第120話「火山遠征」





〈ボス、お待ちしておりましたぜ〉


 火山への遠征を決めたレアは、白魔をターゲットに『召喚』で飛んだ。


 白魔には目的地のそばへ行っておくよう指示しておいたのだが、到着して周りを見てみると森の中だった。気温は高めのようだが、あまり火山地帯というイメージにはそぐわない。

 SNSにあった簡易地図やヒルス王城とオーラル王城にあった地図を照らし合わせて考えれば、このあたりの緯度はオーラル王都よりやや南くらいだろうか。


「暑いなこの森。白魔たちには慣れないんじゃないか? 『召喚』」


 ケリーたちを呼びながらねぎらう。

 白魔は笑って首を振った。

 スコルに転生した際に得た熱に対する耐性はかなり高いようだ。スコルは太陽を追い天を駆けるとされる伝説上の生物だ。熱に弱いのでは勤まらないためだろう。

 同様の耐性をハティである銀花も得ている。ということは、このゲーム世界ではハティは月を追う者ではなく、太陽の前を走る者という解釈なのかもしれない。ならば月を追う者としてマーナガルムが別個に存在している可能性がある。


 これは一般論だが、たいていの場合、友達の少ない若者は北欧系の神話に詳しいものだ。レアも例外ではなかった。


「さて。では行こうか。と言ってもどっちにいったら何があるのかもわからないわけだが」


「鎧坂さんなどはよろしかったのですか? ボス」


「どうしようかと思ったんだけどね。鎧坂さんには災厄第一形態として王都でふんぞり返ってもらっているから。それに君たちがいれば問題ないかと思ったからね。頼りにしているよケリー」


 ケリーはすまし顔で軽く頭を下げた。しかし耳がピクピクしているし、尻尾がうねっている。

 可愛いものだが、もしかしたら傍から見たらレアの翼もこう見えているのかもしれない。人の振り見て我が振り直せとはまさにこのことである。レアはケリーにひそかに感謝した。


〈ボス、目的の火山はあちらのほうです〉


 銀花が鼻先で方向を示した。木々しか見えないが、銀花が言うならそうなのだろう。

 先頭を銀花、それからケリーとライリーが続き、真ん中にレア、その後ろにレミーとマリオン、最後尾には白魔という隊列で進み始めた。

 とは言っても、森の中を進むには銀花や白魔はあまりにも大きい。よくも都合よくこの隊列が通れる道があるものだな、と思ったら、木々がなぎ倒された跡が見えた。つまりこれは、かつてのリーベ大森林の浅層と同様、白魔たちが無理やり作った獣道なのだろう。そういう道をすでに整地し、そこを悠々と歩いている時点で、周囲への警戒などあまり意味がないと言える。

 この近辺で白魔たちを襲うような者が居るならこれまでの数週間でとうに襲いかかっているはずだし、今白魔たちがピンピンしているということは、すでに襲われて返り討ちにしたか、襲う度胸もない魔物しかいないかのどちらかなのだろう。


〈襲いかかってくる魔物はいましたぜ。返り討ちにしたというか、ねぐらまで探し出してリーダーを食い殺してやりましたが。そら、そこの横道から行ける先にリーダーの元ねぐらがありますが〉


 今歩いている獣道よりは荒い、数度しか通っていないような枝道が確かにある。

 先を行く銀花が立ち止まり、どうしますか、と目で聞いてくる。


「……もともとの目的は、この火山周辺の領域の制圧だ。白魔たちがすでに倒した魔物というのがこのあたりの魔物のボスだと言うならもう用事は済んでいるとも言えるわけだけど」


〈ああ、それはありません。食い殺したのはアンデッドでしたから。例のいべんと、というやつの仕込みでしょう〉


 アンデッドを食べても大丈夫なのか。

 いや、スケルトン系だったのかもしれない。犬は骨を噛んだりしゃぶったりするのが好きであるということはレアも知識として知っている。

 ならば、オオカミ系の配下をブランの領域につれていくのは考えたほうがいいかもしれない。白魔たちは大人なので大丈夫だろうが、ちびどもを連れて行ったらスパルトイがおもちゃにされかねない。


「ということは、この領域では新たに発生したアンデッドのボスと、もともといた領域のボスが衝突しなかったということかな。なぜだろう」


 同様のケースとしてはトレの森が当たるだろう。

 あの森もエルダーカンファートレントとジークは争っていなかった。その理由としてお互いの活動時間の差や、絶望的な相性の噛み合わなさがあったためだが、この森も同様の問題を抱えているということだろうか。

 あるいは領域のボスより先に白魔を見つけてしまったため、こちらに向かってきたせいで衝突する前に死亡してしまったせいだとも考えられる。


「とにかく一度見てみなければわからないな。とりあえず今火山に向かっているわけだけど、もともとの領域のボスは火山にいるんだろうか」


〈火山へは行ってはみましたが、それほどまでに近づいてはいないんでわかりません〉


〈白魔は行きたがっていましたが、私が止めました。勝手なことをしてボスの機嫌を損ねるのも問題なので〉


 別にその程度のことで機嫌を損ねたりはしないが、銀花は褒めてほしそうに鼻をぴくぴくさせていたため、顎を撫でておいた。本当は頭を撫でられればよかったのだろうが、大きすぎて届かない。顎ですら背伸びが必要だ。


 だが森の中にボスがいないのなら火山にいると考えるのが妥当だろう。

 火山に向かうという方針は変えず、一行は再び進み始めた。


 しかし考えてみれば、魔物の領域にはボスがいるものだというのもレアの先入観だと言えなくもない。レアが知っているケースとしては実のところリーベ大森林とトレの森だけだ。あのふたつにはそれぞれ二種類のレイドボス候補が居たが、あれらの森が特別だっただけだという可能性もある。

 強いて他の例をあげるならブランのスポーン位置のアブオンメルカート高地だが、そこに住まうというボスは吸血鬼の伯爵だ。聞いた話だけでも、おそらく他とはちょっと格が違う。本来普通には行けない場所なのだろう。

 もしかしたら、正式サービス開始時の初期スポーン位置の調整はブランのせいなのかもしれない。


 やがて木々がまばらに散り始め、火山が見えてきた。

 ここまでくるとかなり暑い。マリオンが先程から魔法で周囲を冷やしているが、それがなければ全員汗だくだっただろう。イヌ科の動物は汗をほとんどかかず、代わりに舌を出して呼吸することで体温調節を行うため、耐熱スキルがなければ白魔と銀花の2頭はさぞハァハァ言っていたことだろう。


「火山に例えばボスがいるとして……」


 ただ岩だけがある山を見上げる。


「この一体どこにいるのだろう……」


 とてもまともな生物が生きていけるようには見えない。

 すぐ側には森があるのだし、普通はそちらで生活するはずだ。過酷な環境に敢えて生息する場合というのは、別にそれが可能だからしているわけではなく、そこでしか生きられないからそのように進化してきたのだ。豊かな場所での生存競争に負けたからとも言える。

 だとすれば、火山帯には森の中にいたアンデッドより弱い魔物しかいない可能性もある。


 しかしここはファンタジーあふれるゲームの世界。必ずしもそうとは限らない。

 とにかく、ここで呆けていても仕方がない。

 先頭がケリーたちになるよう隊列を変え、火山を登り始めた。

 まっすぐ登れれば話が早くていいのだが、切り立った岩などもあるため、ジグザグに岩を避け、ときに真横に進むようにして徐々に登っていく。

 登山とは言っても、高いステータスのおかげで平地を歩くのと変わらない。

 普通だったら何日もかけて踏破するような山なのだろうが、レアたちにはそんな時間は必要ない。

 というかレアだけならば飛べば済む話であるので本来歩く必要すらない。


 ふと思い立ち、白魔と銀花のスキルを眺める。

 以前転生させた際は、後がつかえておりあまり時間がなかったことと、主目的は環境に対して少しでも強くならないかという点だったため、そこまでチェックしきれていなかった。

 しかしよくよく調べなおしてみれば、やはりあった。空を飛べる系統のスキルだ。彼らの種族の伝承を考えれば当たり前ではある。


 それは『天駆』という名前であり、正確には天を駆けることのできるスキルだった。『飛翔』であれば取得後は特に条件がないため、翼をたたんでいても飛ぶ事ができるというマジカルなスキルだが、『天駆』は「天を駆けることができる」という効果のため、空を飛ぶにはおそらく足が必要だ。

 何の意味があって分けてあるのかと一瞬考えたが、つまりこれは空中で踏ん張る事が出来るという効果もあるのだろう。仮に現在のレアが空中で直接攻撃をしようと思えば、『飛翔』で速度を出しその勢いをもって攻撃力に変えるか、あるいは高度を利用するか、そのようにしなければまともなダメージは見込めない。普通に殴ると自分の体が回転してしまうためだ。

 この先、空を飛ぶ系統のスキルを配下に取得させていく際には、このあたりは十分注意が必要になるだろう。他のプレイヤーにもそういうスキルを手に入れる者は増えてくるだろうし、NPCで言えばすでに天使という空飛ぶエネミーの存在が確定している。空中戦はいずれ避けては通れない。


〈ボス! こりゃすごい!〉


〈何もない空中を踏むという状況には慣れが必要ですが、これは素晴らしい力です!〉


「気に入ってもらえて何よりだよ」


 スコルとハティは太陽の後ろと前を走る狼だ。

 空を駆けることができなければ名前負けしてしまう。

 そう思って2頭には早速取得させた。


 最初はおっかなびっくりだったが、野生のカンなのか何かしらの能力値のおかげなのか、すぐに慣れて空中を駆け始めた。

 レアは自前で飛べるため、前をゆく銀花にケリーとライリー、後ろにつく白魔にレミーとマリオンを乗せ、空から探索することにした。

 太陽の前を走るとされるハティと、太陽を追いかけるとされるスコル。白魔たちがそれを意識して隊列を組んでいるのかは不明だが、もしそうなら、レアを太陽に見立てているということになる。日食はスコルが太陽に追いつき、これに食らいつくことで起きる現象だとされている。つまりこのままだと──


「火山には岩場しかありませんね。動く者は見えません」


 目の良いライリーからの報告でくだらない思考を断ち切る。


「上空からでは確認できないタイプの魔物なのかな。このあたりには特に空を飛ぶような魔物はいないようだし、上空からの視点に対して擬態する必要があるようにも思えないけど」


 魔物には稀にマジカルな生態を持つ者もいるため、そう合理的なばかりではないかもしれない。


「念のため、時々降りて探りながら行こう。手間だけど、ずっと歩いていくよりは早いはずだ」








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