第122話「神託」





 白魔と銀花はリーベ大森林に送った。ここは現在スガルの後をクイーンベスパイドが継ぎ、アリたちを使って牧場の管理をさせている。他にクイーンビートルやクイーンアラクネアも数体おり、研修も兼ねて配下を生み出したり森の管理を手伝ったりしている。

 同様の研修はトレの森でも行われており、あちらにも女王級が数体いる。領域の広さや元々の難易度からいえばこれらの森は過剰戦力もいいところである。


「甲虫は熱耐性がアリよりは高いな。火山には入れなくとも、そのふもとの森なら管理できそうかな。リーベで研修が終わったクイーンビートルがいれば派遣しよう」


 リーベに白魔たちを置いておくのは戦力的には過剰であるため、いい手ではない。しかし現状他に用事もないし、何かあった時の用心棒として置いておいてもいいだろう。

 ちびたちはクイーンベスパイドの研修に付き合い、牧場で牧羊犬のまねごとをしているようだ。言うことを聞かないということはだいぶ少なくなり、最近では役に立ちたがるというか、手伝いをしたがる傾向にあると聞いている。順調に成長しているようでなによりだ。


 研修も一通り終わっているというクイーンビートルを火山地帯の森──地図にも名前が載っていないため不明だが、これは勝手に名前をつけてもいいのだろうか──へ送り、そこで巣を作り配下を増やし、森の管理をするよう伝えた。


 次にラコリーヌに寄り、様子を見る。


〈こちらは順調です、ボス〉


 すでに瓦礫の丘という印象はまったくない。

 緑と廃墟が調和する、実に幻想的な森に成長している。時おり上空を巨大な蟲が飛行している。甲虫にもアリにもクモにも見えないが、あれはなんだろうか。


〈あれはメガサイロスという種族です。女王などはいないため、単体ずつを私が直接産み出すことしかできませんが、それだけに戦闘力は他と比べて高めです〉


 聞き覚えのない単語だった。

 後で調べてみたところ、メゾサイロスという古代昆虫が名前がもっとも近い。それにしてはサイズが大きかったり、足の数が多かったり、頑丈そうな装甲などもあったりするが、深く考えるのはやめた。


「ラコリーヌは女王級も何体かいるんだっけ?」


〈ひととおり揃っております。もう任せても大丈夫なレベルです。トレントも同様でしょう。可能な範囲で増えていっているようです。

 航空兵たちがリーベ大森林から蟲系の魔物の餌として、繁殖させやすいネズミ系の魔物を運び、すでに繁殖にも成功しています。ネズミの餌はトレントたちの実などですが、これはLP消費で産み出せるものですので問題ありません〉


 それならばスガルがいなくても問題ないだろう。

 レアは王都へ飛び、謁見の間へケリーたち4人とスガルを『召喚』した。









「はじめ、王都を拠点にするつもりはなかったんだけどね。立地やダンジョン経営のことを考えれば、ここを拠点にするというのは悪くないと思って」


 嘘ではないが、真実でもない。

 一番の理由は、ブランの領主館やライラの王城を見ていて若干羨ましく感じたためだ。

 もちろん実利的な理由もある。

 レアの支配地の中で、プレイヤーが最重要目標として狙うとすればこの王都だろう。王都を制圧した経緯も考えれば、第七災厄としていかにも象徴的な場所と言える。

 足掛かりとしてラコリーヌなども狙われることになるだろうが、あちらも十分な戦力を揃えている。女王級が三体といえば、かつてのリーベ大森林以上の戦力だ。しかも森を形成する木々はそのほとんどがトレントである。エサ用の小型の魔物も増えてくれば、勝手に縄張りに侵入したプレイヤーたちに攻撃をしかけてくれるだろう。


「本当は王都外周にもトレントたちを植えていきたいところなんだけど……。アンデッドと絶望的に相性が悪いんだよね」


 トレの森で行われていたように昼と夜で役割を分けてもよいのだが、夜にアンデッドが活発になった時、トレントは別に消え去るわけではない。瘴気にあてられ休眠しているだけだ。


「さすがに配下にそんなブラックな労働環境を押しつけるわけにはいかないからね。

 まあ、ブランのエルンタール同様、昼間は蟲に頑張ってもらおう」


〈では、のちほど女王級を何体か産み出しておきましょう〉


「頼むよ。本当に経験値はいくらあっても足りないな」


 女王級の創造には他と違い経験値を消費するため、痛い出費だ。

 自分自身の成長にも経験値を使いたい。

 本来魔王は配下が少ない種族ということらしいし、確かにレアも配下に経験値を使っていなければもっと強くなっていただろう。世界樹の5000は必要経費だったとしても、それ以外でも相当消費している。


「これから稼いで帳尻を合わせるしかないな。

 ディアスは今ブランにつけているし、白魔や銀花はリーベで子守りをしているけど、ひとまずはこのメンバーが幹部級と言えるだろう」


 謁見の間にはケリー、ライリー、レミー、マリオンの獣人組と、スガル、ジークの6名がいる。

 レアは玉座に飛び乗るように腰かけた。


「あ、鎧坂さんもいたねそういえば」


 以前に座った玉座より座面位置はかなり高くなったものの、それ以外は座りやすくなったなと思っていたら、鎧坂さんの膝だった。指示通りレアの代わりにここに腰かけ、じっとしていたらしい。

 鎧坂さんは厳密には生物ではないため、動かずにいても体が固まることもないし、本人としても特に苦はないらしい。


「じゃあ膝掛けをかけてあげよう」


 インベントリから大型の魔獣の毛皮を取り出し、鎧坂さんのひざにかけた。

 これでレアが膝に座ってもお尻が痛くならないだろう。


「……さて。では「神託」とか言われているスキルについて考えよう」


 ようやく考察する時間ができた。

 もっと優先してもよかったかもしれないが、新たに災厄級の魔物が生まれるとすればイベント中だろうし、その山を過ぎてしまった今、それほど急いでも仕方がない。そう考えてとりあえず棚上げしてあった。


 オーラル王都にいるのだろう総主教のスキル画面を呼び出しながら考える。

 配下のスキルをいじることについて、距離は関係がない。

 自分の配下リストから目的のキャラクターを選び、脳裏に専用ウィンドウを開くだけだ。

 これもVRモジュールの脳波操作技術の応用のため、本来の意味での脳裏とは違うのだろうが。


 総主教から軽く聞き取りをしたところでは、厳密にはどのスキルの効果によって神託を得たのかわからないということだった。

 というのも「神託」という名のスキルは厳密には存在せず、またアナウンスが聞こえるという事態も彼にとって今回が初めてだったからだ。


 ただレアが見た限り、怪しいと判断したスキルはある。

 それが『霊智』である。

 次点でそうかもしれないと考えたスキルは『暗示』だが、もし自分でかけた暗示によって何かが聞こえている場合は、それはワールドアナウンスではなく専門医の診察が必要な別の何かである可能性が高い。


 確認してみたところ『霊智』のツリーの一つ目である『人智』の効果は「世界全体に発信されるアナウンスの一部を受信することができる」というものだった。

 内容から言ってもこれで間違いないだろう。


「これだと誕生したのがどういう存在かに関わらず、すべて聞こえるということになるけど」


 しかしそうとは限らない。

 アナウンスの「一部」とあるからには、聞こえる情報には偏りがあるのだろう。

 それを決めているものがあるとすればおそらく『人智』の次の『真智』だ。

 このスキルはそれ単体で効果があるものではなく、別のスキルの性能キャップを外すようなものだ。『魂縛』などの副次効果のみのようなイメージである。

 その内容はそのまま「『霊智』において受信できるアナウンスを拡大する」というものだった。

 総主教の『霊智』ツリーは『真智』までしか開放されていないため、これが災厄と認定するものとそうでないものを選別する内容になっているのかはわからない。


「……もしかして、とりあえず災害クラスの存在の誕生はわかるけど、それを人類の敵認定するかどうかは聞いた人の匙加減ということなのか?」


 この大陸の以前の支配者は精霊王だった。

 彼が生まれたとき、このアナウンスが聞こえた者が宗教関係者にいたはずだ。

 その後精霊王が大陸を支配すれば、アナウンスの示した存在が精霊王だとわかるだろう。あるいは本人と直接話して判明したという可能性もある。


「いや、それはないか? ワールドアナウンスが聞こえるのはこのスキルを持っている者だけだ。わたしに聞こえたのはたぶん本人だからだけど、あれはシステムメッセージだった」


 とはいえワールドアナウンスというものを聞いたことがないため、システムメッセージと聞こえ方に違いがあるのか不明だ。本人に聞こえるシステムメッセージとワールドアナウンスが同じである可能性もある。

 いずれにしろ、NPCの精霊王に自分自身の誕生のアナウンスが聞こえていたのかどうかは定かではない。


 ともかく、仮にかつての宗教関係者が精霊王の誕生をアナウンスによって知ったとする。

 精霊王は人類国家の支配者だが、それなりに長い間、大陸を統治していたようだ。

 その統治の中で、アナウンスによって知らされた「精霊王の誕生」は人類にとって悪いことではないと認識されていったはずだ。実際の統治はどうだったか不明だが、少なくとも現代に残る文献に記されるような内容なら検閲くらいするだろう。当時の社会でもプロパガンダくらいは打っていたかもしれない。

 しかしその統治の終了する頃──ブランが伯爵から聞いた話が本当ならばだが──に大天使が誕生している。SNSにあった情報からすると、大天使と精霊王は近しい陣営にあるのではないかとのことだった。

 このことから、ワールドアナウンスがあったとしても精霊王と大天使は同様の内容だったのではないかと推測できる。アナウンスでは具体的な種族がわからないであろうことは、レアが一度もNPCから「魔王」と呼ばれていないことからわかる。

 その上で大天使だけが「災厄」認定されているということは、同じ内容のアナウンスであっても個体によって危険度が違うと人類は認識しているということになる。


 にもかかわらず、レアに対しては一発で「人類の敵」認定だ。

 SNSに投稿された各国のプレイヤーの話からも、特に話し合っていないのに各国の一致した意見としてそう扱われているようだった。


「……これは一度、実際にどう聞こえたのかを確認する必要があるな」


 スキルさえ得られればいいと考えていたため、総主教たちは支配下に置いてからライラに丸投げで放置だったが、そういうわけにもいかないようだ。




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