第107話「じゃあいい」(ライラ一人称語り)





 そうだな、じゃあまずはレアちゃんをここへ導いた手口からかな。

 といっても実はこれは失敗したと言っていい。

 正確には私が画策していたのは「災厄」をこの街へ呼ぶことだ。だから私はこの街の周辺の流通網を利用して、ある情報を流そうと考えていたんだ。

 もう知っているだろうが、それはヒルス王国がすでに消滅したという噂だ。


 これは貴族になってから知ったんだが、この大陸の共通認識としては、国家の象徴として重要視されているのは国土と王家らしい。実は王都も重要なんだけど、それを知っているのは王家や国の中枢だけだ。ああ、もしかしたらレアちゃんもそれは知っているかもね。

 だからNPCの貴族たちに「国が滅亡した」と言えば、普通は「国土が失われたか、あるいは王家が滅んだのか」と考える。

 一般のNPCがそれを聞いたところで大した意味はない。そもそも彼らは、国が滅んだといわれてもピンとこないだろう。聞いたことのない事態のはずだ。

 だが貴族たちは別だ。

 ヒルスの貴族に関しては今後の進退にかかわる重要な問題だし、他国の貴族であっても外交に直結する重大事項だ。

 そして貴族と取引のある商人にとっても物価や経済に直接影響を与える大問題と言える。

 この大陸で使用されている通貨は共通だから、一般市民が直接危機感を募らせるということはすぐにはないだろうから、この噂は街なかでは世間話程度に語られるだろう。

 そして事の重大さをわかっている貴族や商人たちはあらゆる手段をもって情報の裏を取ろうとする。そしてその行動こそがさらに噂を広める結果になる。

 国土がまだ失われていないことはすぐにわかる。なら彼らが探すのは王族の行方だ。


 広まった噂は、ほどなく「災厄」の耳にも入るはずだ。なぜなら「災厄」はNPCたちの噂や情報に意識を割いているはずだからだ。

 どうしてそう思うかって?

 「災厄」もまた消えたヒルス王族を探しているからさ。

 一旦は退けられた「災厄」だ。まあ、それを知った時点ではイベントNPCだと思っていたから、死んだと見せかけて撤退したものだとばかり思っていたんだけれど。「災厄」がレアちゃん、つまりプレイヤーだったのならきっと本当に死んだんだろうね。そしてリスポーンした。あっ痛い、翼をしまってくれよ。もう言わないから。


 とにかく、この時「災厄」はプレイヤーたちに使用されたアーティファクトによって辛酸を舐めさせられた。しかし、その直後に滅ぼした王城からはすでにアーティファクトは消えていたはずだ。王族とともにね。

 となれば「災厄」は王族を探すだろう。ただでさえ警護が厳重になるだろう王族に、国宝の全てだ。どうやったって目立ってしまう。彼らが人々の噂に上るというのは想像に難くない。NPCを適当に捕まえて拷問でもして話を聞けば、すぐにわかるだろう。

 おそらくそう考えているんじゃないかと私は考えた。


 そしてそんな中、NPCの口から「王族を探している貴族たちがいる」なんて噂が出たらどうするだろうか。

 探している者がいるのなら、やはりまだ王族は生きている。

 そして力技でしか探すことができない「災厄」より、人間に探させた方がはるかに楽だ。

 いや、この噂が「災厄」のもとに届いた時点で、すでに探している貴族とやらは王族を捉えているかもしれない。


 では、その情報の出所、そもそも王族を探しているのはどこの誰なのか。

 それを辿る過程で、もともとの噂の内容が「ヒルス滅亡」だったということに気がつくだろう。適当な貴族を捕まえて話を聞けば一発だからね。

 そしてそれに気がついたということは、滅亡の条件が国土か王族の消滅であるということもわかるはずだ。しかしそのどちらも成せていないということは「災厄」自身が誰より知っている。

 誰が何のためにこんな噂を流したのか。

 本当に国家が滅亡しているのかは、この時点ではプレイヤーしかわかっていないはずだからね。


 滅亡が事実ならば、それを知っている噂の発信源が王族を滅ぼしたということに他ならない。

 滅亡が事実でないならば、何のために嘘の噂を流したのか。

 これをされて一番嫌がる存在は誰かを考えればいいだろう。つまり逃げた王族だ。彼らをおびき出すために噂を流したと考えるのが妥当だ。

 王族がもし生きているなら看過できないはずだからね。ヒルスを復興したいと考えたとき、この噂は明らかに障害となる。ならそこで待っていれば王族関係者がやってくるはずだ。

 どちらにしても、「災厄」にしてみれば噂の出所に行ってみるのが手っ取り早い。

 出所を探るのはさして難しい話ではない。こちらは隠していなかったからね。

 早晩それを特定し、この街へと現れたはずだ。


 端的にまとめると、滅亡していないはずなのに、滅亡したとか吹いているやつがいる。

 どういうことなのかと、気になってはくれないかということだね。


 一人で来てくれるかどうかは私にとっては賭けではあったが、「災厄」の目的はあくまで情報であり、この街の壊滅ではない。大々的に侵攻してしまったら、また逃げられてしまうかもしれない。それに前回1人で戦って不覚をとったのはアーティファクトのせいであり、王都でもないこの街でそれを使用される恐れはない。

 となれば1人か、少人数での夜襲になるのではないかと、まあそういうことだよ。





***





「……いくつか聞いてもいいかな?」


「どうぞ。いくつでも」


「まずは最初に、失敗した、って言ったのは? わたしはこうしておびき出されたわけだから、その意味では成功なんじゃないの?」


「ああ、それか。だってレアちゃん、この街に来るまでNPCの話なんて聞いてなかったんでしょう?

 むしろ私が聞きたいところだよ。どうやってこの街を特定したの?」


「SNSで見た」


「クーポンかよ! なんかレアちゃん、いつもと雰囲気違くない? 無表情だし口数少ないし。

 いや、たまたまこの街にいたプレイヤーらしき人の書き込みで、騎士から滅亡の話を聞いたっていうから、それでですよ」


「ああ、なるほど。プレイヤーには特に広める必要は感じていなかったから指示していなかったんだけど、知らずに話した部下がいたのかな。

 それで想定よりも襲来が早かったのか。

 たしかにSNSなら噂なんかとは比べ物にならない伝達速度だね。

 でもそれならやはり、偶然てことだね。私の作戦は失敗だ」


「でもなんかずいぶん、偶然というか、不確定な情報と推測に基づいた作戦ですよね?

 災厄がそこまで考えてなかったり、NPCの噂が正確に伝わらなかったりしたらアウトですよ。

 何も起こらない可能性のほうが遥かに高かったと思いますけど」


「まあそれはね。災厄を『使役』してみたかったってだけだし。

 別に今回の災厄でなくてもいいんだけど。でも「大天使」とかなんて文献とかでしか知らないし、他にも災厄級の魔物とかもいるんだろうけど、情報がないからね。

 どうせ私がすることといえば噂を流すだけだし、コストとリターンを考えれば、やるだけやっといて損はないでしょう。

 まあ一応、私が災厄が来ると想定していたのはイベント終了後とかだったから、デスペナルティのリスクだけは相応にあったんだけど。それも踏まえて経験値は常に1割遊ばせてあるし。

 一応念の為、普段から街中の警戒を強めていたわけだけど、そこに短時間でいきなり住民が何人も消えたらしいからさ、警戒するよね。そしたら君らが来たってわけだよ。

 最初はわかんなかったけど、黒い霧みたいなのが消えて姿が見えるようになったら、SNSで言われてた通りのビジュアルじゃない? やっぱり災厄だったんだなと思ったら、よく知ってる顔だったからさ。笑うよね」


「……わかった。では次に、国家にとって王都が重要である理由。これは一部のアーティファクトの発動条件に関わっているから?」


「そうだよ。ついでにさっき話してなかったことも話しておこうかな。聞かれたわけじゃないけどサービスだ。

 私がこの街を欲しがったもう一つの理由だ。

 この街はね、その昔、栄えていた国の王都だった場所なんだよ。

 知っているかもしれないけど、その時治めていた王は精霊王という人物でね。

 さっきの、一部のアーティファクトというのも彼が作成したアイテムらしい。

 その発動条件のひとつが「王都の敷地内である」ということから、私はこの街でも使用できるのではないかと考えたんだよ。まあそのアーティファクト自体は私は持っていなかったのだけど。

 ついでに言えば、その後の調べによって判明した事実では、そのアーティファクトに込められているのは、精霊王のおそらく呪詛とかそういうもので、どうやら後の世の王家に対する怨念によって発動するらしいんだよね。だから後の世、つまり現代の6王家が治める王都でしか発動しないんだ。この街は関係がなかった。

 この事実を調べるのには苦労したよ。たぶん、各国の王族くらいしか知らないんじゃないかな。どうやって調べたのかは、まあ秘密だ。別に重要じゃないだろうし。

 精霊王にとって悲劇だったのは、最後の力で作成した呪いのアイテムが、質が良すぎてアーティファクトになってしまったということだ。触れば使い方がわかってしまうから、逆にそれらのアイテムが現在の各国王家の権威と安全を守るものになってしまったんだ。

 そういう理由なものだから、もしかしたらヒルス王家が断絶した今、レアちゃんのいるヒルスの王都ではもう発動条件を満たさない可能性があるね。これは検証の必要があるな。よかったら──」


「させるわけないでしょう。

 じゃあ次。これはたぶん、同じことを指しているからまとめてもいい。

 まずヒルス王都が滅んだ時、王族もアーティファクトも無かったはずって言ってたけど、どうしてわかったの?

 それから、王族は今どこにいるの?

 あと、アーティファクトを「私は持っていなかった」って言ったけど、じゃあ今は持ってるの?」


「まあそうだね。すべて同じことを指している。

 私が配下に命じてヒルスの王族を始末し、アーティファクトを手に入れたからだよ。今はこの城の宝物庫にしまってある。本当はここに用意しておくつもりだったんだけど、どうせ起動できないからね。

 本当は最初、噂を手配した時点ではアーティファクトを利用するつもりだったんだ。でもここじゃ起動しないって後から分かったんだよね。もし起動していたら今頃レアちゃんを私のものにできていたかも」


「気持ち悪い事言わないで。プレイヤーを『使役』するには本人の承諾が必要だから絶対にあり得ない。

 でも配下に命じた、って言ったけど、時系列的に考えて、わたしがヒルスを襲撃した時点でここから出発させていたくらいのタイミングじゃないと、王族をキルして噂を流すなんて無理でしょう。

 ということは、ヒルス王都が襲撃された時点で王族の亡命を確信していたってことになる。

 だけど王族の亡命はNPCのオコーネル宰相が提言したことだから、さすがに予測できるはずがない」


「オコーネル宰相? 誰だいそれは」


「……ヒルスの王族が亡命をしたのは、宰相がそうアドバイスしたからじゃないの? 本人からそう聞いたのだけど」


「え、自国の元首に亡命を勧める宰相なんているのか。とんでもない発想力だな。要注意だ」


「……始末したからもういない」


「そうなのか。ならいいけど。

 どうしようかな。これに関しては、今回の一連の事件に直接関係しないというか、他のことにも関係してるというか、答えてもいいんだけど、少しサービスしすぎな気もするんだけど。

 ああ、レアちゃんがひとつお願いを聞いてくれるなら答えよう」


「じゃあいい」


「ちょ! 聞くだけ聞いてみようよ! 大したこと無かったらやってあげればいいじゃん!」


「……お願いって何?」


「レアちゃんのフレンドカードをおくれよ。私のも渡すから。たしかそれでフレンド登録できるんだよね」


「じゃあいい」


「ちょちょちょ! いいじゃん! 渡してあげようよ! ほら出して! ここまで聞いたらわたしも気になるし!」


「……はいこれ」


「おお、ありがとう。ブランちゃんはいい仕事をするね。

 さて。王族の亡命だったね。

 宰相がそんなことを言ったというのは想定外だったけど、王族が亡命という選択肢を選ぶというのはそれなりに確度の高い推測だった。

 そもそもだよ。

 この大陸にはかつてたったひとつの国しかなかったんだ。そしてその事実さえ公式サイトにも載っておらず、大半のNPCも知らないことだ。現在は6つの国が存在しているが、それだって一度も戦争などが起こったこともなければ、国が滅んだりしたこともない。

 じゃあ亡命なんて、彼らが自分で思いつくわけがないよね。

 私は貴族になってから、商業政策と外交に力を入れていてね。みんながバトルロイヤルとかで楽しそうにしている間にそんな胃が痛い仕事をしていたわけなんだよ。まあ自分で選んだことだけど。

 その一環で、ヒルスの王家やそれに近しい血筋の方々と交流も持っていたんだよね。だからお話する機会もそれなりにあって、もしもの時には我が都市へお逃げになればよろしいですよと、王族に提案してあったんだ。この街は魔物の領域から遠いし、旧統一国家の王都だけあって大陸のほぼ中央にあるからね。どこの国からでも逃げ込みやすい立地だ。この大陸は人類勢力同士の争いってほとんどないから、疑われたりもしなかった。まあそれは「美形」とかの好感度上昇の影響もあるかもだけど。

 そこにあの騒動だよ。人類の敵が生まれたとかいう。あれってレアちゃんのことでしょう?

 王族ならば誰でも、王家の重要性は知っているからね。アーティファクトの力の源が王家への呪いにあるんだから、すべての王家が血を絶やしてしまえば呪いが成就したと見做されて力が失われてしまう恐れもある。まあやったことがないから本当にそうなるのかはわからないけど。

 だからアーティファクトと王家の血だけは守りたいはずだと思ったんだよ。

 それで亡命という選択肢を入れ知恵しておいたのさ。

 だから私が宰相の提案を予測したんじゃなくて、王族の行動を誘導したといった方が近いかな。

 SNSで「ヒルス王都に災厄が来るからレイドパーティを募集している」みたいなスレッドを見かけた時点で、うちの虎の子の騎士団を向かわせておいたんだよ。私が調べた限りだと、いくらプレイヤーを集めたところで災厄に勝てるわけないと思ったからね。なら間違いなくヒルス王都は壊滅する。

 イベント期間というくらいだし、もしかしたら内地のこの街にも何か襲撃でもあるのかと思って騎士を温存してあったんだけど、1日経っても何もなさそうだし、もうどこかの辺境にでも援軍に行かせようかなって思ってたところだったんだ。無駄にならずにすんでよかった。まあ、ターゲットは魔物からノーブル・ヒューマンに変わってしまったけど、些細なことだ。

 災厄に襲われ、王国の未来に絶望したのなら、王族の方々はきっと私の事を思い出してくれるだろう。そう思ってね。騎士団を送り出したんだ。

 見つけたら全員殺してアーティファクトを奪って来いって命令してね」


「悪魔かよ……ですかよ」


「……ふうん。なんで亡命なんて入れ知恵しておいたの? アーティファクトが欲しかったから?

 それと、ヒルス以外の王家にはそういうことを言ったりしていなかったの?」


「ヒルス王家に亡命の入れ知恵をしたのはアーティファクトがほしかったからだよ。あれは現在の技術では作れない。この都市で起動できないとしても、持っておいて損はない。

 それにもしかしたら、その王族の血が絶えたときに、アーティファクトの所持を理由に私が王家の末裔を主張できる時が来るかもしれないからね。

 まあこれは、王族が全員死んだ時点で公式サイトで国家滅亡が認定されてしまった事でやりにくくなったんだけど。

 それからヒルス王家以外にも、交流が持てた王家には言ってあったよ。鼻で笑われたけど。

 この国の騎士っていうのは、ヒルスの騎士よりもいくらか強いんだよ。だからヒルスの王家が危ない状況に陥ったとしても、この街で匿うことができるというのは説得力がある。

 でもこの国の王族にとっては、私の騎士団では質はともかく王都のそれに戦力で勝るものではない。そんな提案意味がないということでね。まあこれはわかっていたから言ってない。

 他の国の王家に笑われたのは……。これも今はいいか。別料金だよ」






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