第116話「ネコババ」





「──という経緯で魔王に転生したわけだ。それでその」


「ところでまだあるの? そのグレートっていうアイテム」


 ライラほどではないと自分では思っているが、レアも話の腰を折られるのが好きではない。

 いささかムッとしながら答えた。


「……あるけど、話聞かないならあげないよ」


「話聞いただけでくれるの!? もっとエゲツない条件つけられると思った!

 ええ……。私がどれだけ苦労して「蒼き血」ゲットしたと思ってるのさ……。完全上位互換のアイテムじゃんそれ……」


 どれだけ苦労してゲットしたのかは長話を聞かされたので知っている。

 しかし言うほど苦労していたように思えないのは話し方のせいなのか、ライラの性格のせいなのか。そもそもライラが何かに苦労しているという事態が想像しづらいが。


「あるけど、あったら使うの? ていうか、今経験値どのくらい残ってるの? ノーブル・ヒューマンがハイ・エルフと同格だとしたら、多分、賢者の石グレート使うと経験値4桁要求されると思うけど」


 どうせ使わせるのなら、レアにも思惑がある。

 例の神託と対をなすスキルを自分か、配下の誰かに取得させ、その後に使わせてみたい。

 ライラがどんな種族になるのか不明だが、ライラが『使役』した王女もノーブル・ヒューマンだったことから考えると、おそらくそれがヒューマンからの正当な転生なのだろう。エルフにおけるダーク・エルフのようなイレギュラーなルートでないのなら、このまま転生させていけば精霊王と近い陣営の種族になるはずだ。

 神託系のスキルが有ればその瞬間がわかるかもしれないし、そうなればそのスキルのテストも出来る。


「経験値4桁!? え? ちなみに魔王はいくら請求されたの?」


「3000」


「高っ! 騙されてない? 大丈夫?」


 誰が何のために詐欺を働くというのか。


「ちなみに世界樹は5000だったし、他にも1000消費したのが2人、3000消費がもう1人いるけど」


「……何したらそんなに稼げるの……?」


「アトラクション経営かな。軌道に乗るまでは牧場とかで細々やってたけど、初心者向けの公式サービスとかって誤解が広まってからはかなりの集客力だったよ」


 もっともそう誤解されていると知ったのは後になってからだが。


「これは私も国家運営真面目に考えてみようかな……」


「まあ、貯まったら言ってね。安く譲るから。それで、魔王になってからだけど──」


 レアがアナウンスされた「特定災害生物」やスガルの「災害生物」について。そして支配下にあるキャラクターについてはワールドアナウンスはされない仕様であろうことを話した。


「そうした、わたし達以外の勢力からヤバいのが生まれてきた時のことを考えて、神託とか言われてるスキルとか、その対になってるスキルが欲しいというわけ」


「なるほどね。確かに私が聞いたのはヒューゲルカップの神官、首司祭って言ってたかな? その人からだったけど、なんか神託により判明したとか言っていた気がする」


 首司祭という階級がどの程度の地位なのか不明だが、その人物が手に入るなら手っ取り早い。


「ねえライラ、その人をさ」


「いや、お待ちよレアちゃん。どうせなら、この国の聖教会の総主教を配下にしようよ。そんでレアちゃんを信仰させよう? 私も入信するから」


「ちょっと何言ってるのかわからない」


 また頭のおかしいことを言っているのかと思ったが、客観的に考えてみれば信仰対象イコール災厄だと外部に知られさえしなければ悪くない企みだ。

 偶像崇拝などは禁止し、拠り所にするとしてももっと抽象的な、簡易なシンボルにするべきだが、うまくやれば大陸中にスパイをばらまくことが出来るかもしれない。


「悪くない提案だと思うんだけどね。どうだろう。もちろん下心だけで言っているわけじゃないよ。

 連携すれば私の国家運営にも非常に役に立つだろうからという企みもある」


「どっちも下心しか無いじゃないか」


 レアがそんなことに関わる暇は正直に言えば無いが、ライラが国家運営の片手間にやってくれるというなら任せてもいいかもしれない。


「……わかった。ライラの案を飲もう。この国の総主教とか言う人を呼んで『使役』しよう。次いで王国各地から主教級の地位の人を呼んで、その総主教に使役させていこう」


 総主教が『使役』を持っていない場合は経験値の持ち出しが必要になるが、先行投資と割り切ることにする。

 最近こういう事が多いので、運営にはぜひ早急にダンジョンの開放を行なってもらいたいところである。


 クーデターの影響もあり、すぐに城に総主教を招聘する事はできないとの事だった。

 ではその間に火山攻略など別の用事を、と考えていたが、ライラの提案でこれからすぐに大聖堂へと行くことになった。

 いわく「早いほうがいいし、どうせ正規の用事じゃないんだから正規の手段で呼びつける必要がない」だそうだ。


「レアちゃんって姿消せるじゃない? それ使って飛んでいったらいいんじゃないかな。あれって私の姿も消せるの?」


「対象は自分ひとりだから無理かな」


「どうせ飛んでいくならおぶってもらったりとかしないといけないし、その状態ならまとめて消せるんじゃない?」


 どうだろうか。

 システムメッセージによれば、背負い状態を装備状態と認識する仕様は見直されたはずだ。穴があるとは思えない。


「……やめておこうか。いいよわたし1人で行くから」


「ちぇ。まあそういうなら仕方ない。じゃあいってらっしゃい。場所はわかる?」


「上空から見てわからなかったらチャットで聞くよ」


 部屋の鏡で軽く身だしなみを整え、窓から飛び立った。


 この時、初めて自分の姿を見た。

 ケリーの言うように非常に神々しかったが、元が自分の顔なのでそれほどの違和感はなかった。

 小さい頃、母の化粧品で遊んでいて、ファンデーションだかフェイスパウダーだかを爆発させて顔中真っ白になってしまった時のことを思い出す程度だ。母は色白で使っていた化粧品は白めの色味のものだった。レアは母譲りの肌色のため肌はさほどの変化がなかったが、睫毛や眉毛まで真っ白になってしまい、たいそう叱られた思い出だ。





 上空から王都を眺めてみると、ヒルスのものより全体的に無骨なイメージの街並みが広がっている。

 ヒルス王都は王城を中心に円を描くように街が広がっていたが、オーラル王都は角ばっていると言うか、碁盤の目のように整然と道が敷かれており、それに沿って建物が建てられている。国民性の違いだろう。

 街全体の形状としては十字型というか「+」の形をしている。外壁が円形ではなく角が作られている理由は現実の星型城塞などと同じだろうか。あの角部に長距離砲撃が可能な兵器や兵種などを控えさせておくためなのかもしれない。

 大砲のような大型火器があるのかは知らないが、魔法使いを数名待機させておけば似たような事は出来るはずだ。

 そうした観点から見れば、この都市はヒルス王都と比べても単純に防御能力が高いと言える。

 今回は内部からのクーデターという形だったために何とかなったようなものだが、まともに攻略しようと思ったらヒルスのようにはいかなかっただろう。もっとも上空からアダマンナイトなどをバラ撒いてしまうのなら、都市外に向けていくら砲撃が飛ぼうが関係ないのだが。


 空から見れば、大聖堂らしき建物はすぐに見つかった。

 街の中心にある最も大きな建造物が王城であるが、街の南側に王城と向かい合うようにあるのがおそらく大聖堂だろう。

 この位置関係から、聖教会は国家権力にはおもねるつもりは無いという強い意思が感じられる。


 大聖堂に降下すると、姿を消してもっとも大きな窓に張り付き、様子をうかがう。強度のためか幅広のガラスの作成が難しいのか不明だが、窓は縦に異常に細長く、仮にガラスを割ったとしても人が通れるほどの幅は無かった。そうした窓をいくつも並べることで採光しているようだ。

 その細い窓から覗き込んでみると、中は吹き抜けと言うか、非常に広い礼拝堂のようになっている。眼下には巨大な何かが鎮座しており、その巨大な何かに祈りを捧げる数人の人物が見えた。

 身なりからして、その者たちはそれなりに高い地位にあるようだ。ライラの話では清貧を好む教義ということだし、その中であれだけ質のいい物を身に着けているならおよそ間違ってはいないはずだ。


「……でも、入る手段がないな。後のことを考えたら騒ぎを起こしたくないし、窓を割ったりもしたくない。これならやっぱり呼びつけたほうが楽だったんじゃないかな」


 窓や屋根から侵入できないなら仕方がない。

 姿を消したまま一旦地上に降り、扉を探す。


 正面玄関から入ろうかと思ったが、礼拝待ちかなんなのか、多くの人々がそちらに並んでいた。

 信徒を待たせて自分だけ礼拝しているくらいだし、やはり先程の者たちは地位の高い者で間違いない。


 裏側に回り、勝手口というか、別の出入り口を探す。

 すぐに見つけることが出来たが、その前に男が立っている。地面の掃除をしているようだが、周囲を警戒していることは明らかだ。

 面倒なので『自失』で一瞬意識を飛ばし、その隙に素早く侵入した。鍵がかかっていたらこの男を『魅了』などする必要があったかもしれないが、かかっていなかったのは幸いだった。まあ、掃除道具はおそらく普段は建物の中にしまってあるのだろうし、掃除をするために道具を持って外に出ただけでいちいち鍵までかける者はそういないだろう。


 建物内に侵入すると、先程上空から見ていた建物全体の位置関係を脳裏に浮かべ、それを辿りながら礼拝堂を目指す。

 辿り着いた礼拝堂では先程の者たちがまだ跪いて祈っていた。


「……熱心なことで感心だが、今日から祈る対象は変えてもらうよ」


 『迷彩』を解除し、翼を全開にして『識翼結界』を発動する。

 舞い散るレアの羽根に気づいた聖職者たちが一斉にこちらを向くが、もう遅い。


「『魅了』、『支配』。……かかったかな。なら次も通せるか」


 1人ずつ『使役』していき、制圧は完了だ。

 面と向かって「美形」、「超美形」、「角」の補正がかかった『魅了』には、国王クラスでさえ抵抗できていなかった。彼らは『使役』の性質上、一般人より経験値を得やすい立場にいるはずだし、その彼らが優先的に抵抗値を上げていたにも関わらず抵抗できなかったのだから、この国で抵抗できるキャラクターは存在しないと考えていいだろう。


 念の為確認してみたが、やはり総主教とその取り巻きだったようだ。取り巻きといっても権力などが目当ての者ということではなく、純粋に総主教を補佐する目的の者たちのようだが。


「──というわけで、君たちにはこれからはわたしを崇めてもらいたい。それで当面はこの国の王族……を支配しているライラという貴族に従って行動していてもらいたいわけなんだけど」


「心得ました、我が主よ」


 ごく自然に膝を付き、頭を垂れる。あまりの淀みない仕草にこちらが不安になるほどだった。

 念の為総主教のINTを上げながら、スキルを確認する。

 総主教はヒューマンであり、貴族ではないようだ。国とは権力的な関わりがないというのはこうしたところからも伺える。

 レアは総主教が持っているスキルをすべて記憶し、総主教たちを立たせた。


「じゃあ、念の為これを与えておこう。それと、他に君の判断で必要だと感じたなら使うといい」


 インベントリから賢者の石を取り出し、その場の人数分にさらに数個加えて手渡しておく。ジークに持たせていたのだが、必要分はもう使ったということで返されたものだ。

 一般仕様の『使役』を取らせようか迷ったが、さしあたっては通常のノーブル・ヒューマンのものでいいだろう。

 レアの施しに感激し五体投地をしようとする総主教をなだめ、転生とスキル取得だけ済ませて城に戻った。


 城に戻ったのは単に首尾を伝えるためだけで、他に用事はない。

 大聖堂に居た主教級以上の者はすべて支配下に入れたこと、その者たちをノーブル・ヒューマンに転生させたこと、あとのことはライラに従うよう指示してあるのでよろしくということ。


「え、私が面倒みるの? まあ、言い出しっぺは私だし、しょうがないか……。とりあえず、私の手駒としても使ってもいいんだよね?」


「もちろん。というか、わたしとしてはもう特に用はないから、好きなように使っていいよ。こっちがまた時間が出来たら様子を見に来るよ」


 これで王都ですることもすべてやり終えたはずだ。

 ようやくブランに挨拶をしに行くことができる。


「あ、そうだ。ライラ」


「なにかな」


「その顔隠して生活してね」


「なんで!?」


「いや、わたしプレイヤーたちと戦った時に顔見られてるから。ライラの顔見たら、誰が見ても関係者だってバレてしまうでしょう? ふたりともNPCというていでプレイするんだから、どちらかは顔隠しておかなきゃ。わたしがすでにバレてる以上は、ライラが隠すしかない」


「ええー……。まあ、しょうがないな。でも何かの拍子にバレてしまっても怒らないでよ。

 ……そうだな。その時は、生き別れの妹が非道なネクロマンサーに人体改造でキメラアンデッドにされてしまい、災厄になったとかにしようか」


「なんでもいいよ」


 それがどうやったら信仰対象にまでなるというのか。しかしその部分のカバーストーリーさえ何とか出来れば意外と悪くない案に思える。思いつきで適当な事を喋らせたらライラの右に出るものはそういまい。


「じゃあ、わたしはブランに会いにエルンタールに行くから」


「ちょい待ち」


「……なに?」


「この城の宝物庫の中身、全部はあげるって言ってないでしょう? 置いて行きなさい」





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