第115話「新しい朝がきた」





 久々にログインしてみれば、システムからメッセージが数通来ていた。

 久々と言ってもインしていなかったのは数日のことだ。これまで毎日ゲームをしていたために、たった数日でも非常に長く感じる。


 システムメッセージにはいろいろと興味深い内容があった。

 とりあえずレア自身宛に来ていたメッセージに了解の返答をし、ベッドから起き上がる。

 考えてみれば、このゲーム内できちんとベッドでログアウトしたのはクローズドテスト以来かもしれない。アーリーアクセス開始からずっと、洞窟の岩の玉座で寝起きしていた。

 翼が邪魔かと思ったが、巻きつけて寝転がってしまえばそれほど気にならない。


「やあ、レアちゃん。さっきぶり。いや、おはようのほうがいいかな。そろそろこっちで起きる頃かと思ってね」


「……おはようライラ。ノックくらいして」


 ここはオーラル王城の客室だ。

 生き残っていた王族と国家運営に携わる主要な貴族はすでにライラの支配下にあるため、レアももう姿を隠す必要もない。現政権が「第七災厄」と協力関係にあるのは城内では周知の事実だ。

 これが国外やプレイヤーなどに漏れてしまうと、ともすればヒルス王国の滅亡さえ新オーラル女王の差し金だと思われてしまうため、『使役』などで縛られたNPC以外の前に姿を見せるわけにはいかないが。


「レアちゃん、システムメッセージ見た?」


「見たよ。どれのことを言ってるのかわからないけど」


「国家滅亡の条件の確定とかかな。王族さえ生かしておけばいいのなら、つまりアーティファクトは好きにしていいってことだよねこれ」


「まぁそうなるね。でもだとしたら、何をもって王族を王族と定義してるのかな。やっぱり王位継承権なのかな」


「……仮にそうなら、現政権から私に王位継承権を与えさせてやれば、私が王族の仲間入りすることもできるということかな」


 そうであれば夢が広がるが、軽々しく試すわけにはいかない。

 実証するためにはライラの王位継承権を認めさせたのち、現王家をすべてキルしてしまう必要があるが、もし駄目だった時に取り返しがつかないからだ。


「……そうかもしれないけど、試すのはリスクが高い。というかその前に、もう眷属化してるわけだし、死なないのでは?」


「眷属化の解除は、あーっと、眷属にされた方がメールを出すんだったかな。じゃあNPCを眷属にした場合、解除できないということ?」


 これに関しては運営に確認を取る必要があるが、プレイヤーで『使役』を取得している人間しか必要のない情報であるため、聞いただけで他のプレイヤーに情報が広まるリスクがある。『使役』を取得していないプレイヤーに知れたところで現状にそう変化があるとは思えないが、すでに『使役』を取得しているプレイヤーが他にいた場合、その者たちにこちらの存在を教えることになり、無駄に警戒させてしまう。


「公式のFAQに乗っちゃう可能性を考えると、うかつな質問は出来ない、か。現状、私たち以外にそういうプレイヤーがいたとしても、SNSでも見かけないし、たぶん似たようなこと考えて黙ってるか、NPCのふりしてるんだろうし」


 あるいはブランのように何も考えておらず、SNSに書き込みをする習慣もない人物である可能性もあるが。


「……そうだ。ブランに挨拶をしておかないと。個別のシステムメッセージはたぶんブランのところにも届いているはずだし」


「個別のメッセージ? レアちゃんにも何か来てるの?」


「え?」


 ライラにも何か個人宛のメッセージが届いているらしい。


 確認してみると、レアの元に届いたメッセージとライラの元に届いたメッセージは違うものだった。

 レアの元に届いたメッセージは端的に言えば運営がダンジョン経営をサポートするという内容だが、ライラの元に届いたメッセージは人類種国家の経営に関するものらしい。


「これはつまり、ゲーム内で特定の条件を満たしたから、私には国家経営シミュレーションモードが、レアちゃんにはダンジョン経営シミュレーションモードがアンロックされたって考えればいいのかな」


 ゲーム的に言えばそういうことだろう。

 レアで言えば、おそらくこのメッセージに書いてあるリーベ、エアファーレン、ルルド、トレ、ラコリーヌ、そしてヒルス王都内にいる限り、デスペナルティが別のものに置き変わるのだ。

 死んで経験値をロストするのが嫌ならば、ダンジョンにひきこもってボスとして暮らせということだろう。


「とりあえず了承はしておいたよ。わたしにとってはメリットしかない。イベントも終わったからプレイヤーのアタックのやり方も慎重になるだろうけど、その辺の経験値調整はノウハウがあるからね。

 外に出て遊ぶ分には今までと変わらないし……。要は普通のプレイヤーと違ってホームにいても襲撃されるけど、そこで襲撃されても経験値ロストはないよってことだからね」


 このダンジョンという新しいシステムは、明らかにプレイヤーがアタックする前提でデザインされている。

 つまり逆に言えば、ダンジョンをホームにしているプレイヤーが襲撃を受けるのは運営の差し金であるとも言える。


「そうなんだ。私はどうしようかな。都市の運営ならそれなりに経験はあるけど、国家だものな……。

 私の都市は商業都市だったけど、主な取引相手のヒルスはもう滅んじゃってるし、方針転換も必要なんだよね。考えないといけないことがたくさんある」


「他の国とは取引してないの?」


「してないこともないけど、それほどでもないかな。販路が細いし、リスクが高いから。あと遠いっていうのもあるし、種族的に好みとか生活様式が近くないと、やっぱり交易ってやりづらいんだよ。売れ筋も全然変わってくるし、自国で消費に繋がらなようなものを生産するのはなかなかね」


 確かに、ヒューゲルカップは大麦や野菜などを栽培していたように見えたが、獣人がああいうものを好んで食べるとは思えない。偏見かもしれないが。

 しかし逆にドワーフなどには売れるのではないだろうか。大麦やトウモロコシなどの炭水化物を多く含む穀物や野菜は酒の原料にできる。

 ライラにそう聞いてみると。


「ウイスキーにバーボンか。いいね。あれってゲーム内で作ってもいいのかな。ちょっと後で規約を確認しておこう。もし出来たらレアちゃんも飲む? ゲーム内ならノーカンでしょう」


 興味はある。が、怒り狂う母の顔が脳裏をよぎり、首を横に振った。なお想像の中では祖母は母の後ろで笑っている。


「それで、ドワーフの国とかには輸出していないの?」


「していないね。そもそも交易のリスク自体が高すぎるから、日用品や食品類はあんまりやらないよ。国内でならやってるけど。他国となると、領域越えて輸送しないといけないし、コストに見合わない。それこそお酒とかにまで加工して付加価値を持たせられれば別かもしれないけど」


 鮮度の問題もあるからね、とライラは締めくくった。


「それもそうか。じゃあプレイヤーで国家間の行商人とかやってる人もいそうだね。インベントリの中に入れておけば安全だし」


「国家間の流通自体が細すぎて、関税って概念もないからね。うまいことハマればぼろ儲けできるだろうね」


 SNSにはイベント時に転移を利用して似たようなことをしていたプレイヤーが大量にいたということが書いてあった。

 そのせいで当初予定していたほど、レミーのポーションの売り上げは伸びなかったそうだが、彼女はそのあたりの相場を見極めるのにも慣れている。収支としてはそれなりに黒字を出していた。


「人類種の国家間紛争とかも起こったみたいだし、そこで稼ごうとするプレイヤーもいるんだろうな。お金も経験値も」


「……ねえ、あれはライラは何もしていないの?」


「してないよ。まあ確かに不自然というか、そう誘導した何かがいそうな気はするけど。私じゃない。シェイプとは交易してないし。ていうか、そのくらいの時期ってヒューゲルカップで一緒に悪巧みしてたでしょう?」


 ライラの配下も概ねあの街で準備をしていたか、先行してオーラル王都に向かわせていたため、確かにそんな余計なことをしている暇はなかった。それに、ここに来てライラがレアに秘密でそのような面白そうな事をするとも思えない。


「……その何かがプレイヤーだったら厄介だな」


「NPCでも厄介でしょう。この間も言ったけど、普通じゃありえない発想してくるNPCなんて危険極まりないよ」


 確かにそうだ。しかし今考えてもわからない。

 戦争を誘導した者がいたとして、その者の目的はなんだろうか。


「何者であれ、とりあえず確かなのは、私のように国家の中枢に顔が利くような立場ではなさそうだということかな。

 不審な事はすべて都市単位で起きている。その、ノイシュロスという街の伝書鳩の内容を操作しようと思ったら、その街の領主のある程度近くにいればいい。混乱の中のことだし、あるいは鳩を飛ばす役目の人物を殺害してすり替えるだけでもいけるかもしれない。鳩を飛ばす知識が必要だけど。

 それから、リサイアだっけ? その街の領主が逃げ出した件も、その領主か、側近あたりにそれっぽく思考誘導しておくだけだ。私がヒルスにやったみたいにね。もしかしたら街の噂などを操作するだけで、直接領主周辺に接触しなくても誘導可能かもしれない。その領主の人となりを知らないから何とも言えないけど。

 あと決起した血気盛んな獣人の若者たちは一番簡単かな。もともとそう言う気質があるなら、酒場かなにかであることないこと吹き込むだけだ」


「そんなこと、同時にできるわけないでしょう。そもそも、ノイシュロスが落ちた直接の原因は魔物の襲撃なわけだから、それを知っていない限りは……」


「だったら襲撃した魔物と、ノイシュロスの鳩の近くにいた人物と、リサイアで領主を逃がした人物と、獣人をそそのかした人物。これらがすべてプレイヤーで、チャットか何かで連絡をとりながらやったと考えれば一番簡単だよね」


 最初から仕組まれていたとしたら、確かにそれしかないだろう。

 何より実際にそうやってヒルスとオーラルを手に入れた姉妹がここにいる。もっともこちらは最初から連携していたわけではないが。


「まぁ、いくつかは何かしらの思惑があったと思うけど、ほぼ偶然じゃないかな。目的にしてもたぶん、戦争が起これば金儲けができそうだとか、そんな程度だと思うよ。特にプレイヤーならね」


「……そうかもね」


 しかしこの、ノイシュロスを陥落させたゴブリン。これを操っていた魔物がプレイヤーだとすれば、間違いなく『使役』を取得できる上位種に転生しているはずだ。アナウンスなどがもしあれば王女経由でライラが把握しているはずだし、そこまでではないにしても街ひとつを陥落させたとなれば十分災害クラスと呼べる。


「あ、そうだライラ」


「何かな?」


「この街に教会みたいなものって無い? 宗教関係の施設というか、組織とか」


 ヒルスでは流れに任せて押し潰してしまったが、神託とかいう謎のスキルの存在は看過出来ない。

 あれによってレアの存在は大陸中か、事によっては世界中に知られた可能性がある。また逆に精霊王サイドの属性の大物が出現したときの警報として使えるスキルを入手する手がかりが得られるかもしれない。


「宗教組織か。あるよ。私の……ヒューゲルカップにも教会があるんだけど、オーラル聖教会ってやつだね。

 そこのトップは何度か会食に招待したことがあったかな。割と慎ましやかというか、清貧を好むというか、悪くない印象だったから特に何もしてないけど。

 もしかして復讐でもするの? 身バレしたから?」


「そんなことで復讐なんてするわけないでしょう。

 わたし……というか、魔王の誕生をどうやって知ったのか知りたいだけ。もしそれが通常取得可能なスキルか何かなら取れないか検討したいし、災害生物の定義というか、特定とついている存在とついていない存在の違いとか、検証したいことがたくさんあるんだよ」


 ライラはにやりと笑い、意地悪そうに答えた。


「おっと。知らない単語がたくさん出てきたねぇ。

 レアちゃん、魔王なの?」


 レアはキョトンとした。そういえば、言った記憶がない。


「言ってなかった? 言ってなかったかな……。言ったと思っていたよ」


 自己紹介したのはブランにだったか。人物紹介という意味では、ライラに自己紹介する必要が無いため忘れていた。


「レアちゃんプレイ日記、ちょっと執筆してくれない? お姉ちゃん興味あるんだけど」


「しないよ。でも確かに、情報のすり合わせは必要かな……」


 もちろんある程度、ではあるが。NPCとインベントリなどの関係がライラに漏れれば、何が起こるかわからない。

 しかしその件を除けば、『使役』についてもすでに話してあるし、もう話せない内容もないはずだ。

 賢者の石関連が不安だが、魔王について説明するならどのみちこれは避けては通れない。


「わたしがこの街に召喚可能な戦力については説明したよね? それ以外に保有している戦力というか、勢力として、世界樹というのがいるんだけど──」






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