『植物魔法』など、いかにもハイ・エルフが好きそうなスキルばかりだったはずだ。
『死霊』や『精神魔法』が理由というのもないだろう。魔王の「角」に関わるとしてもダーク・エルフとは直接関係がないし、それに両方とも初期から取得可能なスキルであるため、特殊な条件と言うには緩すぎる。
配下にアンデッドがたくさんいるためだろうか。あるとすれば、これがもっとも可能性が高そうではある。
しかしブラン経由で聞いた伯爵からの情報によれば魔王は配下をあまり持たない種族だと言うことだし、そこから考えれば配下の保有数という条件は考えづらい。
「……まぁ、いいか別に。わからないなら、これからも生まれてこないということだし」
万が一、レアの後輩ができた場合は、その後輩を捕まえてレアとの共通点を探ればいいだけだ。
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