第114話「巣立ち」(ブラン視点)





《プレイヤー名【ブラン】様


 平素は弊社『Boot hour, shoot curse』をプレイしていただき誠にありがとうございます。


 このたびは第二回公式大規模イベントにご参加いただき誠にありがとうございました。


 今後のゲームの運営に関しまして、一部ブラン様にご協力のお願いをしたく、ご連絡差し上げました。


 ブラン様がおられる旧ヒルス王国北西部のエルンタール、ならびにアルトリーヴァ、ヴェルデスッドの各街についてですが、こちらは現在ブラン様の勢力下にございます。

 つきましてはこれらの各フィールドへの、他プレイヤーの皆様による襲撃を運営側がサポートをする旨をご許可いただきたく存じます。


 現在、主に旧ヒルス王国にて大規模な情勢の変動があり、ゲームを始めて間もないプレイヤーの皆様の快適なプレイが難しい状況にあります。

 そこで運営としまして、手ごろな難易度の単一勢力による支配地域に、プレイヤーの希望者をお送りする限定転移サービスの実装を検討しております。

 この転移は一方通行で、帰ることはできません。

 これに伴い該当のフィールド内のセーフティエリアを、該当フィールドに近い場所に集約して移動させ、転移サービスはこのセーフティエリアを行き先に設定する予定です。


 可能であればブラン様にご理解いただき、特に新規プレイヤーの皆様の成長にご協力いただければと考えております。


 もちろんこれはブラン様のご意思を尊重する前提でのご提案であり、ご承諾いただけない場合は、運営側で簡易の特設エリアを作成し、そちらへ誘導することになります。

 しかし特設エリアを運営が用意する場合、取得経験値と実際の難易度に大きな差が出る可能性があり、少ない労力で急激に成長するプレイヤーの出現が予想されます。 


 もしご協力いただける場合は、該当フィールド内でのブラン様のキャラクター死亡の際のデスペナルティの内容変更など、ブラン様が行うエリア運営のサポートを検討しております。


 ご一考、どうかよろしくお願いいたします。


 ※なおこのメッセージは、適合するフィールドを支配しているすべてのプレイヤーの皆様にお送りしております。


 『Boot hour, shoot curse』開発・運営一同》





「なにこれ……」


 メンテナンスが明け、1日ぶりにログインしてみれば、運営からメッセージが大量に来ていた。

 すべて適当に読み流していたが、そのメッセージのうちの1つは返信用のフォームに誘導するバナーがついており、返信をしなければ既読にならない仕様になっていた。

 そのメッセージがこれだ。


「適合するフィールドを支配するすべてのプレイヤー……ってことはレアちゃんにも来てるのかな?

 でも初心者用のフィールドか……。レアちゃんのとこって初心者用なのかなぁ……。

 まあいいか。もしかしたら中級者用とかで微妙に違う文面で来てるかも知れないし。

 うーん、プレイヤーがたくさん攻めてくるっていうのは困るけど、死んでもあんまり痛くないっていうのは助かるかな……。それに初心者用ってことなら、イベント中にエルンタールにプレイヤーが来た時みたいにレアちゃんのサポートがなくても撃退できるかもしれないし。

 まあ、レアちゃんが来たら相談してみよ」


 レアからは、というかレアとライラからは数日はインできないという内容の言伝をもらっている。

 たぶん、家庭の事情だろう。

 姉妹が仲直りしたくらいで家族の状況がそこまで大きく変わるのかはわからないが、家庭内での彼女たちの影響力がわからないため何とも言えない。

 気にならないわけではないが、仲直りしたのならとりあえずはいいだろう。ブランにとって重要なのはそれだけだ。


「まあ、運営メールは置いておいて。

 イベントも終わったことだし、いったん伯爵先輩に会いに行こうかな。

 レアちゃんからはクイーンビートルさん借りたままだし、いない間はこき使っていいよって言われてるから、とりあえずエルンタールのお留守番をお願いしておこう」


 アルトリーヴァやヴェルデスッドには相変わらずゾンビしかいないが、エルンタールやラコリーヌを経由せずに、つまり街道を通らずにあの街に行くのは相当な根性と廃人級の時間、そして運が必要なはずだ。ブランやレアのように地図などを所持していれば別だが。

 であればそちらは放っておいても構うまい。


「それ考えたら、あの辺の街を初心者用の訓練フィールドにしようと思ったら、転移とかでもしなきゃ無理だね確かに」


 辿り着く前にエルンタールかラコリーヌで追い返されてしまう。これらの街にはレアの用意した蟲たちがいるからだ。


「では、伯爵さまの古城、居城へ向かいますか?」


「古城って言うと先輩怒るよ?」


「噛んだだけです」


 ブランはアザレアたち3人のみを連れ、『飛翔』で伯爵の城へ向かった。









「ただいまあ!」


「ふはは! その様子ではうまくいったようだな! いくつの街を制圧できたのだ?」


 ずいぶん久しぶりに伯爵に会うような気がするが、伯爵からしてみればそうでもないようだ。彼のこれまで過ごしてきた時間は非常に長いため、体感時間がブランとは違うのだろう。

 あるいは体感時間の差は、このおよそ10日間の体験の密度によるものかもしれない。実にいろいろな事があった。


「制圧した街っていうと、3つかな? 少なくとも今わたしの支配下にある街は3つっすね。

 それより色んな事があったんですよ。まあ聞いて下さいよ先輩」


「何、我には時間など腐るほどある。心ゆくまで話すがいい」





「……ちょっと、どこから突っ込んでよいかわからぬが、何、魔王……だと?」


「そうなんすよ。フレン、友達になったんすよ。超いい子……ではないけど、まぁまぁいい子……うーん、超可愛い子っす」


 レアはブランに対しては優しいが、ライラに対しては少々当たりがきつい。それ以外のプレイヤーに対してはもっとだろうし、NPCに至っては路傍の石程度としか認識していない。

 普通はそういう子をいい子とは言わないだろう。

 しかし、可愛さという外見ならば文句のつけようがない。


「そうか……。相変わらず何をしでかすかわからぬやつよ。

 よいか、魔王と言えばな、我らが盟主、真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアと同格とされる、我らにとっては雲の上の存在だ。

 もっとも生まれたばかりということであるし、現在ではまだそこまで至ってはおらぬだろうが……。

 いずれはこの大陸を支配するほどの存在へと成長されてもおかしくはない」


「はえー。すっごい」


 なんとなく凄そうだ、という程度には考えていたが、まさかそれほどとは。

 しかし確かに、レアの強さは群を抜いているように見えるし、レアとつるむようになったブランの成長曲線も右肩上がりと言える。

 ではそのレアと人の身で引き分けた──ように見える──ライラはいったい何なのか。


「しかし、四天王か。それほどまでに優秀な配下をすでにお持ちなのか」


「そのうちのひとりはわたしっすよ!」


「……それほど優秀な配下をすでに3名お持ちだというのか」


「あれ!?」


「もともと、魔王といえば、通常は配下をあまり持たれない種族だ。配下を支配するのに向いておらぬ。数名強力な配下がいることはあるが、その四天……3名の他にも大勢の配下がいるのだろう?

 そういう大勢力を築くといえば、そうだな。邪王や聖王などの方が得意だったはずだ」


「どう違うんですか?」


「元になった種族の違いだな。魔王の元になる種族は本来『使役』があまり得意な種族ではない。これは精霊王でも同じだ。

 そちらと比べ、邪王や聖王は上位種族が下位種族を『使役』することで成長するタイプの種族から至ることが多い。その違いだ」


「真祖吸血鬼はどうなんですか?」


「真祖はまあ、どちらかと言えば後者に近いか。だが単体戦力として考えた場合、おそらく邪王などよりは強かろう。同じだけの成長をした方同士ならば、単体では魔王には勝てぬが、邪王になら勝てる。そういう力関係と言えよう」


「……じゃあ、配下めちゃいっぱいいる魔王っていうのは」


「我の知る限り、相当危険な存在だな。いずれは、というところだろうが。

 最終的には極点に封じられておる黄金龍に対抗できうるのではないか?」


 初耳の存在が次々と出てくる。これらのことはレアは知っているのだろうか。いや、黄金龍とかいうものは聞いたような気がするが。


「おーごんりゅう」


「あれはこの世界の外からやってきたものだ。我らの常識が通用せぬ。ゆえに逆に封印などに対する抵抗も低かったため、とりあえず封印して変化の少ない極点に置いてあるのだ。

 あの時には確か時の聖王が世界中から勢力関係なく協力者を募り、それで封印したのだ。我らが盟主も参加されたぞ。我はまだ幼かったため、話を聞いただけだが」


「その聖王さんは今どこにいるんですか?」


「今はもうおらぬ。その時に没して、確かあれからは新たな聖王は生まれておらぬ。

 邪王は参加せなんだが、我が盟主の話ではひきこもり野郎だということでな。おそらく長い間地上にさえ出てきておらぬ。我も知らぬ」


 少なくとも現在、将来のレアと同格とかいう存在がいくつもいるらしい。


「なんか大天使?とかもいるんですよね? そいつはどうなんですか?」


「大天使か……。あれが生まれたのは最近のことだ。この大陸をかつて支配していた、精霊王が没した頃だな。恐るべき早さで成長し、天空城などというものをどこからか持ち出し、この大陸のいろいろな都市を気まぐれに襲撃しておる。面識がないゆえ目的もわからんが、少なくともこの城は攻撃されたことがないのでな。ほうっておるが」


「攻撃されたら反撃するんですか?」


 伯爵は眉をゆがめ、忌々しげな顔をした。ここまで表情を動かすのは珍しい。


「……業腹だが、我ではおそらく届くまい」


「あ、わたし空飛べるようになりましたよ!」


「──ふっ。届かぬとはそういう意味ではないわ。ふはは」


「あと、クーデターに参加して、ヒューマンの国の政権を倒しました!」


 これを聞いた伯爵は目をぱちぱちとさせ、マゼンタたちのほうを見た。


「発言をお許しください。

 ええと、ご主人さまのおっしゃる通りで、ライラ様という人間の貴族に協力し、その国の王を倒し、ライラ様による傀儡政権を樹立いたしました。

 そのライラ様も、ご主人さまや先にお話に出られたレア様のご友人です」


「──ははは! なんだそれは! ではつまりあれか、かつてこの大陸の者どもが精霊王に行なった仕打ちを、今の王族がやり返されたということか! なんと愉快な!」


 上機嫌である。

 特に精霊王と仲が良かったような話し方はしていなかったが、面識があるような雰囲気でもあったし、知り合いを殺されたということで、この大陸の国々をあまりよく思っていなかったのかも知れない。

 そういえば、街を襲撃したいと言ったときはいつにも増してノリノリだった。


「いやー、喜んでもらえて何よりですけど、計画したのはそのライラさんって貴族と、魔王のレアちゃんなんすよね。

 伯爵は直接人類の国を攻撃したりはしないんですか?」


 伯爵はゆっくりと笑うのを止めると、遠いところを眺めるようにして言った。


「ああ……。まあ、そうだな。直接我がどうこうするというのは禁じられておる。

 禁じているのは古い盟約だが……。

 この調子ならば、そう遠くない未来、我が地上へ下りることもあるやもしれぬな」


「まじっすか!? 人類滅亡の予感!?」


「まあ、盟約が失効するほどの事態であれば、それほどのことにはなるまいが。

 その時には、お前はどうするのか、自由に決めるがいい。お前は世界でも数少ない、自ら至った吸血鬼なのだからな」


 そう言われてもピンとこない。あれは伯爵から『使役』を受け、その抵抗に失敗したゆえの事だ。

 結果的に『使役』されなかったが、それはブランがプレイヤーだからに他ならない。

 ブランがぼかしてそう言うと、伯爵は笑って答えた。


「結果が全てだ。世の中のだいたいのことはな」









「まあそんなようなことがこの10日にあったわけなんですが。

 それでですね、せっかくお部屋とかまでいただいておいて申し訳ないんですが、あちらの街の方に住もうかと思っていまして……」


「ああ。そうだな。それがよいだろう。なに、こちらのことは気にするな。我がやりたくてやったことだ。

 それに巣立ちというのは大抵そういうものだ」


 ホッとした反面、なんとも言えない寂しさのようなものがこみ上げる。

 思えば伯爵とは、ゲーム開始初日からの付き合いだ。別に今生の別れになるわけでもないが、今のブランがあるのは間違いなく伯爵のおかげだ。


「あの、よっぽどないと思いますけど、なんかあったら言ってくださいね。とりあえずしばらくは、エルンタールっていう街にいますから」


「現代の街の名前など言われても知らんわ。よいよい、気にするな」


「あ、そうだ!」


 ブランはエルンタールから1体のスパルトイを『召喚』した。


「ときどき、この子をターゲットにわたし自身を『召喚』して遊びに来ますね!」


「……何を言っておるのだお前は」


「こういうやつですよ、ちょっとまってて下さい!」


 部屋の外まで駆けていき、そこから『術者召喚』で玉座の前のスパルトイのそばに出現してみせる。


「……なんだそれは! 転移魔法!? いや違うな、どうやったのだ!」


 転移魔法、そういうのもあるのか。


 しかし聞けそうな雰囲気ではない。聞けるとしても伯爵の質問に答えてからだろう。

 手短に、と言ってもブランは要領があまりよくないため時間を要したが、必要な前提スキルなどを教えた。現在の伯爵のビルドなら、足りないのはおそらく『空間魔法』くらいだろう。伯爵のビルドを知っているわけではないが。


「……ほう。このような技があったか。これは、ふふふ」


 伯爵がおかしさをこらえきれないという風に笑っている。そんなに嬉しいのだろうか。


「いや、ふふ。まさか、お前に何かを教わることがあろうとはな。はは。長生きはしてみるものだ。今日1日だけでこれほどまでに愉快な気持ちになるとは……」


「それはちょっと失礼では!?」


「ご主人さま、そういうあれではないのではないかと」


「じゃあどういうアレなの?」


「いや、言わずともよい。それでよいわ。さて」


 ちらり、と伯爵が脇に目をやると、執事がひとつ頷いて前に進み出た。


「此奴をお前に付けておこう。そうすれば、我もお前の街へ気軽に出かけられるというもの」


「えっ出かけていいんですか!? ってか執事もらっちゃっていいの?」


「我が直接戦闘行為を行わなければ問題あるまい。それに此奴はくれてやるわけではない。預けるだけだ」


「でも身の回りの世話とか……」


「もともと自分でやっておったわ!」


 執事が伯爵に一礼し、ブランの脇に立った。

 アザレアたちが居心地悪そうにしている。


「今後お前達が成長し、其奴の能力が及ばぬようになったらここへ来い。お前達に合わせて成長させてやろう」


 いたれりつくせりである。

 ブランはあまり馴染みがないが、ゲーム的に言えば同行する非操作キャラクターという感じなのだろうか。

 味気のない事を言えば、伯爵というコネクションが成長しきったためにその報酬として受け取った、というところなのだろうが。


 ──いや、わたしはもともとゲームとか詳しくないからわからないや。これはきっと伯爵の親心みたいなもんなんだ。


 だから精一杯お礼を言うことにした。


「ありがとうございます!」


「ふふ。大事にしてやれよ。基本的にお前たちの言うことを聞くようには言ってあるが、あまりにあんまりだと言うことを聞かぬかもしれんでな」


「ブラン様、これからお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」


 執事はそう言うとアザレアたちに視線をやり、微笑んだ。

 が、アザレアたちには鼻で笑ったように見えたらしく、憎々しげな表情をしている。


「そういえば、君名前なんだっけ」


「新たにお前が付けてやるがいい。我の眷属であることに変わりはないが、そうすることでお前とのつながりも生まれよう」


 伯爵もそうだが、話し方の割に非常に若い。ふたりとも二十代くらいにしか見えないが、話し方は結構老成している。

 執事は白髪なのですこし年がいっている様にも思えるが、顔立ちが整っているためか白髪さえも輝いて見える。おそらくレアなどと同様の現象だろう。レアが言うには「わたしが「美形」だからだよ」とのことだ。突然自慢されても何と答えていいかわからなかったため、その時は曖昧に笑っておいた。


「うーん……。白い吸血鬼……ホワイト……ドラキュラ……あ、目が赤いな……レッドアイズホワイトドラ……?」


 執事はときおり苦々しい表情を浮かべながらも、とりあえず黙って聞いている。


「あそうだ、ヴァイスってどう? 何語かわすれたけど確か白だよね!」


「ありがとうございますよろしくお願いします!」


 いささか食い気味に頭を下げられた。これ以上けったいな名称をつけられそうになる前に、という勢いだ。

 アザレアたちでさえも同情の目を向けている。

 そんなにマズい名前だったろうか。


「えっと、それじゃあ……」


「ああ。また、来るといい」


「はい! また来ます!」


 初めてこの城に来たのは地下の謎の洞窟からだった。

 オンボロな城だと思ったものだが、そうではないと今は知っている。

 あの時伯爵は、廃城と言ったブランに対して怒ったが、おそらく今ブランが誰かにそう言われたら同様に怒るだろう。

 そう確信できるくらいにはブランにとっても大切な場所になった。

 城の正面玄関や、地下水脈の洞窟から歩いて出ていく必要はない。今のブランならこの窓からでも飛び立てる。

 成長した姿を見てもらいたいという思いも少しある。


「あの」


 しかし窓に足をかけたブランにヴァイスが声をかけた。


「申し訳ありませんが、私は飛べません……」


「締まらないなあもう!」


 それから伯爵に頼んでヴァイスにも『飛翔』などを取得させ、5人連れ立って空へ舞った。


 ブランから見えるギリギリの距離でも、伯爵は窓辺に立ってこちらを見ていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る