第117話「説明好きなとことか」





「ひさしぶり、ブラン。数日も空けてしまって悪かったね。元気だった?」


「おかえり! もういいの?」


「うん。またしばらくはずっとインできるかな」


 エルンタールの領主館へ『召喚』で移動した。ターゲットにしたのはディアスだ。

 ディアスにはあれからずっとエルンタールに詰めてもらっている。どういう判定基準になっているか不明だが、ディアスの『瘴気』もブラン配下のアンデッドたちに多少の効果があるようだったからだ。

 またディアスは使い捨てのアンデッドを一時的に生み出すこともできる。ブランのゾンビのリスポーンが追い付かない時などに都合がいい。


「お帰りなさいませ、陛下。クーデターはうまくいったようですな」


「ただいまディアス」


 ディアスにしてみれば、精霊王を倒した反逆者たちのうちのひとつを完全に屈服させたわけだから、感慨もひとしおだろう。

 連れて行ってやりたい気持ちもあったが、彼は目立つため断念した。また何かの拍子に怒りださないとも限らない。


「あそーだ。レアちゃん運営のメッセージ見た?」


 あの個人宛のメッセージのことだろう。

 やはりブランにも届いていたようだ。


「見たよ。たぶん同じ内容だったと思うけど、とりあえずOKしておいた。デメリットも大したことなさそうだしね」


「じゃーわたしも……OK、っと」


 ブランで言うと、このエルンタール、アルトリーヴァ、ヴェルデスッドが該当のフィールドになるのだろうか。


「でもこれさ、たとえば廃人?っていうのかな? そういう人たちがこのサービス使って転移してきたら困るよね。初心者向けに調整してたとしても、そういう人きたら蹂躙されちゃわない?」


 このゲームは基本的にプレイヤーを縛ることはない。

 それはレアやライラが好き放題出来ていることからも明らかだ。

 であれば例え初心者向けと銘打ってあったとしても、そのコンテンツに上級者が参加することも制限しないだろう。

 メッセージにも「他プレイヤーの皆様による襲撃を運営側がサポートをする」としかなかったことからも、上位プレイヤーが襲撃してくる可能性は十分にある。


「まあその時は、言ってはなんだが仕方がないよね。普通のPvPと同じだよ。いつもこちらが一方的に殴れるわけではないのだし、相手の方が強ければ負けてしまうのは当たり前の話だ」


 とはいえ、その時はこちらはデスペナルティの変更があるため、公平かと言えば疑わしい。

 しかしこちらは拠点を襲撃される立場であるし、徒党を組んだプレイヤーたちに連続して狩り続けられるリスクもあると考えれば、デスペナルティの軽減でもなければ割に合わない。


「あっそうか。運営がプレイヤーを送り込んでくるってことは、わたしたちはある意味で運営に攻撃されるようなもんなんだね」


「そう。ついでにいうと、この内容だとおそらくエリア内にわたしたちのホームを設定していたとしても、容赦なく攻撃されるだろうね。それどころか、システム的にはわたしたちのマイホームというものは無くなると考えていいと思う。

 該当フィールド内のセーフティエリアがすべて外に移動するってことは、この中にはセーフティエリアは無くなるってことだからね」


「ほわっ! 早く言ってよ! OKしちゃったよ!」


「さすがに実装前にもう一度最終確認あると思うよ。

 それに、その代わりにこの中に居さえすればデスペナルティによる経験値ロストは無いわけだし、単に休めないってだけだよ。ログアウトするときなんかは、わたしの城とかにでも来るとか、それこそ伯爵さんの城で眠ったらいい。ライラのところでもいいけど。それを考えると、実装前に各避難所に眷属を置いておいたほうがいいかもね。

 『使役』と『召喚』を取っておいてよかったよ。これがあれば、たとえ追い詰められそうになっても最悪の事態にはならないで済む」


 デスペナルティの軽減はとんでもないメリットだが、休むことなくプレイヤーに狙われるというのはとんでもないデメリットでもある。

 一度殺されてしまえば、下手をしたらリスポーンポイントで出待ちされる恐れすらある。

 そういう意味では、死ぬリスクは更に上がったとも言える。


 まあ、ダンジョン側プレイヤーが『使役』を取得している事を前提としているのは明らかであるので、それを利用し別のエリアに退避出来るようにしているのは運営のせめてもの優しさだろうか。


「ちなみにライラのところには、国家運営のサポートを承諾するかどうかのメールが行ってたみたい。受けるかどうかは聞いてないけど」


 あちらの詳細は聞いていないが、あちらもどうせメリットだけではないだろう。

 どちらにしても実装されてからの話だ。

 それより先ほどライラとは話を詰めなかったが、転生アイテムの販売についても気になっている。


 もちろんレアやライラ、ブランにとっては何の意味もないアイテムだ。

 自分しか使えないということは、眷属にも使用できないだろうし、自分がどの種族に転生するとしてもダウングレードにしかならない。


 しかし未だ転生を一度も行なっていないプレイヤーにとっては事情が違う。

 たとえば昨日までドワーフだった人物がいたとする。その人物が翌日エルフになって現れたとしたら、周りの人間──特にNPCはそれを同一人物だと認識するだろうか。

 つまりリアルマネーと引き換えに、非常に質の良い変装アイテムとして使える可能性があるということだ。

 ただ問題もある。

 まずそのアイテムの存在を知っているプレイヤー相手にはそう何度も使えないということ。すぐに思い当たり、看破されるだろう。

 NPC相手だとしても、あれらのアイテムはゲーム中でも入手可能と書いてある。ということはその存在を知っているNPCも当然いるはずで、そうした者相手では同様に看破されてしまうかもしれない。


 もうひとつ、もっと真っ当な使い方でも気になることがある。

 例えばライラのようにノーブル・ヒューマンへ転生したプレイヤーが課金アイテムを使用しエルフになり、その後ハイ・エルフに転生し、さらにドワーフに転生したとする。そしてエルダー・ドワーフに至ったら今度は獣人へ転生し、まあ獣人の上位種族は不明だが、とにかくそのように上位種族を渡り歩いていったとすると、各種族の『使役』や特有のスキルなどをいくつも保有することができるようになるかもしれない。

 レア自身も『神聖魔法』を取得している魔王という、おそらく中々に稀有な存在だと思うが、あれらのアイテムを使えばそういうビルドを意図的に作れるかもしれないのだ。

 たとえば今からレアがドワーフなどに転生し、生産ビルドの精霊王を目指すなどということもできるだろう。


 もっとも同時に販売される予定のスキル削除アイテムなども見れば、運営が意図しているのはあくまでリビルド目的の救済措置だと思われるし、そういうアクロバティックな使い方ができるのかどうかはわからないが。

 転生した瞬間、取得してあった種族特有スキルがすべて経験値に戻されてしまってもおかしくない。

 普通に考えれば、レアがドワーフに転生したとして『翼撃』などがそのまま使えるはずがない。

 検証はしてみたいがリスクが高すぎるし、得られるものも少ない。





「ところで、レアちゃんはこれからどうするの? イベント後の予定とか立ててた?」


「どうしようかな。プレイヤーがわたしの支配地域に攻めてくるのなら待ち構えてやる必要があるだろうけど、たぶんそれは少し先の話だろうし。その転移サービスが実装されるとしたら、アンケートとかもあったしあれの集計の後とかにまとめて実装かな」


「アンケートかあ。レアちゃんなんて答えるの?」


「最後の転移サービスに関しては、さっきの運営の提案を承諾した以上は運用賛成に入れるしかないよね。課金アイテムに関しては、まあわたしが買うことはないだろうけど、賛成でいいんじゃないかな。どうせ1人2人がどっちに入れたとかなんて大勢に影響しないよ」


「民主主義の放棄だ!」


「……難しいこと言うね。まあ、そう言うならちゃんと答えておくけどさ」


 良くも悪くも、イベントの前と後では大きく情勢が変わってしまった。

 本来であれば、ちょっと攻城戦のテストをし、可能なら魔物の領域として廃墟型のアンデッド地帯を作成したいとか、その程度のことだった。

 近所の街ふたつを挽き潰しておけば運営に対する面目も立つだろうし、それ以降の侵攻はただ出来そうだったからやってみただけだ。それほど深い意味などなかった。

 ある程度満足したら適当なところで切り上げて、のんびりと火山の攻略に手をつけ、できれば経験値ボーナスのあるイベント期間中に支配下に置いてしまうつもりだった。


 しかし今思えばだが、あれでよかったような気もする。

 友人もできたし、まあ、これはどうでもいいが姉と仲直りもできた。


「これからか……。とりあえず、リーベ大森林の南の方に火山地帯があるんだよ。そっちを攻略しようかな」


「ヒルス王国の他の街とかを制圧したりはしないの? まだいっぱい残ってるよ」


「してもいいんだけど……。よく考えたら、目的は6大国の壊滅なんだよね。元々は。

 そのために全ての街を魔物の領域に飲ませてやればいいかなと思ってたけど、国家滅亡の条件が思ってたより緩いからさ。王家だけ始末すればいいなら、その方が早いし、たぶんプレイヤーなんかのヘイトも溜まりにくいんじゃないかと思って」


「そういう評判みたいなの、気にしない人かと思ってたけど」


「気にするっていうか、大陸規模で街が消えてったら、さすがに人類側プレイヤーはみんな黙ってないだろうし。それで全ての人類プレイヤーVS全ての魔物プレイヤーとかなったら面倒だしね。だったら頭だけ潰した方が穏便かなって。

 大国が6個ある状態から都市国家が無数にある状態に変わったところで、プレイヤーにもたぶん街のNPCにもそんなに影響はないんじゃないかな。魔物の脅威から国民を守るという国の義務というか、そういうのはあると思うけど、それだったら領主の騎士でもプレイヤーでも出来る事だしね」


「……ええと、つまり対魔物戦力であるプレイヤーが大量に現れた時点で、国家が存在する意味は薄れつつあったってこと?」


「そういう部分もあるけど、たぶんこの大陸にとって、今が時代の転換期なんだと思う」


「てんかんき」


 ブランはきょとんとしている。まあそうだろう。

 どう説明したものか。


「そうだね……。まずは大陸の貴族制度と各都市の統治について考えてみようか。

 ライラが貴族になった経緯を考えれば、各都市を治めている貴族の先祖を元々任命したというか、産み出したのが各国の王族なのは間違いないと思う。

 国家を支えているのはその恩から来ている忠誠心なんだろうけど、王族、というか中央がしたことと言えば、おそらく地方の領主を「貴族にした」というだけのことだと思うんだよね。それは各都市の自治権が強めなことからもわかる。

 それが地方の有力者を文字通り貴族に転生させたって意味なのか、それとも中央から派遣した貴族に挿げ替えたって意味かはわからないけど」


「ふむふむ……」


「この大陸の国では、地方に行けば行くほど魔物の領域が増え、危険度が増していくと言っていい。

 その地方の開拓を行なう、または行なった者にその土地の支配権を与え、貴族として取り立て、そしてその貴族から見返りに税収の一部を受け取る。

 そういう支配体制だったとしたら、いわゆる封建制国家ということになる。中世のヨーロッパや日本と同じだね。

 ただこの世界では、貴族というのは文字通り種族からして違う生き物だ。転生というシステムが存在し、それを利用して配下を貴族にするということは、単なる支配権だけではなく、現実的な能力として『使役』などのスキルに根ざした戦力をも与えることになる。

 これによって大きな恩を売りつけられるというか、忠誠心を持たせることも出来たと思うんだけど、それも長い時間の中で徐々に薄れていく。いくら先祖が恩を受けたと言っても、子孫はもう生まれた瞬間から貴族だったわけだから、実感もないだろうしね。

 元々は開拓さえ自身の力で行なってきた地方領主たちだし、中央から継続的な援助があるわけでもない。中央に税を納めているのは土地の支配権を認めてもらっているからだけど、そんな認定が本来本当に必要なことなのかと考え始める。与えられた種族としての力はすでに自分たちのものだし、しかもこれは血筋さえ守っていれば遺伝する」


「なるほど……。

 でもさ。ええと、それは自分で開拓を始めた人を貴族にしてあげた場合の話だよね。中央から貴族を派遣して頭を挿げ替えちゃった場合は違うんじゃないの?」


「その場合でも結局は同じことだよ。

 中央と地方の交通の便を考えれば、定期的に人をやるなんて無理だし、現地の支配を行なうには現地にずっといるしかない。てことは、どうしたって中央は支配の全権をその派遣した人物に委ねざるを得ない。

 代が替わる度に人を入れ替えるのだったら違ったかもしれないけど、派遣された貴族だってせっかく地方で頑張った成果があるなら自分の子供に継がせたいって考えるのが自然だし、そういった旨みでもなければ地方になんて誰も行きたがらない。

 そうして地方だけで代替わりが進んでいくと、やがて派遣貴族の中でも中央からの命令で行なっているという意識は薄れていく。自分が実効支配しているわけだから、このまま支配し続けてしまえばいいと考えるようになる。

 地方の有力者がそのように考えて好き勝手し始め、中央に対する忠誠心や求心力が薄れてくると、封建制度の崩壊が始まるわけだ。

 中世日本の例でいえば、そうやって戦国時代に突入していくわけだけど……。

 例えばヒルス王国に関しては、今回は国がかなりの大軍を用意できたみたいだし、もっと集権的というか、中央の影響力はまだ失われていないように思えた。けれど今回に限っては逆にそれがマイナスに働いてしまった感があるよね。

 わたしへの対策のためにその軍隊を差し向けてしまったせいで、地方への援軍を出す余力がなくなってしまった。

 これは今回耐えきる事が出来た地方都市から見れば、中央からの援助がなくてもなんとか乗り切れると思えてしまうし、こんな大陸中が混乱している中で援助もしてくれない中央ならば、別に無くても困らないのではと考えてしまう。

 しかも実際に襲撃にあって壊滅してしまった街なんかは、ほとんどわたしとブランの仕業だし、中央が掻き集めた大軍を全滅させてしまったのもわたしだ。言うなれば、災厄を相手にしては国が全力を挙げて抵抗しても意味がなかったってことが証明される形になった。国家に対する信頼度はストップ安だよ。

 実際王都陥落から2週間くらい、ゲーム内時間で経つんだろうけど、ヒルス国内って別に乱れたりしていないでしょう? 内乱が起きて都市が崩壊したとか。

 中央がいなくなってもほとんどの都市に大した影響が出ていないってことはじきにみんなわかってしまうだろうし、そうやって貴族や民衆の意識が変化していけば、もうこれまでのような社会は維持できない。

 そういう意味で、今が時代の転換期なんじゃないかなって思ったんだよ」


 ときおりSNSでチェックしているが、どこかの領主が独立を宣言したとかいう話は出たりしているが、事実上ヒルス国内のすべての都市が独立した状態だと言えるため、そんな声明に意味はない。

 交易などで成り立つ都市も変わらず周辺の街と交易を行なっているし、それは他国との商売で食っている街も同様だ。ライラの言うように関税という概念がないため、代表する国という枠組みがなくても何も変わらない。


 この大陸における国家とは、もはや有事の際にアーティファクトを効果的に使うという役割しかないかのようにさえ思える。

 いや、それがあったからこそ6大国が今まで存続できていたと考えるべきかもしれない。本来ならば、もっと早くに時代が動いていてもおかしくなかったのだ。

 そう考えるなら、国宝たるアーティファクトが国家認定の要素のひとつになっているというシステムの判定も、ある意味でこれ以上ないほど正しかったと言えるだろう。あれは古代中国の玉璽や日本の三種の神器とは違い、明確な力と目的を持った戦略兵器でもあるからだ。それは実際に食らったレアが一番よく知っている。


 この大陸の現在が封建社会の末期だと考えると、ペアレとシェイプの戦争という話も少し見え方が違ってくる。

 現代社会の国家の在りようがイメージにあるため、多くのプレイヤーは2国間の戦争という捉え方をしているが、実際に今起こっていることと言えば現地周辺のいくつかの街の間で小競り合いが起きているだけだ。同じ国にある街でもまったく影響が出ていないところさえある。アマテインというシェイプ王国で活動するプレイヤーが伝聞でしか戦争を知らないことからもそれは明らかだ。

 獣人たちがノイシュロスの無念を晴らすとか言ったりドワーフの貴族たちが憤慨していたりするのも、愛国心というよりは単に種族内での仲間意識や別種族への対抗心から来ているものなのではないだろうか。


「まあこれは、あくまでわたし個人の考えだけど」


「……やっぱさあ、姉妹だよね」


「え? なにが?」


「仲直りできて良かったねってことだよ」







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