第119話「すみませんフレに呼ばれますね^^」(ウェイン視点)





 イベント中盤は合流するのに必死になっていたためろくに活動できていなかったが、終盤に入るとようやく3人揃うことができ、ウェインもそれなりに経験値を稼ぐことができた。

 明太リストの提案で資金よりも経験値を優先して稼ぐことにしていたため、ギルや明太リストに追いつくほどではないが、少なくとも肩を並べて戦える程度には成長したはずだ。


 現在はギルや明太リストが拠点にしていたウェルスという国で稼いでいる。この国もヒルスと同じくヒューマンが多い国であるため、プレイヤーにしては珍しく3人ともヒューマンであるウェインたちのパーティは活動がしやすい。


 今はカーネモンテという街の宿屋のラウンジで男3人でお茶をしている。


 カーネモンテはウェルスでもかなり大きめの都市だが、魔物の領域が近くにあるため、プレイヤーとしても活動のしやすい街と言える。辺境にありながら拡大を続けてきた街らしく、外壁が何重にも存在しており、外壁と外壁の間にも街がある。ウェインたちがいるのはその最外殻の区にある宿屋である。

 メンテナンスが明けたため、それぞれがログインして客室から出てきたところだ。


「つーか、ウェインの装備、そろそろヤバいだろ。それ、鉄と魔獣の皮かなんかだろ。逆によくそれでついてきてたよな。スキルや能力値だけじゃなくてプレイヤースキルもだいぶ上がってるんじゃね?」


「そうだね。最近はほとんど被弾してないみたいだし。剣もナマクラだから与ダメは大したことないけど、火力は魔法でもカバーしてるから、剣さえもっといいものにできればDPSも安定するよ」


「いや、俺の装備がショボイのは明太が後にしろって言うからだろ。正直、この恰好じゃ他のパーティで活動してたらメンバーが次々にフレに呼ばれる案件になるレベルだぞ」


 何度かそう文句を言ったのだが、明太リストはとにかく今は装備は後にしようと言うだけで取り合わなかった。

 もっともその分戦闘時にもサポートは十分してもらっているし、パーティメンバーである明太リストとギルがいいと言うならウェインとしても強くは言えない。足を引っ張っているという自覚はあるし、その中で逆に引っ張り上げてもらっているという感覚もまたあるからだ。


「でも、マジでそろそろ何考えてんだか教えてくれよ。なんの理由もなくウェインにボロを着させてたってわけじゃないんだろ?」


 ギルの言葉に、明太リストは飲んでいたカップを空にし、立ちあがった。


「そうだね。じゃあ、続きは僕の部屋へ行こう」





 ウェインやギルの部屋からも椅子を持ち寄り、明太リストの部屋で小さなテーブルを囲む。

 ウェインにしてみれば別に大部屋でもよかったのだが、ギルや明太リストは資金に困っていないため、宿は個室でいいだろうということになっている。ウェインもなんとか支払いは出来ているが、そろそろ経験値より資金稼ぎの方にウェイトを傾けなければ生活水準の維持は厳しいだろう。

 明太リストにはああ言ったが、正直なところ、現状のランクにあった装備を買う資金も心もとない。


「さて、ところで確認なんだけど。災厄とのレイド戦、あれのドロップアイテムの金属塊は回収し損ねた。それはすでに正直に参加メンバーには話してあり、そのうえで了解をもらって、全員報酬は無しで合意した。ってことでいいんだよね」


 ウェインとしても、苦い記憶だ。災厄が再び現れる前の間に、あれだけでも回収しておけばよかった。ヒルス王都はすでに災厄の勢力下にあるため、あれらの金属塊もすでに災厄に回収されているだろう。


「その通りだね……。申し訳ないとは思っているけど」


「しょうがねえってか、あれは別にウェインだけの責任じゃないしな。ってかよ、明太、なんかいくつか拾っておいたとか言ってなかったか?」


「言ってたよ。今も持っている」


 それならばみんなに、と一瞬考えたが、それはあくまで明太リストが個人的に王都内で回収してきたものであり、レイド戦のドロップとは意味が違う。苦労して拾ってきた明太リストが所有すべきものだ。


「抜け目ねえっつーか、さすがだよな。それで、その金属って結局なんだったんだ? 魔鉄とかか? もしかしてそれを使ってウェインの装備を作らせるつもりだったのか?」


「そんなところだけど、ひとつ訂正がある。この金属は魔鉄じゃない」


 明太リストはインベントリから金属塊をひとつ取り出し、テーブルに置いた。

 すでにインゴットに加工されており、どこかの鍛冶屋かなにかで鑑定や製錬を済ませてきたであろうことは明らかだ。


「これはこの街の鍛冶屋でインゴット化してもらったものだ。これまで渡り歩いてきていた小さな街じゃ扱えないって言われててね。この街でも、中心部に近い老舗の鍛冶屋じゃないと見てもらえなかった」


「マジかよ、なんだったんだそれ」


「これはアダマスって金属らしい」


 アダマス。ウェインも聞いたことがある。たしか元は古代ギリシャの、ヘシオドスの記した神統記に登場する単語で、文脈から鋼鉄かなにかを表すものだとされていたはずだ。語源は征服されないとかそういう意味で、とにかく硬いというイメージの単語だ。ダイヤモンドの語源とも言われている言葉である。


「このゲームではどういう扱いなんだ? ギル、聞いたことあるか?」


「いや、ないな。他のゲームで言えばいわゆるアダマンタイトとかアダマンチウムとかのことだろ多分。あったのか、そんなの」


「あったみたいだね。鍛冶屋の親方が言うには、通常金属の中では特に硬くて丈夫で、魔法金属と比べてもかなり上位の性能らしいよ。なんて言ったかな、伝説の何とかカルクン──まあ多分オリハルコンのことだけど、それと比べるとさすがに見劣りするらしいけど。ミスリルなんかは、ちょっと用途が違ってくることもあるから一概にどっちが上とかは言えないみたいだけど」


 よくそこまで調べてきたものだ。

 しかし、ということは相当な希少金属だということだ。

 それが王都中に落ちていた。


「マジかよ……。ドロップやべえな災厄。これ公になったらヒルス旧王都にプレイヤー殺到するんじゃないか? あの街なかにいたアンデッド倒したらこれドロップするってことだろ」


「そうなる……かもしれないけど。僕はあんまり公表するつもりはない」


「……そうか。すまない、明太リスト」


 謝るウェインにギルが怪訝な顔を浮かべる。


「どういうことだ?」


「ギル。一度は全員納得したとはいえ、もともと俺のミスで災厄のドロップはロストしたんだ。それが、今になって実は高価な金属塊だったって判明したなんてことになったら、どうなるかわからない。明太リストはそれを心配してくれてるから、今まで黙っていたし、こうして俺たちにだけ話してるんだ」


「なるほどな……。つか、別にウェインだけのミスじゃねえって言ってんだろ。

 でもよ、たとえばアンデッドからだけその金属が出て、災厄からは違うアイテムだったかもしれないだろ」


「だとしたらもっと悪いよ。災厄から金属塊がドロップしたのはみんな知っているし、それがまさか配下のアンデッド以下の素材だなんて誰も思わない。違うと言うなら、より上位のアイテムだったって考えた方が自然だ」


 ウェインの心情としては、あのレイドメンバーには正直に打ち明け、謝罪をしたいという気持ちはある。しかしそうなればギルも明太リストも自身の責任を主張するだろうし、明太リストに至っては同じものかは不明にしても現物を所持している。泥沼の争いになってしまう可能性もある。

 あの時のメンバーにそのような諍いを起こす者いるとも思えないが、リスクはゼロではない。


「で、公開する気がないならなんで今さら出したんだ? こっそり売っちまえばいいだろ。どうせばれねえよ」


「もうわかってると思うけど、これでウェインとギルの装備を新調したらどうかと思ったんだよ。下手に市場に流しても面倒なことになりそうだし。ばれない、っていうのは、そりゃプレイヤーにはばれないだろうけど、買い取るNPCは確実にこっちをマークするからね。鑑定をお願いした鍛冶屋には今後仕事をお願いするってことで黙っててもらってるけど」


「……どうするよ、ウェイン」


 正直に言えば心苦しい。他のレイドメンバーを差し置いて自分だけが、という気持ちもあるし、そもそもそれは明太リストの所持品だ。

 しかし言い出しているのもその明太リストだし、ウェインの装備の悪さがパーティ全体の足を引っ張っているのは事実だ。パーティ全体の戦力の底上げという判断で明太リストが言い出したのだととらえる事もできるし、おそらくウェインが後ろめたさを理由に断ればそう言ってくるだろう。

 また、同時にギルの装備を新調することも提案しているあたり、そつがない。

 戦闘スタイルから言っても明らかにギルが使用する金属のほうが量が多くなるだろうし、その分ウェインの心情的にも負担が軽い。ギルはウェインが断れば断るだろうから、ここでウェインが断ればギルのステップアップにもストップをかけてしまう結果になる。

 ふたりの性格を実によく把握した上で提案していると言えるだろう。


「……君が敵じゃなくてよかったよ、明太リスト」


「お褒めにあずかり光栄だよリーダー。じゃあ、OKってことでいいかな」


「ああ。すまないけど、頼むよ」


 考え方を変えよう。いずれ、災厄を再び倒す事を目標にするのだ。レイドメンバーにはその時に報酬を返すことにする。

 この金属は、そのために借りておくのだ。


「よっしゃ! じゃあこれから行くか? その鍛冶屋ってとこによ」


「そうだね。向こうはこっちが行くのを今か今かと待ってるだろうし、早い方がいいかな」


「そんなに仕事熱心な鍛冶屋なのか?」


「いや、アダマスはこの街でも珍しいらしくて、こんなに大量に扱える機会はめったにないからってさ」


「そういうもんか」





 そうして向かった鍛冶屋の親方は、この国では珍しいドワーフだった。

 寡黙で気難しそうな外見とは裏腹の、明るく気さくな人柄だ。ただ声が非常に大きいため、和やかに会話をするのに向いていない。


「よーしよしよし! じゃあ、さっそく取り掛かるからよ! そこらで待っていてくれや! すぐ終わる……ってわけにゃいかんが、今日中には終わる!」


 そう言ってありったけの金属塊とウェインたちの現在の装備を抱えて工房へ引っこんで行ってしまった。


「……そこらで1日待ってろっていうのかよ」


「おい聞こえるぞギル。でもそうだな。今の装備も採寸替わりに持って行かれちゃったし、狩りにも出かけられないな。どうする?」


「どうもこうも。まあ、たまにはぶらりと街なかを歩いてみるのもいいんじゃない? 本屋とかさ。気になることもあるし」


 明太リストは検証スレにも顔を出している。イベントまとめスレでもいろいろと書いていたし、国の成り立ちでも調べるのだろうか。


「本屋かあ。俺はあんまり得意じゃねえんだよな……。ウェインはどうする?」


「俺も明太リストに付き合おうかな。本屋とか、ゲーム内で行ったことがないから、どういうものがあるのか興味がある」


 本屋で知ることができる情報なら、つまり一般的に知られている情報と言ってもいいだろう。

 宰相から聞いた六大──七大災厄の話などは初耳だった。しかし実は一般レベルで知られていた情報だったという可能性もある。

 普段、街のNPCとそんな話はしない。ゲームだから、ということではなく、現実でも普段からそう親しいわけでもない隣人と災害や事故が起きたらどうするかなど話したりはしないからだ。直近でそういうニュースでもあれば別だが。


「ギルはどうする?」


「ひとりだけで放り出されてもすることないし、ついてくって。でも、これまで用済みになった古い装備なんかは全部売ってきたけど、オーダーメイドだとこういうことあるんだな。これからは持っといた方がいいな」


 それには同意だ。

 どうせプレイヤーにはインベントリがある。かさばって困るという懸念はない。


「この間にごろつきとかPKなんかに襲われたらまずいけど、ここは街の中心に近い区画だし、宿に戻るよりはここで時間を潰した方がたぶん安全だよ。

 それに僕は装備を取り上げられたわけじゃないし、いざとなったら魔法で守るから大丈夫」


 鍛冶屋の受け付けをしている女性に本屋の場所を聞き、そこへ向かった。

 彼女はウェインたちの会話を聞いていたらしく、大通りなどを通るわかりやすく人の多い道を教えてくれたようだ。


 本屋はかなり大きく、頑丈そうな扉がついていた。窓もなく、一見すると倉庫のようだった。看板が出ていなかったらわからなかっただろう。


「窓がないのは日光を避けるためかな?」


「そういや、本屋って本買わないといけないのか? 正直買ってまでは、って感じなんだが」


「さすがにそんなことはないんじゃないかな。まあせっかく来たんだし、まずは入ってみようか」


 明太リストを先頭に本屋へと突入した。

 扉は見た目の通りに重く、STRにそう振っていない明太リストでは少々辛そうだった。この細腕でよくあの金属塊を回収してきたものだ。


 店内は薄暗いものを想像していたが、予想外に明るかった。魔法の明かりらしきものがそこかしこで輝いている。


「……値段は……そう高くはないね。印刷技術があるのかな」


 ウェインも同じところに気が付き、明太リストの言葉にうなずいた。

 紙などがある程度流通しているのは知っていたし、傭兵組合の掲示板の存在から、識字率が一定以上あることもわかっていた。ということは本かそれに類するものはそれなりに手に入れやすい環境にあるということであり、その場合生産のネックになると思われる印刷技術はすでにあるということだろう。


「……なんだ、本が珍しいのか? 田舎もんか? そこに並べてあるのは『複製魔法』で増やした本だ。原本が見たけりゃ、王都の大図書館にでも行きな」


 店主と思しき、メガネをかけた老人が口を歪めてそう言った。

 こちらは先ほどのドワーフの鍛冶屋と違い、見るからに偏屈という風体の老人で、発する言葉もそれを裏付けている。

 ギルとは合わなさそうだな、と思い振り返れば、最初から相手になるつもりはないらしく、無視してそこらの本を手に取ってめくっている。


「『複製魔法』……! そんなものがあるのか! 店主、すまないが詳しく教えてくれないか」


 一方明太リストは本来の目的を忘れ店主に詰め寄っている。

 もっとも本来の目的は時間つぶしであるわけで、その意味では間違っていない。

 仕方なくウェインはひとりで調べ物をすることにした。いや、ギルもそれらしくしているのだが。


 ぶらぶらと店内を歩いてみると、本は内容別に分類されているらしく、思っていたより整然としている。

 ウェインがなんとなく気になっているのは災厄などの伝承だが、分類としては何になるのだろう。


「このあたりかな……?」


 伝説や伝承に関係ありそうな本の並ぶ棚から一冊を手に取ってみる。

 タイトルには「大発見! 災厄は6体だけではなかった!? 闇に葬られたドラゴンの伝説!」とある。

 パラパラと中をめくると、わかりやすい大きな太字の見出しがあるページや、微妙なイラストで災厄と思われる6体の魔物が描かれていたりするページなどがある。あまりにイラストが微妙すぎて、信憑性があるのかどうかもわからない。文字も微妙に読みづらく、あの店主の言うように複製したということならば、これはもともとの執筆者の字や絵が微妙だったということなのだろうか。

 イラストを目当てに一応最後までパラパラ読みをしてみたが、ドラゴンとやらに関する情報などはなく、想像図でさえイラストすら無かった。


「なんだこれ……」


 全く何の参考にもならなかったが、ひとつ収穫があったとすれば、どうやら災厄の件に関しては一般的に知られた事実らしいということがわかった点だ。そうでなければこのような本が書かれたりはすまい。


「まあ、ポートリーあたりじゃ街頭で説法してる人もいたみたいだし、そりゃみんな知ってるか」


 しかしこんな本の原本が王都の大図書館とやらには納められているということだろうか。もしかしたら本というのはどんなものでも出版と同時に原本を納めなければならない決まりなどになっているのかもしれない。


「おい! あんまり長いこと読むようなら、買ってもらうぞ!」


 店主からお叱りが飛んできたので、あわてて棚に本を戻した。

 それはそうだ。暇つぶしにすべて読まれたりなどされては商売になるまい。たしかタチヨミというのだったか。現代はもう本屋というのもフィクションの中にしか存在しないため、うろ覚えな習慣だが。


「なにかいい情報はあったかい?」


 明太リストだ。店主がウェインを注意すると言うことは明太リストとの話が終わったということでもある。


「そっちは?」


「興味深い事実がわかったよ」


 明太リストが店主から聞き出したのは『複製魔法』の詳細だった。

 まずあらかじめ複製したい現物と、その現物を一から作成するのに必要な素材をすべて用意しておく。本であれば必要枚数の紙と閉じるための紐、必要ならば表紙用の革や金具など、それからインクである。

 現物を対象に『複製魔法』を発動し、コストとしてMPと用意したアイテムを消費することで効果が得られ、複製したいものが完成する。

 ただし『複製魔法』ではまったく同じものを生み出すことはできず、最高効率でもワンランク落ちるアイテムにしかならないらしい。ゲーム的に言えばクオリティが1段下がる、というところだろうか。


「クオリティが下がるのか。あ、まさかそれで字も絵も微妙だったのか!」


 原本に比べ字や絵が下手になっているのなら、確かに品質が低下していると言える。本の価値とはそういうものではない気もするが、ゲームシステムがそう判定しているのならそうなのだろう。


「まあ、そういった理由があってコストに見合わないことが多い……というか、スキルがあれば生産の時間は短縮されるから、材料があるなら普通に作った方がいいからね。ほとんど本くらいにしか使用されない技術らしいよ」


 よく出来ている──ように思えるが、よくできたシステムを作ろうとして失敗したようにも思える。


「なるほどね……。あ、こっちはとりあえず知りたいことはわかったからいいんだけど。明太リストはそもそも何を見に本屋にきたんだ?」


「僕はあれだよ。システムメッセージにあったろ? 「転生アイテム」だ」


 そういえば課金アイテムとして実装するかどうかのアンケートが来ていた。ウェインは当然賛成として返答をした。もともと、出勤せねばならない日はあまりプレイ時間もとれないため、課金などに抵抗はない。リアルマネーで解決できる選択肢が増えるならば、それがどんな内容のものであっても賛成である。


「それが?」


「メッセージによれば、課金アイテムとはいっても、基本的にゲーム内で入手可能なものばかりだということだった。クイックセーフティエリアを作るアイテムは実装されたばかりのはずだけど、他のアイテムに関してはそういう文面はなかった。それなら、今この時点でもゲーム内には存在しているはずだよね。

 それならひとつ、探してみようと思ったわけさ」


 その情報を得るために本屋に来たということだ。たしかにすでにあるアイテムなら、文献などがあってもおかしくない。


「いいなそれ、探してみよう」


「だろう? ちょっとギルも呼んで手伝わせよう」


 それから数時間、怒った店主に追い出されるまで本屋で過ごした。


 入手方法などはわからなかったが、そういうアイテムの存在を匂わせる記述のある本などは見つけることができた。

 この時間潰しの収穫としては、結局明太リストの仮説を裏付けただけで終わった。


「──結局買わされたな……。この微妙な本」


 怒る店主の迫力はなかなかのものがあり、勢いに押されてウェインが購入したのはあの微妙な内容の本だ。災厄とかドラゴンとか書いてあった本である。どのみちタチヨミではイラスト周りしか確認していないため、まったくの無駄遣いというわけではない。

 明太リストが購入したのは転生に関するアイテムなどの記述があった本だ。こちらもすべて読んだわけではないため、細部まで読み込めばもしかしたら入手に関係する内容も書いてあるかも知れない。

 ギルが購入した本は意外にも料理本だった。まったく顔に似合わないが、料理は得意なほうらしい。スキルがないため特殊効果は得られないが、それでも満腹度が回復するような、つまり普通の料理は作ることが可能だということだ。


「男の手料理か……」


「あんだよ。誰が作ってもおんなじだろうがよ」


 ウェインには別に明太リストのようなこだわりはない。そもそも、通常屋台で購入するような食品だって多くは男性の手により作られている。


「そんなことより、そろそろ完成しているかもしれないし、一度戻ってみようか。本屋で潰した時間と移動時間を考えれば、出来ていてもおかしくない」


 仮に出来ていなかったとしても、もう夕方になる。これ以上どこかで時間を潰すのも難しいし、あとは鍛冶屋で待たせてもらうしかない。





 鍛冶屋に戻ると受付にドワーフの親方が立っていた。

 ということは、作業は完了したということだろう。普通に考えれば板金仕事を片付けたにしては早すぎだが、生産スキルというのはそういうものだ。

 親方はにやりと笑うと、顎をしゃくって奥の部屋を示した。


 親方に付いて部屋に入ると、作業場のような空間の真ん中に、鈍く輝く全身鎧が仁王立ちしていた。

 その隣にはたくさんの小さな金属板を革紐でくくりつけて作られた、いわゆるラメラアーマーがある。

 全身鎧はギル用、ラメラアーマーはウェイン用だろう。


 さっそく着用してみた。

 親方がベルトや金具を調整してウェインたちの体型に合わせてくれた。


 ギルの全身鎧は思ったほど厚くはなく、打ち出した形状によって構造的に強度を出しているようだった。フリューテッドアーマーというのだったか。そのおかげで見た目ほど重くはないようで、STRとVITの高いギルは軽々と着こなしている。

 しかし防御力は以前の比ではないらしく、今朝までウェインが腰に佩いていた鉄の剣では傷ひとつつけられない。

 ウェインのラメラーアーマーは逆に見た目より若干重く感じる。小さな金属片とはいえ、使われている量も多いし、革の分の重さもあるせいだろう。しかし防御力は見た目以上で、単純な斬撃や刺突などに対しての防御はギルの鎧と遜色ないほどだ。さすがに体重の乗った攻撃や打撃攻撃に対してはそこまでではないが。

 こちらは脇や股下、ひじやひざの裏は動きやすさ重視のためにやや大きく開けられており、そこにはアダマスはまったく使われていない。立ち回りには注意が必要だが、今のウェインならうまくかわしたり、防御力の高い部分を使っていなすことができるだろう。


「……すげえなこれ」


「……ああ」


 親方にサイズの微調整をしてもらいながら、呟いたギルに同意する。

 他に言葉の発しようがない。

 まさに一流の素材に、一流の仕事と言えるだろう。


「おっと、こっちを忘れてもらっちゃ困るぜ!」


 親方が作業台に乗っている剣と盾を親指で指す。

 2本の剣は、1本はやや小さめの、ブロードソードというものだ。片手用の剣で、盾と合わせて運用するための剣である。これはギルのものだろう。

 もう1本はロングソードだ。片手でも扱えるが、柄がやや長めにとってあり、両手で握ることもできる。バスタードソードと呼ばれる事もあるタイプである。

 盾はスクトゥムなどと呼ばれる、歪曲した四角い大型のものだ。本来は木製や革製であり、このように総金属製で作ってしまえば重くてとても持てたものではないが、この世界の傭兵や騎士のようにSTRやVITが高ければ十分活用できる。もちろんギル用だ。


 先ほどの全身鎧と同様に、盾には鉄の剣では傷一つ付かない。

 一方剣の方だが、切れ味を試すにしてもここにはちょうど良い的などがない。竹に巻きつけた藁束などがあればいいのだが、ゲーム内では見たことがない。まあ現実でも実物を見たことはないが。


「試し斬りはそこらの魔物を斬ってみるしかないかな」


「そこの薪を使え! 縦に切ってくれりゃ、薪割りの手間が省けらあ!」


 無茶を言う。割るのなら確かにできるかもしれないが、薪など剣で切るようなものではない。


「縦割りは自分でやれよ。横にだったら……」


 ギルが上段に剣を構えた。そこへ親方が薪をとり、山なりに放る。

 普通であれば、薪は剣で打たれ、傷はつくとしても、断たれはせずに地面に叩きつけられるはずだ。

 しかし当のギルがいぶかしげな顔をするほど、音もなく剣は振り抜かれ、薪は地面に叩きつけられることなく普通に落ちた。

 落ちた薪は真ん中あたりで2つに分たれている。


「……うおお。鳥肌立ったぜ」


 横で見ていたウェインも言葉が出ない。おととい、というかメンテナンス前まで毎日見ていたギルの剣閃だ。今突然技量が上がったと言うわけでもない。強いて言うなら鎧が相対的に軽くなったため、多少速度は出ているように見えたが、それだけだ。


「お前もやってみろよウェイン」


 ギルが落ちていた薪を山なりに放る。薪はギルによって半分にされているため、ギルが行った試し斬りより難易度が上がっている。的が小さいと言うこともあるが、重量も半分になっているため、刃が当たった際の抵抗が大きければ場外ホームランになってしまう。


 タンクメインのギルと比べれば、多少格下とはいえ攻撃にウェイトを置いているウェインの剣の方が早く鋭い。それは剣のサイズ差を加味してもだ。

 剣の品質が同程度なら、やれないことはないはずだ。


 薪が届くまでの短い間でそう心を落ち着かせ、集中する。

 妙な角度に当ててしまって、もし切れなかったら大惨事だ。

 ギル同様上段に構え振り下ろしのタイミングを計る。


「フッ!」


 あまりにも抵抗なく通り抜けてしまったため、剣先を地面に当ててしまいそうになり必死で止めた。

 STRもある程度上げていたからこそそんな無様は晒さずに済んだが、気をつけなければ下手をすると自分の足を斬ってしまう。この期に及んでそんなルーキーのようなミスはできない。


「……すごいな、これは……」


 床に落ちた薪はさらに半分に断たれていた。刃先を確認してみるが刃こぼれひとつない。まさにファンタジー金属といえる。

 これなら魔物も骨まで一息に断てるだろう。


「問題ねえみたいだな! いやあ! いい仕事をさせてもらったぜ!」


「ありがとう親方! これは素晴らしい装備だ」


「おう! 俺たちもだいぶ強くなった方だと思っちゃいたが、これじゃ装備に負けてんな。もうちょいと鍛えないと」


 ウェインとギルは親方に最大限の礼を言い、古い装備も受け取った。ギルの分は下取りを、ウェインの分はそのまま処分をするか聞かれたが、今回のようなことがあるといけないので引き取った。

 それを見て明太リストが満足げに締めに入る。


「さて! ふたりとも満足できたならよかったよ。それで、支払いのほうだけど」


「それなんだがよ。

 今回、預けてくれた材料だが、まだ余りがあってな。お前さんらがよかったらだが、あれをそのままウチに置いて行ってくれるんなら、作業工賃はタダでいいぜ」


 ウェインとギルは明太リストを見る。あれはもともと彼の所持品だ。


「……僕らから、というか傭兵から買い取ったという事を口外しないならそれで構いません。独自ルートで偶然仕入れることができたとか」


「ああ、まあ心配しなくてもそんなこと聞いてくる奴なんて稀だけどな! なにせ素材だけあっても加工できなきゃ意味ねえからな」


 親方はそう言うが、これからもそうとは限らない。

 プレイヤーの生産職、特に鍛冶を生業とするプレイヤーが今後成長していき、アダマスが適正素材になるころには、絶対に必要になる情報だからだ。

 しかし明太リストたちにしても、半ばイベント報酬のようなもので偶然入手できたに過ぎない。入手経路からウェインたちの事が割れるのを嫌がっただけで、独自の仕入れルートを守りたいとかそういう思惑があるわけではない。


「まあ、僕らのことが漏れないならなんでも。ところで、本当にそれだけでいいんですか? 結構な技術を盛り込んでくれたように見えるけど」


 作業時間が実質半日程度と、ありえない短納期ではあったが、品質は間違いなく最高のものだ。生産系スキルなどのファンタジックな能力で仕上げたのだろうが、普通は品質を落とさずに納期を縮めればコストは上がる。


「それは、親方が喜んで勝手に品質を上げちゃっただけなので、お客様が気にされなくても大丈夫です。それに残りのアダマスを買い取る金額を考えれば、そんなに差はないはずです」


 受付にいた女性が作業場に顔を出し、そう答えた。経理は彼女が担当しているのだろう。扉が半開きだったため聞こえていたらしい。


「そういうことなら、ありがたくそうしてもらうよ」


 こうしてウェインとギルの装備更新は完了した。

 まだしばらくは装備の方に使われている感が落ちないだろうが、その期間が少しでも短くなるよう努力すべきだろう。

 それに結局、今回の持ち出しはすべて明太リストの懐からになってしまった。

 あの受付嬢の言い方からすれば、素材自体が相当な金額になるようだし、ウェインはおろかギルでさえ完済には時間がかかるだろう。


「まあ、そこは気にしなくてもいいと思うけどね。あの王都の時点から僕としては、すでにこのパーティで行動していたつもりだったし。ドロップ品拾いもパーティとしての仕事のうちだと考えれば。

 どうしても、というなら、現物で返してくれればいいよ」


「……わかった。装備も整ったことだし、そろそろヒルスにアタックをかけよう。

 まずは様子見も兼ねて、エルンタールという街を目指すとしようか。確かあそこも、災厄の配下によって壊滅させられていたはずだ」


「ゾンビと赤いスケルトンがいるんだったか? それと巨大なクワガタだな」


「簡易地図で見ると大した距離に見えないけど、ウェルスからだとあの高地を迂回していかなければならないからね。大まわりになるけど、こればっかりは仕方ないか」


 そろそろ、この街周辺の難易度では経験値も頭打ちになってくる頃だ。

 新装備の慣らしや経験値稼ぎも兼ねてヒルスを目指して移動し、例の転移サービスというものが実装されたらそれでゴールまで飛べばいいだろう。

 ウェインたちは新たな目標としてヒルス王都攻略を掲げ、旅の計画を練り始めた。


















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