第118話「外部顧問」
「そういえばさ、なんかないの? 表彰とか」
「え? は? 何のこと?」
ブランは唐突によくわからないことを言い出す時がある。
しかしこの短い付き合いの中でわかってきたが、ブランの言葉は何かが足りないだけで、意味がわからない事を言っているわけではない。たいていは、だが。
「前のイベントのときはなんかあったって言ってなかったっけ? レアちゃん」
「……ああ! MVPとかそういうもの?」
「そうそう! 頑張ったで賞みたいなの!」
MVPと努力賞では全く意味が変わってくるが、言いたいことはわかる。
「でも今回は少なくとも、わたしはもらえないと思うよ」
「どうして? 負けちゃったから?」
ばさり。
そんな話を具体的にブランにした覚えはない。しかしブランの前でライラと話した事はある。もしブランが詳細を知っているとしたら、ライラから聞いたか、SNSで見たかだろう。
まあ、今となってはそれほどキツイ思い出でもない。あのプレイヤーたちは見つけ次第キルするが。
「……いや、それは関係ない。むしろわたしを倒した彼らにMVPを与えてやってほしいくらいだよ。全くわたしはもう気にしていないからね全く。
それはともかく、わたしは今回、運営からの要望というか提案で、魔物側勢力として参加するように言われていたんだよ。それを承諾しない場合は、好きなようにプレイヤーとして参加してもいいという話だったけど。
ということは、承諾した以上はプレイヤー側というより運営側と言ったほうが近いんじゃないかと思うんだよね。
MVPっていうのはMost Valuable Playerの略で、文字通り最も価値あるプレイヤーのことだよ。普通は最も優秀な働きをしたプレイヤーに送られる。
その観点で言えば、わたしは選考からは外れるんじゃないかな」
「そうなんだー。じゃあわたしも選考から外れる感じ?」
「いや、ブランはあくまでプレイスタイルの一環として魔物側で参加しただけだから、それはそれで優秀であれば選ばれるんじゃないかな。
ところでそう聞くってことは、発表とかはされてないのか」
レアたちがインしていない間にもう済んでいる話だと思っていたが、まだそういう発表はされていないようだ。
今回は前回と違い、明確な目標や勝敗などがあったわけではないため、そもそも設定されていない可能性もあるが、例のあのスレッドなどを見ている限り、もし無いとすればレアを倒した彼らはさぞがっかりするだろう。
「……まあ今回はなくてもいいんじゃないかな」
しかしそういう、イベント全体としてのリザルトがまだないのなら、運営から提示されていたイベント報酬もまだ貰えないということだ。確かにシステムメッセージにはそれらに関連する内容は無かった。
「もし侵攻側と防衛側で評価が別々なら、わたしいい線いってるとおもうんだよね! 自力でふたつも街落としてるし」
「ああそうだね。ふたつも落としたのは多分ブランだけだね」
あの例のゴブリンの支配者がもしプレイヤーなら、プレイヤー最前線の街を落としたという意味ではブランよりは格上と言えるため、実際にどう評価されるかは不明だ。
それどころか客観的に言ってあのゴブリンは、辺境とは言え初心者プレイヤーばかりのいる街しか落としていないレアより上と言えなくもない。
レアはヒルス王都を落としたが、あの王都にもそれほどプレイヤーは居なかった。
レイドパーティと戦いはしたが、それも最終的には負けてしまっている。経験値は多少貰えていたため半分くらいはキルしただろうが、活躍したかと言われればどうだろうか。多分、街一つの防衛戦力をまともに叩いたゴブリンの方が優秀と言えるだろう。
王都やラコリーヌにいた騎士や兵士をカウントしてくれるならキルスコアは跳ね上がるだろうが、PvP成績という意味では振るわなかった。
どのみち選考対象になる可能性は低いので、選ばれなかったとしたらおそらくそのせいだろう。そうに違いない。これは予防線ではない。
「……まあ、いろいろとイレギュラーなこともあったし、集計とか選考には時間がかかるだろうね。
それより、ブランはこれからどうするの? 伯爵という人のところに帰るの? ホーム、そっちなんじゃなかった?」
「あ、ホームならもうエルンタールに移したよ。この領主館がわたしのホームだよ!
伯爵先輩には一時のお別れを告げまして、餞別として執事をいただいてきました!」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
部屋の隅に控えていた白髪の執事がこちらへ進み出て、一礼した。
意識の外にあったというか、背景の一部だと思っていたため少なからず動揺する。
「お、ああ。こちらこそよろしく。いや、見慣れない人がいるなと思っていたんだけど、その、ブランの新しい配下ということ?」
「正確には違います。私の支配者はデ・ハビランド伯爵閣下のままでございます。ですが今はブラン様を主と仰いでおりますので、どうぞお気軽に何でもお申し付け下さい」
つまり派遣社員ということだろうか。
かなり昔に、レンタル人材派遣のようなサービスが業務として成立していた時代があったと何かで読んだ事がある。公式の行事でさえVR上で執り行うことに抵抗のなくなってきた現代ではまったく必要とされないシステムだが、そうではない時代では、たとえばパートナー同伴必須の行事などのためにレンタル伴侶のようなサービスを利用するケースもあったらしい。あるいはレンタル兄弟やレンタル姉妹、レンタル恋人なども聞いたことがある。
現実でのこととはいえ、実際には存在しない者をあたかも存在するかのように扱うという意味では、ああいう文化もVRと変わらない。やはり人類はこうなるべくして進歩してきたと言えるだろう。
よそ事を考えている間にもブランは伯爵とのやり取りについて話している。
「──とまあそういう流れで、伯爵はヴァイスをわたしに預けてくれたんだよ」
ブランはあっけらかんとそう説明するが、おそらくはお目付け役というか、ブレーキ役を兼ねた監視要員だろう。話を聞いている限り、その伯爵はブランに対してかなり高い好感度を持っているようだし、定期的に報告などをさせ、さりげなく手を貸すことができるようにとの計らいかもしれない。
「そういうことなら、わたしからもブランをよろしく頼むよ。たまに不安になる言動をすることがあるからね」
「心得ております」
「心得ておるのかよ!」
ブランの突っ込みはさておき、これで心おきなく火山へ遠征に行ける。この街にプレイヤーが攻めてくるとしても、ディアスは置いていくつもりだし、クイーンビートルもここに置いたままの予定だ。ヴァイスという有能そうなキャラクターもいることだし、滅多なことにはならないだろう。
「ディアスはお留守番ね。ブランたちを頼むよ。連れていくのは──
予定通り、ケリーたち4人と、現地で待っている白魔たちにしよう」
ディアスが若干眉をひそめたが、ケリーたちがレアに付くと聞き、それならばという風に頭を下げた。
ここから白魔たちのいる場所へ飛び、そこでケリーたちを呼べばいいだろう。
このメンバーで行動するのは実に久しぶりだ。最初にイノシシ狩りをして以来と言える。
「それじゃブラン、またね。いつでも連絡してきてね。
落ち着いたらそのうち、一度ライラも交えて話をしようか。もしかしたら他のプレイヤーにも魔物プレイヤーと人類プレイヤーで連携してプレイしている勢力があるかもしれないし、こちらも連携してより大きな利益を上げられるように考えてみよう」
「おっけー! こう見えても四天王だからね! あ、ライラさんは何になるの? 相談役?」
「……相談役だと一気に外部顧問感が増すな。でも面白そうだから、今度会ったら本人にそう言ってみてよ。わたしも反応見てみたい」
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