第106話「アルフ・ライラ・ワ・ライラ」(ライラ一人称語り)
ふう、開放感。
全身鎧というのは本来あくまで斬撃に対する防御のために生み出されたものであって、格闘戦をする時や、解説する時に着ていていいものではないんだ。全身鎧というのは──、いやこれは後で説明しよう。まずは先ほどの続きからだ。
ええと、私がクローズドαテスターに応募したところからだったかな。
レアちゃんも聞いたことくらいあるんじゃないかな? このゲームがワールドシミュレーターの技術を流用して作られているという噂を。
私は初めてこの噂を聞いた時、ありえないと思った。主に技術とコストの問題だね。そもそもいくら世界的なヒットメイカーであるこの会社といえど、そんな実用化もされていないような技術を持ち出せるようなコネクションなんてないだろうし、仮にあったとしても運用にどれほどの資金が必要になるのかわかったものではない。運用に際してのインフラだってそうだ。
ただそれはそれとして、ゲーム自体は面白そうだと思った。だから応募した。それで、運良く最初のテスターに選ばれたというわけさ。
ゲームの内容に関する一切を口外できないとか、誓約は厳しかったけど、それはαテストなら割と普通のことだし、どのみち言いふらす相手も──いや、まぁ倫理的に考えて言いふらす気はなかったからね。
だからこの時点では私は、ちょっとだけ先に触らせてもらって、正式サービス開始時にスタートダッシュを決められるように方向性だけでも固めておこうかなと、その程度のつもりだったんだ。
そしてこの世界の大地を踏んだ。
この街、ではなかったけれど、この国の王都に入り、空気を感じ、NPCと触れ合い、時に殺し……そうして1日を過ごした頃。
私はこのゲームを本気でやろうという気分になっていた。いわゆるハマったってやつだね。こんなことは久しぶりだったよ。
でもどれだけそう思ったとしても、所詮はαテストだ。頑張ったところでそのアバターのデータはテストが終わればデリートされる。意味はない。
だけど、それはあくまでテスターのアバターの話だ。
これだけ作り込んである世界だ。仮にこのテストでシステム的な不具合が見つかったとしても、それを修正するためにマップやオブジェクトを全てリセットしたりするだろうか。こんなにも作り込んであり、こんなにも必死に日々を生きているNPCがいるというのに。
ワールドシミュレーターという噂も、この時はもう信じてもいいかとさえ考えていたよ。元々私がその説を否定していたのは技術やコストの問題からだけだったからね。時に人や企業の熱意は利害を超えた仕事を成し遂げる事があるし、技術についてはこれだけのものを見せつけられれば納得するしかない。
だから私は、一つ賭けをしてみることにした。なに、どうせ駄目だったとしてもデータが消えるだけだ。元々の予定となんら変わりがない。なら、試すだけなら何の損もしない。
その後、私は残ったαテストの全時間を使って、あらゆる手段で資金を集めた。
主に行なったのは富豪と言われるようなNPCへの襲撃だ。
夜、寝静まった頃に屋敷や店舗に忍び込み、金庫ごとインベントリに入れて脱出する。これを一晩にやれるだけやった。
翌日、誰にも見られないような場所で金庫を破壊し、中身を取り出す。どうしても鍵が必要なものなどはとりあえずそのままにした。
テスト終了間際までこれを繰り返し、最終日なんかには貴族の屋敷に忍び込んで、家宝っぽいものなんかを片っ端からインベントリに放り込んだ。
そうして得られた財産を、あらかじめ当たりをつけておいた、魔物の領域内のセーフティエリアの隅に埋めた。
私が賭けに勝ち、これらのオブジェクトがリセットされずに残っていれば、次のテストでも好スタートを切ることが出来るし、そのバトンを正式サービスまで繋げることが出来れば、そのアドバンテージは計り知れない。
次のテストにももちろん応募し、テスターになることができた。
比較評価をしやすいためかわからないが、一度テストに受かったテスターは次も優先的に選択されるという事は知っているかな。そのためにテストが行われるたびに参加者が増えていくわけだが、まあそれはいい。
逸る気持ちを抑え、チュートリアルを見た。おっと、これは知らないだろうけれど、実は一度目のテストと二度目のテストのときではチュートリアルAIのセリフが微妙に変わっているんだよ。さらに言えばオープンβの時のセリフも違う。こういう細かいところまできちんと確認していたのが昔のオタ──、わかったよ、この話は後にしよう。
ともかく私は、まずはあの日、宝を埋めた場所を目指した。
この頃のテストでは基本的に全員各国の王都か、王都に次ぐ大都市にスポーンしていたから、移動自体は問題なかった。
ただその分テスターの密度も高かったから、後をつけられたりしないようにだけ気をつけた。
たどり着いた場所は間違いなく埋めた場所だったはずだった。
でも誰かが何かを埋めた跡というようなものは一切なく、そこには草木が生い茂っていた。
私は絶望したが、私が埋めたはずの場所に生えている花だけが、周りの花とは違う色の花を咲かせていたのが気になった。
念の為、そこを掘ってみた。するとそこには、かつて私が埋めたはずの財宝が眠っていた。
花の色が違ったのは、土壌の成分がこの場所だけ違っていたからだったんだ。
その時に確信した。
このゲームがワールドシミュレーターなのかどうか、それはわからないが、しかし少なくともそれに近しい技術を用い、本当に世界を作るつもりで開発されたものであるのは間違いないと──
***
「長い!」
「本当に長いっすね……。いや話は面白いんですけど。
あとNPCが必死に日々生きているとか熱弁した数秒後には商会襲撃してるとか、そこはかとなくヤバいヤツ感あるっていうか、ああこの人レアちゃんの関係者なんだなって」
「それでライラは結局の所、何が言いたいんだよ」
***
まぁ、話はここからだよ。ほら、うちのメイドが淹れてくれた紅茶でも飲んで落ち着きたまえよ。タルトもあるよ。これは私が焼いたんだ。スキルがなくても現実で可能なことなら普通に出来るからね。そのかわり特殊な効果はないけど。おっと、慌てなくてもまだあるよ。これ好きだったものね、レアちゃんは。
さて、そうして私はこの世界の真実の一端と、莫大な資金を得たわけだ。
当然、このときのテストでも同様に、アバターを成長させても大した意味はない。引き続き私は資金稼ぎに奔走した。
ただし、この時に行なったのは前回のような犯罪行為ではない。
前回得られた資金を元手に商売を興したんだよ。
そしてこの時、いざ商会を立ち上げようとした時になって気がついたんだけど、前回のテストからゲーム内では実に10年が経過していたらしいんだ。
私が前回襲撃した商会なんかは潰れていたし、富豪も落ちぶれてしまっていた。
私が埋めた場所が草木に埋もれてしまっていたのはオブジェクトが変化したわけではなく、単に経年によるものだったんだ。
なので思いついた。
かつて奪った貴族の家宝を、賊を倒して取り返したと言って返し、貴族にコネクションが作れないかとね。
奪われた物がすぐに現れたのでは関与も疑われるかもしれないが、10年も経っている。しかも私のアバターの外見は若いからね。10年前に事件に関与していた可能性は低いと考えるはずだ。
前回もこの時もどうせ消えるアバターだと思って、外見設定はランダムで作ってあった。当時の犯行を見ていた人物がいたとしても、この時の私と結びつけることはできないだろう。
要はマッチポンプで恩を売ろうと考えたわけだ。
とまあそうやって信頼と実績、そして資金力を高めていった。
そしてこのコネクションを使い、何か他に残せるものはないかと考えた。
金はもう良いだろう。使い道も思いつかない。
となれば、アイテムだ。持ち越せるのは形のあるものだけだし、特別なアイテムなどをこのコネクションを使って入手できれば、それを持ち越すことでボーナスを得ることが出来るとね。
幸いな事に、私が盗ん──取り戻した家宝の中には、どうやら時の王より賜った特別なアイテムもあったらしくてね。その功績で、王城に招かれたわけだよ。
正直、これは運が良かった。と、この時は思った。
そこで王に提示された褒美というのが、金か、地位かだった。
地位などもらっても意味はないのだけど、この時点ですでに金をもらっても仕方ないなというレベルではあった。
だったらって事で試しに地位を要求してみたんだよ。
そうしたら、代わりに王に忠誠を誓えときたものだ。
とんだ詐欺行為だと思わないかい。
そもそも礼のはずなのに、さらにその見返りが必要とはどういうことなのか。
まあ、しかし言ってしまったものは仕方がない。
この時点では忠誠を誓うという行為が何を意味するのか、私はわかっていなかった。だから適当に頷いておいた。
そして手に入れたんだよ。
ノーブル・ヒューマンへの転生に必要なアイテム。「蒼き血」をね。
このアイテムは受け取った瞬間、使用方法がわかった。
王の話によれば、アーティファクトとかと呼ばれる一部のアイテムにはそういう機能がついているらしい。つまりマニュアルだね。
そしてこの時、もうひとつわかったことがある。
私が取り戻した──事になっているあの貴族の家宝だ。
王城に招かれる原因となったアイテム。あれはアーティファクトだ。
そしておそらく、ここでもらうはずだった金は口止め料だろう。
ならばそれを選ばずに地位を選んだ際に要求される忠誠とやらにも、私の口を縛る何かがあるはずだ。
私は受け取った蒼き血をインベントリに仕舞い、何かをされてしまう前にその場で自害した。
せっかく立ち上げた商会だったが、こうなってしまっては仕方がない。
商会の自室でリスポーンした私は、国に商会が接収される前にと商会の金庫を全てインベントリに仕舞い、姿をくらませることにしたんだ。
ついでと言ってはなんだが、姿をくらませる前に王城へと渡りをつけてくれた貴族の屋敷に忍び込み、家宝や財産は根こそぎ頂いておいた。まあ、迷惑料だね。
そして迎えたオープンβ、いやもうアーリーアクセスだな。
このときばかりは困ったよ。なにせ初期スポーン位置がランダムだ。だが別に急ぐことでもないし、王都付近までは普通のプレイというか、経験値なんかを稼ぎながら移動した。この時経験値のついでに稼いだ金は全て使って移動を優先した。どうせはした金でしかない。王都についたのは馬車とか使って、2日くらいだったかな。
そこで私は貯め込んでいた資金を回収し、一緒に隠してあった蒼き血を使用しノーブル・ヒューマンとなったわけだ。
ここまでが私が転生した経緯だ。そしてここからがこの街の領主となった経緯になるんだが、まあこっちは短い話だよ。
当時この街は統治者の居ない、要は王家の直轄地というやつでね。城もかっこいいし、私はこの街が欲しくなった。まぁもう一つ理由があるんだけど、それは聞かれていないから言わなくてもいいね。
この時も実は、前回のテストからいくらか年代がジャンプしていた。
調べたところによれば、あの時世話になった貴族は没落し、その血筋は断絶していたんだよ。ただ最後まで王家に忠誠を示していたとかで、なんとなく美談としてその没落話は伝わっていた。しかし財産をすべて失い、系譜が途絶えた貴族家に与えておける領地はない。その貴族家が持っていた領地は別の貴族が拝領していた。
私はこれを利用できないか考えたわけだ。
ノーブル・ヒューマンという種族は、ノーブル・ヒューマン同士の結婚からしか生まれないらしい。
ヒューマンと交配して生まれた雑種は全てヒューマンになるんだ。
だからこの時点で、王家の管理する「蒼き血」を使用した履歴もなくいきなり存在していた私は、どこかの直系の貴族であることは間違いないが、その正体は不明という立場だった。
かつて賜った「蒼き血」はどうやら賊の死体とともに消滅したという事になっていたらしいし、どちらにしてもこの時の私がそれを使用したという証拠もない。その疑いさえかけられなかった。今回は本プレイだし、アバターはフルスキャンのものを使っていたから顔も違うしね。私この顔大好きだし。
で、名乗り出てみたんだ。私こそがその没落した貴族の直系だと。私が持っていたこの、家紋の入った短剣がその何よりの証拠だとね。
この短剣はもちろん、最後にあの貴族家から拝借してきたものだが、この短剣自体がいつ失われたものだったのか、王家は把握していなかった。だからその時の窃盗騒ぎとは結び付けられなかったんだ。
これはある程度、そんなものだろうという確信があった。どれだけ信頼している家臣とはいえ、一家の財務状況なんかまで王家が管理するわけないからね。そんなことまでしていては、窮屈でやがて忠誠心も失われていくだろう。人と人の関係を壊すのはいつだって金の問題だよ。たいていはね。
というわけで私は晴れて復興貴族として認められた。しかしもうかつての領地は他人のものだ。それを本来は私の先祖のものだからと言って横から掻っ攫うわけにはいかない。
だから王家に願い出たんだ。
直轄地の都市をひとつ、私に下賜していただけませんかとね。
*
「……長いわ」
「……すんません、もう余計なこと聞きません。
でもなんていうか、めちゃめちゃそっくりな姉妹っすね……。行き当たりばったりでちょいちょい抜けてるところとか特に」
「……全然似てないけど?」
「いや似てるよ。外見もそうだし、行動もそうだし、ヤバい言動もそうだよ。
ゲームとは言え人間そっくりの生き物を指差して「雑種」なんて普通言えないよ。「協力者」とベクトルは逆だけど同じ匂いがするもん。
あと、説明するときの超楽しそうな顔がそっくりだよ」
「我ながら長い話でどうかと思ったけど、楽しんでもらえたようで何よりだよ」
「わたしのセリフ聞いてた?」
「それで次は全身鎧の話でよかったんだったかな?」
「いらない」
「いらないっす」
「じゃあチュートリアルAIの話だったかな」
「それより、次はわたしをここへ導いた手口だ。それと、どうやって倒そうと考えていたのか。あとあの魔法耐性のある甲冑の事と」
「ていうかレアちゃん、根本的な事忘れてない? わざと?」
「何が?」
「ここに来た目的だよ! ヒルスの王族の行方探してたんじゃなかったの?」
「なんだ、そんなことか。いいよ、じゃあ次はそれをまとめて説明してあげよう。長くなるけど」
「えっ」
「えっ」
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